1歩 「供養塔(1)」
はじめまして、香坂くらと申します。
今回より歴史ファンタジー物をはじめます。ぜひともご一読ください。
昭和63年夏――。
「壊れた? ……なんで?」
築25年のアパートに暮らしているわたしはその日、部屋付のお風呂が壊れたのを知って愕然とした。
だってそうでしょ? もう直んないかもしんないんだよ!
大家さんに、
「高級マンションに立て替えるんで、ビンボー人どもはさっさと立ち退いてください」って言われたらどうすんのって!
「……なにブツクサ、独り言トバしてんの? パジャマのままで? ビョーキなの? 救急車呼べば?」
とは、妹の木下恋。
色白で丸顔、肩より長いまっすぐな黒髪。
姉であるわたしの次にカワイイ顔してるくせに、コトバは不細工でトゲトゲしい。
「お母さんは……あ、そか。もう出かけたのか。さっきも聞いたんだっけな」
妹の冷たい反応をナナメ方向にはね退ける。いつもこんなカンジ。
宿題の古典文法をしていたつもりが見事に記憶を失くし。目覚めた時分には、すっかり夜。お母さんは宅配便センター、とっくに夜勤のバイトに出かけちゃったみたい。
「銭湯行くよ。お母さんからお金預かってるし」
「ちょ、もう直んないのッ? お風呂、一生直らないの?!」
腕組みした妹のタメ息。
「……大家さんにはもう伝えてる。明日、業者さん来るってさ。症状話したら給湯器の不完全燃焼じゃないかって。サイアク、交換だね」
「それ変えたら、またお風呂はいれるの? 引っ越ししろって言われない?」
「それは、心配ない。だいじょうぶだから」
あきれかえった様子、でも口調は優しくなった。
「行くよ、お姉ちゃん」
「ちょ、待って。今日は銭湯じゃなくって、コインシャワーに行ってみよう」
「は?」
「銭湯、定休日だよ。知らなかった?」
あきらかにうたぐりの眼差し。至極怪訝なり。
でもわたし、こういうシーンでのハッタリは昔から得意。
「わかった。じゃ、恋は銭湯行きなよ。無駄足だろうけど。わたしはまっすぐコインシャワーに行ってるよ。……あ、いいよ。気にせず待っててあげるから」
クツを履き、外に出る。あわててついて来る足音。
「分かったよ。信じたよ。行こ、コインシャワー」
――よし。成功。
ホント、妹は良い子だ。
数日間、連投します。
2話を20時、3話を23時に設定しました。4話は翌日です。