二十二話 凍える夏
活動報告の方更新しました。ちょっとした発表があります。
「ふぅ――」
吐いた息が唇を微かに揺らしながら、大気へと出ていくのがわかる。肺の中から酸素が出てまた吸われるのがわかる。風になびかれ草木が擦れる音がわかる。極限まで集中している証拠だ。目を開けた。
ここは「禁錮の洞窟」。近くの魔素の源が多く溜まってるスポット。コンディションは抜群だ。
横目で少しだけ杖を見てにやりと笑った。
「こいつのコンディションも抜群だな」
「何を言ってるんですか」
短剣を抜いた「疾風」がこちらを睨む。それを嘲笑いながらに僕は言う。
「…………お前に魔法のことを言ってもしょうがないだろ?」
「それも…そうですね!」
ため息交じりに吐いた言葉を起点にして、戦いが始まった。疾風が足蹴にした地面が低い風音を立てて土煙をまき散らす。
目にもとまらぬスピードで僕との距離を詰めた疾風は、勢いを殺さぬままに僕にナイフの切っ先を、惑うことなく首先に向けて突き立てた。構えた杖と、ナイフが甲高い音を立ててぶつかり合う。
「チッ!短剣でこの重さかよ」
「逆に、杖でこの軽さですか。」
次第に疾風の力が勝り、杖が自分の方に向いていく。
「そろそろ降参したらどうですか。あなたの持っている情報を私にくれれば、殺しはしませんよ。正直あなたのしたいことは分からないですが、それは私の任務ではありませんし。」
「殺しはしない?降参したらどうかって……」
確かにこのまま押されれば、僕は負けてしまう。力で僕が疾風に勝てることはない。僕はその言葉に笑みをこぼした。
汗が滴り落ちる。筋繊維ブチブチと割ける。切っ先が僕の方に向いて、恐怖で歯の根も合わない。でも!
「しないよ!僕は負けない」
「何を……はっ!」
「気づくのが遅いよ、疾風」
振り返った疾風。その後ろには魔法陣が浮かび上がり、そのままつっと生命が宿されたように煌びやかに染め上がる。色は赤。淀みもない、隅々まで瞬くような赤だった。
この魔法を発動するのは久々だ。それでも――体が覚えてる。あの時の感覚を忘れていない。
「神聖魔法イグニッション!」
竜巻のように姿を変え、そのまま疾風を飲み込んでいく。グルグルと渦巻いた炎は発動者である僕の服を焦がし、髪を焦がしながらに、その苛烈さを極めていく。
「炎魔法ですかっ!!いくつ魔法を!?」
「理論上は、無限に……」
それがこの魔法の強みだった。この刻印魔法は幾らだって魔法が打てる。魔素がある場所なら理論上無限に。当然現実では、砂上の楼閣に過ぎない無限という値だけど、僕程度の魔導士が出せなくなるほどに陥ったことはない。
加えて、場所によって多少の誤差はあれど、魔素さえあればどんな魔法だって使えてしまう。
「本当に……デメリットに眼を瞑れば、世界最強なんだけどな」
デメリットは無視できない、予め戦闘に入ると思って詠唱から魔法陣まで敵に悟られちゃいけない。今だって、疾風が攻めてくるのが分かっていたら自分に火の粉が降りかかるような炎魔法は避けていた。
ただそれらを考慮しても、今回の戦闘は上出来だった。
「ああああああああぁあぁっぁ」
疾風が炎の中で苦しむ姿を見て、勝利を確信した。
