二十三話 氷の魔導士と懸念
更新滞ってすみません。
過去最多に時間をかけた話になりましたww
例えば、僕の人生が少しでも、ほんの少しでも別のベクトルを受けて居たら「ナンバーズ」というものに憧れて生活していたんだと思う。目指して修行していたんだと思う。そうして今頃、王都でしっかりとした勉強を受けて、それでも魔法の能力は伸びない。
未知の魔法を発明するなんて研究をしたとしても速攻頓挫して、途方に暮れていたのかもしれない。いや、当然その道で成功する未来があったかなんて知ったことではないのだけれど、それに関しては未知の未知。つまり推測しても、空論でしかない。
結局僕が言いたいことは、それくらいにナンバーズは秀でた存在なのだ。英雄と肩を並べるほどに、人類が蟻と見えるほどに抜きんでた別格だった。
もし、この世界に神が存在しているのだとしたら、バランス調整を間違えたのだと考えてしまう。人類の上位種が巫女だなんて忘れ去られてしまうほどに、その集団は個が個の概念を担っていなかった。
「ナンバーズは国軍全員よりも、その一人が強い。」
誰かが言ったその言葉が国中に伝わり、それが事実とされるまでにそう時間はかからなかった。それは目の前の男がしでかしたものが要因となったものだが、当の本人を見てもその威厳が全く感じられない。
「その話、懐かしいね。今じゃ言う人ほとんどいないと思ったけど。ってことはあの事件を知ってるんだ。」
「この国の歴史を少し触れればわかる話だろ?」
あの事件というのは他人の僕からすれば悲惨な事件でもあり。当事者である村人からするなら、ナンバーズをこの世にお披露目させた一歩。歴史と大それていってみたもののたどる時間はそんなに古くない。僕が生まれて間もない頃。つまり、赤ん坊のころの話だったのだから。たった12年ほど前なだけだ。
とある盗賊団。今では名前も忘れてしまった盗賊団。そんな奴らを倒したのがこのナンバーズ主席の彼だった。
「1000人以上の大群。それが一夜にして魔導士一人に捕まった……。軍でも捕まえられなかった大物の盗賊団を一人で。」
一人で全員を片づけた。当然応援の冒険者、国軍は来た。しかしその時に彼らが見た光景は、この世の地獄を見ている様だったという。宙には臓が飛び散り。地面には氷ではりつけにされたグミ色の体が無残にも折りたたまれていた。粉々になって並べられていたという。
「ナンバーズの存在は知っているけど、そんな裏があったなんて。」
キュアルが驚き、No.1を見た。キュアルですらその存在を知っているほどにナンバーズは有名なものだ。しかしNo.1はそれを臆面もなしに、にやりと笑った。
「恥ずかしいな。あの頃は本当に見境なく攻撃してたからね。この世界に嫌気がさしたんだ。」
「嫌気?」
「そう嫌になったんだよ。」
嫌気なら僕でも刺したことくらい……それはもう数えきれないほどに多くある。もっと僕に魔力があれば。もっと僕に力があれば。もっと僕に才能があれば。なんて何回考えることになったかなんて、計り知れないほどにある。
でもそれが目の前のナンバーズの1番。主席のNo.1にあるとするとそれはもう世界が間違っているというくらいのものだった。しかしその続きにこそナンバーズたる悩みがあった。
「僕よりも強い人をこの時代に作らなかった恨みだよ。」
そういってNo.1は宙に氷の蝶を作ってフワフワと浮かせて見せた。
「お前よりも強いやつ……か」
「そう、僕よりも強い人。この世界にそんな人いるわけないって僕は考えて自暴自棄にもなっていたさ。つい先日のことのようだけどね。」
僕とは正反対なのだろう。強さ故。弱さ故。その双方は相反するものではあるのだけれど、悩みは紙一重のようにも感じた。宙を舞う蝶は自発的に動いているかのように本物と見間違えるほどに丁寧に動いていた。僕に氷魔法を操る術があったとしてこうはできないだろうと感心する。間違いなく天才だった。
雪を散らしながら木々の隙間を漂い、No.1の肩にとまった。
「ナンバーズの……ええと。なんて呼べばいいんだ?」
「名前の公表はできないからね。」
「それもそうだった。」
当然ナンバーズはその存在は公表されている。報道も何もかもが自由にしていい。ただその名前、経歴だけは公表されていない。公表してはいけない。
それは過去に例がいなく実力で選ばれているからという理由だった気がする。
「あ!」とNo.1が思いついたように手を叩く。
「気軽にノアって呼べばいいよ」
「……それは嫌だね。」
