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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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七話 魔法の才能

「クソ、なんだあのガキは……。」


 空をビュンっと高速で駆ける一つの影。

それはまるで空を一種の捕食者のように舞い、下の木々の立ち並ぶ様をながめる。


 しかしその捕食者であるはずのモノ。魔女は一つの人間の言った言葉に執着し、頭からその存在が離れない。

 殺そうと思えば殺せたはずの容易い存在、追い出そうと思えば力づくで追い出せたその存在をまるで忌避するかのように避け、逃げるかのように空へと飛んだ。


「魔法が苦手……か。」


 それはまるで過去の異物を想起させるかのように魔女自身の脳内を貫く。

 痛みが襲う前に地上へと降り獲物である。モンスターを仕留める。


 ――きっと私は思い出せないのではなく、思い出したくないのだ。


 数年前の出来事。時間とともに解決をできない。私自身が残した傷。その記憶は鮮明に私の脳内を駆け巡り、未だに乖離できない。あの日の出来事は一言一句、誰の言葉かもわかる。



 魔女である私は当時、フィラという名前だった。魔法学園を卒業したて、二十にも満たないその若さでありながら魔法の才能を買われ、国直属の兵士へと仕官した。

国直属という名前に負けないほどの才能の持ち主の集う場。しかし、それであることを決定づけるかのように日々訓練、訓練、訓練。


 今までの人生を魔法だけに費やしてきた私にはその訓練はまさに地獄。追い越されないように、置いて行かれないようにすることに必死に努力した。

毎日の訓練に加えて体力増加のための走り込み、何も知らなかった剣技を基礎から。

何もかもを兵士としての向上のために無心で人生を費やした。

幸い私には体力の方の才能もあったらしく、日々の訓練になじみ、戦闘を走るほどにまで成長した。

そんなある日だった。彼がやってきたのは。

当時の私は小隊を任せられるほどになり初めての新人が入ってくるということで少し意気込んでいた。

しかし、そんな中登場した男は、中肉中背に短かい剣に腰に杖を携えた男だった。

「あ、小隊長っスか?自分はヒューズっす!よろしくお願いっス」


ヒューズはふわふわとした口調に加え、姿勢まで戦闘で向かないほどに悪い新入りだった。

その時点で既に私の沸点に到達。キレる寸前の頭を冷やし、訓練へと移る。

しかしヒューズは期待以上に戦闘に向かない新人だった。すぐに体力がつきて剣の稽古さえもまともにできず、走り込みではすぐにへばる。


 町に行った際も何もできずにただ歩くのみの木偶の坊。

 ……明らかに軍に向いていない。

 しかしそう思ったのは彼が配属された数日だけだった。

 その日から私は彼にはかなわないとさえ、思えた。

 

 ヒューズは笑顔だった。ただそれだけだ。ただそれだけのことで回りの軍人のみならず、見回り中の国民までを笑顔にした。ヒューズの歩いた後は必ず笑顔がある。そう言っても過言ではないほどに。

 

 いつだっただろうか。私が彼を食事に誘ったのは。そこで私はヒューズに聞いてしまった。何のためらいもなく、極々自然に。もう少し気の利いた聞き方も隊長としてあったと思う。それでもヒューズは言葉の真意を汲み取ってこう答えたのだった。







「だってこの仕事楽しいじゃないっスか!」

「楽しい?」


 発言に私の眉間にしわが寄るのがわかる。軍の稽古はきついなんてもんじゃない。それにその大変さはヒューズもよく知っているはずだ。


「あ、訓練じゃなくて。軍の仕事の方がっスよ」

「見回りの方とか、モンスター討伐か?」

「そうっス」

「いやそれなら冒険者にでもなればよかっただろう」

「いや違うんすよ。軍だからこその良さがあるんすよ。特に見回りが」


 話しながらもヒューズの酒を飲むペースはどんどん上がっていく。


「まあ、国の軍に入ることがちょっとした夢だったのかもしれないっスけど……」

「将来の夢ってやつか……」

「あ、そんな大それたもんじゃないっスよ」


 酒のせいか、話のせいか顔が赤く染まったヒューズが首を横に振る。


「国を守りたいとか、昔から正義感があってそれでなったとかじゃないんす。ただなんかこの国の居心地っていうか、雰囲気というか、そういうのを取り巻く人の笑顔っていうのか。そういうのが好きになって気づいたらっていうんすかね」

