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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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五話 先入観と遭遇

 僕が僕を見ている。

僕は僕なのに、目の前にいる僕もまた僕だった。

考えずとも、その現象の原理はすんなりと頭の中に入ってきた。


 ――あぁ、ここは夢の中か。


 夢の中のもう一人の僕はたどたどしい。

自分の中ではしっかりやっているつもりだったのだが、こうやって三人称から見直すと、穴だらけの戦法に、不器用な技量が混じる。

 きっと、戦闘を志していないものが見てもハラハラしてしまうようなそんな戦術ですらあった。

 しかし、夢の中の僕でも一つだけ褒める点はあった。

前へと進むことだ。

 ゴブリンには辛勝。イワザルには逃亡をしても進む先はただ一つの前という方向のみだった。

 そこは自画自賛しても問題ないだろう。

映画を見るように時間が流れ、もう一人の僕はそのまま崖の上の家にて眠りにつく。

 そこで映像は途切れた。

もう一人の僕がいなくなった空間は静かでただ真っ黒な闇が広がっていた。

新月のような闇の広がる世界。

そこに一筋の光もなくただただ虚しい冷たさだけが残る。


「ここはどこなんだ」


 夢の中。それも僕自身が夢と自覚している。

深層心理で僕が見たいと思っている明晰夢なのだろうか。

説明がつかないほどの虚無の空間。

 首をかしげながら歩きだす。

 結局は夢なのだから心配する必要はないのだが、不気味な冷たさだけが僕の神経を逆なでする。いやな感覚。

 

 歩けども、歩けども暗闇から抜け出すことはできなかった。




$    $    $    $




 ――眩しい。


 窓から差し込む光は暑いというより、刺すように僕の体を照らした。

自然と目が開き、僕は体を起こす。


「何か夢を見ていたような……」


 忘れちゃいけない夢。

だけれど、暗くておぼろげな何か…

 …何が大事だったのかもわからない。


 ――まぁ結局夢だしな。


 少し状況整理をしよう。

僕は戦闘後、倒れ、この小屋に入った。転げて倒れたはずだ。

 しかし今自身のいる場所はソファの上だった。

何度思い返しても倒れて転げた記憶までしかない。


 きっと、無意識に入ったんだろう。


村での修行中も僕はこんな出来事が何回もあった。

 例えば、徹夜で勉強をしていたあの夏。頭がぼうっとしていて、それでも続けて居たらいつの間にか僕は病院のベッドの上にいた。

 その時はレオンもセリアも心配で駆けつけてくれたんだっけか。

ファインは慌てて息を切らしていたし、何か旅立つ前とあまり変わらないのかもしれない。

 レオンとセリアは泣きそうな顔で僕を見ていたし……。

そう考えると、僕のあの時の状況は結構まずかった気がする。

 セリアが泣きそうな顔とか今でも想像することは難しいぞ。


 ベッドから出て脇に転がるリュックを肩にかける。

とりあえず捜査開始だな。

 ソファの上とは言え、今まで野宿の生活をしていた僕の体には十分の休息だった。

体の痛みは消えているし、視界も思考もはっきりしている。

魔力の回復まではいかなかったにせよ、動き回るには十分だった。

 むしろ昨日より絶好調といえる。

 パンを口に放り込み、そのままドアを開けて外に出る。


「わぁ……」


 思わず声が出てしまう。

綺麗な場所だ。小屋をでた目の前には大きな樹があった。

その周りには複数の花畑が広がっていて地平線まで見えないほどに咲き並ぶ。

 周囲の空気は澄んでいて、それはここが聖域と呼ばれるのを納得させる者だった。

ここにはその名前がふさわしい。


 本来この世界で魔素を必要とするものが複数いる。一部の動物とすべての植物だ。

特に植物は大量の魔素を含んで活動を可能としている。

 しかし、この聖域にいる植物たちにはそれがない。

魔素を必要としない。唯一の植物。

 記念に持ち帰る冒険者もいたのだが、聖域以外では長くはもたなかった。

さらに聖域は本当にベテラン冒険者のような戦闘を(おも)とするようなものでしか立ち入れないような危険な区域にしか存在しない。

つまり、この景色は冒険者だけのものとして存在する唯一の癒しであると言える。


 ――本当にきれいだ。


 これも旅に出た恩恵。

聖域を求めて旅をする者もいるというのだから侮れないとは思っていたが、こういざ目の前にすると必ずと言っていいほど、訪れたい場所だとさえ言える。

 かつての英雄たちもこの聖域にて戦闘後の宴を開き、作戦を立てていたと思うとさらにこの聖域に入れたことに感謝してしまう。

 

