十四話 分かれ
「多分、エンリが僕を襲った犯人だ」
「エンリって?」
「僕の試験官をやっていた人だ。名前はそういうらしい」
あの機敏な動き。僕のウォーターバインドを破る機転。それ以上に踏み出し時の癖が、彼が犯人だと、僕の中の長年の修行で培ったものがそう告げていた。
その内容にキュアルは驚きを隠すことなく表に出した。
「イアルが言うのなら、それを疑うつもりもないわ…同じパーティメンバーだもの。けど、わかってるの?それをするということはつまり……」
「うん、わかってる」
ギルド員というものが犯罪を起こすという前例はかつてなかった。
それほどまでに構成された組織なのか。
あったとしても都合が悪いから隠されているのか。
ともかく、ギルド員というものはそれほどまでに犯罪とは無関係と、世間一般には考えられるほどの存在なのだ。
「国を敵に回していることと同じだ。間違えていたとしても、合っていたとしても……」
その答えよりも行動自体が、僕たちを普通の生活へは返してくれないだろう。
問題は「僕たち」である必要があるのか。
キュアルを横目に見て、僕は一つの決断を下した。
……。
「キュアル。」
「え、何?」
「パーティーを組む話。なかったことにしよう。」
勢いで連れてきてしまったが、この件にキュアルが深くかかわる必要はない。
襲った犯人だって、僕の名前を知って、追ってきたわけだ。
怪我もしていないキュアルがそのことを追求する事は百害あって一利もない。
「いやよ」
間髪入れずにキュアルが答える。
「なんで?」
「だって……イアル自体。パーティー解約したいなんて思っていないでしょ?私を巻き込みたくないだけの、嘘でしょ」
「……はぁ。」
ため息を吐いて、必死に僕に語り掛けるキュアルに僕は冷たい眼差しを上から浴びせる。
「……お前が僕の何を知っているんだ。」
「え」
「あった時から、僕を知っている口ぶりでしゃべって……
「キュアルは聞いた話で推測しているだけだろう?お前が僕の何を知ってるっていうんだよ!!」
イアルなら…
イアルだから…
あって数時間の僕たちが相手のことをそこまで知れる訳無いじゃないか。
何故彼女が僕にそこまでの信頼を置いてくれているのか、正直僕には理解ができなかった。
「とにかく、パーティーは解消する。これで僕らの関係は終わりだ。これ以上、関わらないでくれ。」
冷たく吐き捨てた僕はそのまま駆け出した。
間違っているとは思わない。
これが最善だっただろう。
これがキュアルにとっても僕にとっても……
最善だったから取ったにすぎない行動だ。
なにも臆することもないし、恥じることもない。
不思議といろいろなこと考えて歩いていた僕がギルドにたどり着くまでにそう時間はかかっていなかったように思う。
目の前に、立ちふさがる建物を見て僕は、
「大きいな」
と口にした。思わず出てしまった声に、少しだけ寒気がする。昨日見たギルド支部とは思えない程の建物に……足がすくむ。
これ以上の大きなものと、僕は対峙することになるのか、と。
震える手足を抑えながら、ギルドのドアに手をかける。
「あ、イアルさん。こんにちは。今日は依頼を受けに来たんですか?」
「そうだよ。ちょっと、エンリさんを呼んでほしい。町の外で、狩りを教授してもらいたい」
「はい、わかりました」
そういうと何も顔に出さずに、受付員は裏のほうへと姿を消していった。
昨日僕が街の中で襲われたという事実は町の中のニュースにすらなっていないのだろう。
ますます、国と法とつながっているギルド員が怪しい。
「やぁ、イアル君――ふぁあわああ。で、狩り教えるんだっけ?」
エンリも何事もなかったかのように、振る舞い、何事も知らなかったかのように欠伸をして、お道化て見せた。彼の体には目ぼしい外傷はない。
「あぁ、僕はこの近くのモンスターがどんなものか知らないから、教えてほしい」
「いいよ。じゃあ、先に森の入り口で待っててもらえる?」
「……わかった。それじゃあそこで待っている」
できるだけ、急いでいくね。と腑抜けた声でエンリは続ける。
「それにしても…」
ぼそっと、エンリが呟く。
「昨日あれだけの事件があったのに。ピンピンしているね」
冷たく、それでいて空気を撫でるような気味の悪い声。聞こえないふりをして、感じないふりをして僕は外に出た。
――知っていた。
彼は僕が事件にあったことを知っていた。
エンリにあって、エンリから情報を得られるとは思えなかった。
彼が犯人であることはさらに真実味を帯びてきた。
しかし、それと同時に対峙してはいけないと思うものと、相対しているとも同時に感じられた。
ギルドからの道中、ただの舗装されたレンガ道にも関わらず険しく感じられる道を進む。
しかし、僕の足はとどまることを知らずに僕の意志と同期して、前へ前へと歩んでいく。
ギルドへの行きと対照的に今度は何も考えずに道を進んだ。
そのまま城壁を前にして、立ち止まる。
この領地で僕が正当ルートで町を出ることは許されない状況になった。あの一件。死人が出たという情報も嘘で、これも彼の策略なのだとしたら、僕はもう既に籠の中の鳥だ。
けど――鳥には翼がある。
人には魔法がある。
知識と策略を超える案はいくらでも立ててきたし、立てられてきた。
策がないからそこで終わりじゃない。策を立てられないからそこで終わる。
答えがあると知れた問いなら、いかようにもその求め方は存在する。
