11幕 動揺の芽
越後国、新潟ノ津で軍事輸送船宇品丸改め越虎丸の進水式を終えた帰途、木下藤吉郎陽葉とその一行はとある集団に襲われた。
首謀者は上杉謙信の養子、景勝の児小姓を務める樋口与六、後の直江兼続だった。とは言ってもまだ7歳の子供。陽葉らを囲む連中もそろって幼子たちだった。
「えーと。確か直江兼続クンだよね? 春日山のお城で何度か挨拶したっけ。――でキミらもアンカーカードを狙ってるクチ?」
「謙信さまは人が良すぎる。お前の言いなりだ。このままだと上杉家は滅んじゃうんだ」
幾人かの子が刀を抜き放った。
又左とイチゾーが陽葉を守り、前に出た。又左は日本刀、イチゾーは短銃を構えている。好戦的なふたりを制し、陽葉が問う。
「上杉家は将来良くない方向に進むと? 誰かにそう言われたの?」
ここでは便宜上、与六少年を兼続と呼ぶが――兼続少年の仲間の子供たちはカオを見合わせて動揺した。彼だけが唯一、キッと陽葉をにらみつけ抗弁する。
「言わずもがな、あの軍船のコトだ。メチャクチャお金がかかってるって言ってた。きっと民の負担がズンと増えるんだ」
実際には木下家が甲州金を用立てて上杉に融通している。
ちなみに徳川家康を通じて朝廷に働きかけているのも、元はと言えばこの産出金を足掛かりにしている。負担が掛かっているとすれば甲斐国を治める木下家の財政。よって少年の主張は少し見当外れになるのだが……。
「ボクらはボクらの意志で動いてるから。大人たちの言葉はホントとウソが混じっちゃってるから、しっかり自分のアタマで考えなくちゃならないだもん!」
「色々しっかり考えて、わたしを殺そうって結論になったんだ?」
すると兼続は「えっ」となり、
「殺すまでは……考えてなかった! カードをくれたらそれでいい」
と素直に犯行の意思を認めてしまった。
「キミらの気持ちは分かった。でもあげらんないなぁ。わたしはわたしでこのカード、大事だもの。もしもあなたの主君の景勝クンか、もしかして謙信さんがカードを欲しがってもゼッタイにあげられないんだ」
ジッと陽葉のセリフに耳を傾けていた兼続少年、一言「分かった」と答え、他の子供剣士たちを従え去って行った。
「……何なんだ、アイツら?」
拍子抜けしたイチゾーは銃をしまった。
後方で成り行きを眺めていた竹中半兵衛が、
「日本全国のプレイヤーたちが陽葉どのを狙っている。味方の中にもいるかも知れない。ただそれだけの事ですよ」
「半兵衛、お前、ケンカ沙汰が終わってからノコノコ恰好つけて出てくんなよな」
半兵衛、面目ないとテレ顔で謝り、
「又左どの。済まぬついでだが直江どのたちの後を付けてくれまいか?」
「……どーゆーコト?」
又左でなく陽葉が反応。
「てかわたしも気になってんだよねえ。あの子らをそそのかしたのは誰か? 味方の中にいればちょっと面倒だなって」
「木下連合も一枚岩じゃねーってコトか。……又左、お前は陽葉についててやってくれ。正直争いごとになればお前の方がずっと役に立つだろうからな」
イチゾー、ポケットの銃に触れる。又左の返事を待たず、走って行った。
その方向をしばらく見詰めていた又左は「フン」と不満げな息を吐き、
「格好つけやがる」
と歩き出した。一行の先導をするつもりのようだ。陽葉の様子に気付いていた。彼女もイチゾーの去った方向を追っていたのである。
「行くぞ」
陽葉の手を握り、促す。
「う、ウン」
◆◆
イチゾーがその後音信不通になり、丸一日後に陽葉の前にひょっこり現れたとき、彼の銃の弾は全弾消費していた。
「イチゾー!!」
「心配ない。それより分かったぞ。上杉家中を揺さぶっているのは北条だ」
「……ホントウなのか?」
「まぁ……子供の言う事だからな。どこまで鵜呑みにするかは……」
陽葉がイチゾーの首を絞める。
「つーかさ、携帯持たせてたよね?! なんで電源切ってたの?!」
「おとっ……音が鳴るから……ぐほっ」
音量設定くらい覚えろとキレる陽葉。
かたや又左はムスッと知らんカオをしている。
竹中半兵衛がとりなした。
「陽葉どの。ここらでイチゾーどのは放免してあげてください。それより北条です。イチゾーどの、北条が動揺していると判断された根拠は?」
「単純さ。直江兼続が教えてくれたんだ。……オレ、付けてたの、ソッコーバレてさ。ワケ話したらアレコレ白状してくれた」
「彼は聡い子だよ。ウソゴマカシはしようと思えば幾らでも出来ると思う。でもわたしは彼の説明を信じるよ。わたし、もう一度北条幻庵さんに談判してくる。海軍創設の件も気になるしね」
「わたしも同じ考えです。北条で思案を巡らせるのはあの方が一番もっともらしいと思います。考えをお聞きするちょうど良い機会だとも思います」




