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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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三話 昼下がり、晴天

「魔法はやめたんじゃなかったの」

「…やめたさ」


 後ろからファインの声を聞きながら本棚にある本を集める。

 当然調べ物はあの魔法について。

 だが今のところ目ぼしい文献はあまり見つかってはいない。


 村に帰った僕とレオンはみんなにこっぴどく叱られた。

 僕は服が張り裂けて血だらけだったし、レオンはどこで転んだのか服が泥だらけになっていた。

 それに加えてあの炎のせいで二人とも焦げ臭いのだ。何かあったのは論なくともわかる事だった。

 レオンはしばらく村の外に行くことを禁じられ、僕は家の外に行くことすら止められている。


「魔法やめたのに何で魔導書関係の参考書をまた引っ張ってきているのよ。やっぱ話したこと以上のことあったでしょ」

「ないよ」


 次々に本を出しては開き、ページを軽く読んでは閉じてを繰り返す。


 実は村の人たちはあの日の出来事の真相を知らない。

 特にあの魔法については僕とレオンで話し合った結果、黙ることにした。

 魔法も使えない僕があそこまでの威力を放てたということは戦力として用いたら間違いなく死者が出る。

 例えそれが僕の才能の結果だとしても同じ才能を持った人間が悪事を働かないという証拠はどこにもないからだ。

 無の森では僕がモンスターに襲われていたところ通りすがりの魔法士に助けてもらった。

 その時にけがも直してもらったということになっている。嘘はついていない。


「あんなに魔法を嫌っていたイアルがまた魔法にのめり込むなんてね。本当なのかなぁ…あの話」

「本当だよ、それに……魔法にはまったのはただの自己防衛。」

「ふーん」


 言葉の上だけで納得したようにつぶやき、ファインはそのまま家から出て学校へと向かっていった。

 ファインは昔から勘が鋭い。何かあったことはバレていると考えてよさそうだ。


「まぁ、だからといって足踏みしているわけにはいかないけどな…」


 僕と違って優秀な姉は来月には学校を卒業し晴れて王都にある魔法学園へと進学する。

 あの魔法師がいる学園なのかはわからないがきっとそこで未だ嘗て無いほどの魔法についての勉強をすることだろう。

 レオンもきっと近々王都へと旅立ち実践の経験をそこで積むはずだ。


 懐に挟んだ一冊の本を取り出す。僕は家にある3000冊の本や参考書の類を読んできたがこの本は特に不思議な本だったのを記憶している。


 竜の住む危険な山の怖い魔女。かなり新しい本だが著者は不明その危険な山のふもとにはとある一軒の家があり、そこには世にも恐ろしい魔女が住んでいるらしい。夜な夜な叫び声と笑い声、爆発音が入り乱れる。近くを訪れたものは生贄にされてしまう。


 ただこれだけだ。注意事項といわんばかりのことだけ書かれているのだ。普通このようなこども騙しの本はその悪い魔女が対峙されるということや、魔女と仲直りして平和に暮らしたという話に綺麗にまとまっているはずなのだ。


