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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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二十話 いってきます

 そこは真っ暗だった。ただただビーカーにフラスコに、顕微鏡。あらゆる実験器具が並べられている。様々なものがホルマリン漬けにされていて、部屋の暗がりよりもこの部屋自体が暗く感じられた。


 機械音だけが一定のリズムを取って動く。自身の足音もその音によって消されていく。

歩けど歩けど、景色が一変することはなかった。どうやって作られているのかもわからない。どこに通じているのかもわからない。

 ただ、ここが想像以上に危険な場所ということだけは体にビリビリと伝わってくる。


 それでも少しだけ歩を進めた。



 ゆっくりと…足音を立てないように……。



 進んだ先にあったのは、大きなタンクだった。

 タンクには「M.I.C」とどす黒くもあるほどの緑色の文字で、大きく書かれていた。それが何のイニシャルで、中に何が入っているかは分からない。


 それでも見続けて居られるほどの代物ではなかった。中からは膨大な魔力らしきものが感じられる。


 目を背けた机の上に一枚の本が置いてあった。周りはすべてハイテクノロジーな機械で囲まれているにも関わらず、ポツンとあったそれは。この場所に似つかわしくないほどにレトロ調な、そんな本。

 なぜか目を惹かれて、手に取る。背表紙を開けて気づいた。


 これは本ではなく日記帳だったのだ。


 表は綺麗だったものの中は、机に接していた面はボロボロ。持ち主が持ち歩いていたのか、角は丸く削れていた。


 破れないようにページを捲る。




――ある秋の朝。俺はここに来た。訳も分からないまま。領主であるというそいつの話を、言う事を聞いた。頷くしか俺にはできなかった。それしか道はなかった。でも領主は優しく迎え入れてくれた。仲間も笑顔で楽しい職場だ。



――ある冬の朝。剣を握った。重かった。血反吐も吐いた。でも割とうまく回せた。嬉しかった。けどここは何かがおかしい。仲間でさえも時折影がのぞく。



――翌日。何日か分からない。けれど町が騒がしいからこの日を俺の始まりの日としよう。これが俺の始まりの日。1月1日だ。



――2月1日。初めて人を手に掛けた。腹が避けた人間を見ることは初めてだった。中からもごもごしたものが飛び出て、ほとんど割かれた首と同時にピクピクと脈打っていた。吐きたいことを我慢した。けれど不思議と苦しいとは感じなかった。



――2月8日。やっぱりここはおかしい。先日殺された人も。そのまた以前に殺された人も、殺された理由が出鱈目だ。そういう文化なのか。この領地は。仲間に時折影が差す理由がこれなのだと知れた。



――領主が子どもを連れてきた。専属護衛にするといった。けれど俺はそうじゃないと思った。もし予想通りなら、逃がしてやるしかないと思った。



――やっぱり違った。領主は研究がしたかったんだ。子どもを攫ってきたのもそれが研究に必要だからだった。何だか子どもの魔力を底上げして、能力を上げるのだとか。そんなものすぐに失敗して終わると分かっているのに。もう人が苦しむ姿は見て居られない。

明日逃げよう。


――駄目だ。逃げれない。脚が竦む。逃げた奴が捕まった。そいつは俺らの友人だった。一緒に訓練をした仲間だった。それなのに領主は俺らに行った。


「拷問をするのだ。さもなければ貴様ら全員を同じ目に合わせる…」と。


領主の言葉には嘘は一つもなかった。俺らは殺される。殺される以上に酷いことにあう。そう思った俺たちは、仲間である彼を…


蹴った。蹴った。殴った。


蹴った。殴った。蹴った。


手加減などできなかった。もし手加減をして後ろの領主に言われようものなら、今そこに立っているのは俺かもしれないのだから。


数日たった感覚だった。体の疲労は時間以上に体力を奪った。この暗い地下の研究所ではそんな時間の感覚すらも分からない。どうしようもない。


前を見た彼の顔は面影もないほどにボロボロで、輪郭も、顔の色も、体の形でさえも何も分からなかった。

分からなくても。彼が笑っていた記憶が脳裏に焼き付いて離れなかった。それでも僕らは休めなかった。その時だった。領主が言ったのは。


「お前ら、本当に酷いのぉ……。嘗ての仲間をそんな風にするのだな。」


 領主が下卑た笑みを顔に隠せずに出した。

 その時、俺はどうしても思ってしまった。ここにきて初めて思った言葉だった。



 人を殺したいと――。


 この笑った男の皮を剥いで、四肢を毟って、できるだけ苦しめて……あいつを殺したい。



――この日記を書くのも何日ぶりだろう。あれからも俺は何人もこの手で殺めてしまった。


仲間を。


街の……領民を。

 

