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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
2/28

一話 くすんだ色 2

 「イアル…」


 草原を離れた僕はひとり剣術の修行をして、帰路についた。

 いつ頃だったか…かなり前からだったからかもしれない。村では大人含め僕の強さでは組み手相手がいなくなってしまった。


 僕がこの村で吸収できる知識も少なくなってきた……。


 それなのにも僕がまだこの村に残るのは、魔法の技術も身に着けたいから。という理由だけではなかった。


 あんないい方したって戻るわけじゃないのは分かっている…けれど。

 ふとイアルのことを思い出し、天を仰ぐ。


 日は沈み始め、空は夕焼け色に染まり始めていた。



 ――あぁ、何もできないまま今日も終わる。



 イアルは小さいころから優秀だった。みんなより頭の回転は速く、何をさせても才能をチラつかせる。剣の腕だって僕以上、魔法に至っては鬼才の持主だった。


 イアルは神童。天の上の人。僕とは住む世界が違っていたとさえ思う。


 しかし、そう思っていたのも始めだけだった。イアルは先頭を走るだけじゃなかった。学校であってもクラスに馴染めない人を気にかけたり、後ろに立って背中を押したりしていた。


 天の上で手が届かないと思っていたイアルはそうして全員に足並みを合わせていた。だから、天の上の人なんて考えはすぐに捨てられた。そんな心優しいイアルと、クラスでも浮いていた僕が仲良くなることは必然だったのかもしれない。


 そんな生活が続いた或る日、僕含めた三人でイアルの夢の話をしたときは正直驚かされた。


 本当に大それた夢。英雄なんて昔の話、それになるなんて突飛にも程がある。



 だけど、そんな僕の浅慮な考えを弾き飛ばすほどイアルの目はとても輝いていて、とても綺麗だった。

 不可能だとか、時代錯誤だとか、そんな言葉は微塵も出なかった。



 ――僕も並んで同じ夢を見たいと思った。



 それから二年半たった朝だった、イアルが変わったのは。

 学校にもいないし、塾にも来ない。おまけにいつも鍛錬している場所にすらいない。僕は心配になって放課後探し回った。学校のみんなもイアルのことを探した。

 何かあったのではないか、と走って、走って、走り回った。

 見つかったのは一日中探し回り日も暮れ始めた今のような時間だった。村はずれで畑を耕しているイアルがそこにいた。見つけた僕は咄嗟に駆け寄り声をかけた。


「心配したよ。なんで畑なんて耕しているの?」


 本当に心配した、と。村のみんなで探していたんだよ、と言った。

 しかし、その理由を問いただしてもイアルから返答は返ってこなかった。

 イアルは会話中時折申し訳なさそうに「悪かった」といいはにかみながら微笑みを漏らすだけだった。

 そのあまりにも弱弱しい姿に戸惑いを隠すことができなかった。

 無断で消失したことに始めこそ怒りの感情があったが、一通り話した後はその態度に懸念しか残らなかった。何かが、イアルの大事な何かが抜けて、欠けている。そんな様子だった。