その名前だけは絶対に呼びたくない。ナンバーズと対となるほどのその名前には絶対に触れたくはない。今の僕が触れられるほどのものでもないことがわかっているからかもしれない。けれど気軽にその名を付けたものを。ナンバーズであっても睨むほどに僕は、その名前に深い感情を露わにした。
「そっか。珍しいね。なら……ユキ。そう呼んでくれて構わない。」
「ユキか。よろしく。早速だけど、一国民として頼みたいことがある。」
あだ名も結構。ナンバーズも結構。だが、それ以上に今は優先して取り組まなければいけないことがあったのだ。
「エンリとガリルを助けてくれ」
そういって僕は深々と頭を下ろす。当然僕だけではかなわないからだった。悲しいことに僕の戦力は彼らを救出するうえで無力だった。町の中で、僕は戦えない。キュアルにまかせっきりにもなれない。それに向こうには、セリア以上に大きいカードが残っていた。
「ねぇイアル!イアル!?」
「?なんだ。キュアル。」
突然キュアルが起き上がり僕の肩を強く叩いた。叩く度に揺れる耳がふわふわと僕の背中にぺしぺしと当たっている。
「ガリルは捕まってないでしょ?」
「いや、捕まってる可能性が高い。僕もガリルのところに行けってキュアルに行ったけどここにきて正解だったと思う。おそらく。いやきっと…。」
僕は下を向いて強く言った。それだけに確かな推測でもあった。
「理由を聞いていいかな?」
「まず。ガリルとエンリは通信機を持っていた。当然。連絡は取りあう。あの場で、エンリが取れた行動なんてキュアルを逃がすことくらいだ」
「王国直属の彼らをバカにしてる?」
「いやいや、そういうわけじゃないんだ。エンリは僕よりもはるかに潜入が上手いし、ガリルは僕よりも遥かに強いし、頭もいい……けど……。」
それ以上に、壁は分厚いようだった。エンリが一人。ガリルが一人。その双方を併せてもかなわないと考えているほどに強大だった。
「それだけティノカの強さは別格だ。」
「へぇ……」
「そんなあいつがキュアルを逃がしたことで得られるアドなんて知れてる。」
「分かった!!ガリルを連れてくるってことだっ!」
「そういうこと。」
ガリルを連れてくる。そういう目的があったとしか思えない。
「あれ、けど待って!イアル私、ガリル呼んでないよ!なら無事ってことなんじゃ……」
「残念ながら。それは違うよ。兎耳ちゃん。」
キュアルの思考を遮るかのように、ユキが割り込む。蝶を一息に消して、器用に指先から魔法を編んでいく。しばらくして生まれたのは一本の受話器だった。しかしそれはここでは恐らく通信機の意味を成していると考えられた。
「さっきそこの彼が言っていたように、二人にはこれがあった。だからその連絡が途絶えた時点で、敵の計画は成功。兎耳ちゃんはあくまで保険に過ぎない。」
「……。」
連絡がなければガリルはきっとエンリの応援に来る。信頼や、自信を考えれば当然の推測だった。もっと前に気づくべきだったことだったと思う。
今気づいたところで無駄を省略できたという少しの利しか生まれない。自分の実力に嫌気がさす。自分の判断の甘さに虫唾が走る。歯噛みしたいような憤怒が僕を襲う。
悠々綽綽なユキは僕を見てクスリと笑った。
「まぁ急ごう。彼らが襲われたのなら、時は一刻を争う。」
「分かったわ。」
そういって僕を指さした。その指は今まで魔法を練っていたのとは別の腕から出された指。だらしなく掲げられた指を見て戸惑う僕に、ユキは思いもしないことを言った。
「指示は君に任せるよ」
「は?」
ユキの言葉に戸惑いを隠せないまま僕は、走り出そうと前に出した足をそのまま滑らせ顔から地面に落下した。頭から血がポタリと落ちる。それを見てユキはまたもや笑う。
「いや!おかしいだろ!それは一番強いユキがやればいいだろ?」
「いや。僕はそういうの向いてないよ。それに……君の考えにも興味があるからね。」
ユキは再びにやりと笑い僕を見おろす。手はポケットに入れられ、今まで見えていたものが幻覚だと疑うほどにその姿は、ナンバーズの名にふさわしい貫禄だった。
深くため息を吐いて僕は立ち上がる、裾の泥を払いながら……。
「分かった……ふぅ。僕が指示する。ユキ、後についてきてくれ」
「分かったよ。フフ」
「始まって、すぐにピリピリしすぎでしょ……。人間ってみんなこうなの……」
そんなことを言って即興のパーティー。魔導士二人にシーフが一人。バランスの悪いパーティーが結成され、この三人によってのギルド管理員救出作戦は始まろうとしていた。しかし僕には分からないことが一つだけあった。そう……本当に一つだけ。
