10歩 「又左」
「前田さん」
「犬千代でいい」
「あ、あの、じゃあ、せっかくなんで《又左》って呼んでいい?」
ついノリで口ばしった。
わたしってば、ナニゆってんだ?! 初対面だぞ? 何が「せっかく」なんだ? 馴れ馴れしい上に恐れ知らずだよ!
「なんでもいい。又左でいい」
いいんだ?! てか、又左なんだ、アンタ!
「ありがとう。……又左さん」
「又左」
「ま、又左。じゃさ、今日って何年何月何日なのかな?」
鉄板の質問、シタッター!
「天文21年3月14日」
即答! でも。
天文……? ええと?
「西暦1552年だ」
「ど、どうも……って、西暦ってアンタ?!」
西暦を知ってるって。やっぱ現代人なんじゃん?
「乙音さまに教わったのだ。今は室町様、つまりは足利将軍家の御世だが、オマエたちの歴史感覚でいえば戦国時代というそうな。なんせ大荒れの世だからな。仕方のない解釈だ」
又左がめずらしく歯を見せた。
「なに?」
「いや。乙音さまも以前、同じ質問をされたのを思い出したのだ。ここはどこ? あなたはダレ? 今はいつ? と」
わたし、それを聞いておもわず笑った。
「どうした?」
「いや。べつに。なんか緊張してないなぁ、わたしって。そう思ったんだよ」
「緊張? どうして緊張なんてする必要がある?」
「又左がいい人だから、だよ! わたしの時代じゃ、そんな人がいちばんアブナイの。これ、常識だよ」
又左、「ふむ」とうなづき首をかしげた。ビミョーに理解不能らしい。
「わたし、【太閤〇志伝】ってゲームが好きなんだ。その登場人物に【槍の又左】ってのが出てくんの。木下藤吉郎は、槍の又左とチョー仲良しでさ。……だから、決めた。わたしはキミを信用する! 無条件で信用することにする」
「たいこうりっし……げえむ? 信用? ……あぁ。そりゃ、どーも」
意外にそっけない。
「わたし、本当の名前は、陽葉。木下陽葉っていうんだ。又左くん、ヨロシクね」
親愛の情を込めて手をにぎった。
わたしってテンション高まったら、結構無思慮になるんだよね。
男の子の手って思った以上に大きい……。
フッと、そう感じた瞬間に我に返って、手をひっこめた。
「なるほどそうか。乙音さまもそうだ。こっちの世界では乙音さまのことは皆、【美濃姫さま】とお呼びしている」
「美濃姫さま……フーン」
大人っぽい口調だけど、やっぱ随分若いよね。もしかすると、わたしとおない歳くらいかな? などと思いめぐらせているうちに、どんどん親近感がわいてきた。
「どうした、まだ警戒してるのか?」
「ううん。……美濃姫さま、か。又左、お願い。その姫さまに会わせてくれないかな?」