3幕 禅幢寺参り
名古屋駅内のレトロ喫茶店で、小倉トーストをつまみながら木下藤吉郎陽葉が嘆息した。彼女に向かい合うのは、前田又左ともう一人。茶髪の少年。
「竹中半兵衛か。ソイツ、なかなかの変人だな」
――竹中半兵衛重治。
戦国期、稀代の軍師として後世まで名を馳せた人物である。
史実では木下藤吉郎秀吉に仕え、活躍したとされる。
陽葉はもう3日も彼の自宅を訪ねていた。
「多分、欲が無いんだと思う。彼」
「いや違うぞ。ソイツ、サディスティックな性格なんだよ、きっと。陽葉が弱ったカオをしてるのを窺い見て、喜んでんだぜ」
「それではまるでオマエと同じだな、香宗我部一三」
又左とイチゾーと呼ばれた茶髪少年がにらみ合った。
ふたりは仲が悪い。
殴り合い寸前で陽葉が止める。
「今日も行くのか?」
「そーよ、当たり前よ。三顧の礼を模倣してるのなら、そろそろなびいてくれるハズじゃない?」
フーン。
と関心なさそうな返事で店外の通行人に視線を逸らすイチゾー。
テーブルにお金を置いた陽葉はさっさと店を出て行った。
不仲の少年ふたりが競い合って背を追う。
「イチゾー。今日もついて来るの?」
「悪いのかよ」
「……別に」
駐車場に停めていた軽トラに乗り込み出発。前田又左の運転だ。室町時代の少年が? などと下衆なツッコミをするなかれ。以前から彼は方々苦心し運転免許を得ていた。
名神高速を駆り、関ケ原を経由して垂井という町に入る。
「数年前までこの辺りに駅があったらしいんだけど、不便よね」
街外れの山道から坂道に難渋し、禅幢寺という曹洞宗の寺を目指す。
バス停を目印に車で進入し、駐車する。
陽葉らは軽トラの荷台に上がり、着衣のまま積載した仮設のシャワーボックス内に。
陽葉のすぐ後ろに又左が続いている。
イチゾーも小走りで駆け込んだ。
備え付けの貯金箱に小銭を投入後、カサを開いて開栓。
熱いお湯が降り注いだ。
一瞬で視界が変わり、うっそうとした木立の中に木造家屋があらわれた。
警戒色を放ち又左、イチゾー、陽葉の順に進む。
草木をかき分けること10分。小径が拓け、その奥に門を構えた草庵が見えた。
そこが、竹中半兵衛の住処だった。
◆◆
「ご無礼つかまつった。ここ3日ばかり、大垣の街に行っており留守にしており申した」
真偽不明ながら竹中半兵衛と思しき人物が頭を下げた。
あっさり会えた事に半ば驚いた3人は、素直に平伏する。
「早速ですが半兵衛さん。今日はお願いにやって来ました」
「はぁ」
わたしの家来になってくれ。
木下藤吉郎陽葉はそう単刀直入に切り出した。
ウンともイイエとも答えずに男は苦笑いで黙り込んだ。
そのトボけたとも思える面容に、又左は「コイツ、本当に竹中半兵衛なのか?」と疑った。
「先日、稲葉山城が落ちました。斎藤道三と織田美濃の仕業です。半兵衛殿はそのこと、いかにお考えですか?」
又左の正視を受けた半兵衛はちょっと首を傾けて、
「さあ。どうでしょう?」
と答えるのみ。
又左は床板を蹴るようにして立ち上がり、
「帰るぞ、藤吉郎」
と腕をとった。
「待ってよ。――わたし、あなたの言う事ならなんでも聞きます。どうかわたしに策をお授けください」
深々と頭を下げた。
唖然としているばかりだったイチゾーも急いで床に額をつけた。
「オマエら、正気か」
仁王立ちの姿勢を止めない又左に穏やかな微笑みを向けた半兵衛が言う。
「畏まりました。但し早速ですが、ふたつ。課題を申しますが構いませんか?」
「ねっ、願ってもない事! 何なりとお申し付けくださいっ!」
「ひとつ。北条家は上杉には加担しません」
ギョッとしたのは陽葉本人。
「な、なんでそんなコト、分かるんですか?!」
「それは常識です。現在の北条家を仕切っているのは当主、北条氏康ではなく――」
息を入れて、
「北条玄庵です。彼の者を説得し落とさねば、北条はなびきません」
「わ、分かった。――二つ目は?」
「近々、織田家による上洛戦が敢行されます。それを阻止してください」
「じ、上洛戦を……阻止……!」