「なるほどな……」

「あっ、いやなんか恥ずかしいっスねこれ」


 さらに顔を赤くしたヒューズはそのまま手に持ったグラスを一息に飲み干して、深く呼吸をした。

 赤くなった頬でテーブルに顎を載せて低い体勢で空のグラスを見つめる。


「そんなことはないだろ。いい志だと思うぞ」

「へへっ、そうっすかね…。何かみんなと歩いているときもそんなことを考えているっす。軍の皆のみたいに魔法も剣もできない出来損ないなのに……そんな笑顔を見てると自分は楽しいな……」


 酔いの性か口調もほどけながらヒューズは自然な笑顔で自然に吐露する。

 軍の仕事の心意気としては素晴らしいものだ。きっと軍人とはかくあるべきなのだ。

 目の前にしたその本物は戦闘以上に軍人として必要なものを持っていた。

 自己のため、金のためなどあるべき姿ではない。ただそのあるべき姿をするものが、これほどまでに素晴らしいとは思わなかった。


「おっと、すまん呆けていた……あっ」


 自身の施行に更けていることに気づき、ヒューズに目をやると既にヒューズは酒のせいもあり、眠りについていた。


 その日から私の世界は明らかに変わった。これまでの形をすべて 覆すような思考にまでなった。

 変わったように毎日が楽しくなった。国を守る、故郷を守ると思えば魔法以外の稽古も苦痛ではなくなった。世界が色づいていた。


 ヒューズの言っている事が理解できるようになり、軍としての指揮や戦闘力自体も伸び、小隊長、大隊長と成績を伸ばしていった。


 しかしそれを教えてくれたヒューズは皮肉にも、未だ一兵卒だった。

信頼はあった人望もあった。だが軍の中での戦闘の腕という壁はそれほどまでにも大きかった。

 私の当初の考え自体は軍自体に染み付いた考えだ。そうやすやすと取り払うものでもなければ、ヒューズ自身の考えが全ての軍人に伝わるわけでもない。

 彼のほとんどない魔法の腕と、一般人に毛の生えた程度の件の腕前では何時までたっても昇格など考えられない。それが軍の考えだった。


「ヒューズ出かけるぞ」

「え、フィラ隊長?どうしたんすかいきなり」


 ヒューズの心の掌握と、彼の言葉の力には覚えがあった。何度も何度も私は彼の昇進を推薦したが通ることはなかった。それならばと、私は一案を講じたのだ。


「実績をつくりにだ!」



 王都の近くでも危険と有名な森。私とヒューズ率いて大勢がその森に足を運んでいた。


「ま、前へ、そこ列を崩さないで」


 即席部隊にしてはよくやれている方なのかもしれない。しかし、明らかに実績という面で考えるならば足りなかった。隊の人員の満足度合いも、狩れるモンスターのレベルも。


 この森においてもう少し強いモンスターが出てもいいものなのだが、遭遇が少なかった。 

 

 ――それに。


「おい、ヒューズ。緊張しているのか。いつものお前らしくないぞ」

「そうかもしれないっスね。せっかくフィラ隊長が用意してくれた場なのに……もっと頑張ります」


 肩に力が入りすぎている。注意しても直るものではないのかもしれないが、らしくない。

 その考えをもった時点で私は下がればよかったのだ。撤退して次に備えればよかった。しかし、私はそこで躍起になってしまった。実績を実績をと先を急いでしまった。


 そこで遭ってしまった。伝説に近い異名を持つ――

 ――ドラゴンに。存在すらもあやふやだったものに。


「総員退……」

「グオオオオオオオオオォォォオオオオオオオ」


 それは一瞬だった。出会った瞬間、私はその強い殺気の中退避命令を出した。その声の元目掛けて、私目掛けて、竜は咆哮を吐いた。

 避ける隙も無かった。その強大な攻撃は軍での稽古をあざ笑うように私に向かってきた。


 ドンッ――。


「やっぱ、自分は向いてなかったみたいっス」


 誰かの体に押されて激しく横に吹き飛ばされる。


「な……。」


 その姿は私の目の前で炎に飲まれていく。


「ヒューズ?」


 ……消えた。人が消えた。炎に包まれた人たちは何の跡もなく消え去った。全てなくなった。軍隊も、武器も、防具もヒューズも。

 ――何もかもがなくなった。

 苦痛も、悲鳴も、人の焦げた嫌な臭いもない。まるで手品のように。この世の理を無視するかのように。


 炎を吐いたドラゴンは燃やした人間たちどころか生きている私にすら目もくれず、そのまま立ち去って行った。きっとあのモンスターにとって私たちは道を往く蟻。大したこともない、気にも止めないほどにあっけない存在だったのだろう。


