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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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十五話 居酒屋

「ふぅ…あとは降りるだけか」


 何とか見つかることなく町内部の城壁を乗り越えることができた僕は、勢いそのまま町の外の城壁にぶら下がる。


 手を上にかけて少しだけ下を覗く。


「高いな、落ちたら普通に死ねる…」


 一般的に考えれば町の外を降りる方が簡単だ。魔導士なら少し風魔法をかじっていればクッションをはればいいだけ。足を鍛えている近接の戦士ならある程度から飛び降りればいいだけ。


 しかしそのどれでもない僕にとって、ここから先の方が地獄。


 少し下に引っ掛けた手を軸にゆっくりと重心をずらして降りる。緊張が崩せない。


 ――キュアルはしっかりと帰っただろうか。


 あのまま僕についてきてしまった事を考えると恐ろしい。こうやって町の外へは出られないし襲われた二人でギルドへ向かうなんて考えるとその場で殺されていたのかもしれない。


 考えるだけで悪寒がする。


 横を見ると強い風が吹く西で太陽が強い日差しを木々に浴びせていた。赤色に光った木々の隙間ではモンスターが生息しているのが見える。そんな景色に少し懐かしさを感じる。


 セリアと別れたのも今のような夕暮れ時だった。


――絶対に…絶対に、僕らは英雄になる!そしたら…。


 思い出すだけでも顔から火が出そうになる思い出。草原の元で……三人で交わした約束。風になびかれたネックレスが服の中で胸に強く打ち付ける。


 ガラッ――。

「うわっ!」


 突如、手をかけていた城壁の外部が剥げる。


 重心の移動の最中だった。完全に壁から体が剥離して、宙に投げ出される。


――あ、死んだ。


 咄嗟に下を見るが、未だ高さは15メートル以上。


僕の足ではどうにもならない。魔石の残量もない。時空鞄に入っているのは資料の束くらいのもの。


 考えている間にも地面は刻一刻と近づく。何も思いつかない。

 もう…駄目だ。


ドスンと音を立てて地面に背中から着地する。


「いてぇ………………あれ?………僕生きてる。」


 あれほどの高さから着地したにもかかわらず、僕の体にはどこにも異常はなかった。


 強いて言うなら、少し背中が痛い。


「…すみませんがどいてください」

「あ、はい。って、うわ!」


 声が聞こえてきたのは僕の下。つまり地面からだった。いや…正しく言えばそれは地面ではなかった。黒いコートが僕の尻の下にあった。コートというか人だった。身を包んだままの者が僕の下からむくりと起き上がる。


「ごめん、まさか下にいるなんて思わなくて…怪我してない?」

「大丈夫です。お構いなく」


 顔は見えないけど恐らく女性。フードに身を包んだその姿からは声以外に判断要素がないからどうとも言い難い。大丈夫と言った女性は本当にどこにも怪我をしている様子はなく、裾についた土を掃っていた。

都会では最近顔が見えないファッションが流行っているのだろうか…そんなことはないと思いたいが、近頃はフードに身を隠す人物に出くわす頻度がそれほどに多かった。


「ちょっとお詫びもしたいけど僕も急いでいて…今度町であったらお礼するよ」

「いえ、お構いなく」


 フードの女性は性能のいいゴーレムといわんばかりに丁寧な口調で、丁寧に一言、一言と話す。

 何だか不気味な感じだ。


「そ、それじゃあ」


あまりの不気味さにその場を後にする。


少しだけ壁登りに時間がかかってしまった。エンリはもうすでに集合場所についているだろう。


少しだけ速足で森の入り口へと向かう。



 伯爵領の近くの危険区域と言ったら第一に浮かぶのは「禁固の洞窟」。入ったら出られないと言われるほどに入り組み、その近辺では日夜モンスターの鳴き声が聞こえてくる。


 その「禁固の洞窟」を囲んで作られているのが、僕が目指す森。通称「砦」


 遥か昔に禁固の洞窟から出てくる魔物を抑えるために作ったと言われているが、実際に森には魔素が宿り、モンスターが住み着いている。人工的なものではないだろう。話が盛られているとしか思えない。


 まぁ、そのおかげもあってか「禁固の洞窟」での死者数は毎年ほとんどいないと言われている。盛られて損をする話でもないことは確かだろう。


 街から砦までもそこまで遠くはなく、歩いて三分。すぐに森の入り口にまでついた。


 森の入り口では出店が立ち並び、武器屋から食べ物屋台まで様々なものが並んでいた。辺境の竜の山にはなかった光景だった。


「さて、この大勢の中からあいつを探さなきゃいけないのか…。」


 骨が折れそうだ。せっかく高いところから落ちて無事だったのに…。


「おい、お前。もしかして今日試験してた魔導士さんか」

「人違いだ」


 咄嗟に断る。


「いやいや、その格好と身長。それで間違いだとは言わせねえよ。ははは」


などといい、上機嫌な男は僕の肩を掴む。


「急いでいるんだけど……そういえばお兄さんは僕と戦ってた試験官見なかった?」

「いいや、しばらくここにいて飲み仲間探してるけど見てねえぞ」


 まだ来てないのか…。

 ちらっと声をかけた冒険者の方を見るが、まだ酒が入っているようには見えない。酒のせいで忘れているというわけではなく、本当に来ていないらしい。ツイてない……すれ違いか。