 懐かしく引っ張り出したとき僕は本の最後のページにある言葉がないことでその本の意味が分かった。


「この物語はフィクションじゃないってことか…」


 実際に近い異名を持つ山はある。竜の山。 

 そのままだが本の話とは別に竜は住んでいない。

 言い伝えで竜がいるとだけ言われている山。

 竜なんておとぎ話の中だけのものだし存在するはずなんてないんだが実際に勇者は竜と戦っているのだからどこかにはいるのだろう。


 ただ山に蔓延るモンスターは熟練の冒険者でも手を焼くといわれているほど凶暴な者たち。それをまとめるボスがいてもおかしい話ではない。

 これこそがおぞましい山の名前が変わらない理由でもある。


 ――最初の目的地としてはいいかもしれないな。

 実はこの自宅謹慎中の僕は家出を実行しようとしていた。

 まあ、家出というか旅を始めようと考えているのだ。


 みんながあれだけ成長する中、僕は勝手に絶望して、勝手に夢をあきらめていた。

 その半年を取り戻すためにも今すぐにでも鍛錬を開始したい気持ちはある。

 しかしそれだけではいつまでたっても僕は勇者になれない。同じ過ちの繰り返しだ。


 僕は何も知らなかったことに気づいた。


 多くの本を読み多くの知識を身に着けていた僕は世界を知っていると思っていた。

 だからこそこれ以上の手段はないと思ったし、諦める他ないなと結論に至ったのもそれが原因だった。

 しかし実際には知らな過ぎたんだ。

 あんな魔法があることも。

 無の森にモンスターがいる原理も…。

 僕はまだ何も知らない。

 本の常識には収まらないほどの非常識がこの世界にはきっと埋まっている。

 あの謎の魔法だってその一つに違いない。


 ――常識で通じない僕の魔法は非常識の旅に出ることを再スタートとする。


 その夜の食事、その最中このことを打ち明けることに決めた。 

 からからと食器がなり家族の話題が始まる。

 姉は今日また魔法を一つ覚えたらしい、少し前まではこの話題ですらつらかった時期があったが今の僕には臨むところだ。

 唇をきつくかみしめ言葉にする。


「みんな、僕旅に出たい」


 緊張していた。家族にここまで緊張したのは生まれてはじめてだった。

 少し前に事故にあってすぐに外に出たいなんて気がふれてるとしか思わないだろう。

 しかし僕は許可をもらうつもりはない。もう決めたことだ。


 家族の顔を見る。それぞれが難しい表情を浮かべ、僕を見つめる。

 何も話さない静かな部屋に時計の針の音のみが広がる。最初に口を開いたのは母だった。


「いい?イアル。私はそこそこ魔法に精通してるからわかるわ。あなたには魔法は難しいの」


 厳しい現実だが、少し前の僕ならこの言葉で道を諦めていたかもしれない。

 申し訳なさそうに母はそのまま話を続ける。その顔からは僕を思って言葉を選んでいることが考えられた。


「私は王都にいたけど何人か魔法のできない子を見てきたわ。その子たちも今のイアルと同じように何かを期待した目をしていた。けど誰一人として魔法で戦力になった子はいなかった」


