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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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十九話 嚢中の錐

 調査の場所は高級街の一角。持て余すほどの広大な土地を贅沢に使い、一件一件は輝かしい白色を基調として月の明かりを反射する。同時に町の街灯も負けじと多い。


夜空に浮かぶ星さえも見えないほど道に、家屋に、反射し映る。しかし、それでも異空間とすら思えるこの世界は夜というものを生かし、見上げた夜空の黒と照らされた暖色光がまるで月明かりであるかのように綺麗に彩っているのだ。


 同じ街とは思えない風景だがそれに止まることも、そんな風景に足を止めることなく、目的地へと向かう。


「畜生。なんで出ねえんだ。エンリ!!」


 胸が締め付けられるような感覚だった。


 犯人の存在に大方の目星が立ったとき、俺はエンリに通信をかけた。情報の共有は当然だった。

しかしなるのは呼出音の反復ばかり。その反復はやむことなく、永遠になり続けるばかり。


 ギルド管理員になって俺とエンリはまだ日が浅いことは分かっていた。

生まれてからそれが職だと言われ続けて、宿命といい続けられて、そのための特訓をして、そのための勉学に励んできた。そうして俺とエンリは育って――親父達から受け継いで来て三年と少し。


今までに失敗した依頼等なく、万事堪能にこなしてきた。


 

上手くいっていた。



それなのに……いや、それだからこそ今回の依頼もそうだと。そうなるはずだと高を括っていたのかもしれない。エンリが外で俺が中。それで解決する。いつも通りのパターンだと考えていたのかもしれない。


エンリが襲われたのは俺の不手際で、俺らの甘さだ。そう捉えざるを得ないだろうな。



 貴族の屋敷の外れとも言い難いが、その違和感のない建物群には外からでも場に似つかわしくない血の匂いが漂い、男たちの呻く声が入り混じる場所だった。既にエンリがひと暴れした事実だけは確かに痕跡として残っていた。


 俺はいつも通り、その場に転がる男たちを侮蔑した目で見下す。それが、悪とエンリが判断したなら、同時に俺もその感情は持つことは当然のやつらということをすぐに認識していた。ゴミ屑達だ。


 しかしその中でも怪我一つしていない、無傷のまま地べたに頭を伏せている男がいた。すり寄り、その男に問いかける。


「おい……ここで何があった」


震える男の背中を地面から引っぺがすようにしてこちらを無理やり向かせるが、男は


「や、やめてくれ!!こ…殺さないでくれぇ……まだ、まだ死にたくない。娘がいるんだぁ…」


俺の話を聞こうともせずにジタバタと暴れた。まるでそれは幼子のように。


経験のあることではあった。俺らの終わった後の場はぺんぺん草すら残らない。それは悪であろうが、正義であろうが構わなく潰すという程腐ったものではないと考えていたが、今回に関しては平和に解決したほうがいいということだった。


後の祭りではあるけれど……いざこうして行方不明になったときこうなってしまうと最善とは言えないのかもしれない。


 引っぺがした男から目線を上に戻し、再び歩き出す。

 奥の部屋は事務所になっていた。大方ここがこの建物で闇企業を隠すための隠れ蓑となる表面の場所だったのだろう。


 極標準的な事務所といえた。偉そうに奥に高級な椅子があり、それを軸として雑多に従業員の机と椅子が並ぶ。何もかもが普通で、普通であるからこそ、そこには怪しげな影などが見え隠れしない、一般的な企業としか見られないものとなっていた。


 しかし、先に裏手から忍んだ俺には違和感が拭えなかった。明らかに――


「多いな。椅子の数と外で倒れていた人数がどう考えても合わない…」


 エンリが暴れた時間帯。

 外で伏せる男の精神状態。

 生々しい血の匂い。


 エンリが到着して対処するまでの時間はどう考えても俺が到着するのと離れてはいない。外は既にこの明るい町でも月が見えるほどに暗くなっているが、この時間帯に小悪党どもが留守にしている理由はなんだ。

エンリがその事に気づかない訳がない――。


 そして総出しなければいけないほどの大事がこの事件の裏に隠れている。小悪党同士の抗争か、はたまたどこか上の悪党に支持されたものか。いずれもエンリの行方不明に関係はなさそうだが。


 そういってただため息を吐いた。結局ここで形跡は辿れそうにない。あの話せない男を連れて支部まで戻る他に手はない。


 あきらめかけたその時、上座の方で何かが光った。


 偉そうな椅子に、小綺麗な机。その上に置かれていたのは一枚の封筒だった。光ったのはそれを閉ざした金具が月明かりに反射したものだったらしい。

一枚の紙を丁寧に、手袋をして手に取る。


――俺だ。情報を買いたい。


「情報…まさかこいつら情報屋だったのか。」


 情報屋と単なる小悪党との間には大きな差がある。それをなくして部隊はまとまらず、人は動かない――資金力だ。しかし情報屋などという名を構えて、店のような面構えをしていてもその存在は不逞、当然違法である。情報の費用を聞けば吃驚(きっきょう)の表情を浮かべる他ない。