「そうだ。一緒にそこの居酒屋入ろうぜ!ジュースだってあるぞ。どうせ今日はもう日が暮れる。その試験官さんも来ねえだろうよ」

「確かにな…じゃあ、ついてくよ」

「そう来なくちゃな」


 日が暮れれば人間以上にモンスターが有利なのは周知の事実。それを危惧してエンリは中断した可能性も考えられる。

 なんせ、僕が魔法を打っただけで判断した試験官だ。真っ当な試験官かは余地があるところだが、今日のところは来なくても何らおかしい話ではない。


 僕の用事も今日明日で変わる話ではないのだ。確かに任務を外に受けに行けないことは今の残金的にきつい話ではあるが、犯人が動かない以上僕も動く必要はなくなる。


 男についていった居酒屋は町の外。居酒屋というよりかは、出店の中の一件。ただの暖簾は白と黒のシンプルなデザインが印象的に並ぶ。


「おっちゃん。こいつにオレンジジュース一杯」

「あいよ」


 元気な店主に注がれて黄色い飲み物が僕の目の前に出される。


「それで…僕を飲みに誘ったのは勧誘?」

「なんだ。分かってたのかよ…それで答えは…」


 コップのジュースを一杯飲んで一息つく。


「先約がいるんだよね。」

「って…やっぱそうか。無詠唱なんて珍しい者持ってるやつとこうして飲めるだけでも酒の肴になるってもんだぜ。」


 実際のところ無詠唱でもなんでもないのだけれど、手の内を明かすことはないだろう。

隣の男は本当においしそうに酒を水のように流し込んだ。


「あの時、皆一斉にコロシアムから出てお前を勧誘しに行ったけど、もうすでにお前いなかったからな。」

「あの時は街に来てすぐだったから…クエストも受けずに帰ったよ」

「クエストも受けずに!!おいおい……そんな奴見たことねえぞ。しかし、それならお前を逃したのもしょうがないわな。」


 暖簾が開き、隣の男のそのまた隣に女が座った。後ろで髪を束ねてローブに身を纏っている。


「おう、ゾイ。俺の隣にいるのが昨日話してた無詠唱使いの魔導士だ」

「?…あぁ、無詠唱の」


 ちらりと僕を見て、束ねた髪をほどく。


「……ガキじゃない?見間違えたんじゃないの?」

「お、おい!ガキっていうな。それで闘技場でも暴れてたんだから…おかげで水浸しだわ。」

「暴れた?……」


 何を言ってるんだ。暴れてなどいない。少し魔法を……故意で暴発させただけだ。

 それにしても、小声で僕に聞こえないように注意しているつもりだろうが、丸聞こえだった。始めたてとは言え、僕も冒険者であることを忘れていないか。


「名乗るのを遅れてしまったけど、僕はイアル。よろしく二人とも」

「おう、よろしくな。俺はゼイン。こっちはゾイだ。」

「よろしく。」


 ゼイン、気さくな男だった。それとは裏腹にゾイは絡み憎い女の人だった。なんていうか、僕に敵対心を向けているというか…殺意ほど痛いものじゃないから気にしてないけど。そんな僕の気も知らずにゾイは席に着く。

 あきらめて僕もジュースとゼインの頼んだおつまみを口に運んだ。


「ゾイさんはどんな魔法を使うの?」

「…」


 え、無視…。


「おい、ゾイ。なんで機嫌悪いんだ」

「だって無詠唱扱える子でしょ。私の扱える魔法なんてたかが知れてるじゃない。」


 ゾイは僕を睨みつけて言う。


「ガキって言われた腹いせにしか聞こえない。だいたいジュース飲んでるんだからガキ確定でしょ」

「確かにそうですね…」


 イラつく感情を半分顔に漏らしながら答える。そんな感情は一ミリもなかったのだけれど……。


 敵意むき出しのゾイはそれ以降僕を見ずにひたすら酒を口に運ぶ。そういえば、僕みたいな年齢のものが冒険者なんて早いと考えて、叩く人もいると聞いたことがある。僕がこの町になれるのはもう少し時間がかかりそうだ。


