十三話 友人の友人
この領地は環状に広がっている。僕が入ってきた方向には田舎道が広がって、その逆には王都がある。そんな中この町を牛耳る貴族様はこの町のど真ん中。どの入り口からも遠い場所に建っていた。
ほかの貴族領と比べても特段おかしな作りではない。加えてこの町は周囲が森に囲まれた危険区域だらけとなっていることを考えると、一番偉い人がど真ん中に置かれるということは一般的だ。
町を歩く人々も皆が笑顔で歩き、町に対しての文句が一言も聞こえないのだから素晴らしい町なのだろう。それを知っているからこそ、僕はあの時だって……。
「ねえ!いい加減貴族の家に何しに行くか教えてくれてもいいでしょ!?まさか……襲われたからって文句言いに行くんじゃないわよね。」
「……」
「ねえ!!」
そんなわけないだろう。そんなことをすれば即牢屋行き…。だいたいそんな理由で立場が上の人に会わせてもらえる訳がない。
しかしそんなことをまともに受け取ったのか、キュアルは涙目で肩を落としていた。
「はぁ…古い友人に会いに行くだけだよ。ついでに今回の件も聞こうと思ってさ」
「友人?イアルの!?」
「あぁ……」
なんだ、その居たのか?みたいな目は。こんな僕だけれど友人はレオン以外にもいた。かつて肩を並べて走っていた…いや、僕よりも…レオンよりも先を走っていたやつが。
首にぶら下げた石のネックレスが揺れる。
ふと、あいつもまだこれを付けているのだろうか。などとらしくも無い様なことを考えてしまう。
「会えたとしたら六年ぶりか…」
「そんなに昔の友達なの?それなら会えたら嬉しいでしょ」
急に僕の顔を覗き込んできてそんなことを言う。久々に会うか。実際に目的は彼女に会うことよりも彼女の安否を確認することにあるのだけれど、会うとなればそれは…めでたい…のか……。
「いや、そこまで嬉しくない」
「なんでよ…」
嬉しくなかった。思えば僕は彼女に負けてばかりで勝った事など一度もない。腕相撲もじゃんけんもかけっこも勝てたためしはなかった。加えてあいつはそんな僕の人生のコンプレックスに立ち向かうようなものだ。楽しい気持ちにはならなかった。
「ほら、そんなことよりも多分お前も知っている奴だぞ」
「それこそ本当に何でよ」
キュアルは不思議そうに首をかしげるが、僕の過去を知っている人なんてレオンとあいつ以外にはいない…と思う。レオンはそんなことを言うような奴じゃないから消去法であいつだ。というかそれ以外でキュアルがあの情報をそろえてきたんだとしたら都の情報網に舌を巻き、これからにつなげる…しかない。
住民街の高く聳え立つビル群を抜けた先、坂の上を登るとそこに伯爵の屋敷はあった。ギルドも高かったがこの屋敷も高い、それに広い。
入り口の前では二人の門番であろう人が佇んだままこちらを見つめていた。
「ほ、ほんとにいくの?絶対危ないよ?首切りの刑とかに会ったりして……」
「そんな物騒な世の中じゃないぞ。それに僕はあらかじめ言ってあるしな。」
「あ、アポあったんだ……」
当たり前だ。僕を何だと思っているんだ。本で培った知識を生かして、英雄を目指す。そんな旅に貴族ともあろう方にアポなしで行くわけがないだろう。
もちろんとってあるとも。
「…………六年前だけど」
「ねえ今、なんて言った」
六年前だろうと約束は約束だ。過去に伯爵様はこういったんだ。
――いつでも来ていいよ、と。
「門番さん。貴族のお墨付きに用事があってきたんだけど。」
――ガシャン。
「何者だ!!」
「ここは伯爵様の屋敷と知っているのか!」
門に建っていた二人が僕とキュアルに剣を突き付けて言い放った。
突き付けられた剣にキュアルはびくびくして、既にお手上げポーズをとっていた。情けない。予想内といえば、予想内なのだが…確かこの辺に、あ、あった。あった。
「はい、門番さんこれでよろしく頼むよ。」
「こ、これは……」
門番の一人が驚いた表情を浮かべて僕と渡したコインを交互に見つめる。どこか驚いた様子にお経のようにすみませんと連呼していたキュアルまでもが戸惑い始めた。
「これがなんだというのだ。早く去れ!出なければ――。」
「バカ野郎!」
驚いていた門番がもう一人の門番の頭を小突く。それと同時にゲートがゆっくりと開いていく。
「すみません。どうぞお通りください」
「うん、ありがとう」
返されたコインを時空鞄にしまって、屋敷の中へと足を踏み入れる。
その屋敷自体は思ったよりも遠くにあり、門を開いた先には庭が広がっていた。きれいに手入れされたバラのアーチをくぐっていく。
「ねえ!どういうこと?」
「あぁ、僕の知り合いが貴族の専属護衛に選ばれたんだよ」
「専属護衛!?」
そうそう、凄すぎるんだ。本当に。僕の母が貴族とつながりがあって、少し伯爵様が村に立ち寄った時に、あいつの才能を見て引き抜いていった。
貴族の専属護衛は、冒険者なんかでは引けを取らないほどにその腕は優れている。強さで言えば、母さんが国直属だからその一つ下といった所。師匠の所属していた国軍より平均には強いのだ。
僕と同い年だから七歳にしてその悲願を成し遂げたということだ。
「でもそれとイアルがさっき通れたの、何が関係あるの?」
「うーん……まあその時僕も誘われてさ。その時にもらった通行証みたいなもので通れた。」
「え、凄いじゃない!何でいかなかったの」
驚くキュアルに少し申し訳なさそうな気持ちになる。
「違うんだよ。僕が誘われたのは専属護衛じゃなくて、専属医師。キュアルも言っていたでしょ。僕の適性職は医師だって。」
「それでも凄いでしょ!?」
目を輝かせながらキュアルが言う。確かにすごいとは思うのだけれど、僕の中ではそれは求める才能ではなかった。それに特別才能があるってわけじゃないのだ。
そんな大層なことではない。本を読める環境があって、冒険で医療は必要だということでやっていたという話。あくまで冒険の保険で僕は出世しようなんて考えていないし、僕の将来に出世は必要ない。
「イアル様ですか」
「え、あぁうん。そうだけど」
キュアルと話しているとふいに正面から声を掛けられた。出てきたのはメイド姿の女性。
水色の長い髪をなびかせながら、そのメイドの女性は悲しそうな表情を浮かべて僕を見つめた。
「大変申し訳ないのですが、セリア様は三年前にここをお辞めになりました」
「え、やめた?」
セリアがここを?そんなこと…あいつはガサツではあるが一度決めたことを確実にやり遂げるはずだ。それがやめた?
