二十四話 黒幕
時間空いてしまいすみません。
夜を駆ける足音だけが嫌に響いた。街灯が点々として、明暗を交互に与えながら走る僕たちを照らす。静まり返った町、松明を揺らすほどの風も気になってしまう。沈黙を割くように僕は話し始めた。
「異様だな。こんなにこの町は静かだったか?」
「いや、これはおかしいんじゃないかな。もともとこの町はそれほど活気のない街だけれど」
ユキが僕に答える。走る足は緩めずにただ担々と足を動かして……。
そうだ。いまは刻一刻とすぎる時間すらも惜しい。
「キュアル、あの作戦で良かったと思うか。」
「……。戦略に答えなんてないわ。」
「え?」
「マ…お、お母さんがよく言ってたの。私が風邪で学校の勉強が分からなくて、試験勉強に悩んでた時。」
らしくない言葉遣いだと思ったらそういうことか。
「だから、大丈夫!イアルの作戦は間違ってない!!」
「………でもその理論だと合ってもいないな。」
キュアルが自身満々で手をブンブンと顔の前で振るのを僕は、軽くあしらう。
これで間に合うのだろうか……。一抹どころか心臓がずっと鳴りやまない。
僕が考えた作戦は考案者である僕から見ても、穴だらけだった。推測に考察を重ねた答えを然も理路整然に語り、騙し騙しここまで来てしまった。悩んでいても仕方がない、今はこの作戦を、結末が予想通りになることだけを祈って前に進むしかないことは分かっている。
ふとキュアルも困った顔でぶつぶつと下を向いてしまっている。先ほどの僕の言ったことを真に受けていた。少し笑って、僕はこう告げた。
「嘘だよ。ありがとう。」
「うん!」
満面の笑みを僕に向けて、キュアルが颯爽と僕の前を駆けていく。少し頬を染めながら見送った、俯いて。
言ってみたものの、やっぱり照れくさかった。こんなのらしくないだろう。
「冒険者たるもの、師以外に縦の関係は作ってはいけない。」
冒険者のすゝめという典籍に書かれたことばだ。
「冒険者たるもの、弱点を敵に知らせてはいけない。」
僕は弱さをできるだけ見せないし、敬語だって使わない。培ってきたものをすべて利用して、英雄になるつもりだった。
この町に来てから、いや。キュアルと出会ってから少し変わってしまったのかもしれない。らしくないことをする僕が増えた。
僕が読んでいた物語でもこういうらしくないことをして死んでいった。これを何と言ったっけか……。そうだ、フラグだ。フラグという条件が立ったら、そこには死という動作が始動し、人生が修了する。
悪役が良いことをし始めたらそれはもう死ぬ予兆なのだ。
「縁起でもないな。」
「お話はそろそろ終わろうか。どうやらカモが来たみたいだよ。」
ユキのことばに杖を構える。街灯の当たらない暗闇からぞろぞろと影が出てくる。キュアルも釣られてナイフを取り出す。しかし、当のユキは杖を構えるわけもなく足を止めることなく、進む。
「おい、ユキ!」
「まぁ……ぞろぞろと、知らないのかな。」
そういうとさらに加速し進む。数は60を超えていた。さすがのユキでもこの数に何の対策もなしに突っ走るのは無茶だ。
「僕を止めたければ。世界中の人間、全て連れてきてくれないと」
「かっこいいなやっぱり」
後ろから見えたのは、ユキが掌を前に翳すところだけだった。
一瞬。目を瞑ったつもりもない。動いていた影は突如現れた透明な光によって包まれ身動き一つとれない。
震える体でようやく起こった出来事に理解が追い付く。
凍ったのだ。
瞬時に大気が冷えて、吐く息は白くなっていた。高く聳え立つ柱。いくつもの柱は森の中で見た柱か、それ以上に高く。無数に夥しく立ち並ぶ。
白い息を吐きながら、ユキが言った。
「もしくは勇者を連れてきてよ。」
「………すげえ。」
言葉は素直に僕の口からこぼれて落ちていく。
刻印魔法。これさえあれば僕は高みに行けると、これさえあれば才能に嫉妬なんてしない。工夫次第で如何様にでも化けられるそう思っていた。しかしやはり才能というものは僕の魔法さえも打ち砕くほどに、魅力的だった。無詠唱で顕れた氷の柱が剣となって体を刺し貫いている。
