6幕 北条評定
永禄元年(1558年)5月初旬――。
相模国久野の北条幻庵屋敷に北条五色備と呼ばれた剛将どもが集っていた。
彼らは事実上、北条総軍の主格を担っている。
彼らの素性は次のとおりである。
赤備。北条常陸介綱高。相模国玉縄城々代。
青備。富永左衛門尉。武蔵国栗橋城々代。
白備。清水上野介。伊豆国下田城々代。
黒備。多目周防守。上野国平井城宛行城番。
――そして。
黄備の北条上総介綱成。武蔵国川越城代。
彼がこの五色備の統率者だった。
四将軍を門前で出迎えたのはこの男である。彼は前日から幻庵屋敷に逗留していた。
「幻庵どのは奥屋敷で氏康に説教しておられる」
「説教とな? 殿がお出ましなのか?」
「くだんの木下の?」
「ああ。多方面から総攻撃を喰らわせるという脅しに、まんまと乗った話じゃ」
綱成がアタマをかいた。野太い指が剛毛に絡む。始祖北条早雲に最も似ているとウワサされるが実際のところ血筋は無い。
「風魔衆にも潜らせたが、徳川、上杉、木下の出陣は確認されておらん。殿はバカなのじゃ。小娘の言を真に受けるなど」
殿であるはずの北条新九郎氏康に対し、まったく遠慮がない。見下しているというより、そういう家風なのであって、その点、木下家と類似していた。
◆◆
「このようなときに。また滝行に行っておられたのか?」
当主氏康を前にして、幻庵が底光りする眼光で入室した綱成を睨む。
「まさか。同志を出迎えておりました」
車座にドッカと腰を下ろす。他の四人も倣った。
全員が、幻庵相手に萎縮気味であろう氏康を、どう救ってやろうかと内心、算段しながら。
「殿。ぼちぼち兵らを帰郷させますぞ? 田植えをさせねば、苦い秋祭りになろうからな」
「それがの、綱成どの。例の房総での失態じゃ」
幻庵の、苦々しげに細める眼。
壮年の域を超え始めたとはいえ、身中から発する威圧は衰えを知らない。だが吐いた声音には珍しく力がなかった。
「房総……。里見でござるか。ヤツらが調子づいたか?」
四将のひとり、清水上野介が眉間に皺を寄せた。
その房総での失態で苦渋をなめた一人だ。
「先にボクの話を聞いてくれよ」
自他ともに気弱を認める氏康の、珍しいアピール。
綱成、こっそり頬を緩ませ、「では殿から」と右手を差し出す。
「あの娘の言ってた話は本当なんだ。ホントに小田原に攻めて来たんだよ」
目を合わす勇気が無いらしく、代わりに幻庵の白髭をやたらと凝視しつつ氏康が呟く。
呆れたのか、黙り込んだ幻庵の代わりに綱成が「どういう事か」と問い返すと、氏康は何故か怒ったように口を尖らせた。
「だからさ! 小田原城が落ちたんだよ」
「な、なんだって?!」
その場の全員が、揃って声を裏返して怒鳴った。
彼の話を要約すると、一昨日、竹中半兵衛と思われる男とその一行が何らかの方法で本城に侵入し、乱戦の末、天主館を乗っ取ったという。
「――で氏康の殿は、おめおめと城を捨てて、ここに逃げて来たってのかい!」
「失敬な。半兵衛に『幻庵と五色備と話がしたいから連れてこい』と言われたんだよ。そしたらスグに城を返してやるって……」
たはーと綱成が嘆息した。
「切腹されよ。もはや生き恥じゃ」
呆れ唸る幻庵に、氏康は青ざめて首を振り、答えた。
「いやいや。城は既に返された。アイツらは自分たちの力を見せつけるのが目的だったんだよ」
床板に拳を打ちつけた綱成。
「……幻庵どの。情けないが、どうやらワシらの負けのようじゃの。昨夜の話を四将と殿に報告してくれ」
瞑目した幻庵が告げる。
「氏康どのが従四位下に叙任されるらしい。徳川どのの斡旋じゃ。それと、里見。我が北条軍が三船山で大敗し、太田氏資を失ったこと、まだ皆の記憶に新しい。その原因となったのが木下藤吉郎じゃ。キヤツが大量の鉄砲を里見に横流ししたらしい。我らは木下の圧倒的火力に敗れたとも言える。彼の者、硬軟交えての外交交渉を仕掛けて来よった」
従四位下と言えば、後北条累代でも前例のない高位である。またこの当時の武家の極位と言っても過言ではない。
その一方で、木下・徳川陣営に抗じる愚をあからさまに諭しているというのだ。
廊下で遠慮がちな声がした。
「門前に、上杉謙信と木下藤吉郎を名乗る者が。いかがいたしましょうか?」
ハイファンなのかローファンなのか、歴史なのか。
ジャンル設定に悩んでいます。
どれ選んでも違う気がするし、読み手の方々を混乱させそう。
もしよろしければご助言クダサイ。