 終始笑顔を崩さないイアルは何かをひたすら隠す。

 仮面が張り付いたままの道化師のように見えた。




 ――落ちた神童。


 誰もがそう言ってイアルのことを嫌った。學校のみんなも。村の人でさえも。今までのイアルがいなかったことのようにして、接することすら断った。

 以降イアルは学校をさぼり、鍛錬を怠り、農業に集中した。



 これは僕の思い過ごしかもしれないし、僕がそうして戻ってきてほしいだけかもしれない。

 そういった思いが詰まってだけの幻想かもしれない。


 本当のイアルとは違う。


 ただあの時語ったイアルの夢物語は嘘ではないと信じている。


 僕も―――夢の続きが見たい。


「レオン君、イアルみなかった?」


ふいに声が聞こえて下を向いていた顔を上げる。


 そこには長身で腰にはポーチを数個携えた女の子がいた。イアルの姉ファインだ。

 イアルの青い髪とは異なり燃え盛る炎のような赤い髪を持つ、田舎では珍しい炎魔法の使い手。


 ファインもまた、天性の才能の持ち主だった。

 近接での戦闘能力もさることながら、飛びぬけての才能は魔法だ。

 イアルの魔法の才能は姉譲りである。

 しかしそのファインはいつもの元気な表情とは異なり、どこかあわただしい様子だった。


「昼までなら僕と草原で話していましたよ」

「ありがと」


 言い切る前彼女は僕に感謝の言葉だけ言って駆けだした。

 息を切らす、ファインの姿はイアルがいなくなった時を想起させた。


「なにがあったんですか」

「イアルが帰ってきていないのよ」


 少し跳ねる心臓を抑えつける。


 そのままの勢いで走りながらファインは僕の問いかけに答え、落ち着かない様子ではるか彼方へと見えなくなっていった。


 イアルが帰ってきていない。その事実に心臓の鼓動はより一層大きくなる。


 ――いや、きっと杞憂だ。


 きっと、どこかで道草を食っているのだ。それかまた畑を耕している……。いや、入れ違いで既に家に帰っているかもしれない。




 そんなあらゆる可能性を考えてみても、それをファインが想定済みという簡単な解によって解かれていく。

 心臓の鼓動がまた速く唸るのを感じた。

 村から草原まではそこまでの距離はないだろうし、畑に寄っていたとしてもまだ時間に余裕がある。


 気付いたら、走っていた。

 何かが起こったと考えることは脳が考えるよりも先に、体が僕をそうさせた。


 僕も探さないと――。


 辺りが薄暗くなってから半刻、村の捜索はあらかた終わっているはずだ。

 草原から村までは一本道。僕と会わなかった時点で草原にいることはないと思う。

 新たな畑を耕しているとしても、この村のはずれ・・・・・・。

 頭の中で一つ、思い当たる節があった。

 それは数か月前・・・・・・。

 ファインから聞いたことだった。


「最近イアルが無の森に興味を持ったらしいのよね……。いや、当人がそう言ってるわけじゃないんだけど、一応気を付けておこうとおもって、レオンも頭に入れておいて……」


 背筋をそって嫌な汗がツーッと滑り落ちる。

 嫌な予感がする。とてつもない悪寒が走る。

 これまでにあったものすべて、なくなってしまうような、一つの不安感が僕を襲う。



 無の森は僕でもわからないことが多い、なにせ危険ということ以外は知られていないのだ。

 何が危険なのかすら、わかっていない。



 森の入り口にたどり着いた僕は駆ける足をそのまま前に突きだす。

 今怖がってどうする。僕には鍛え上げた足がある。腕がある。頭脳で考えることもできる。

 何としても探し出す。待っていて、イアル。


 森の中は思ったほどの恐怖感はなかった。ただどこか気になるところといえば涼しすぎる。

 夏の木陰、森の中。確かに涼しいだろうがさすがにこの気温はおかしい。

 中秋を感じさせるような肌寒さだ。

 違和感が僕の足を再び前へと進める気力へと変換されていく。

 気になることはあれど、今重視することはイアルのことだ。


 歩いていると周囲の流れが突然変わる。

 音が変わった。

 風の音がやんだ。

 僕の走る足の音だけがただ森に響き渡る。

 森の異変に気づき、思わず足を止め辺りを見渡す。

 誰かに見られている。寒気がひどい。

 僕を囲む辺り一面に目がびっしりとならんで僕をにらんでいる感覚だ。

 これは……。


「殺気」


 声に出した途端に呼吸がしづらくなる。体が言うことを聞かずに僕はその場に膝から崩れ落ちた。

 だめだ。止まっちゃだめだ。けど明らかにここから先はおかしい。

 両足の震えが止まらなくなり、前へ進む気力を根こそぎ奪い去っていく。

 なんで・・・・・・。

 どうして・・・・・・。

 どうして僕の体は動いてくれないんだ・・・・・・!

 ここまで来てのこのこ帰れるわけないじゃないか!

 自分の足をたたき鼓舞する。


「動いてっ。動いてっ」


 願いを聴いて足が止まるどころか、震えは加速する。

 その震えは全身にまで伝わり、その場に情けなく倒れる。

 危険だ。間違いなく殺される。

 いっちゃだめだ。そんなことはわかっている。

 いかなきゃ、イアルが…。

 分かってる!