 残された私はその場に膝をついて茫然としていた。


 私は自分から軍を出た。罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。帰った私には非難のことばと遺族からの罵声が待っていた。死が尊ばれる世界で私は大悪党になった。

 ……涙すら出なかったのだ。私にはお似合いのポジションだったのかもしれない。


 やがて持っていたお金が底をつき、私は王都の離れにある研究所で働き始めた。従業員も少ないすたれた研究所。その一室である蔵書室が私の居る場だった。本には埃がかぶさり古臭い本の香りが漂う。研究をする気力すら沸かずにただただ、本を眺めては閉じ、眺めては閉じ。時間をつぶしていた。


 そんな中一冊の本が目に入った見たことない表紙ポツンとそこにあったその本はまるで今そこに置かれたかのようにひとつだけ輝きをもつ。


 背伸びをして一番上の棚から手に取った本。タイトル・禁忌 蘇生魔法。


 なぜこの場にこんなものがあるのか。国に禁止されている魔法の本があった理由よりも、「蘇生」この一言に目を奪われ、流れるように本の中へと吸い込まれていった。

「一、蘇生魔法は存在する。

「一、蘇生魔法に現代で足りないものは魔法陣に対しての理解である。

「一、蘇生魔法は魔力が無限であれば理論的には可能である。


 背表紙を捲った最初には目次でも、タイトルでもなく三つの教えがつづられていた。


無心にページを捲って――捲っていく。

 蘇生とは、魂を戻すものではない。といった一文から始まり蘇生の原理についてのイロハが書かれていた。

 蘇生。生命の冒涜。死者をよみがえらせることやゾンビとして屍を従属させることは禁忌。国の法で定められている。もちろん学園では教えてくれなかった事。


 それでも本を開くことを止められなかった。その本の終わりまで。

 これが新たな私の魔術師としての第一歩で、一生の始まり。


 魔女と呼ばれた所以だった。




$     $     $     $




 辺り一面はすっかりと黒が更けて、光を月ですら影が濃くにじむ。


「いやなことを思い出してしまった」


 心ここにあらずのまま幾つか買ったモンスターの素材をカバンにしまうと再び空へと向かう。木々の揺らめき風が強く吹き荒れる。


 ――あの少年は帰っただろうか。

 魔法の使えない少年はどこか、あのヒューズを懐かしめるような面影がある。ヒューズの幼少期は彼のようだったのか。ひと時思いふけるが彼はヒューズにはない狡猾さがあった。

ムードメーカーというべきかは必要ならばそうすると言うかのように効率的で、順応的で、奇妙な子だ。


 強い向かい風を受けながらも目前に拠点が迫っていた。考え事をしていても帰路につけるとは、人間の帰巣本能も強ち捨てたものではなさそうだ。

 

 勢いを緩やかにし滑らかに右足から地面へと着地する。

裾についた汚れを叩き落としてドアノブに手をかける。


「ん?」


 中から気配がする。これはまだ帰っていないな……。半分は分かっていたことだ。寧ろあのガキが素直に帰るようには見えない。

しかし何だろうか。この違和感は。いつもと違う。明白なことは分からない。だが体が軽い。軽すぎる。


 考えを残したまま扉を開けた私の目に飛び込んできたのは衝撃だった。

そこには茫然と立ち尽くした少年の姿と、散らかった研究資料。ひびの入った壁。あらゆる現状が淡々と目に入ってきた。

 少年は何かを呟こうにも口にできずにその場に立ち尽くす、入ってきた私には目もくれずに手に持った一本の杖に目を向けていた。その表情は恍惚を浮かべた。


 ひびの入った壁とその()()を見て魔女である私は皮肉にも笑うことしかできなかった。


物語の序章ともいえる幼少期はこれにて終わりになります。

これからは少年期に移ります。

イアルを取り巻く新環境をお楽しみください。

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