10幕 アンカープレイヤーカード
アンカープレイヤーカードを有した者が最終勝利者となれば、戦国武将ゲームは完全終了する。
現在の持ち主は甲斐信濃の国主、木下藤吉郎陽葉である――。
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ゲームマスターよりプレイヤーの方々にお知らせ
――いつも元気いっぱいに戦国武将ゲームを楽しんで頂きまして有難うございます。
この度、最終勝利条件としてアンカープレイヤーカードの所持かつ、従来より公示しておりました天下統一を成し遂げることにより、完全ゲームクリアとなることをここに公表致します。
また現在の所持者を合わせてご報告しますので各々のカードの表示をお確かめ下さい。
今後とも戦国武将ゲームをご愛顧下さいますよう宜しくお願い致します。――
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木下恋が昼寝中の姉、木下藤吉郎陽葉を揺さぶり起こして報せた。
「そのお知らせならもう見たよー。わたし、バズりまくりだねえ」
「何そのバズりって……。お姉ちゃんやっぱアタマオカシイよ、昼寝してる場合じゃないよ、こんなところいてたらアブナイって。早く昭和に帰って期末テストの勉強でもしてようよ」
かく言うここは上田城。旧信濃国小県郡、現在の長野県上田市に位置する。
いくつもの街道が交差し、上杉との連携基地として、木下陽葉と真田衆が元々あった旧城の縄張りを活かして構築した堅城の城である。
陽葉は腹がすいたと台所に走っていく。人の心配を無視するかと怒り露わで追う恋。
「――オヤ、もう起きられたのですか? まだ1時間ほどしか眠っておられないでしょう? 大丈夫なのですか?」
なぜか台所に立っていた竹中半兵衛は、陽葉に粥を提供した。
「え? お姉ちゃん、寝てなかったの?」
「陽葉どのはここ3日ばかり働きづめです」
「そんな……病気になっちゃうよ、ホントに!」
お椀を差し出す陽葉。おかわりを要求している。
「わたしはね、乙音ちゃんを一刻も早く昭和に帰してあげたいのよ。そのためにはこのゲームを終わらせなきゃなんないの」
ここの台所は薪やカマドは無い。カセットコンロをはじめとする昭和アイテムや盟友の徳川家康ちゃんからの頂き物を持ち込み、ほぼ現代のキッチンの体を成している。
乙音ちゃんとは敵対する織田美濃の事。尾張、美濃、伊勢を押さえ、京への道に就かんと欲している。むろん天下へ号令をかけるためだ。
「じゃあさ、そのアンカープレイヤーカードってのを乙音に送ってあげれば? それで丸く収まるんじゃないの?」
「それは得策ではありません」
半兵衛が梅干しを載せたおかわりを陽葉の前に置き答えた。
「織田美濃どのは自ら天下人になろうと考えてはおりません。あくまで彼女の目標は織田信長を天下人にする事。もしカードを送っても信長に渡してしまうでしょう」
「それがどうしていけないの?」
「一番の理由は織田信長どのがすでに20歳を超えている事。当ゲームには年齢制限があり、18歳の誕生日までにクリアしなければならないとあります」
恋、おかわりを食べ終わり、テーブルに突っ伏する姉を眺めた。
「……だいぶムリあるよね、そのゲーム。だからお姉ちゃん、一生懸命なんだ……」
木下陽葉は15歳7か月、あと2年5か月。対する乙音こと織田美濃は14歳……、両者とも数年の猶予しかない。無理ゲーというヤツでは無いだろうか。
「正直それがしも奇想天外な事を申されると疑っておりました。しかし現実に不可思議な出来事ばかり起こっております。100年続いた戦乱の世があッと言う間に終焉しても、何ら驚きはございませぬ」
「ねぇ、半兵衛さん。わたしとか半兵衛さんもお姉ちゃんと手でも繋いでれば現代に跳べるんでしょう? 乙音ちゃんも同じようにムリヤリ連れ戻せばいいんじゃないの?」
恋には姉の頑張りが痛々しくて仕方なかった。
もっと単純に安易に解決できないのかとヤキモキしている。
「それは以前、陽葉どのが試されたそうです。それから美濃どのはそうされる事を酷く警戒されているようです」
うーん。と語句が継げない恋。
乙音が現代に帰れない理由……。実は他にもあるのではないだろうか。
「――あのさ。ひとつこれまでと大きくルールが変わった点があるんだよね」
陽葉が薄目を開けてふたりを見ていた。
「お姉ちゃん、起きてたの?!」
「アンカープレイヤーカードの事でしょ?」
「いや。正確には『アンカープレイヤーが、最終勝利者とならなければならない』ってのが前からあったんだ。それがこれからは『カードの所持者が――』に変わった」
半兵衛が「ですね」と相づちを打つ。
「だから恋。もしお姉ちゃんが18歳になってもゲームクリア出来なかったら、あとを継いでね?」
恋は言葉に詰まり、無言でうなづいた。