――お前らが捜している“あいつ”の居場所を俺は知っている。


あいつだよ。あいつ。「疾風」だ。


「疾風!!だと。こいつらは何を追っていたんだ。」


 ここにきて多く聞くようになった二つ名、「疾風」二つ名を二つ持つ存在。名の知れた暗殺者。

 しかし俺が驚いたのはそこではない。いうなれば小悪党と暗殺者、その仕事場は重なることも多くあり、ぶつかることも多くある。珍しいことでも無い。気になる点は一つ。それは「捜している」の言葉だった。


 小悪党であるならばその正体はプライドと名声の塊。名のために動くことが本質。ぶつかれば蹴散らし、隔たりがあればそれに歯向かう。


 しかし、それが情報屋ともなれば内容は変わる。奴らは金に魅せられた者達だ。名声以上に、プライド以上に金のなる木に寄せられた蠅。金になるもの以外は追わない。奴らがそれを追っているということはその第一が阻害されたこと。もしくは…


「疾風を誰かが追っている……頼まれた情報を掴みたい場合だろうな。」


 生唾を飲んで紙をゆっくりと机に戻す。

一枚岩ではないのか。貴族の護衛と暗殺者、二つが組んで良からぬことを考えているわけではないのか。もしくは第三の存在があるというのか。

頭を掻きむしりながら、思わず考えをこぼした。


「クソッ!わからねえ!!」


 感情をあらわにして殴った壁に穴が開く。


 尻尾すら掴めていない。それなのにこちらはエンリという最大の手札を失っている。完全に敵の手中の中だ。


 無論こちらの組織の名前はバレていないだろうが、こちらを敵とみなしたにもかかわらず行動を止めようともしない。


 それ処か攻撃まで仕掛けられる始末だった。

 尻尾を出さない獲物の尻尾はつかめない。尻尾どころか相手は足跡すら残していないのだ。掴みようがなかった。


 落ち着け……落ち着こう。こっちも分かっている情報はあるんだ。


 ここにきて新たに出てきた障害。この紙に関しては一旦置くことにする。情報屋を三つ目の敵と見なすのなら、王宮に応援を呼ぶしかない。俺らだけでは対処のしようがない……。


「力不足……か」


 無性に自身の隠された組織、王宮の裏部隊という顔が辛くなっていくことを感じた。俺は親父の七光りでしかなかったのだ。




$    $    $    $




 足取り重く、そのまま向かった先は貴族の屋敷だった。護衛の情報が足りない。王宮への応援がすぐに来ないことを考えて動くと、ここにしか手がなかった。


 門には二人の守衛が来ていた。二人の守衛は門を閉ざすように剣を十字に構えて、それぞれに好戦的な言葉を口々にした。


「おい、今何者だ。」

「兄ちゃんこの時間にここら辺を歩くのは流石に見過ごせないぞ。」


 虚ろな顔をしながら俺はポケットから、王宮の証拠を出した。


「これで通してくれ。緊急の用事だ。」


 若い門番はそれを見た途端に表情を青色に変え、剣を上に掲げていった。


「申し訳ございません。どうぞお通りください。」


 大きな門が高い音を立てて、開かれる。

 外から見ていても思ったが貴族の中でもこの屋敷は大きい。伯爵というと公爵、侯爵、辺境伯、その次に伯爵と並ぶ。その立場は下にも上にも挟まれる中間だと言えるが、この屋敷の大きさは辺境伯以上に大きいのだ。


 それ故にこの伯爵…エルバリーは金持ちであることと、自身の護衛の数が多いことで有名なのだ。他の町からもスカウトするというほどに。


「ようこそ。エルバリー領へ。王宮から何の用でしょうか。」

「少しだけエルバリー伯爵本人に、用事がある。他言を許さない内容だ。案内してくれ。」


 目の前に出てきたのはメイドだった。水色の髪を靡かせてどこか今の俺と似たような虚ろな表情のまま、言う通りに案内を請け負った。

 