 頭で考えたことに、体が拒んで動かない。

 こんなところで止まっている暇なんてないのに。一粒の涙が零れ落ちる。


「た、助けに行かなくちゃ…。まっててイアル」

「ふむふむ、それは友達の名前かな」


 っ!!。耳元からあざ笑うかのようにささやく声が聞こえ咄嗟に腰本の剣を抜く。

 目の前には似つかわしくない恰好をした人が立っていた。

 背丈は高く。ローブに身をまとっているところを見ると魔法士。

 しかしその恰好とは似合わず、普通魔法士の必需品ともいえる杖もバックすら持っていない、ローブ以外手ぶらだ。

 ―――やはり似つかわしくない。

 その容姿で薄ら笑いを浮かべている人なんて、ましてやこの謎の森にいるなんて明らかに怪しい。

 両手に剣を構えたまま、相手ににじりよる。


「え、戦闘態勢!?いやいや、心配しなくてもいいよ。僕は君の敵じゃない。それに僕と戦っている場合じゃないでしょ。」


 終始のんびりと話す男はそう言って男は僕の足を指さす。

 併せて下を見ると僕の足はまだ震えを隠せていなかった。

 この震えが先ほどの視線によるものか、目の前にいる男に対してのものか。

 分からず、震えは加速する。

 それをみて再び男は微笑みかける。


「本能的にも悟っているでしょ。この森にはまだ君のレベルでは入ることすらできないよ」

「うるさい!」


 一喝して震えを断ち切らす。分かってる。


「分かってるんだ。そんなことは」


 この森に入ってから様子がおかしくなった。

 奥に進むたびに体が重くなってここを境に足の震えが止まらない。

 本能としてわかっているんだ。この森には僕では到底かなわない敵がいる。


「でも引けない、イアルは僕の友人だから」

「イアル?」


 呟く魔法士に目もくれず背を向け、この森の奥地へと振り替える。

 この人の言うとおりだ。この人に今かまっていることはできない。

 敵だろうが味方だろうが関係ない。僕はこの先に行かなくてはいけないんだ。

 震える足を手で押さえつけながら前方へと推し進める。足が痛い、手が痛い。

 体が張り裂けそうなくらい気持ちが悪い。


 危機管理能力。僕が英雄になることを志したときからその能力は備わっている。

 旅に出るには必須の能力である。そして訓練や経験の積み重ねからその能力は次第に伸びていった。

 だから僕のやっていることは訓練への、僕の今までの努力への冒涜だ。

 それでも積み重ねてきた危機管理能力をかなぐり捨ててでもいかなくちゃいけない。

 きっとイアルを失うことはそれ以上に痛いから。


「へえ。進むんだ。そうか。」


 そういった後ろの男が何かを呟いた瞬間。背中に強い衝撃があたる。

 同時に僕は前方十メートル先へと吹き飛ばされていた。油断はしてなかった。

 けれど何が起こったのかわからない。そのまま地面に顔をうずめる。


「じゃー少し話をしようか、レオン君」


 男は瞬時に僕の隣に移動し、手には杖を携えながら語りだした。名乗ってもいない僕の名前を呼びながら。苦しむ僕に男は不敵な笑みを浮かべていた。




 $    $    $    $




 この森にモンスターがいるなんて誰が思っただろうか。しかもあれだけ巨大で強大なトップレベルのモンスターが。

 咄嗟に後ろに回避をし、瞬時のところでモンスターの攻撃の直撃は避けることができた。勢いそのまま特訓時に身に着けた気配を遮断する力を使ってモンスターから逃げ出した。

 まさか素材と思っていたものがモンスターの目とは…

 思い返してみてもやはり、この森にモンスターがいた形跡は今までになかった。住んでいたとして何を食べていきているのか。生態系すら不明だ。

 背後では木々をなぎ倒し走るモンスターがいる。

 モンスターは僕のにおいを嗅ぎながら僕を追ってきている。

 僕のかじった程度の隠密技術では匂いまで消すことは出来ない。

 今はモンスターがいた理由よりも僕が何とか逃げるすべを見出すしかないな。


 森の木々の隙間からさす木漏れ日も薄くなり、日が暮れてきていることがわかる。

 僕の目はそこまでよくない。

 明かりで森の中を走ることは出来ないだろう。あと少しの時間でほとんど見えなくなる。

 そうなってしまえば、このチェイスの敗者は決まったようなものだろう。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」