なぜ、伯爵は王都の管理員という大物を攫ったのか。王国と対立することで勝てるほどのビジョン。僕が伯爵陣営だとして見えることはなかった。ティノカというカードをもってしても、セリアという隠し札を持ったとしても。いくら伯爵の軍が貴族で最高峰だとしても。ナンバーズ相手に叶うわけがないのだ。
確実に、まだ何かが隠れている。もしそれが障害になってしまったら、それを退ける力が僕等にはあるだろうか。
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目が覚めた場所は暗く、静かで、実験材料の器具だけが煙く、鬱蒼と茂る草木のような色を反射させていた。地面は赤錆色のように僕から流れた血液が僕を囲むように湿った。
禍々しいほどのその場所には僕以外の影はなく、一人ぼうっとする頭から信号を送り、口を動かした。
「あぁ…駄目だね。あれは勝てないや。」
拘束されながらに僕は、気を失う前のできごとを思い出して、そんなことを呟いていた。ただそれに気づくのは遅かったと思う。
既に腕には何か液体が投入されていくのを眺めることしかできない。体がしびれて動くことが許されない。この液体はなんだという思考しか僕は持つことが許されず、体も、脳もぼうっとただ嘆くことで時間が経つことだけを待った。
どれだけ時間が経ったか、いくら経ったか。指先や足先の感覚はなくなってきていた。幽閉されたその場所は地下であることを確信づけるように肌寒さがあった。
頭から流れ出た血が、頬を伝って顎から一滴一滴と零れていった。
ぽたぽたと零れ落ちた血と共に足音が聞こえる。
「ほら、歩くのだよ。足があるのだから。」
「これで国から怪しまれることもなくなるっスね。旦那」
「間違いないのだよ」
耳障りな声が聞こえて僕は前を向く。視界は白濁が纏ったようにぼやけ、光もないこの研究所の中では感じられなかったが、そこにいる誰かには気づくことができた。
「ガ…リル」
かけた声に返事はなく代わりに返ってきたのは、刺すような笑い声だった。
「ハハハ!!ガリル君というのかこの者は、大変面倒なものだったのだよ。私の屋敷にまで国の権限を使って入ってきて………何が国王っっ、何が国だっ!!!」
何かが地面にたたきつけられる音がした。ガリルだろう。
「私達、貴族の権限を軽く取っておいたお主等が良くほざくわ!」
「旦那、あまり乱暴にはしない方がいいっすよ。サンプルが取れなくなるっすよ」
「うるさい!!!」
「………」
沈黙がその場を包んだ。もう一人はきっと僕を倒した護衛だろう。でもどう対処したものか……。思いつかないな……。
「ふん。貴様は私に従うから傍に置いているだけだということ忘れるなよ。ティノカ」
「……当然っす。旦那の野望を叶えることが一番っスから」
恐怖で人を従える。昔の人ですら上に立つものはかくあるべきと唱えた人もいた。確かにそうであると思う。組織の統制として上の権力が弱ければ下も不安を感じる。成り立たない。
けど、それは正解じゃないことも僕は知っていた。
「伯爵かな……その声。」
「……貴様。どこかであったか?なのだよ」
「あったことはないけど、一度会議で声を聴いたよ。こんなに酷い声の人はいないからね。その口調の人も。その時から臭かったけど。今はもっと」
「臭い?何がだ。」
「口が臭いんだよ。じじい」
僕は精一杯に口角を上げて見せた。血が口の中に入って鉄のにおいがする。
「お前は王様をもっと知るべきだよ。王様はすべて見てる。王様は僕等の普通が通じない。」
ぼんやりとしか見えない斜め上に向かって僕はほくそ笑んだ。それがティノカなのか、クソ貴族なのかは不確かだったが、確かに言ってやった。
「そうか。国家の犬がほざくことなど、風音にかき消される。空疎なものなのだよ。ティノカ、実験にかかれ。あまり時間をやるとこいつらが国に応援を呼んでしまうからな。」
「わかってるっすよ」
背中の冷たい金属にどっぷりと背を預けて、天を仰ぐ。もちろん、この場所に天なんてないし月も見えないけど、これで僕らがやれることはなくなってしまったからな。キュアル君と、イアル君。この二人がどれだけ頑張れるか。それに懸けるとしよう。
「がんばってね。二人とも」
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