9幕 南勢の海賊
伊勢国長島の願証寺と和睦した織田軍3千は二手に分かれ、2千は尾張に帰還した。残り1千がそのまま南進。北伊勢に割拠する北勢四十八家と言われる神戸氏をはじめとする大小の豪族、権門勢家らを均し、白米伝説の残る阿坂城を開城させ、北畠氏の居城、大河内城(伊勢国松坂、現三重県松阪市)にまで至った。
この頃、北畠家の当主だった北畠具教は隠居を決め込み、嫡子の北畠具房が一門の頭領であると、自ら直接交渉の場に出向こうとしなかった。とは言え後を任された具房はまだ12歳。采配を振るには幼すぎる。明らかに拒絶の意を含めた言い訳であった。
このとき幼君を扶翼する立場にあったのが、木造具政という強か者だった。彼は実兄でもある前当主具教に後見人の位を認めさせ、明智十兵衛光秀・村井貞勝の陣を行き来した。
「しょせん兄上があの様では北畠家は早晩生き残れまい。家名の存続を赦して頂けるのなら多少の無理は通しましょうぞ」
木造具政自身、先年朝廷より従四位下という位階を賜っている。それだけ名家だという事だ。世が世なら元流れ者の十兵衛など相手にもされない。その男が頭を下げて来ているのだ。
十兵衛はともかく、村井は心の中で喝采を叫んだ。これで手柄を立てられたぞと興奮した。
「うーん、どうしましょうか村井どの。家臣の方に幾らアタマを下げられても、トップが「ウン」と言わなければ意味無いですしね?」
「は?」
何たる強気! と村井が目を剥く。これではせっかくまとまりかけた交渉が振出しに戻るではないかと叫びかけた。
「……では織田はあくまで北畠と刃を交えたいと?」
「いやぁ。そうハッキリ言っちゃうと木造どのの面目が丸つぶれになりましょうし、そうなったら北畠は本当に滅びちゃいますよね?」
木造具政は流石にいきり立った。「貴殿、愚弄するのか」と刀の柄に手を掛け、
「うむ承知。徹底抗戦。それも良かろう!」
と席を蹴った。
十兵衛、その背に聞こえるよう、わざと大声で、
「……オーイ、九鬼どの。出番ですよ。お出ましあれ」
床板を踏み鳴らして海賊衆、九鬼嘉隆が参上した。全身から覇気が溢れ出ている。生を具現化したような男だった。
まだ若そうである。
「木造どの。つまりは南伊勢はすでに織田の統治下にあるという事です。北伊勢の落ちぶれ名家などに、ぐずぐずかまけてはいられないのですよ。織田の軍門に下る。イエスかノーか。決めて頂きたいのはそれだけです」
「な……」
「ご質問の答えですが、北畠の家名は残しますよ。まだ利用価値はありますし。適当な織田の親戚でも連れて来て養子縁組でもさせましょう。もしくはそちらの12歳の坊ちゃんを美濃さまの御伽衆にでもしましょうか?」
九鬼が主すじの北畠の惨状を目の当たりにし、「わはは」と歯をむき出した。
「いいぜ。織田一党ちゃん! そのくらい悪鬼ぶりを見せてくれんとわざわざ見物に来た甲斐が無いってもんだ」
「九鬼どの、そんな他人事発言しちゃってていいんですかー?」
明智十兵衛光秀の無表情づらに、九鬼嘉隆は「良いんだよ」と口角を上げ、
「織田美濃ちゃんが黒船作ってくれって頼んでんだって?」
「頼みでなく厳命です。主命達成が貴殿の命が繋がる唯一の手段ですよ?」
「へえ。長島の一揆衆にはお優しい手で篭絡したと聞いたが、逆に伊勢衆にはまたずいぶん手厳しい扱いをしやがるな、明智クンよ。……分かったぜ、織田美濃ちゃんに伝えろ。黒船建造はこの九鬼嘉隆が引き受けたと」
十兵衛、居住まいを正し、深々と一礼する。
「その言葉をお待ちしておりました。かたじけなく存じる。では一ケ月後に」
「一ケ月! オマエら織田一党はホントに異常だな」
吼えつつ、九鬼嘉隆は愉快げに頬を緩めていた。
「――ところでよ明智。戦国武将ゲームカードの告知は見たか?」
「そういえば九鬼さん、あなたもプレイヤーでしたか?」
「おうよ。オレはもう18になっちまったがなぁ。せっかくだからゲームりエンディングは見たいんでな、カードは処分せずに持ってんだ」
十兵衛、心なしか眼を細めて微笑む。
「――アンカープレイヤーカード所有者について、ですね? やはり予想通り、木下藤吉郎陽葉さんでしたね」
「ああ。これから嬢ちゃん、全国のプレイヤーから狙われるだろうな。何とも酷なゲームマスターさまだぜ」
前4回の大会で埋もれていた木下藤吉郎が今大会で初めて躍進し、ようやくゲームエンドの道すじが公表された。
「アンカープレイヤーカードを有して全プレイヤーを服属または同盟関係を結び、天下に号令をかければパーフェクトゲーム・ジエンドコンプリートとする……。要するに長い戦いがお開きになるってことですよね」
「多分そういうこったな」
20220306織田美濃と木下陽葉