 額についた汗が地面にこぼれる。

 肩から血が流れ落ちる。

 モンスターの攻撃もすべてよけられればこの状況も変わっていたのかもしれないが、嘆くことしかできなかった。

 たっていることさえ辛い、限界が近い。今はなんとか抑えているが、完全な止血は不可能な大けがだった。

 レオンを含めてもさすがにあのモンスターに対抗は難しい。

 村の戦力にすら期待できない。


「万事休すか・・・・・・」


 動かしていた足に途端に力が入らなくなる。

 膝から崩れ落ちることもできずに、頭から地面にダイブした。

 ……もう限界だ。

 麻痺していた痛みも増してきた。いくら考えてもこれ以上生きられる答えは導き出せなかった。きっとこれが僕に与えられた答えなのだと・・・・・・悟ることしかできなかった。

 すでに耳を澄まさなくてもモンスターの足音が近づいてくることがわかる。


 未来も夢も捨てて今日までを生きてきた。

 きっとそれが僕の最適な未来だと思ったから。

 走馬灯のように昔の記憶が自然と脳裏を駆け巡る。


 二年間の僕の修行の日々。それは壮絶なものだった。

 家では手に血がにじむまでペンを握り、魔法の勉強を。

 学校、塾では学ぶこともないので政治から商業学に至るまで手を出した。

 放課後は体力づくりという名目で村の周囲を走った。

 二百キロメートルが目安だっただろうか、結局目標の場所まで時間内に行けたのは3か月後となった。

 休憩もなくそのまま村の腕っ節の強い大人たちと模擬戦。

 毎日毎日、日が暮れるまでの訓練。その訓練は相手の大人が顔をしかめるまで行われる。

 夜は毎日魔力が尽きるまで魔法の実践だった。

 そんな修行に付け込んだ日々。

 師事するものもいない小さな村ではこんなことしかできなかった。


 あの決意の日から一年たちレオンは圧倒的なまでの剣の腕を身に着け、もう一人の友人セリアは隠密術、脱兎の如く脚力を身に着けた。


 それに比べて僕はセリアのように足も速くなければ、レオンのように洞察力に長け、剣を握れるわけでもない。

 僕が一年で身につけた能力は前方に水を発射する「ウォーターボール」

 この魔法だけだった。


 セリアが都会に旅立って、明らかに出遅れている僕は修行のメニューを二倍にした。

 努力量が圧倒的に足りない。

 並大抵の努力で勇者になろうと考えていたのがバカげていたと考えた。

 世界の頂点を目指し、未来の自分を糧にして修行の日々に打ち込んだ。

 この時僕はきっと苦痛すらも快楽に遷移していたと思う。


 それから再び一年。レオンはもう剣術はさらに上位のレベルに達した。

 完璧といっていいその腕にあらゆる流派を固め、子どもという体格にもかかわらず鋼鉄をも切り裂く技術を身に着けていた。

 勇者の物語を頼りにして同じ技にも挑戦していた。

 比べて―――

 僕の能力に飛躍的な向上はなく未だに低迷していた。


 その日、僕は初めてレオンと合同の訓練をした。

 僕が目指すものは魔法士。レオンの目指すものは剣士。

 僕とは伸ばす技術が違ければ修行内容も違うというのは分かっていたが、レオンの戦闘能力の伸びと僕の伸びでは天と地程の差があった。

 そこに僕との修行の違いを見出そうとしたのだ。


 レオンとの特訓をして一週間。

 身になったものは何一つなかった。

 それどころかランニングの距離も少なく、打ち合いの訓練も一時間ばかりで切り上げる。

 レオンの特訓は僕の特訓の数十倍は優しいもので僕の体はなまっていくばかりだった。


「レオン、お前なにか隠してないか…?さすがに特訓が生ぬるすぎる。」


 レオンは驚いた顔をしていった。


「いや、隠す利点がないでしょ。僕はいつもこの特訓だよ。寧ろいつもよりきついくらいかな」


 確かに僕たちは一緒に旅をするんだ。額に汗がにじむ。

 ―――。

 嘘をつく意味もなければ、成長を競争しているわけでもない。

 頭の中で何かがチラつく。


「そうだよな結構きつかったわ」

「変な質問するから驚いたよ」


 そうして僕はレオンがそのまま家に帰ることを見届ける。


「・・・・・・」


