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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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十八話 ホシを辿る

探索を初めて十日という期間が経った。未だにこの事件の尻尾を掴むことさえもできて居ない。この情報で既に三ケタの件数に到達することになるかな。伯爵領は極めて大きな町でも小さい町というわけでもなく平凡な街。それにも関わらず、連日鳴り響く情報と殺人の数に齷齪として、足を動かすほかに僕らが動く方法はないのだ。


「これで、百件目よね」


 表情にもどこか余裕はなく、疲れが滲んでいるキュアルが僕を見てそう苦々しく微笑んでいた。口調も数日前には既に解けている。それは慣れからか、疲れからかは彼女の表情を見れば一目瞭然だった。


「そうだね~……そろそろ目的に到達できればいいんだけど」


 キュアルが黙って頷いて張っていた扉の前に立つ。

 彼女も僕やガリルとは別に協力してもらっている。臨時として王様の報告も通して抜かりはない。ただ十日という長い期間。その期間をほぼ休みなしで働くのは、例え獣人という種族に力仕事や体力仕事が向いているということを含めてもやはり……看過できない。


 それに今回の件も彼女の助けがあってことがまだ、上手く運べている方だね。仕事をまかせっきりにしているという自覚はないが、それでも今回が外れだったとしたら彼女には抜けてもらう他になかった。


 その功を伝えても尚、彼女は強く僕たちに意志を見せるだろうが関係ない。

それに立場を利用して甘んじて協力を仰ごうものなら。管理員という名前に、代々受け継がれてきたこの立場という家訓に、何よりも国王と国に、不名誉な称号を与えてしまう。


「ふぅ……」


 大きく息を吸って吐く。


「行くぞ」


 その一言と共に力一杯に地面をける。体当たりをするように扉を開けて中に入った。

 机に並べられた、トランプの数。手を抑えられる人間。その切っ先はその人間の指先に向かっていた。泣いている。


 はぁ……シロか――僕は心の中でため息をついた。吐く他にすることがなかった。

 簡単な違法な賭博の現場。治安が整っていると言われている王都でさえも影ではそんなことが行われている。野蛮で危険がつきもののこの領地で珍しいことでも無かった。

「なんだお前ら」と大きい男が言って、それにつられて用心棒が両端から現れる。おあつらえたような悪人たちだった。


「うーん。虫唾が走るんだよね~そこどいてくれるかな?」


 再び蹴った地面はうなりを上げて、散らばった床の木材がそこかしこに拡散してまき散らされる。

 何を考えていたのか自分でも考えられないまま、僕は目の前の、


すべての敵を殴った。


蹴った。


腕をへし折った。



しばらくした後、辺りにはうめき声しか残らない。敵の血と涙と吐瀉物で床一面が濡れて覆われていた。


「エンリ、落ち着いてよ……」


少し肩を震わせたキュアルが僕の背中に手を置くようにそっと撫でる。疲れているのに気を使わせてしまった。

これまで僕らはいろいろな場所を探索した。だから僕のこの戦い方の理由も予め話している。


「大変そう…ですね。」

「うーん、そうでもないさ。生まれつきからこうなってれば、この感情が行き過ぎたなんて考えることはほとんどないからね――それにこの感情自体が正しいと教え込まれてきているんだ。今でも…」


 間違っていないと考えている。


異常なまでの正義心。それは僕とガリルの家双方に受け継がれてきた家訓ともいうべき呪いのようなものだった。生まれついてから正義、正しい心を植え付けられる。教育もすべて悪を見せながらもその存在を畏怖ではなく、憎悪として教えられる。


 だから僕とガリルは悪を見れば…悪と判断したならば速攻で叩き潰す。それが体に刻まれている。思えばイアル君を殺さなかったのは、体に注がれた正義心がそれとなく彼の正しい心を読み取っただけなのかもしれない。それならいいけど…。


「とにかく、この人たちはガリルに任せよう。僕らの仕事はこれで終わりだ。見たところここにも何の手がかりもないみたいだ。」

「はい」


 元気よく返事するキュアルを横目に僕は出口のドア。とはいっても既にそのドア自体は機能をなさずに蝶番が取れてしまっているそいつを外して外へと向かう。


 所々に浮かぶ雲が月は隠さずにその明かりを強く保ち、道を照らしていた。裏腹に僕の心は隠された星のように曇り濁っていた。この町に来てずいぶん経つが、未だに目ぼしい情報すら掴めていない。


 ガリルと僕の不在はギルド上部に知れてしまえば、管理員という隠された存在すらも危ぶまれてしまう。これ以上の出張は本業であるギルド内部の監視の役割をも妨げてしまうかもしれない。


「キュアルちゃん」

「え、なに?…ですか」

「ここで君の手伝いは終わりにしよう。」

「え」



「正直に言う。これ以上は僕らもこの任務に割く時間がない。ガリルと僕の本業は街の平和を守るという任務ではないから…イアル君には申し訳ないけど、他の助人を呼ぶことにするよ。だから君の手伝いも僕らの仕事もこれでとりあえず、終わりだ」


 結局のところ僕らにはギルド内はともかく、町の内部までの情報収集は向いていなかった、という結論が恥ずかしながらお似合いだった。ここ十日はほとんどしらみつぶしをしていたが、結果はゼロといって差し支えないものだった。