きっと、あの魔法講師はこの答えを教えてくれたのだ。
「これで最後の魔石だ」
時空鞄から、大きく黒い魔石を取り出す。
師匠と集めて持ってきた魔石。研究に使いたかったが、今は仕方がない。友人のためといえば、師匠も許してくれるだろう。
問題はこの魔法が成功するかどうか。
大きく深呼吸をして、詠唱を開始する。
僕が今から作る魔法は、ただの魔法じゃない。魔石の中の魔力を循環させて、練り上げる。
錬金術師。そう名乗る職業のものは多くない。魔導士が魔法を発生させるのに対して、錬金術師は魔法を構築するものを作り上げる。
つまり、インプットが錬金術師の役割で、アウトプットが魔導士の役割だ。
杖は錬金術師によって作り上げられたものだし、存在こそ薄いものの錬金術師の方が魔導士よりも難しい職業なのは言うまでもない。
しかし研究に研究を重ねて作り上げた。刻印魔法は魔素に吸収するというインプットを施しながら形にして吐き出すというアウトプットをする。
そのため僕には錬金術師のインプットの技術が少しだけ備わっていた。
「ふぅ。そろそろできそうだ」
魔石は形を変え、ラッパのベルように先端が広がっていた。
大きな町には見張りが存在する。不法に町に入らないように、モンスターが入らないようにと。
それを掻い潜るのは容易ではないが、魔導士なら高速で空中を飛べばいい。
けれどそんなことができない僕は見張りに干渉することに決めた。見張りは、魔法を使って時折風の流れを読み、上部から侵入されないようにしている。
その流れを阻害するのがこの魔法の道具。通称、魔道具だ。この魔道具は、その風魔法を一定の周波数を出して僕がいないように見せかけるのだ。
魔法は魔法陣が元となっている分、反応する風の強さは決まっている。魔道具を作るのなんて、大抵のことがなければ失敗はしない。
そして残り僕がやることは。
「壁を登るだけだな。」
$ $ $ $
イアルと離れてから半刻ほどたっていた。前方を走って行ったイアルはどこか寂し気な雰囲気を漂わせているように感じられた。見えなくなっていった背中を思い出してみていた。
「私の気のせいだといいけど…」
イアルは無茶をする気がする。友人のためといって…。私を巻き込みたくないのもきっとそれが原因なんだ。
とぼとぼと町を歩く。
イアルと過ごした時間は短かったけど、そのどれもが町の中を歩く度に想起される。
ここは紹介した。武器屋さん。結局イアルは見るだけで何も買わなかったけど。
ここはレストラン。スタミナがつかないって。文句言ってたけど、その割には美味しそうに食べてた。
ここは肉屋さん。冒険者には肉が一番だって。ここが一番喜んでたかも。
あ、
随分と歩く度に町の内部まで来てしまっていた。
視線の先には、ウィンドウに並ぶ、綺麗な服から、かわいい服までいろいろな副画並んでいる。そして、ウィンドウにはポッカリと何かが足りないように一空間だけ空いていた。
「これ、イアルが人形を買ってくれた店……。」
私が人形を見ていたのを察して買ってくれたんだった。
気が利く。けれど、少しだけ恥ずかしい……この年にもなって…。
頬が少しだけ赤く染まり、それと同時に頬を膨らませる。
……そういえば、人形はイアルの泊っている宿において来てしまったんだったわ。
国と、法と相対する。そう言っていたイアルだったけれど、宿の片付けすらしないで行った。大げさなことばかり言っているけど、死ぬつもりも負けるつもりも毛頭ないんだ。
「ふふ」
イアルのもどかしそうな顔を想像してみて、町の中にも関わらずに笑みがこぼれた。
けど、不思議と恥ずかしくは無かった。イアルは何となく返ってくる気がする。
綺麗なラウンジを抜けてイアルの住む部屋へと足を踏み入れる。
「本当にベッドメイクすらしてないわね……あ、あった!」
椅子の上に座るように置かれたピンクのテディベア。私の身長とも同じほどに大きい。
「ねぇ…クマさん」
「……」
「イアルはきっと帰ってくるよね」
「……」
目の前のテディベアは答えることなくその場に、座っている。
「帰ってくるよ」
「!!だれ」
突如、ドアの方から音がして振り返る。そこには覇気のないオーラ、やけに顔の整った男が立っていた。
体重の重心を壁に預けて立つその姿は一般人という以外の何物でもない。
警戒を解いて、ベッドに座る。
「僕の名前はクローバー。ギルド員だよ」
「ギルド員…」
その言葉に引っかかりを覚えるが、イアルの言っていたギルド員はエンリ。試験官のはずだ。この人は顔が違う。
「実はさ…さっきイアル君に呼ばれちゃってさ。あ、僕が彼の担当官なんだよね。」
「そうなんですか…」
私自体この町に来て少し時間が立っているけど見たことないギルド員だった。
再び警戒を始める。しかしクローバーという男は私の警戒を気づかぬように、話を続ける。
「そうそうそれでさ、僕体が鈍ってるからさ、彼に教えられることがなくて…。君、知り合いなら教えるの手伝ってくれないかな」
「……まぁいいですけど」
ギルド員が付いているなら町の外に出ることも可能かもしれない。今こうして町の中で吉報を待つよりも少しはイアルに恩返しがしたい。
「よかったよ。じゃあついてきてくれるかな」
「わかりました」
クローバーと名乗った男は私を先導して歩く。
テディベアを忘れていたことに私は気づかないまま、再び宿をあとにした。