 諦めさせるための、真剣に考え抜いた僕が出した提案だからこその、つらい真実。

 しかしそれが母のやさしさでもあった。

 次に姉が口を開いた。


「私も母さんの意見に賛成ね。なんだか知らないけど、最近のイアルはなんだか危険な感じがする。いきなりまた魔法に興味を持つなんておかしいわよ」


 強い口調で反論する姉、しかしそれもまた姉らしさを感じさせる。

 別れを決意しているからか、全員の言葉を丁寧に聞くことが儚く感じ僕の胸をゆっくりとノックしていくようだった。


「俺はいいと思うぞ」


 姉の発言にかぶせるように。父が口を開いた。ゆっくりとナイフをおきそのまま僕を見る。


「あの森で何があったかは父さんも知らんが、今のイアルと少し前のイアル…みんなはどっちのイアルがイアルらしいと思う?」


 反旗の目で父を見ていた姉と母が下を俯く。


「少し前のイアルは輝いてた。だけど最近は何かなくしたようになってただろ」


 父の声は素直な優しさを包んで僕の耳に入る。そうだ父はこういう人だった。


「昔のイアルはそれはそれで前しか見ていないようで心配だったが、俺はあの時のイアルが好きだぞ」


 父が笑顔で締めて意見を言い終える。


「…お父さんの言うとおりね。全くやるからにはしっかりやりなさいよ」


 母が僕の背中を強く推す。僕はそれにこたえるように大きくうなずいた。

 あわせて家族の視線が最後に姉に集まる。

 姉はそれでも不機嫌な表情を浮かべていった。


「私は納得できない」


 そのまま、部屋へと帰っていった。

 母さんも父さんも止めるが、言うことを聞かずに…。


 その日の夕食はそれで終わった。




 $     $     $     $




 翌朝。鳥の鳴く声で目を覚ます。布団をどけて早々と服を着替える。

 窓を開けると、外では早くも畑を耕している農夫の姿が見えた。

 あの輝いた彼らの姿を見ると、きっと僕の将来が農家でもいつか過去から立ち直り、満足する生活を送れただろうとさえ思う。

 あの魔法に出会ってしまった僕がその将来を願うわけではないが…。


 結局僕はあの後、両親に旅立つ事情を話して許可をもらった。

 ファインとはあれから会話もなく、そのままだった。


 今日の僕は村のみんなへの挨拶とレオンの勧誘だ。

 首にぶら下げた石飾りに手を置き、小さな窓から王都に続く空をみる。

 あと10年。きっとあっという間なんだろう。できることはやっておきたい。


 久々に外に出ると太陽の日差しの強さに驚く。空は透き通っていて雲一つなく、相も変わらず蝉の声は村中に響き渡っている。

 あと一か月もすれば秋になりまた別の風景が村に訪れる。

 それがあと十回続くと思っていたがそれも今日で最後となった。

 過ごした家をみて、歩んだ道をみて、見慣れた顔の基へと歩を進めた。

 咲き乱れた花に囲まれた道を通り過ぎ、赤いレンガの小さい家へと向かう。

 レオンの家だ。

 この家に行くのもいつぶりだろう。

 見慣れたはずの家なのだがここ最近来ていないせいか、呼吸が乱れる。

 妙に緊張してしまうな。


 そのまま玄関から離れた僕は家から少し距離を置いてその付近を右往左往とする。はたから見たら単なる不審者かもしれない。大丈夫です下着泥棒ではありません。


 八歳が疑われる余地もないだろうが。


 くだらないことを考えて周囲をうかがっていると、庭先で空を切る音が聞こえる。

 そういえばもう修行をしていてもおかしくない時間だ。長い休暇のせいで時間感覚が麻痺してしまっていたらしい。庭へと歩を進めるとレオンが木刀を振り、形の練習をしていた。


 きれいな形だ。体幹のゆがみもなく前進の力が切っ先へといきわたる。

 モンスターと戦った時もその剣さばきは凄まじかったが、支援魔法なしでもその技量はあの時に負けていない。

 力任せではない華奢な体形に合わせたそのフォームはまさしくレオンの剣そのものであり、まるで華麗なダンスを見ているかのようにも見れる。


「ふぅ、イアル。おはよ。なんか用事?」


 さも当たり前のように僕の方を振りむく。気配察知能力高すぎる。


「うん、僕旅に出ようと思ってさ。よかったらレオンも一緒に行かないか」

「うーん、遠慮しておくよ」


 レオンの予想外の返答に目が点になる。レオンはこの村で身に着けられることはもう既に身に着けているはずだ。打ち合いをする相手もいないだろう。


「イアルはさ、きっとあの魔法の研究をするんでしょ」


 黙って頷く。もちろんそうだ。あれが僕の英雄への鍵となる魔法だ。

 あの仕組みさえわからなければ英雄の旅へはいけない。レオンは素振りをしながら話を続ける。


「あの魔法は凄いと思うけど僕の形には必要ないと思うな。それに…」


 レオンは僕を見てニカっと笑う。


「魔法職はイアルでしょ。僕は剣士だよ。もちろん魔法の練習はするけど高火力まで踏み込むつもりはないよ。本職は剣技だからね」


 そういうと剣をおいてランニングへと向かった。旅には振られたが何となく僕はこの結果を知っていた気がする。あの魔法には見えているだけで弱点があるしレオンの形へは確かに不要だろう。