 当然のように案内された屋敷の中まで綺麗に整えられていた。貴族街を先ほど歩いてきた俺にとってもその差は明白なほどに。

 一歩歩くごとに異なる絵画が並び、そこには謎の壺が置かれていた。最早王宮以上に豪華な廊下だった。


「お待たせしました。こちらです。」

「あぁ、ありがとう。」

「はい、お気をつけて」


 扉が開き、眩い光が俺の目を焼くようにして飛び込んできた。


「ようこそなのだよ。王宮の使い君。」


 その向こうには目下には隈を浮かべて歯を見せて笑う。男が立っていた。


「そうだね。今王宮の使いがこの時間に来たということは……そうだな。私の街で何か問題があったということかね」

「仰る通りです。その件で助力を賜りたく、こうして参上いたしました。」

「把握したよ。」


 探偵であるかのように言い当て、見透かしたように脳を張り巡らせて内容を悟る。金持ちの要因はここにあるのだろう。


「それで……」

「あぁ、人掃いかね。既に終えているはずだが……」


 自信満々にエルバリーは答えた。しかしその表情はどこか笑みを含んでいた。まるで俺を試しているかのような。そんな……。


「――これでも王宮勤めです。」

「うむ。分かるのかね。」

「ご想像にお任せしますよ。」

 心底つまらなさそうにエルバリーは手を下ろす。同時に部屋の中に。一人の騎士が入ってきた。ニカっと笑った表情を浮かべている、まるで街の中で元気に過ごす青年のような印象さえも感じた。護衛でも……騎士らしくもない。


「この男は専属護衛の中でも偉く優秀なのだよ。それに加えて頭もよいのだ。最も私が信頼している男でもあるのだよ。」

「いやぁ、恐縮っすね。」


 エルバリーは嬉しそうに護衛の背中を叩き、それを護衛である彼も笑っていた。まるで友人のような関係だ。


「構いません。ただその場合彼を軟禁状態に置くことになりますが、よろしいでしょうか。」

「ふむ…。それは、つまり――」




「私の護衛の中に裏切りものがいるという判断になるのだよ。」


「……我々はそう考えています。」

「ふむ。」


 強い殺気を浴びせられた。それも……二人に。絆の強さ以上に強い関係で結ばれているのだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。なんだ、あいつは。




 なんだ!!あの護衛は!!!


 俺が一瞬怯んでしまった。こんなことを経験したのはかれこれ一年前以来だ。それに先ほどの隠蔽。俺は伯爵、エルバリーの目を見て鎌をかけただけだ。実際は見敗れてはいない。全くといって良いほどに気配を感じなかった。

それほどの力を持っているというのか。この伯爵領の専属護衛達は。


 例の専属護衛は殺気を放ったことを意にも返さないくらいに、笑顔でニコニコと笑っていた。そして思い出したかのように。こういった。


「あ、そういえば言い忘れてたけど俺、ティノカ=ハナカって言うんだ。よろしく!!」

「よろしく…な」


 そういってティノカは元気よく手を出してきた。その手を握り返すと、勢いよくブンブンと振った。


「それで話っていうのは何だったんだ?」


「それについては…………」

「ふむ、そうなのだよ。話をしてくれたまえ。」


 そういってエルバリーは目の前の椅子に腰を掛けた。何もかもがペースを乱される空間だ。


「王都にまで周ってきた噂。子ども誘拐の件に護衛の方が関わっている可能性が高いのです。」


 その言葉にエルバリーもティノカも耳を傾け真剣に聞いていた。

 話始めるとともにスッと、空気が重くなっていくことを感じた。この推測というもので貴族を動かすことは可能なのかと。そういったものではなく、実際に空気が重く感じられた。


「だから、門の………ご…え……ぃ………」


 空気が重い以上に、口が上手く回らない。言い直そうと深く深呼吸をして話そうとしたときその異変に気付いた。


 いや、気づくのは遅すぎた。


 空気が重いのではなく。自身の体が重いのだと。


 息が詰まるのではなく、息ができないほどになっていてしまったのだと…。


 深く吸った息は会話に使われることはなく、そのまま倒れた地面に吐かれた。


「ふむ、効くのが遅かったな。相当な手練れのようだ。当たりなのだよ。」

「そうっすね。」


 何を言っているのだ。こいつらは。早く助けを……。


「まぁ君は死ぬからいいのだよ。聞いていても、それにしても一人かと思っていたら、まさか二人もいるとは思わなかったのだよ。」


――二人?……何言って……。地面から立ち上がろうとしても声を出そうとしても力が入らない。見えるのは先ほど座ったエルバリーの足と、立ってこちらに近づいてくる護衛の足だけだった。


「気にすることはないのだよ。これで街での研究は捗ることは決定したというだけ、なのだから…。それではまた、どこかで会おう。」


 そういったと同時に護衛は俺の体の上にのしかかった。その言葉は信じたくなかった。自身の無力さを知ることになった。


「さようなら。ギルド管理員、なのだよ」


 鋭利な刃物が俺に向かって飛ぶ。それを避ける力もなく為されるがままだった。


 視界の最後にティノカの恐ろしいほどに純粋な笑顔が最後に見た光景だった。


以前告知していたTwitterの方作りました。

活動報告の方とこちらの両方貼っておきます。

適当に進捗情報やら、どうでもいいことを垂れ流します。

↓↓↓↓

@tuyunoha_novel

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