 全てこの手で殺めてしまった。


 もう元の生活に戻れるかは分からない。存在を確かにさせないということだけに希望を託そう。

 そして全てが終わったらこの話を、話して、死のう。


 そう全てが終わるまで……。




――その決意は今も揺るがない。



ヒソカ




$    $    $    $




「誰かに知らせないと…でも誰に知らせればいいの…」


 少しだけ感情が出てしまう。泣きそうな感情が。声は震え、足も震え、すべてが限界だった。足が速くても、人間とは違う動きができても。それでも私は未だに子どもなんだと痛感してしまう。


 冒険者なんて勇敢な肩書に隠された本性は、他に隠していても自分自身のどこかに絶対に存在した。震えて声も出せなかった。


信じられない。


エンリが負けるなんて。



 何人も寄せ付けられない殺気に充てられた。エンリさんでも全くといって良いほど、通じていなかった。


 あれは…貴族の屋敷で会ったあの人に。


 迷いつつも、来てしまった。助けると言っておきながら結局頼る自分が恥ずかしくなる。外観はボロボロで中だけ綺麗なこの宿場。

 イアルが泊っているこの宿場。


 2階の角の部屋。イアルのために取った部屋。階段を一段一段上がる。俯いたまま、彼になんて言おうか考えたまま、もう部屋の前についてしまっていた。


 なんでこういう時だけ、早く感じてしまうのよ。


 止む無くドアをノックした。


「イアル、いる?」

「……」


 返事がない。しかし返事を待っている余裕はなかった。事態は急を要する。


「入るわよ」


 ドアから向かってベッドの上にはイアルの姿があった。布団に全身くるまって、私が出たときと変わらない姿。

 でも…安心してしまった。イアルならどこかへ動いていると思っていたから。少しだけ休んでいてくれて安心した。


「イアル……。エンリさんが攫われた……。」


私は思い出すように話し始めた。


「私、イアルに恩返しがしたくて…エンリさんの手伝いをしていたの……」


ゆっくりと……。


「何件も、何件も探した。けどセリアさんの痕跡すら見つからなかった」


 残酷な真実。でもそれが本当だった。全く見つからない。通った足跡も臭いも、町の人でさえ、背丈が同じ人すら見たことがないと言っていた。情報が出すぎることが普通なのに、情報が出なさすぎる……異常だった。


「そして、今日その件を終えた時、エンリさんが攫われたの……



 ティノカとかいう貴族の専属護衛に。もしかして……」


 いや、偶然じゃない。仮定じゃない。きっとこの件には――貴族が関わっている。


「だからセリアさんも。被害者なのかもしれない。だから助けてあげよう!」


 口説きだった。偉そうだった。イアルからの返事はなかった。


「なんでよ……。」


 涙が溢れた。私ではイアルの心を動かすことはできない。

励ますことは……できない。


「なんとか………言いなさいよ!!」


 思わず、布団に短剣を投げた。自棄だった。その短剣はイアルの頭を目掛けて飛んでいき、




 そのまま刺さった。


「…………え」


 一瞬何が起きたか分からなかった。そのナイフはイアルが止めるか、掃うと思っていた。




 それが……刺さってしまってた。


 よく考えればイアルは魔導士だ。短剣を視界の外から投げられれば………。


 血の気が引いた。


「ちょ、ちょっと…!!」


思わず布団を無理やりに捲りはぎとる。ええと…こういう時は…止血!圧迫止血!!そうよ。この取った布団で止血を…。


 強く捲った布団は短剣で割けた場所から羽が飛び出た。勢いよく舞った羽の中から出てきたのは。



「え、テディベア…」


 残酷にもそのテディベアの頭からは綿が飛び出て、かわいかった熊のぬいぐるみではなく、かわいそうな熊のぬいぐるみへと成り下がっていた。


「どういうこと…」


 混乱した頭のままそのテディベアを持ち上げる。すると持ち上げた背中にはふわふわした毛ではなく、クシャっとした紙の触感があった。


 テディベアだったものをひっくり返してその紙を見ると。とあるメッセージが書いてあった。


「…………はぁ。ふふっ、イアルらしい。」


 思わず笑みがこぼれる。助けてあげようと考えていた自分が途端に馬鹿らしくなる。


 私は今度こそ、そのテディベアが悪戯されないようにしてその宿から飛び出した。


 その紙に書いてあったことは、イアルらしいのひとことで片づけられるほどにバカげた言葉だった。

以前告知していたTwitterの方作りました。


活動報告の方とこちらの両方貼っておきます。


適当に進捗情報やら、どうでもいいことを垂れ流します。


↓↓↓↓


@tuyunoha_novel

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