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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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二話 ひとかけらの希望

 目の前で金色の輝きに包まれたレオンがそこにいた。



 いや本当にレオンか…。


 モンスターの攻撃を諸ともせずに巨大な一撃を華麗に受け流している。はたから見てもその異様さは明らかだ。物理の法則を狂わせている。調子のいいときのレオンであったとしても、力負けしてしまう攻撃だ。


「こんばんはイアル君」

「けほっ。ごほっ」


 声とともに頭上から液体がかぶせられる。

 息もできずに情けない声をあげながらむせる。


「おまえ何すんだ」

「おどろいた。レオン君の言う通り本当に友達がこの森にいるなんてね」


 そういった男は背丈以上の杖を持ち、端正な顔で僕をみて微笑む。


「そんなことより、ほら腕」


 男が視線とともに僕の少し右を指さす。

 その指先をたどり、右をみると僕の腕が治っていた。

 その問題に一瞬、思考が停止する。


「レオン君強いでしょ」


 僕の思考をさえぎるように男は話し出す。

 それに合わせて僕もレオンの戦闘を見る。確かに見違えるように強い


 今も負傷なしであれほどのモンスターと戦えている。

 まるで一撃一撃がすべてどこに来るかわかっているように。


 しかし、違和感しかない。体を無理やり捻じ曲げて避けているような。


「いきなり強くなった?」

「ふーん」


 似た症状に見舞われたことがある。脳に体がついていかない。

 しかしレオンの行動はそれとは少し違う。それ以上にレオンの身体能力は抜群だったはず。寧ろ体の軽さになれていないような……。

 目を凝らしてみるとレオンの姿に少しだけ金色の魔素が滲んで見える。

 金色の魔素。


「もしかして支援魔法…」

「うん。ご明察、僕すごいでしょ」


 男は声色一つ変えずに返答する。支援魔法はすごいなんてレベルじゃない。前代未聞だ。

 存在自体は知っていた。しかし魔法というものは個人の体に入ってしまえば全く異なるものとなる。本来自分の体に干渉できるのは自分だけ。それを覆すのが支援魔法。


 他人の干渉は体内の魔素の不緩和性から拒まれ、寧ろ傷つけることになるということが論文でも記されているはず。

 それをこの完成度でこなす……。でも…このままじゃ。


「気づいた?」


 近くの男はそのままの姿勢で僕に声をかける。


「僕が強化したレオン君だけど、防戦一方だね。多分残ってる時間はあと少しなんじゃないかな」


 そういって男は指をさした。

 その指の先では既にかなりの汗を流し、息を切らせたレオンがそこにいた。

 やっぱり……そうか。

 モンスターの体には幾つもの傷があったがどれも深くまでは届いていない。

 現状の問題はわかる。他に腕の立つ奴が彼と共闘すればいい。


 それを知っているのだろう男は僕に期待の眼差しを送る。


「くそ……無理だ」


 僕の腕じゃ、足手まといだ。寧ろレオンの邪魔をしてしまう。

 そんな僕を見てなぜかと、男は不思議そうに首をかしげてる。


「ん?どうしてだい」

「僕には才能がない。魔法も水の初級しか使えないし、これじゃあ足手まといだ」

「君には才能があるよ、」


 おどけた様子もなく男は言う。

 意外な答えに思わず顔を見るが、その表情は微笑みのまま変わらなかった。


「ふっ・・・ふざけんな!僕がどれだけ努力したと―――」


 こいつ今なんて、僕に才能がある?