今だからわかるけど、以前打ったものは不完全だったのだ。詠唱も下手くそだったし、魔素の循環も円滑に行えなかった。でもまぁ…それは当然といえば当然。モンスターが目の前にいて不確かな詠唱と、うろ覚えな魔法陣を宙に連ねて画いたのだ。発動できただけでも上場。
けど今は違う。僕の体は成長したし、魔法の詠唱もしっかり行えるようになった。魔法陣に関してはそれは発言した才能に努力を重ねて、実戦レベルまで漕ぎつけた。それも、敵にバレないように。
次第に炎の渦は細くなり、ボロボロの姿の疾風がぐでっと横たわっていた。
「これで僕の勝ちだ。」
思えば僕は無傷で、対する疾風は一撃で終わった。圧勝だった。条件付きとは言え、この魔法は僕を英雄にさせる必要十分な価値があることは確かだ。あとは僕が今まで以上に刻印魔法を操ること、空論を顕在させるだけだろう。
「それでも……」
疾風を少しだけ見て物憂げな表情を浮かべる。
「それでも僕は、セリア。お前と英雄になりたかったよ」
きっとこのままセリアは捕まり、一生牢獄から出られない。それだけの罪をセリアは犯してしまったのだから、僕がその罪を赦すことも、諭すこともできない。
なぁ……どうしてお前はそうなったんだよ………。
「イアル!!」
「…キュアル。うわっ…!!」
ボロボロだったキュアルは立ち上がった勢いそのまま僕の胸に飛び込んできた。
「な、なんだよ」
「よかった、無事でっ……ぐすっ…うぇええん」
「え、泣くなよ……」
顔をうずめて、静かな森の中でキュアルの泣き声だけが響いた。チリチリと草木が燃える音が聞こえているのですら心地よく感じた。それとなく現実に戻ってきた感じがした。それでも僕の気が晴れたわけでないけど、心は安らいでいた。
ああ――本当は泣きたいのこっちだって言うのに。
「ごめんな。心配かけて。」
「ほんとうに……ふぅ、落ち着いてきた。勝手にどっか行って…」
「調べたいことがあったから」
「調べたいこと?」
不思議そうにキュアルが首をかしげる。
「うん、そうそう」
「ふーん……あっ!!!」
キュアルが青ざめた表情を浮かべて僕を見た。
「イアル!大変なの!エンリさんが…。エンリさんが連れ去られて!」
「えっ?……はぁ。なんだよ、その事か」
その調べをしていたのに。寧ろ現状で他に優先して調べることないだろ。いやはや僕をどう考えてるんだ。
「それじゃあ、そっちの方に行こう。エンリさんが心配だ。ガリルさんも連れて合流しよう」
「うん」
勢いよく返事をして僕の先を歩くキュアル。というかキュアルはガリルさんを呼べばよかったんじゃないか?なんで僕の方に来たんだろう。もしものために用意した手紙とぬいぐるみだったけど、そのもしもは本当に想定していなかった。
「うーん………読めない」
「イアル!!」
「分かってる、早くする、いっ、痛っってぇ……」
なんだ、話しにくい。口が上手く回らない。ていうかなんで僕は地面が横に見えるんだ。
キュアルが悲鳴を上げると同時にそれは襲ってきた。
痛みだ。腹部への激しい痛み。刃物で刺されたような激しい痛み。内臓が抉られているような気分の悪い痛み、寒さ、悍ましさ。
「甘いですよ。敵の生死を確認しないのは」
頭上から聞こえたのは信じられない声だった。それは先ほどまでに寝転がって、瞳は閉じられ、炎に焼かれて……あれ?なんで炎に焼かれたのにこいつは「ボロボロ」っていうだけで済んだんだ?
