2幕 稲葉山陥落
弘治改まり永禄元年初春。
美濃国(現在の岐阜県)稲葉山城では内部抗争が勃発し、流血の惨事となった。
首謀者は斎藤道三。
そして共犯者は、尾張国(現在の愛知県西部)を掌握する織田美濃。
彼女は、甲斐・信濃を支配する木下藤吉郎陽葉と同じく、昭和末期の現世からこちらにやって来た、成りすまし戦国武将のひとりだった。
織田美濃と斎藤道三は共謀し、先年不遇の死を遂げた斎藤義龍に代わって家中最大の政敵となっていた西美濃三人衆を、だまし討ちで壊滅させた。
その残党狩りで城中および城下は大騒ぎになっていた。
西美濃三人衆は斎藤家重臣であった稲葉良通、安藤守就、氏家直元の三部将。
いずれも西美濃に根を張る有力氏族だ。
美濃斎藤家の主軸と言えた。
「今日までよく仕えてくれた。が、出過ぎたな。赦せ」
血だらけで横たわる安藤守就を見下ろし、道三は合掌し踵を返した。他のふたりも既に首だけになって板敷に並んでいる。
「父上。これで歴史は完全に覆りました。名実ともに再び美濃国はあなたのものです」
「いや。この国はオマエに呉れてやる。それが望みでワシに付いたんじゃろう? 戦国武将としてではなく、【戦国武将ゲーム】のプレイヤーとして、ワシはオマエに完敗したからな」
兄にあたる斎藤義龍も、その後に権力を得て武田に内通していた西美濃三人衆も、すべて事前に裏切りを察知され、道三に伝えたのは織田美濃だった。彼はそれを言っている。
「では有難く美濃国は頂戴します。――失礼します」
「ワシの処遇はどうする? 放逐か? それとも」
「東美濃に出向頂き、木下家に対処してもらいます。さしあたっては三人衆の地盤を実力で引き継いで、東方に私兵を移してください」
「――国中敵だらけとなった無一文のワシに、結構な試練を与えるのう」
「バツゲーム、存分に楽しんでください。織田の武将と兵は利息をつけてお貸ししますので」
稲葉山城天守から望む夕日は西方を赤く燃やしていた。
「わたしは早々に京に上洛します。背中はお任せします」
「カンタンに言うな。木下藤吉郎はクセモノじゃぞ」
「その名前。出さないでください」
――木下藤吉郎は元織田家に仕官していた織田美濃の部下であった。
現世では中学の先輩後輩の間柄でもあった。
でもいまは敵同士。
この戦国の世を巻き込んだ【戦国武将ゲーム】で、木下藤吉郎こと木下陽葉は、敵対する有力ゲームプレイヤーのひとりに過ぎない。
「ところで我が娘よ」
「何ですか、お父さま」
繰り返すが、織田美濃と斎藤道三はゲーム上、親子設定になっている。
「木下の動きじゃが。上杉と同盟を結んだのは知っておろう」
「――ええ、まぁ」
「東海の覇者、徳川家康とも強固な結束で結ばれているのも存じておるな」
「それが何か?」
「それを後ろ盾に関東の北条家を抱き込もうと画策しているのは知っておるか?」
それは初耳であった。
「北条氏康がそんな簡単に『はい分かりました』とはならへんでしょう」
道三がイヤな嗤いをした。
彼女の関西弁に気付いたのだ。心の動揺と見て取ったのだ。
「落とすべきは当主の氏康ではない。北条幻庵じゃ」
「幻庵。……あの、初代早雲の実子の?」
織田美濃の眉が寄った。
織田の細作(=スパイ)よりも、道三の放っている細作の方が優秀なのか? と不快に思ったのだ。
「アイツら。減俸や」
「そうカリカリするな」
「……。カリカリなんてしてません」
「そうか? 木下家が甲斐信濃(現在の山梨県と長野県)を完全支配するのは時間の問題だのう」
半年前に先輩の木下藤吉郎陽葉は織田家を離反し、独立した戦国武将の道を突き進み、一気に2ヶ国の太守となった。
それに比べて。
――と、織田美濃はイラ立った。
わたしは、モタモタ泥水をすすりながら足踏みしている。
半年かかってやっと得た美濃国も安定には程遠い。
そう感じた。
「光秀!」
「……は。これに」
呼んだのは明智光秀。
彼のすまし顔に、更にイラついたようだった。
ちなみに明智光秀も戦国武将ゲームのプレイヤー。
「光秀。1ヶ月以内に上洛軍を編成しなさい。六角、浅井、三好へのフォローもしっかりしておくのよ!」
「フォロー……と申しますと?」
「それくらい自分で考えて!」
ついキックが出た。
しかし光秀は手慣れた様子でひらりとそれをかわした。
「幾らなんでも」
「ハァ? 幾らなんでも、何や!」
「乙女たるもの、乱暴な振舞いはいけません。それにその短いスカートでは」
「キイィィ!」
木下センパイがいなかったら、わたしの尾張統一はもっと時間が掛かったかもしれない。
そう思うとますます悔しさが前面に押し出してきた。
頭の片隅に木下藤吉郎陽葉のカオが浮かんで消えない。
「貸しなさいッ!」
ネガティブな気持ちを吹き飛ばそうと、彼女は小姓が抱えていた火縄銃を取り上げて、空に向かってぶっ放した。
上空の鳥群が散り散りに乱れた。