 いやそんなことあるわけがない。

 今までどれだけの修行をこなしてきたと思っているんだ。

 僕に一つでも才能があったらその時に気づいているはずだ。

 僕は凡人で、凡人以下で。

 だから夢をあきらめた、あきらめざるを得なかった。


「そうだ!あんた強いならレオンを手伝ってくれよ。今だって支援魔法をかけているんだろ」

「なんで・・・?」


 いやなんでって、この人は何を言っているんだ。


「だって僕の友人が・・・・・・レオンがここで戦って」

「それが僕に関係ある?」


 冗談とも思えるその返答に僕は戸惑いを隠せない。しかし言った当の本人はいたってまじめな様子で続ける。


「甘やかされて育てられてのかな」


「僕が君たちのために命を懸けて戦う必要が?助ける必要が?メリットは何だい?」


「こんな森に自己防衛手段も持たないで来る方がおかしいんじゃないのかい。」


「あ、金品はいらないよどうせ辺境の村人のお金なんて大したことはないだろうしね」


 早口になおかつ頭に残るようにねっとりと男はまくし立てる。

 確かにそうだ。

 うちの村は安全だから程遠い生活だがほとんどの地域は自己防衛が基本だ。

 自分の命は自分で守る。

 一般的にモンスターは害獣だ。冒険者はそれを狩ってその報酬で資金を得ている。

 この森は危険。それを知って入ったのは僕だ。


 しかも人の通りの少ないところのモンスターに討伐依頼は基本的にギルドでも出されない。

 報酬はかけられていない。

 モンスターの素材のみの報酬という割に合わない仕事になる。

 あそこまでのモンスターを倒すならばかなりの報酬が必要になる。

 それこそ貴族が動かすような名声のある冒険者を動かせるくらいの報酬が。

 討伐依頼を出せるほどのそんな大金は持ち合わせていないし、金品以外といってもこの村に大したものはない。


 けど、僕をなめるなよ。

 僕はこの男、魔法士のような男を睨む。

 確かにこの村には何もない。ただ一つを除いて。

 僕は胸に手を置き魔法士の目をにらむ。


「なら…僕の命でどうだ」

「へえ…君、よく知ってるね」


 表情に人間性の見られなかった魔法士の眉が微かに動く。

 命、正しくは器。世界のすべての種族が器用に魔法を使えるわけではない。

 魔法を使うための器。そいつが人間には存在する。一般的に魔力と呼ばれるもの。


 無論、国では禁止されている。

 これは裏取引にのみ存在するルートだ。

 その器を用いることで高性能な魔法武器、高級な魔道具を作る素材になりえるのだ。

 加えて魔法の研究の素材にもなるらしい。魔法を営むものなら研究はつきもの。

 喉から手が出るほど欲しいものだ。

 加工後は見分けがつかないため市場に出せばある程度の資金を稼ぐことはできる。


「一度は命を捨てたんだ。後悔はない」

「ふーん。でもいいや。そういう趣味はないし」


 僕の最後の一手にも動じず。魔法士はニコリと笑う。

 八方塞がりだ。こうしている間にもモンスターとレオンの戦いは体力差によるものか、終わりが近くなってきているのが見て取れる。

 レオンの一撃は致命打になり得ない。交渉するにしても時間がない。


「レオンだけでもいいから助けてくれ、頼む」


 地面に頭を擦りつけて嘆願する。これしか僕にはできない。

 例え僕が応戦したところで足手まといになる。

 今は何としてでもレオンを助けたい。

 レオンは僕と違って本心からここに来たいと思ったわけではない。

 単なる二次災害に巻き込まれただけなんだ。


「友人を助けてくれ」

「気に入らないな…」


 急に低い声と殺気を纏って、魔法士が地面に座る僕の目の前に立つ。

 その殺気に、戦っていたモンスターでさえも動きを止める。


 冷ややかな冷たい空間にただ魔法士一人がその存在を確かに残して僕を睨みつける。

 感じたことの無い殺気だった。


「なんで君はそう死に急ぐんだ?レオン君だけ助かっても、レオン君は喜ばないのがわからないのか?君のためにここまで来たんだぞ。」


 レオンが僕を友人。いや親友として大切にしてくれていることも、思ってくれてることもわかっている。

 でないとこの森に来ることすら拒むだろう。

 僕が初日に深部に行けなかったようにレオンはそれ以上に不安だったはずだ。

 だからこそ、あんな奴優しいやつを死なせるわけにはいかない。


「レオンは優しいやつなんだ。だからこそ!僕はレオンを死なせまいと…」

「だからこそ!!君が生きる気力を失って地面に倒れていてどうするんだと聞いているんだ」


 声を荒げて魔法士は怒鳴る。杖をこちらに向けてまっすぐに瞳を見つめられる。

 いつの間にか殺気は解かれ、辺りにはレオンの剣とモンスターの爪がぶつかり合う音が響き渡っていた。

 その音に気を取られて、再びレオンの方を見る。


「あぁ、そういうことかよ」


 僕はそこでわかってしまった。レオンがここに来た本当の意味を。

 僕は知らぬ間に、自分の命の価値とレオンの命の価値を天秤にかけてしまっていたらしい。

 自分よりも他人が生きることを望むとか・・・・・・僕らしくもない。

 僕がレオンを思うようレオンは僕を思っている。その言葉をさも当然のように理解して、理解した振りをしていた。


 ―――同じなんだ。


 死んでほしくないからレオンはここに来たんじゃない。

 きっと心配や不安もあったかもしれない。

 だけど、それだけで人助けをするほどレオンの心も成長していない


「クソ。分かるかよ。」


 この助けはレオンからのメッセージだったのだ。

 自己犠牲という腐った考えで命を捨てに来たのではなく、一心同体で僕の命を救いに来たという。

