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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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二十五話 反撃の狼煙


「敵を知ることが自分を知ることにつながるんだ。君が同じ過ちをしないことはその才能があるからだよ。●●は今以上に成長していつか世界に名を轟かせるって僕は信じている。」


 親友が言った言葉に食べていたおにぎりを吐き出しそうになる。焦って飲み込んで咽かえった。


「コホッ…。お前さ、だから俺のことを過大評価しすぎなんだって。俺は別にこのまま街さえ守れればなんだっていいんだよ。その為に今鍛えてるだけだ。そんな世のため、人のためなんて考えてねえよ。」

「そっか。まぁ、いざとなれば力づくでも連れてくからいいよ。」

「ったく…」


 頭を抱えた少年は口ではそう言っているものの、心底決まりの悪そうな顔もせずに友との会話を楽しんでいた。


―――英雄の本の一説だ。賢者がかつて勇者になる男に言った言葉は未だ僕の心の中で生き続けている。




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 腹を抱えたキュアルがその場に塞ぎこみ、荒い息を繰り返していた。近くにはエンリの刃を受けたガリルがキュアル同様に床に倒れこみキュアルとは反対に穏やかな呼吸を繰り返していた。


「ふぅ……楽じゃないよ。この仕事も。」

「エンリ……。僕結構痛かったんだけど。まだ立てないじゃん。」

「ごめん。どうせイアル君なら分かってると思ってね。」


 エンリは目を細めて、いつもと同じように笑った。その顔からはつい先ほどまで、こわばった顔で白目を剥いていた面影は全く想像もできない。


 本当にむかつくやつだった。


「ちょ…ちょっとどういう…こと」


 状況の呑み込めないキュアルが辛うじてエンリを見上げ、言葉を発する。

 まだ立てない体をエンリはそのまま見下ろして、近づく。腰を下ろすとキュアルに目線を併せて再び嗤う。


「僕がそんな簡単に操られると思った?」

「え……。」


 こんなことに気づける奴なんて多くないことくらいわかっているはずなのに、キュアル自身が分かるわけがないということすらも分かっているはずなのに、堂々と煽るのだ。性格が悪い。


 僕が気づいたことすらも奇跡みたいなものだ。ある状況と、僕の中にある教えが生きていただけの話。過大評価しすぎだ。


「とりあえず、キュアル。エンリは操られてない。これは僕等にとって好都合だと捉えよう。それよりも今は。あのワクチンをどう取り返すか。」

「そうだね。あれを取り返すというよりかは、あの化け物をどう対処するかが、先かもしれないけどね。」

「あの化け物……」


 名前を言わなくても、分かった。ティノカだ。本来であれば、あの実力はどこまで通用するのか天井知らずなほど、冒険者であれば最高ランクを、国の護衛であれば、隊長を任せてもいいほどに優秀な人材。それが一貴族の護衛という立場で眠っていて、さらにあの悪党貴族にいいように使われていた。


「一種の化け物だよね。ナンバーズにいてもいいくらいのものだよ。」

「あ!!それだ」

「え、なに?」

「………。」


 そうだ。僕等には最強の味方がいるじゃないか。


「そのナンバーズだよ!ナンバーズが今応援に来てるんだよ。ガリルさんが通信を取ってたんじゃないかな!!絶対に助けになるよ!!」

「うぇぇ……マジで、イアル君…………ちなみにナンバーは?」



「1だよ。一週間ぶり。エンリ。」


 ふわっと冷たい風が肩を撫で、僕の隣から甘い声が耳に入る。触られた肩は先ほどまで戦っていたことを忘れるほどに熱を奪われる。ナンバーズと聞いて怪訝な顔?をしていたエンリはユキを目の前にしてさらに顔を顰めた。


「何で1のあんたが出てきてるの……。」

「僕がどういう出陣しようと。君に指図される覚えはないよ。」

「だから、あんたの管理はこっちが困るんだよね。」


 気心知れた中のようで、僕が入る余地もなかった。まぁ当然といえば当然なのかもしれない。王都でいればそれなりに仲良く………仲良くはなさそうだけれど。


 想像に耽ていると後ろからやっと回復したキュアルが立っていた。


「イアル……何で先に行ってくれなかったの」

「あぁ、エンリさんのことなら。僕もやっと気づいたくらいのものなんだよ。戦ってる途中で思い出したっていうか。」

「何よそれ、私だけ除け者扱いみたいだったじゃない。」

「……悪かったよ。」

「イアル?」


 キュアルとの会話で少しだけ、緊張が和らぐことを祈っていたが駄目だ。だんだんと息がしづらくなっているのを感じていた。思考も回そうと強がってみても、表面で笑うだけ。ユキに冷やされた肩が小刻みに震える。