 そうだ、いつからだろう、僕は気づいていたのだ、けど見て見ぬふりをしていた。

 その―――「才能」に。


 僕には何の才能もないのに必死にあらがって、必死に生きて、必死について行きたい事だけを考えて修行をした。

 分かりきっていたことを分からぬふりをして、訓練する村のみんなが言っていたことも聞かぬふりをして、僕の体を、脳を騙し続けた。

 いつの間にかそのことさえも忘れて僕は「あいつら」の隣にいるとうぬぼれてしまっていた。


 その時、「パーン」と頭の中で何か楽器の弦が切れたような音がした。

 いままで伸ばし続けていた、不格好でボロボロな糸が鋭い刃によって無残にも引きちぎられた。

 ―――そんな感覚だった。


 気が付くと僕の目の前には炎が広がっていた。

 メラメラと燃えるその炎の様は所々が青々としていて妙に美しく見えた。

 炎の中には僕の数々の魔導書、経済の本、政治の本、体づくりの本、保存食の本、そして火にくべる必要のないくらいボロボロになった英雄たちが描かれた勇者の本がそこにはあった。

 これで終わりだった。

 僕の夢を追う物語は齢7歳にして終焉を迎えた。


「燃やすもの多すぎたかな?煙たいな…」


 本を燃やした煙はそのまま天へ向かって伸びていく、一本の竜のようにも見えるその光景に僕はただ呆然と立ち尽くしていた。

 そこからは・・・・・・農家にあこがれてなんやかんやで森に来たんだよな。


「なんかこの半年はボケーっとしているな、確かに農家を目指していたはずなのに・・・・・・」


 ああそうか。

 村人とかいい人生とか、明るい未来とか、そういうのじゃないんだ。

 あの日からだった・・・・・・あの日から僕は、


 僕の人生は―――。



「灰色」だった


 目をあけるとうっすらと隙間から月明かりが差し込んでいた。

 力尽きて倒れた体にはガタがきて、既に立ち上がる気力すら残っていない。

 しかし・・・・・・。


「幕引きにしては、やけに明るいな」


 差し込んだ明かりは森の分厚い木々を透過して地を照らしていた。

 どうやら今夜は満月だったようだ。

 満月といえば、不確かな迷信が残る。昔の書物には未知なるパワーを引き出すとか。

 昔絶滅した人狼族が本来の実力を持つとか。

 そんな禍々しいこと。

 そんな才能にすらあこがれてしまう。

 ―――いやだなあ。

 あこがれる、普遍的なものと異なる特殊なものに、そのユニークさに。


「言い伝えにすら憧れるなんて・・・・・・僕も、もう駄目か」


 僕にも力があったらなあ。

 やっぱり少し悔しい。虚しい。

 そんな感情ですら僕のものと思うと少し嬉しくなるのは死の近さ故か、右腕に残された傷を見てそんなことを考える。

 ここで終わりか。

 ―――終わりだよ。

 自分の中の感情にとどめを刺す。

 今更流す涙なんてなかった。

 既に忘れた感情を思い出しただけでも、歩いてきた数年という道が照らされた。

 体がさらに言うことを聴かなくなり、呼吸すらもすることがつらくなる。

 出血が多すぎたのが原因だろうか眩暈も寒気もする。


 足音が近くなり、僕の耳元で止まる。

 そのモンスターは、近くでみると熊のようにも見えた。両の目に付く漆黒とも似つかない独特な紅に僕の姿が映しだされる。


「はぁ……はぁ……もう、いいよ……楽にいかせてくれ……」


 一度はあきらめた戦いの道。けど僕は戦いの中で死ぬことに誇りを感じた。

 戦いの中で死ぬなら本望だ。

 人は死んだらどこに行くのか…言い伝えでは神様が迎えてくれるんだっけ。

 文句の一言でもいっておこう。

 死を悟った僕はゆっくりと目を閉じそんなありもしない、幻想的な未来のことを想像するのだった。


 カキン。


 え。金属音?

 神の世界には錬金術師でもいるのか。

 ゆっくりと瞼を広げまばゆく照らされた世界を見る。


 そこには見慣れた金髪にすらっとした顔立ちのイケメンがモンスターと対峙していた。



「イアル!まだ死なないでよ。」


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