「きっとあなたはあの情報屋の部屋に行って私たちの情報を探っていたのですが、抜かりましたね。あの部屋。魔法の痕跡がありましたよ。」
「は?魔法の痕跡?」
どういうことだ。僕はあの時魔法なんて使ってない。情報屋にも魔法使いはいなかったはずだ。
「知りませんか。暗殺者はいついかなる時でも備えを忘れないんですよ」
なぜだ。どうしてこいつはそれを持ってる。どうして……
「戦う相手が魔法使いと知っていれば耐魔の服を用意するのは当然です。抜かりましたね。」
「べ…別に……そこまで甘くねえよ…僕は…」
誰がそんなことを想像できようか。誰がそんなことを考えられようか。それ以上に何故、魔法の痕跡がある?誰だ。
「待ちなさいよ!」
「あなたは……私の敵ではありません。弱い獣人さん。」
キュアルの不意の攻撃ですら動じずに防ぎ、そのまま流して、勢いを逆方向へとぶつける。投げ返されたキュアルはそのまま向かいの木へとぶつかっていった。
「いっ…たい」
「キュ…ア…ル」
クソ!!どこで抜かりがあった。どこまで予想すれば僕はここで正解を選べたんだ。
「それではお疲れ様です。」
疾風がナイフを振り上げ、僕に向かって振り下ろす。
「クソ!…」
キュアルの悲鳴と、燃える草木の音だけが聞こえる。横目に月を見ながらに、僕は瞳を閉ざした。
「フリーズ」
一瞬で辺りは凍えるように寒くなった。何が起きた?起こせない体のまま目だけを開けて、辺りを見る。疾風が振り上げたナイフが僕に刺さった感触はなかった。先ほどまで聞こえていた草の焦げる香りもそこには存在していない。
「つまらない。つまらない。あーつまらない。疾風ってどんなものかなぁと思ってたけど、まぁ大したことはないやつだね。」
凍えるような不気味な声だけが耳を伝って、脳に入ってくる。どこか寒気を感じさせ、怖気を通り越し、恐怖そのものを与えるような。そんな声だった。
「僕を満足させられるのは…やっぱり勇者ァ……君だけだよ」
「勇…者」
「あ、一般人、助けなきゃ。」
チョロチョロと液体が体に掛けられ、体の穴がふさがれていく。一回目にエンリに開けられた穴に、さっき疾風に開けられた穴。その二つの穴がみるみる内に閉ざされていくのがわかる。ポーションだ。それも最高級の
「誰だ。」
「ん、君意識あるの?…じゃあ…冒険者?ごめんね、僕弱い人は良く分からないんだよ。一般人かどうか。気を悪くしないでね。」
「……」
当然気を悪くした僕だった。弱いという言葉を聞くこと自体が久しぶりだったせいか将又、修行で少し自信がついたせいかは分からない。最初から僕はこうだったのかもしれない。
「キュアル無事か…」
「うん。ちょっと立つのは時間かかるけど…それよりも…あれ」
「え、あれって」
そういってキュアルは僕の背後を指さす。振り向いて、目に入ってきた光景を、僕は疑うしかなかった。目が間違っていると考えた方が賢明なほどだった。
当然、僕はこの得体のしれない人に助けられたのだと、それは理解していた。疾風を倒してくれたのか、疾風を追いやったのか。そんなふうに考えていた。
しかし目の前に入ってきたものは倒れた疾風でも、逃げた疾風でも、血まみれの疾風でも。そのどれでもなかった。
大きい氷だった。この砦の森の木々を貫き、夜空の月に届いてしまうほどに伸びた氷だった。氷の中には疾風がナイフを構えたまま凍っていた。
「心配ないよ。王様に渡せるように完全に冷凍保存してあるから。」
「冷凍保存って……」
氷魔法。そうだ。存在は知っていたけど、それは僕がこの修行期間でもなせなかった大技だった。当然優秀な姉であるファインも。師匠ですらできない。過去にできたのはただの数人もいなかった。魔王と賢者、そして魔族の貴族。ただそれだけだ。
「そういえば、名乗ってなかったね。面倒くさぁいけど。決まりだし。」
しっかりやらないと勇者君に怒られるから…。
そういうとにやりと不気味な笑顔で笑ってこういうのだった。
「僕は国王直属の戦闘部隊ナンバーズの1番。勇者に続いてこの国で二番目に強い。魔法使いだよ」
以前告知していたTwitterの方作りました。
活動報告の方とこちらの両方貼っておきます。
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