「イアル君。イアル君はあのワクチンを複製不可能だとみるか。」

「………いや、僕が知る限るで複製不可能な物なんてないと思っている。」

「ならなんで。」


 薬に複製不可能な物なんてあってたまるか。だけどそれだけにあの自信満々の貴族の顔を思い出すと震えが止まらなくなる。僕の旅の原点となったものは僕の知らないことだった。そうだ。この世界に僕の知らないことはまだまだある。


「はぁ……君は休んでなよ。正直邪魔。」

「は?」


 ユキの思わぬ提案に僕は思わず殺気を向けた。的確な殺意を。

 自然と向けたそれを引っ込めようともせずに、ユキを睨み続ける。


「ちょ、ちょっとイアル!!エンリ止めてよ。」

「………キュアルちゃん。悪いけど、僕もあの意見には賛成だよ。今のイアル君は正直、戦力にならない。」

「エンリまで……!!」

「……チッ」


 僕の弱さは僕自身が一番知っていた。師匠の下で二年間と少し学んだ。それなのに僕が成長していないことくらい、僕自身が全て知っていたんだ。僕の癖のある刻印魔法が使えたところで何もできないことくらい僕自身が全て知っている。

 だからこそ、この殺気は本当に殺したいほどにあふれてきた。

 戦力外通告をしたユキとエンリに?違う。



――情けない。僕自身にだ。



「でも勘違いしないでほしい。イアル君、僕は今のイアル君が戦力にならないだけで、いつものイアル君だったら戦力にしていたはずだよ。」

「いつもの僕?」

「そうだよ。僕と最初に戦った君、僕の攻撃を軽くいなした君だったら、僕はそのまま連れて行った筈。少し肩の力を抜いたらどうかな。」


 感情を吐露する僕を慰めるように優しく語りかけてたエンリの声に偽りは感じられなかった。それでも僕は…強がりなどではなく、その手を握ることはできない。


「もういい。そんなに足で纏いっていうなら僕を置いて先に行けばいい」

「ちょっと、イアルまで!!」

「……よし、じゃあ行こうかエンリ。久々の二人パーティーかなぁ?」

「いや、キュアルちゃんを連れていくからね。」

「え、何で私は連れて行くの?」

「いいから。とりあえず、イアル君あとは僕等に任せてね。」


 そういって僕を置いてエンリとユキ、キュアルはその場を去っていく。キュアルが去り際に僕を見た気がするが、その視線に応えることはできなかった。


「なんていうか、ユキもエンリもお人好しだな。」


三人がいなくなった後の静かな冒険者ギルドを眺めて、僕は一息吐く。


「そうだな。僕は僕で動こう。」




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 イアルの見立てはどうやらあっていたみたい。魔法の研究をするなら魔法の回復が一番多いところ。それこそ討伐難易度が高いような。


「イアル君の考えは成功だったみたいだね。」

「イアル君?あぁ!…あの子のことかぁ。そうだねぇ。絶対とは言い難いと思うけどこの惨状を見ればやっぱりっていう感じ?かな」

「ユキさんやっぱりじゃないよ……絶対だよ。これ。」


 私たちが目指した禁錮の洞窟最奥、その付近には私を超える冒険者たちがその道を塞ぐように立っていた。今ではユキの魔法もあってその全員が床を舐めている状態だけれど。この戦力の割き方間違いないでしょ。


「あぁ……でも国にあだなす奴らなのに、こんなちっぽけな戦力じゃあやっぱり、僕含めてナンバーズでおしまいだよ。貴族のくせにそんなことも知らないのかなぁ???」

「それは僕も考えていたんだけどね。あの伯爵がこれだけで終わるはずはないと思うよ」

「……そんなことよりもエンリ。」


 高い身長からこのがるようにしてエンリも見下す。ユキさん。


「あの冒険者ギルドで伸びてたやつどうするのぉ。お前らやっぱり弱いね。」

「しょうがないでしょ。僕たちはそういう教育をされてきたんだから。あの真面目なガリルだからこそ、僕みたいに貴族を疑うことができなかったんだと思うよ。」


私など知らずに、喧嘩寸前。居心地の悪い空間。互いに知ってるのに何でこんなに仲悪くなれるの。そして互いに引かないし。


「うーん。そうかぁ。あっ!!次の敵が来たみたいだね。」


 