 いや、感動している場合じゃないな。

はっと、我に返る。既に日は登っているのに未だに行動していないことに気づく。

 だがその前に、行く場所がある。 

聖域には水場があるのだ。ここ何日かの旅で水浴びは魔法でしたものの、今はできるだけ魔法は使いたくない。

 聖域に来たのだからどうせなら行くべきだろう。

昨日の戦闘のせいもあって、僕の服には泥やクモの巣。

 腕にも汚れが目立っている。


川辺も聖域内だ。

小屋周辺と変わらず、綺麗な花々が咲いている。


木々の隙間を縫うように形成されている川。

まさに自然の大浴場だった。


「ふぅ……気持ちいな」


 久々の水浴びだ。体の中から冷たい川の水によって冷やされていく。水の質は自然と思えないくらい綺麗だ。

チャプチャプと体に掛けていく。

家の中でのお風呂も好きだったが、自然の中の水浴びはさらに最高だ。温度の調整ができずに冷水のままでしかないのが難点ではあるのだけど。


 ふいに気になった…この川はどこまで続いているのだろうか。

聖域の水もまた魔素を含んでいないだろうから川の終着点は聖域内にあるのか。


 川の流れに沿って行く。…ん?人の影?誰だろうかここにいるということは冒険者だとは思うけど。


「どうもー。冒険者ッ!?す、すみません」

「いや、気にせずに……」


 影の正体はそういって姿を岩陰へと隠す。

なんで……なんでここに女の人が!いやおかしくはないんだ。おかしくは。冒険者という仕事に男の人が多いことは確かだし、女性が少数ということも確かだ。

しかし、けれども……。


しがない村。それは僕の村の名前。そんなしがない村は世間一般で言えば田舎。都市部ほどに子どもがいなければ若い人も少ない。

年の近い女子もほとんどいない環境で育った僕にとって女性。それも若い人というものはあったことすらない未知の領域といっても過言ではなかった。それもさらに裸なんて。


「あ、僕上流に戻りますんで……!」


 緊張のあまり口調もおかしくなってしまう。いや確かに、僕には未知かもしれない。けれど将来英雄を目指す僕がこんなことでうろたえてどうする?もっとしっかりしなければ!


 水をかき分けて前へと進んでいく。

 

 ……ところで、皆さんはご存じだろうか。実は川の中には珪藻と呼ばれる生き物が住んでいる。この珪藻、目に見えないくらい小さい生き物なのだ。当然、この川にも住んでいる。そしてこの珪藻こそが川がヌメヌメしている原因なのだ。


 当然、ここは山だった。川の流れは急流。そんな中急いで走れば…。


 当然こける。


「うおっと」


 体が川の勢いに足を取られて傾く、その一瞬に僕は何の対策もできずに後頭部を強打した。

 きっと、いつもの僕なら簡単に対処できていただろう。例え、急流でもすぐに察せていただろうし、転んだとしても対処できたはずだ。しかし僕は未知との遭遇に対しての耐性がなかった。わくわくする未知との遭遇は経験していたが、ドキドキする未知との遭遇は初めてだった。