「先へ急ごうか。」
「おう…!!?ユキッ!前!亅
進んだ足を阻むかのように小さな影が、ユキの前に立ちはだかる。轟音を鳴らしながら、ユキの首をめがけて飛んでいく。その速度は疾風にすら匹敵するかのように見えた。切っ先がユキの頬を擦り、ドロっと流れた血が、顎からぽたぽたと落ちていく。
「これは、少し手ごたえがありそうな奴が来たね。」
にやけ面を崩さないユキ。しばしの沈黙の後、僕とキュアルは再び武器を構えた。ユキですら攻撃を受けた理由は同じだろう。
襲ってきた刺客。それは幼い子どもだったのだから。キュアルより小さい、明らかに十にも満たない子どもだ。
「イアル君。キュアルちゃん。先に行ってなよ。ここは僕が止めるからさ。」
「いやでも!さすがのユキさんでもこの人数相手にできるの!?」
キュアルの心配をよそにユキは深くため息をつく。
「はぁ。味方までも僕の実力を疑うのか……」
再び掌を翳すと子どもを一瞬で凍らせた。
「いいから、いきなよ。」
ユキの視線は冷たかった。凍らされた子どもが動かなくなったのを皮切りに、さらに同じくらいの子どもが十、二十と増えていく。
「……キュアルいこう。」
「う……うん。」
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「くそ、倒しても、倒してもキリがない。」
「イアル。なんかこの人たち。」
「分かってる」
キュアルの言葉を遮り、前へと進む。敵の数が増えていく。違和感だけが僕とキュアルを襲った。
敵の質が落ちていっているのだ。駆け出し冒険者かと疑うほどにその個の性能は劣っていく。おかしいのだ。近づけば近づくほど、弱くなるなんて。
「どうする、イアル。」
「………このまま進む。」
キュアルが敵の襟をつかみ投げると、僕を見て頷いた。
逃げるわけにはいかない。間違いでも、正解でも、罠でも。進まないという選択肢は取れない。これすらも、やつらの作戦だとしたらもう僕らは……。
「これは……。」
「……。」
ついた場所はギルドだ。冒険者ギルド。
「入ろう。」
「う、うん。」
木でできた重い扉が高い音をかなり立てながら開かれる。同時に中はこの時間だというのに、証明に照らされていた。
にわか雨のような拍手がぽつりぽつりとラウンジに響き渡る。
「ブラボーなのだよ。」
「やっぱり貴族様が関わってるのかよ。」
「久しぶりなのだよ。イアル君。かれこれ八年ぶりかな。会いたかったよ。」
「こちとら。おがみたくもねえ面だけどな……。」
気味の悪い語尾。いつぶりだろうが、こいつが元凶と睨んでいた僕の推理はとりあえずのところ間違いではなかった。セリアの殺人。そして二つ名の浸透。どこから考えても貴族が関わっていると考えた方がしっくりくる。
「専属医師になってくれれば、今頃こうして対峙していなかったのだよ。」
「………どちらにしても、対峙してたと思うけど。隣にも似たような面が並んでるしな。」
綺麗に伸ばした白い髭。一度しかあっていなかったがその印象から、忘れることはなかった。ギルドで会ったあのおじさんだ。
「久しぶりだな。イアル君だったかの。私はギルド長の。一階廊下で会ったな。」
「ギルドのお偉いさんだとは思ってたけど、クズとは見抜けなかった。エンリをどこにやった。」
「エンリ?あぁ、あの小童のことか。伯爵殿」
「おや、エンリ?それはこいつのことかな?」
そこに出てきたのはボロボロに服が割かれ、薄汚れた姿のエンリだった。既に立つこともままならないようで、ふらふらと虚ろな目で僕らを見る。
「エンリさん!」
キュアルが叫んだと同時に、伯爵の手からもう一人。ボロボロな姿の男が投げ捨てられた。ガリルだ。惨い。彼らの目には既に闘志すら宿っていなかった。悪に対して異様なまでに執着し、嫌悪する彼らは既にどこにもいなかった。
「ガリル、しっかり!」