敵。そしてその後ろには確実な研究所らしきものが見えた。建物。森の奥にあったのにどうして今まで見つからなかったのかが不思議な位。


「やっと来たか。待ちくたびれたぜ!!」

「はぁ。次の相手は魔力の欠片もない。筋肉かぁ。エンリお願い。」


 そういってユキは無表情のままエンリの肩を叩く。後ろを歩いているけれど、エンリの嫌そうな顔が頭に浮かぶ。


「えぇ…だから嫌なんだよ。ナンバーズはあんたらとは違うんだよ。」

「それは努力をしないだけ。それに……。」


 ユキは冷たい視線をエンリに送る。送られていない私まで寒くなるほどの殺気を帯びて。


「ガリルの分の挽回しとかないと。クビになっても知らないよ。」

「はぁ……面倒くさい。」


心底面倒くさそうにする。エンリ。それでも私が黙ってみているのは少しだけエンリと同じ気持ちがあるからだったかもしれない。ユキの手を借りずに今目の前の怪物を倒せる気がしない。

 魔素は纏っていないけど、その分溢れんばかりの力が診られる。


「フフフ、じゃあ僕は先に行くから。こいつの相手よろしくね。」

「ちょ、ちょっとそっちは……。」


 ニコニコ、いやニヤニヤしながらユキが私とエンリに手を振り向かった先は敵の隣だった。どうやらユキは扉の向こう側に興味が向けられているようで他に見向きなどしない。


「フン!!何を相談していたか知らねえがな。こちとら、通す気なんてサラサラねえんだよ!!」

「ユキ!!!危ない!!」


 当然、向かえば男の持っていた斧を向けられる。その斧がエンリに向き落とされた。


 ――ズシンというものすごい。轟音と共に、土煙が舞う。再び煙から二人の影が見えたとき、その斧は雪の手元で止まっていた。


 ユキが斧を摘み、男は額に汗を浮かべる。信じられない光景。魔導士の動きじゃない。


「僕と戦わない方がいいよ。僕は今ティノカっていうやつに夢中なんだ。そんなに強いのかってねぇ。だからさ。」


 私たちに指をさし、再びにやりと笑った。


「あの二人で妥協しといてね。」

「通すわけねえっていってんだろうが!!」

「これだから口だけの弱者は」


 男が再び攻撃を仕掛けようとした瞬間だった。


辺りが寒い。ユキが訪れたときのような寒さだ。

しかしその寒さは魔法によるものではなく、ユキ自身から出てくる殺意によるものだった。


「参っちゃうよね。あれでまだ制御してるくらいなんだから。」

「え、あ、あれで」

「キュアルちゃんもいるからね、でも向かい合って立ってるあの男からすれば地獄だろうね。よくそのまま立っていられるよ。」


 よく見れば男の膝はプルプルと震えていた。ユキの殺気が消え、ユキは扉に手を掛ける。


「はぁ。これ以上邪魔するなら。君ごとこの町消さなきゃいけなくなるから辞めようか。それは互いにとっても面白くないでしょ。」

「ッ……!!」


 手にはめていた指輪がキラリと月光が反射して光っていた。


「じゃあ僕はこのあたりで行くよ。あとは任せたよ~」


 ドアが音を立てて閉まるまで私たちは動けないまま、その場に残る自分の体だけを頼りに何とか立っていた。


「本当に行っちゃったよ。」

「まぁしょうがねえ。あいつの相手は俺には余る。」

「へえ。悪党の割には戦闘の計算はできるんだね。」


 エンリが出した言葉に男は斧を振り回しながら答える。


「あいつはティノカに任せよう。その代わりにお前らは俺のエサになれ。」

「エサねえ…。まぁ悪いけど。戦闘の計算できるっていったの撤回かな。」


 エンリはナイフを取り出し、ナイフをくるくるとまわして、後ろで手を組んだ。


「僕が君に負ける未来が見えそうにないよ。」

「ほざけ」


 その言葉をきっかけに戦いが始まった。


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