 消えゆく意識の中で、僕はそんなくだらないことを唱えて……もとい、ただの言い訳をしていた。




$    $    $    $




「いてて……あれここは」


 目が覚めた僕に襲ったのは痛みだった。頭がものすごく痛い。

何があったか思い出そうとしてもなかなか思い出せない。


「あら、目が覚めたの?」


 ふいに横から声がして、その方向を見る。その場所にいたのは可憐な女性だった。

 髪の毛はショートで姿勢は綺麗ですらっとしている。


「えぇと、僕は一体…」

「あなた、河で流れてたわよ。鼻血だして」


 河…?どうにも思い出せない。聖域に来たことは思い出せるのだけど……。


 しかし自然と納得はできる。

 僕は汚れていたし、きっと川辺に行ったのだ。そこから足を滑らせて気絶。川で流されてしまったということか。


「そうだったのか。ありがとう。僕を助けてくれて」

「いやいや、それより体が冷えてるでしょ。これを飲んで」


 そういって一杯のカップに入った、黒い飲み物を差し出す。きれいなカップだ。いやそれより、これはコーヒーだよね。

 大人が気に入って飲む飲み物という印象。正直僕は飲んだことがない。


「いただきます」


 ゆっくりと口に運ぶ。

 苦い!なんだこれ、いや酸っぱい!?とにかく不味い。なにこれ。


「はははっは、そうだね。子どもには苦いよな。はいこれミルク」

「あ…ありがとうございます」


 どうやら僕を見ていた女性は、僕か顔をしかめたことを見逃さずにいたようだ。それがツボに入ったのか手を打って笑った。


「そこまで笑うことないでしょ?魔法士のお姉さん」

「っはは……ん?私、あなたに職を名乗ったかな?」


 女性は不思議そうに首をかしげて見せた。隠していたのだろうか。

しかしどこからどう見てもそうとしか見えない。


「いや、ここにいるってことは冒険者に絞られるし、あなたの姿をみて剣士だという人はいないでしょ。腕も太くないし、剣を握るような手首をしていない。申し訳ないけど、信仰深い人ならそれなりの衣装は着て居なきゃおかしい」

「それに…シーフと考えられるような恰好はしていない。最後に絞った錬金術だけど、コップを握った時に見えたその肉刺であなたが杖を握っていることが分かった。錬金術師なら杖よりもペンだこが気になるところだし……それに」

「分かったよ。」


 証拠を並べていくが止められてしまう。まぁ……ここまで語らずとも、一発で分かったのは個の部屋のローブだったりするんだけど。これは僕の名誉のために黙っておこう。


 女性はそのひとつひとつの証拠に頷き、理解したようにする。

言い終えると少し顔をしかめていった。


「なるほど。観察力がすごいね」

「……まぁ、ありがたく受け取っとくよ」


 まぁ悦びも束の間、僕はまず失敗したな、と思った。ここで僕が相手の職を言うことに意味はなかったと思う。コーヒーを飲む僕を見て子ども扱いしたこの人に、一杯泡を食わしてやろうという気概はあった。けれど、これは思ったよりショックだ。


 女性の目が完全に僕を疑ってしまっている。よく本で見る、「変質者を見る目」がどういうものか知らないが、これはその類な気がする。


 ――まずい、何か話を変えなければ。


そう思い、僕は部屋の隅に目を移した。部屋の中は一様に物が並べられ綺麗だった。この人の家ということではないが、どこか似たような雰囲気を持つ部屋だった。

ベッドから少し離れた本棚には多くの魔導書が並び、その近くには二つの杖が置かれていた。

少し離れた場所には椅子があり、女性が座っている。

再び目があい思わずそらす。


 ――うん、話題無いな。


「ちょっとトイレへ……」


 女性の前を離れて部屋を出るしかない。正直僕の君の悪さは拭えないほどのものになっているし、このままこの女性の前にいるのもなんだか恥ずかしい。


ベッドから出た僕はそのままドアを開けて、部屋を出る。


「ちょっとまって!」


後ろで女性の声がするがその時には既に……遅かった。


「なんだこれ」


目の前に広がった景色に僕は戸惑い、震えた。

例えるなら、そこは研究所だった。一見するとただの家、そこに無理やり危惧をそろえたような実験室。机に並べられた試験管。壁から机から床にまで散らばる魔法陣。乱雑に放置されている研究資料の束。

そして極め付きは…。息を飲んで歩を進める。黒く、濃い緑色のビーカーその中には。

目玉が浮いていた。

 胸の奥底で警報が鳴り響く、いやそんなはずはない。ここは聖域だ。

けれど()()はどう考えてもそうだ。僕は見落としていた。()()という存在を。魔女という存在の定義を。

 だれが魔女は人間じゃないといった?誰が魔女は危険な区域でも住めるといった?


 魔女は聖域を占拠して住んでいたのだ。


「あぁ、その目…知ってたのか……どうせ、知らないだろうから大丈夫だと思ったけどな」


 後ろにいるはずの女性の声が急に低く、冷たく殺気の籠った声に変る。


「まぁ、いいか。時間が早まっただけだ」


 先ほどの女性の方を見ると、その女性は既に違う存在へと変わっていた。

黒く染まる瞳では意識や心理は読めず、渦巻く殺気は部屋の空気を重くした。


「もしかしてあなたが魔女?」


 僕の質問に女性は何も答えずに口角を上げて声に出さずに微笑んだ。


 その姿はまさに本に書かれた魔女そのものだった。


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