「そ、そうだ。イアル。お兄さんが良いことを教えてあげよう。」

「良いこと?」


 ピリピリとした沈黙に気まずくなってか、ゼインは顔から冷や汗を垂らして続ける。


「実は少し前、この領地に住む子どもが消えるっていう事件が相次いでいるらしい。」

「子どもが消える……って別にいい話ではなくない ?」

「まぁまぁ…そんなこともないんだよ。」


両手でなだめるようにしてはやる僕を鎮める。


「でな!いい話っていうのが……実はその子どもが強くなって帰ってきたって話だ」

「強くなる?」

「まぁ、噂だけどな。実際に新聞とかでそんな情報流れてないしな。でも本当なら冒険者にとっては美味しい話だろ?強くなったら「百面」とか「勇者」とかかっこいい二つ名だってもらえるかもしれないだろ。」

「まぁ確かにね。でも親にとって子どもがいなくなる話っていうのは………。」

「なんだよお前、ませてるな。もう少し強さに貪欲だと思ってたぜ」


 強さに貪欲。それは今も変わらないと思う。けどこうして家族とはなれてから少し寂しいという気持ちが募っている自分がいることに気づかぬほど僕も鈍感ではなかった。親元を離れた子どもが思うことと、子どもと離れた親が思うことなんて一致しているのだ。


 それにしても噂にしてはどういう意図で流れたのか分からない話だ。行方不明の子どもが帰ってきて強くなった。どうせどこかで話に尾が付いたのだろうと考えているが。それにしては単純な話だった。元の話が推測できない。帰ってきた子どもが少し成長していて、それが近所で出回ったということだろうか。


「じゃあ、一緒に飲むついでにこっちから質問もいい?」

「おう、なんでも聞いてくれ」


 

「じゃあ……………僕と戦った試験官について、知っていること教えてもらいたい」

「あぁ、あの試験官な」


――おっちゃんおかわり、と言って、ゼインは三杯目となるビールを口に注ぐ。火照った顔のまま僕を見る。


「あの試験官はよくわかんないんだよな…。」

「よくわからない?」


 貯めた割にはしょぼい答えだ。


「いや、少し前からいるけど。強いってのはわかるんだけど、それ以上はな…。フラっとギルドにあらわれてはいつの間にか消えてるって言った感じだな。ゾイはなんかあるか」

「はぁ、私もあんまり合わないわね。任務の受付してもらった時は試験官の割には手慣れているなって思ったくらい?…何?」

「いえいえ、なんでもない…です」


 真面目に答えてもらえると思わなくて思わずジーっと見つめていた。しかしこの町要る冒険者でもそこまで情報を落とさない…。そこまでする()()がエンリにはあると考えてよさそうだ。


「それにしてもイアルって何歳だよ」

「えぇと…今年で十三かな」

「十三!?通りで小さいわけだな……いや、俺がお前くらいのころはもう少し小さかったか」


 十三か…。呟くようにしてゼインは耽っていた。見た目ではゼインは20代後半。この位にもなれば昔懐かしむようにもなるのか。


「じゃあ、僕はこの位で帰るよ。店主さん。ここにお代置いておくね」


「じゃあまたな。楽しかったぜ。ほらゾイも…」

「い、いや。いいよ。まだこの町の全員に認めてもらった訳じゃないだろうし。」


 今のところこの町をすぐに出るという判断には至ってない。いきなりこの場で馴染む必要はないだろう。場合によっては出るかもしれないけどその時はその時だ。


「そうだお前知ってるか」

「何をよ。」


 ゼインはゾイへと体を向け変えて話を始める。

 これ以上いても意味はないな。踵を返して暖簾をくぐる。


「ほら冒険者ギルドでよく見かける。イアルくらいの身長の子。今日歩いてるの見たんだよ」



「ん?二人が話してるのって……」


 歩いてる?普通の話だろう。暖簾をもう一度くぐってその話を聞く。きっと話の内容はキュアルに違いない。


「おう、イアルも聞いてくか。」

「まぁ、最後に少しだけね」


 席に座り直す。ゾイに少し嫌な顔をされたが気にせずにもう一度オレンジジュースを頼んだ。


「その顔隠した子がさ。今日珍しく街の中を歩いてたんだよ。しかも二人で」

「あぁ。それ僕だ」

「なんだ、イアルか」


 キュアルも僕…いや僕以上に背が小さい。だから恐らく目立つんだろう。そして冒険者の目にもとまりやすい。それにしても二人で歩いていたくらいで話に出るとは世間は狭い。


「ん?…いや、イアルちょっと立ってみてくれ」

「え、いいけど」


 オレンジジュースを片手に持ちながら背の低い屋台の中で立つ。頭ギリギリに天井がある。


「小さいわね。やっぱりガキじゃない。」


 再びガキと言われたことで頭に血が上る。


「確かに…」


「おい!」


 ゼインでさえも同調する。抑えきれなくなった僕は机を強く叩く。


 その様子に再びゼインがなだめるように言った。


「ああ、違うんだよ、イアル。ただ、今日あの子と歩いてたのはもっと身長の大きいやつ…確かイアルの頭一つ分は上だったぞ。」


最近今まで投稿してきた話の誤字、誤用を直してます。


結構多くて驚きです。気を付けます。

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