「ねえ、セリアって……」
「あ、ああ。さっき言っていた僕の友人だ」
旅立つ前……セリアはこの町僕ら二人を待つと言っていた。やめたとしてもこの町のどこかには居るはずだ。
「それならもうこの屋敷に用はないか…」
「そうね……」
口数の少ないキュアルを見ると、足が小刻みに震えながら辛うじて立っているようだった。貴族の屋敷で緊張しているのだろう。なら少し早いがお暇するとしよう。
「じゃあ、メイドさん、もう用もないのでそろそろ出ていきますね。それでは……」
「ちょ!!ちょっと待った――!」
後ろからもの凄い勢いで走ってくる人影が見える。広い庭の端っこから走ってきたそれは一瞬にして僕の目の前にやってきて、にっこりと笑った。
「お前!もしかしてイアルか!」
「え、まあそうですけど……」
「やっぱり!そうだよな~!見たらわかったわ」
終始テンションが下がらずに同じトーンでずっと大きく話す。
なんだろう。この人。残念ながら僕の人生では見たことの無い人だ。ブロンドの髪の毛が太陽の光を浴びてより一層輝いている。
「キュアルの知り合い?」
「いや、見たことない人だわ」
ということは一つしかない。
「セリアの知り合い?」
「そうだよ!いやあ、まさか会えるなんて思わなかった。イアルのことはセリアから聞いていてね。あ、そうそうよく俺に似てるって言ってたよ!」
「「ないだろ」」 「「ないでしょ」」
珍しく僕とキュアルの声が合わさった。それほどまでに僕とこの男では共通点が全く見当たらない。
しかし、失礼にも似てないなどと言ってしまった僕らを怒るでもなく、男はまた楽しそうに笑って見せた。
「器の大きさもイアルよりありそうね…」
「いや、僕もこの位なら笑って流すよ」
ほんとに。とキュアルが僕を覗き込む。心外以外の何物でもない。
そこで少し違和感に気づいて、足元を見る。
「キュアル…もう緊張はほどけたのか」
「え、き、緊張なんてしてないでしょ!?何言っているのよ!」
キュアルの足の震えはいつの間にか止まっていた。
凄い。場を和ませる力は相当なものだ。ただそれだけに僕に似ているということが、全くもって見つからない。
「ははは!そうだ俺の名前はティノカ。ティノカ=ハナカだ!よろしくな」
「よろしく。」
差し出された手を握り返す。セリアの友人ならば、立場的には貴族の護衛のはずの彼の腕は思ったよりも細く、寧ろペン蛸ができて居た。
「そうだ!イアル。頼みたいことがあるんだけど……いいかな」
「内容によるよ」
「それなら大丈夫だ!実はセリアがいなくなる時にあまりに急だったもんで挨拶できて居ないんだ!俺の代わりにあったら挨拶しといてくれ」
「……」
「ん、どうした。イアル?」
心配そうにティノカが僕を伺っている。
「大丈夫。挨拶ね。分かったしとくよ。」
「助かるぜ!よろしくな」
「ああ」
そのままメイドへの挨拶を終えて僕たちは屋敷を出た。
門を出るときにずっと門番が頭を下げていたが、僕自身が偉いわけではないのだから、罰するものはないというのに。まじめな性格をしているものだなあ。と感心していた。
「ねえ、イアル。」
「ん、なんだ」
横に立って並んで歩いていたキュアルが僕の目の前に出てきて前のめりに僕を覗き込む。
「さっきから上の空じゃない。何かあったの?」
「いや、次の目的地が決まっただけだよ」
「え、どこ?」
少し顔に出ていたらしい。僕もまだ英雄などは遠いほどに未熟だ。
僕には引っかかっていることがあった。いや、引っかかっていたものが確信に変わることがあった。
――挨拶できてないんだ。代わりにしといてくれ。
セリアがそんなことをするわけがない。やめるならやめる。その時はしっかりと挨拶をする。几帳面かつ大胆であるからこそ。セリアなのだ。
「キュアル。」
「何?」
「僕はさ。才能がなかったんだよ……戦闘の。だからこそ相手の動きを見ることに注視したし、加えて魔法書を読み込んだりもした。」
だからこそ。いや、少し分かっていたのだ。しかしそこは明らかに手を出すことに注意するほどの深淵。もし、本当にあの人なら僕は覚悟をしなければいけない。
「キュアル行こう」
「え、どこに」
不思議そうに首をかしげる少女に僕は自信満々に答えた。
「この伯爵領の冒険者ギルドにだよ」