 レオンの家を離れて村の人々に挨拶をしに出掛ける。

 ただ挨拶といっても僕に関心ある人なんているわけもなく、また何かやってるなと駄目な子どもを見る目だった。

 これまでの行き札をみれば当然か…。

 しかしその中でも僕の旅を驚き、応援してくれる人がいたことがうれしかった。

 畑の耕し方について教えてくれたおじさんも、種を植える間隔を教えてくれたおばさんも…。

 最初は家出と疑われたが、事情を告げた最後には笑顔で見送ってくれた。


 これでこの村ともいったんお別れだ。

 村の人は少ないとは言え全員に挨拶するのはさすがに骨が折れた。

 出かけるときには東にあった太陽も今は真上にまで登っていた。

 旅に出るがきっとまたこの村を訪れるだろう。頻繁に手紙も書こう。

 ―――この村に生まれてよかった。


 部屋に戻った僕はそんなことを思いながら旅支度の終えたリュックを背負う。

 僕の机、ベッド、椅子ゆっくりと部屋のドアを閉める。

 人間の寿命は何十年もある。

 そのなかのたった数年をこの部屋で過ごしてきたと思うと少しだけ惜しかった。

 履きなれた靴を履いて玄関を出る。

 夏の炎天下の中の日差しが注ぎ、目が慣れるまで時間がかかった。

 少し目が慣れ、辺りの確認ができたとき、目の前にはファインの姿があった。

 沈黙。気まずい。昨日喧嘩をして、今日顔を合わせて笑顔でいられるほど僕も姉も人ができて居なかった。


「聞いてなかったけど、どこに行くの…」


 先に口を開いたのはファインの方。少しだけぎこちなくだが、話を始める。


「とりあえず、少し本を頼りに進んでみる。僕のヒントになる場所がありそうだし」

「ふーん」


 未だ煮え切らない様子でファインは腕を組み仁王立ちをしている。

 ファインが僕に賛成しない理由も何となく分かっている。

 けれど僕もファインもその言葉を口にすることがもどかしいのだ。

 ファインは知らない。

 僕がいなくなったとき一番探してくれるのはいつもファインであると僕が知っていること。

 僕が見つかったと知った時も安堵の表情が隠せていなかったのも僕は知っている。

 全く、世話の焼ける姉ちゃんだ。

 けれどファインはファインだから、僕の自慢の姉だから、あの言葉なんていらないのだ。そしてこんな湿気の高いお別れなんて似合わないのだ。

 こわばった表情が自然と崩れる。


「僕が魔法を使えるようになったら、王都に行くよ。きっとその時には姉ちゃんより強い魔法師になってると思うけどな」

「はあ!?」


 流石に挑発しすぎたかな。

 しかしファインからは心配の表情は抜け、いつもの元気な表情に戻っていた。

 やはり姉はこうでなければ姉らしくない。


「だからそれまで僕はくたばる予定はないよ」

「…あぁ、もう!わかったわ。もう世話のかかる弟ね」


 こっちのセリフだ!上の気持ちを汲み取らなければいけない下の気持ちにもなれ。

 といいたいところだが本当にファインには世話になったし今は口を閉ざす。

 きっと近い未来でまた会えるだろうし。


「んじゃ、いってきます」

「ええ、いってらっしゃい」


 僕は迷わず歩き出す。

 ファインの隣を通る瞬間、ファインが静かに僕に掌を見せるように手を掲げた。

 僕は出された手にこたえるようににんまりと笑うと、タッチするわけでもなくそのままその手にグーでパンチをお見舞いしてやった。

 後ろでファインが何やら叫ぶ。


 僕らしい、姉らしい、姉弟らしい…明るい別れ。

 ほら――心配なんていらなかった。

 耳を傾けずに、そのまま村の外を目指す。


 まず向かうは竜の山。

 日は既に傾き午後が始まろうとしていた。


 旅立つには少し遅いくらいの時間だったが仕方ない。

 僕の冒険と同じくらいのスタートラインだ。

 背負ったリュックの重みに悦びながら僕は日の沈む方へと駆けだした。


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