 地に手をつきゆっくりと起き上がる。服についた血は乾き傷も見当たらない。疲労はあるが痛みはない。

 生きるしかない。

 だらけた服を破り捨て、ボサボサになった髪にバンダナ代わりに縛る。

 戦況は今のところ変わらない。僕が弱いのはそのままでレオンの戦いに終わりが近いのも確かだ。

 一縷の望みに託された。


「僕には才能があるってそういったよな・・・・・・信じるぞ」


 魔法士は嬉しそうにうなずいて口を開く。


「うん、君には才能がある」

「魔法は本来センスがいるんだ。その才能は君にはなかったんだろう」


 分かるのか。と聞くと魔法士は見ればわかるとだけ答えた。

 そして一枚の紙を懐からだし僕に手渡す。

 何かの魔法陣だろうか。複雑な魔法陣、炎系統なのは見て取れるがその周囲を見たことない形の文字列が渦巻いている。なにかを取り込んでいるのか。


「それはこれに関しても同様だけど、君にはこれのセンスがあるよ。まあ少し独特だけどね。君ならできる」


 魔法士はそういうと空中に魔法陣を書き連ね、空間から一本の杖を取り出す。

 空中に魔法陣を描くこと自体、種もわからず不明だが同時に空間に収納をつける。

 確か時限魔法といったものだったはず。これもまた伝説の魔法のはずだ。


「まあ簡単なのでいいかな」

「これは…?」

「神聖級魔法 イグニッション。一般的に本来のものと形が似ているんだし何となくわかるだろう。」


 そうか思い出した。以前、姉ちゃんの炎魔法を魔法陣に示した時の形とそっくりだ。

 家族は炎魔法が得意だから僕にも扱えると思ったのだが、結局初級でさえ放つことはできなかった。

 それを神聖級魔法なんて……全属性合わせても人類で撃てる人は100にも満たないくらいの代物だ。


「そんなの打てるわけ」

「打たなきゃ――死ぬよ」


 魔法士は再び冷たい目線で僕をにらむ。

 ああ、もう。何を怖気づいているんだ。

 僕は、生きると決めたんだ。才能があるといわれたんだ。

 一度はあきらめた人生。何にだってしがみついてやる。


「今さっき僕がやったみたいに空中に魔法陣を描く。」


 なるほど。きっとこの杖も魔法士の杖と同様、特殊な構造になっていて空中に文字が書けるのだろう。

 内側から渡された紙を頼りに連ねていく。

 しかし魔法士からの次の指示はない。見ると満足げに微笑み、僕を見ていた。


「え、それだけ?」

「うんそれだけさ、あとは普通の魔法と一緒。方向を定める。」


 ふざけている?ようには見えない。というかこの人の笑顔は読み取れない。作り笑顔には見えないが、気味の悪い笑い方だ。顔だけが笑っているのか。

 言うとおりに書き連ねた魔法陣は空中を消えることなく漂う。


「あとは詠唱だけだよ」

「くそ…もうどうにでもなれ」

「神域に集いし、神々よ。我の呼びかけに応えよ」


 長ったらしい詠唱。自分でも覚えていたことに驚く。

 詠唱の暗記は魔法の基礎でもある。

 使えもしない、神聖魔法の詠唱も覚えていたなんて貪欲にも程があるな、僕。


「その聖なる輝きをもって我が身に宿り、災いを払い給え」


 その瞬間。魔法陣に命が宿ったかのように煌びやかに燃え上がり、魔素を炎系に変換していく。

 内側から外側へゆっくりと広がっていき、最外まで行ったこところで特大な炎へと姿を変えた。

 本当にできた。初級すら打てない僕が……。

 敵を見据えて魔法陣をその中心におく。僕の瞳には輝く炎と敵が映し出されていた。

 笑を堪えきれない僕は感情そのまま表に出し、笑顔を向ける。


「これが僕の新たな一歩だ!喰らえ!イグニッション」


 その炎は横に伸びる竜巻のように姿を変え、モンスター目掛けて一直線に襲い掛かるとその分厚い体躯に風穴を開ける。

 輝く炎はとどまりを知らずに虹色に暗き森を照らし、モンスターを体内から焼き切った。

 モンスターは一瞬にして消えていった。雄叫びを上げる間もなく息絶えていった。

 そこにモンスターのいた痕跡すら残さずに。


「ははっ…、やってやったぞ」


 残ったのはモンスターがいたであろう近くの火の海と、その近くで汗だらけのまま、輝いた笑顔を向けるレオンの姿だった。

 僕はその姿に笑顔を返して空を見る。

 炎に照らされた空は暗い中にもかかわらず、明るく見えた。


「どう?打てただろう」


 魔法士はそういうと簡単に魔法陣を描き、辺りの消化を済ませた。

 僕はただ茫然とその光景を眺め、自分の打ったであろう魔法の余韻に浸っていた。

 姉ちゃんの魔法でもあそこまでの威力は見たことがない。胸の中に潜んでいた感情が息を吹き返す。


「そっか。今僕は確かに魔法を放ったんだ」


 自然と顔に笑顔が戻り、杖を握りしめる。こいつがあれば僕はいつでも旅に


「じゃあこの杖は返してもらうよ」

「え?」

「え、じゃないよ。もしかしてもらおうとしてたの?あげるわけないじゃん」


 ぶっきらぼうに杖を僕から奪うと再び次元魔法によって収納されていく。


「待ってくれ、この魔法は」


 僕が使える、この魔法の正体を知りたい。この方法なら僕は魔法が打てる。戦闘にかかわれる。

 もしかしたら…英雄になれる


「僕は王都立学園の講師」


 魔法士はかぶっていたフードを取ると輝くネイビーのショートヘア―をのぞかせる。こちらを振り返った表情は出会った頃の不気味さなど、とうに乖離した笑顔を向けた。


「僕の仕事は君に答えを教えることじゃない。君の道を教えてあげることさ。イアル君」


 そういうと再び魔法を唱え、風と共に消えていった。


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