 知れたことと言えば、実際にこの事件は実在すること。作り話ではないってこと。それに、黒幕は想像以上にヤバいってことだけだった。


 あの殺し屋を僕らの釘打ちに利用するほどの手数の多さと判断力を持った人間たちの集まり。どこから考えても僕らの手に負える話ではないことは明らか。


「そしたら……」

「……」

「そしたら、私はイアルの手助けはできないってことよね…」

「……申し訳ないけど、これ以上国家機密機関の情報を明かすわけにはいかない。この任務の引継ぎも王様に依頼して次の機密機関に伝えるつもりだから。」


 無慈悲だけれど、仕方がない。イアル君の過去を知っている彼女にはつらい決断だろうけれど、これが国のために動く僕らと、王のために動く僕らが出す合理的な決断だ。


 悔しそうな表情を浮かべるキュアルを見て何も思わない訳ではないけれど。

 同情はすることはなかった。それが国に作られた僕らの感情の作り方だったというだけだけれど。


「なぁ、こんなとこで何してんだ。お兄さん方。」


 それは突如現れた。普段から集中力散漫に暮らし、実力も何も発揮していない僕でも任務中は常に周りの警戒をしているつもりだった。その警戒網すらも抜け、目の前に現れた。


 殺気は…感じない。それ以上になじみ深さを感じてしまうほどに包容力のある容姿だった。

 明るい表情をした彼はその笑顔のまま、キュアル君を見て少しだけ微笑み、僕を見てはまた微笑んだ。


「なぁ、もしかして。お前らが最近領内を探っているっていう(やから)さんか?」




$     $     $     $




「ふぃー。おし。これでとりあえず。終わりだろ。」


 適当に借りた四畳半ほどの狭い部屋において一人、しんみりと静まり返った部屋の中を一人。人がいないだけでも壁に独り言で出した声が木霊のように響くことに関心をして、椅子にもたれかかることにする。


最近は伯爵領にいることが多いが捜索以上にこんなことばかりが日課になってしまう。机に置かれた一杯のコーヒーを口に流し込んで再び一息をつくだけの憩いの時間。


 机に束のように乗せられたエンリからの調査資料を本のようにまとめ上げて、さらさらと読み流す。


 エンリが動いて俺が調べるということは二人の中でしっかりと線引きされているというわけではない。何となく最適解として…大体、俺が残って事務仕事をすることが多い訳だ。


「だいたいエンリはバカでもねえけど、面倒くさがりなのが玉に瑕……か」


 紙の大体を読み上げるが、やはり気になる事件はなかった。そのどれもが少し治安の悪いだけの町ということを決定づけるかのように下らない事件と言える。俺らの頼まれた任務の内容とは全く関係ない。


 少年少女誘拐事件。


 とは名ばかりの小さな事件に俺たちが気にかけたのは、それが以上な噂だと王様が踏んだからだ。


 そんなものが本当にあるのかも怪しかったが、対象である子どもに接触した俺らに「二つ名」持ちの暗殺者までもが絡んでくるとなると余計現実じみていやがる。


 ある貴族の領内の村人が貴族の屋敷にやってきて、「子どもが誘拐された」「助けてくれ」と頼み込んだらしい。その子どもは元気いっぱいで、明るい子で、さらに賢い子だったらしい。門限もしっかりと守るほどの親の言いつけを守るほどにも出来た子だったともいう。


 しかしその晩は返ってくることはなく。家出をするような子ではなかったし、黙って人についていくこともなかったという。それ故に村人は誘拐された。と判断したということだろう。


 貴族はそこから自身の護衛から何人もの人員を割き。捜索と町の護衛につかせることにした。しかしその領は冒険者が多い町。護衛と捜索をもってしても尚、人の出入りが多い領内で結果を残すことはできなかった。それどころか領内では子ども攫いの事件が多数勃発。

 そこでその貴族はその犯罪をこう判断した。

「町で犯罪を起こしているのは冒険者そのものなのではないか」と。


 実に極端で、単純な考えだ。それでもギルドとしては表立って行動をすることが、ギルド管理員としては裏目から動かなくてはいけないことが本来の役目であった。

 表立っての援護者として俺が、裏目からの管理としてエンリが抜擢された。


「しかし、あの暗殺者……。イアルも被害者の一人なのかもしれないな」


会いたかったという友人は世間の敵へと変わり、死体を持って彼の周りに現れた。それに加えて俺らには犯人扱い。悲劇としか言えない。


 最後のページこれはエンリがイアルを襲った時にまとめたレポートだった。特に何の変化もない。


 はずだった。


「標的との戦闘後、偽の死体は回収済。領内に閉じ込めることは成功か。いや、待てよ……。」


 エンリが死体を回収しているはずだ。実際イアルたちは門番の影響もあって領から出ることはできない。


 間違いはないはず………。だけどなんだ。この違和感は!!


 死体は回収済み。そういえば。


――とりあえずは回収だけ先に行うよ。


 エンリはそういっていたはずだ。


「なぜだ。なぜ。守衛は。既に死んでいたと判断することができて、そうイアルに報告したんだよ!?」


 俺たちは身分を隠さなければいけない存在。だからこそ、その死体が偽物であってはいけない。もしもこれが解剖されてしまえばバレてしまうからだ。


 エンリの機転か。いや、エンリがそこまでする必要はない。そうしてしまえば、イアルに狙われている標的は死んだから、外に出ても安全と言っている様なものだ。



 ということはこれは守衛が嘘をついている!?


 そして犯人はイアルが一度外に出るように仕向けていた?なぜ……。


 あの時俺らはキュアルを……


「そうか!!」


 バラバラと紙が机から舞い、床一面を散らかす。


「犯人は貴族の専属護衛。それなら門番すらも操ることができるじゃねーか!!」


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