返事はなく、呆けている表情を僕らに向けるだけのガリル。エンリも同様にフラフラと出口に向かって歩く。
「そいつらは返してあげるのだよ。用済みだからなのだね。」
「用済み?」
「うあぁぁぁぁあああああ」
叫び声。腕にいたガリルは怒号を吐き、先ほどまでの目とは違い、瞳孔が開き意志とは無関係にその場の机を破壊しつくす。
「何を…」
「エンリさん!?」
キュアルの声に振り替えると。エンリも同様に、叫びながらドアを叩く。壁をはがし、階段を駆け上がり、シャンデリアの上へと見る見るうちに駆け上がっていった。
「おい。何やりやがった!!」
「なんてことはない。ただの実験メンバーに加わってもらったのだよ。まぁただの……
被検体としてだけ。なのだけれどね。」
「「「うあぁぁぁぁあああああ」」」
叫び声、獣のようなけたたましい声。ガリルとエンリが僕等を襲う。
「ハハハ、では僕らは行くとするのだよ。」
「待てよっ!!」
吐こうとした罵声も食いしばる歯によって遮られる。
「クッ」
拮抗するエンリは白目を剥いて、自我すらすでに持たず者と為っていた。
しかし、それでもなお途轍もない殺意と闘志を持って僕らを襲う。理由はなんだ…………。
もしかして……操られている?
「あぁ、そうそう。イアル君。君は医学に少し長けているから、薄々気づいているだろうけど、これは洗脳ウイルスなのだよ。でも治そうとなんて考えない方がいいのだよ。私が独自に開発したもの。ワクチンはそう簡単に作れない。街でも見ただろう。おびただしい数の子どもを。」
「まさか!あの子どもたちを!?」
キュアルの耳が逆立つ。紅に染まる髪が風もなく揺れる。キュアルは怒っていた。顔をクシャクシャにして怒り心頭で伯爵を睨む。ガリルで手がいっぱいだとしてもその意志だけは伯爵を恨み、殺意であふれる。
「キュアル!?どうしたんだよ」
「エンリ達がこの町に来た理由!イアルを襲った理由も、イアルを敵と間違えた理由も!」
ガリルの剣筋を裁きながらに、キュアルは言い続ける。
「幼い子どもが町で殺人を行う!!これが!……エンリ達が来た理由……そして、その殺人の対象が同じ子どもだということ」
「私たちはそれがセリアの仕業だと思ってた。いや、セリアの犯行もあるんでしょ。残念だけど………けっど!!!あの子ども達の数。そしてあの強さ……もうそんなの………」
「わかったよ!!………そこまで聞けば、分かるっ……!!」
あの強い子ども、町からいなくなった子ども、洗脳ウイルス、伯爵の軍隊が強い理由。聞けば分かる。セリアがあんな風になった理由も……全て。
僕はその瞬間から思考が上塗りされた。作戦を遂行することの不安、エンリとガリルを元に戻す方法、そんなことが頭から抜け落ちてしまった。
ただ殺したかった。
「な!何をするのだよ!!」
鞄から取り出したナイフを出し、そのまま伯爵に突き付ける。しかしそれすらも届かない。目の前の片手剣に止められる。
そのまま勢いよく吹き飛ばされる。
「よくやったのだよ。ティノカ。」
「………」
壁から塵が崩れ落ち、煙をまき散らす音だけがパラパラと響く。ガリルとキュアルの戦いの金属音が聞こえる。
「おい!ティノカ!!どうしたのだ」
「……いや、まだ終わって無い」
投げたナイフが土煙の中、ティノカ向かって飛んでいく。弾いたのをきっかけに神速の切りあいが始まる。鳴り響くようにも聞こえるほどに、一撃一撃の音が掻き消える前に次の一撃を加える。
剣の重さが違う。剣心が触れ合うたびに手が痺れる。一挙一動が命を削る。
「ティノカ何をしている!さっさとやるのだよ!!」
「はい」
重くなった一撃がナイフを伝って体に伝る。止まることなく、僕は再びギルドの奥まで飛ばされた。
「よくやったのだよ。ティノカ。」
ティノカはあった時のような明るさはなく、計画を遂行するためだけの人形とかしていた。
口から血が零れる。駄目だ。セリアとやった時の傷がぶり返した。応急処置だけじゃ近接は対処できない。どうすればあの貴族を殺せる?
「ははは、そんなに睨まないでくれなのだよ。私は相応しくない世界の再構築をしているまでなのだよ。」
「世界の再構築……?」
「伯爵殿。時間ですよ。」
「あぁ、そうだな」
伯爵が話そうとしたところをギルド長が止める。時間といって、彼らは踵を返しそのままギルドの出口まで歩いていく。
「まぁ君に話したところでどうにもならないのだよ………ティノカ!あれを。」
「はい」
そういうと、ティノカが懐から何かを出し、伯爵に渡す。伯爵はそれを僕の方目掛けて掲げて見せた。その……一本の注射器を。
「ここにあるのが、わかるかね。ワクチンだよ。世界でたった一つの。いやぁ、創るの苦労したよ。」
にわかに笑うと伯爵は一息ついて話し続ける。
「君には選択肢を上げるのだよ。このワクチンで誰を救うかね?」
「……」
「もちろん、選択肢は無限にあるのだよ。そこのギルド管理員の二人。それから、町の子ども達。あぁ、そして。」
口が裂けそうなほどに不気味に大声で笑う。
「君の大好きな元幼馴染。さぁ誰にするのか決めるのだよ。」
「酷い!!ハァ……どうしてそんなことを。」
「汚らわしい。獣人は黙るのだよ。考える脳もない下等種族が。」
キュアル……息も苦しそうにしている。もともとガリルと拮抗するほどの力などキュアルは持っていない。それをあそこまで耐えているだけでも既に限界だった。
「ではイアル君、次会う時までに決めておくのだよ。まぁ……ここから出られたらという言葉つきになるのだけれどね。」
再び開くドアはさらに高い音を立てて開き、閉まっていく。
立つことはできなかった。
どうすればいいんだ。どうすれば彼らを救えるんだ。一本のワクチンで。役に立たないこの長い杖で、穴の開いた腹で。
絶望の淵、エンリの刃が目下に迫っていた。止める力はない。
「どうする。エンリ。」
「そうだね。どうしようか。」
切っ先は眼球の寸前で止まる。焦点が合わないナイフの先では薄ら笑いを浮かべるエンリの姿がぼんやりとだけど写っていた。
エンリがナイフを投げ、ガリルの足へと突き刺す。ガリルが転び、同時にキュアルも体力の限界だったのか、そのまま力尽きて倒れる。
「とりあえず、ガリルは眠らせておこう。問題はワクチンの数だね。」
「いや、どういうことよ……。」
キュアルが不思議そうな表情を浮かべてエンリを見る。エンリはそれが不思議とばかりにキュアルを見下してこう告げる。
「敵の動きを把握することも、また戦術なんだよ。キュアルちゃん。」
一編完結まであと少しです。
終わったら少し閑話を挟みます。
前予告していた通り、大幅な修正もあります。
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