十話 迷子の子ウサギ
ギルドの一階。受付カウンターの前。先ほどの活気のあった受付は僕の戦いを見ようとしたものが多かった影響で、人がそちらに流れ今ではかなり空いていた。
「ガラガラだな」
「いつもはもっといますよ。」
僕が来た時と同じように笑顔で受け答えする受付の女性。
ということはいつもあのむさ苦しい連中が跋扈する場所に来なければ働けない訳か……頭が悪くなりそうだ。
振り返りギルド内を見渡すが、受付と所々に置かれた席、僕の背丈何人分もある高い天井。依頼の書かれた掲示板。どれもが冒険者のためにあると思うと、僕の心はさらに弾んだ。
「では冒険者試験お疲れ様でした。それにしてもイアルさんってまだ十二歳なのですね。堂々としているからもう少し大人びて見えました。」
「そ、そうですか」
大人びて見えるか……。けれどやはり他の冒険者を見れば僕はまだ子どもなのだろうな。傷だらけの体を隠そうともしない男に、魔力があふれんばかりに備わる魔導士もいた。
冒険者として生きてきた期間がその人達の人生を物語っていると思うと、僕もあのようになりたいとさえ思える。
とはいうものの、大人びて見えるという言葉自体は営業トークだとしても、まんざらでもなかった。
「本日依頼は受けていきますか?」
「いや、今日はやめておくよ」
「え、そ、そうですか」
急に塩らしくなる受付の女性。肩まで落としてしまっていた。そんな姿を見て僕は思い出す。
あぁ、そうだった。忘れていた。冒険者は一日目に適当な任務をこなすことが一般的なのだった。
そうしなければ、「あなたを私の担当にするのは嫌ですという意思表示」になってしまう。
「あー、大丈夫だから。次来た時はあなた指名するから…えーと……」
「リ、リリスです。これからよろしくお願いしますね。」
本当にマナーって面倒だ。
もちろんマナーが存在することでの利点は数知れない。存在自体でその人の人となりがわかるし。その人物の文化もわかる。
本を嗜む僕としてもその情報自体は、垣間見えるだけでも、面白い発見となる。
人間のみならず亜人がいるこの世界において、文化というものはそれほどにまで人を表しているものだ。だからこそ、マナーは興味深い。
だが、それとこれとは別だ。それを想起することは可能でも、思い起こすことは得意ではない。
ドアをあけてギルドから外へ出る。
コロシアムの吹き抜けた空からも気づいていたが、町に来てから大分時間がたってしまっているようだ。ついたのがお昼前だったのに対して、今はもう午後。
アフタヌーンティーでも……と洒落込んでいきたいところだが、そんな余裕はない、宿場の確保に、町の散策。まだまだやることがたくさんある。
昼飯代わりに保存食をつまみながら、町を歩く。
「あ、待てー」
「ん?……誰?」
その声の主は後ろから走ってきた少女だった。小さい少女は僕の目の前で止まり、息を切らしている。
フードをかぶったその隙間からはピンクの髪が少しだけはみだして見えた。瞳は深紅に輝きフードの影からでもその艶やかさがわかる。
しかし…………
その姿とは似つかないほどのちんまりとした姿は、この子の幼さを物語っていた。推理のようにパーツが埋まっていく。あ、なるほど!この子は。
「迷子かな?」
「違う!!」
優しく微笑みかけた僕に少女は強く否定して、その赤い瞳を輝かせて睨む。強い視線に戦きながらも僕は再び頭を抱えた。
――参った。僕の幼少期は修行、修行とそればかりで同い年の可愛い女の子となんて話したことすらなかった。それどころか僕の家族に僕より年下の人はいない。
明らかに経験不足で、重い任務だ。
「じゃあ、どうしたんだ。僕に話しかける理由なんてないでだろ」
既にお手上げ状態の僕は弱った顔でそういう。幼い子にそういったところで泣かれてしまうかもしれないが、その時はこの町にいる護衛にでも突き出そう。
むかむかしていた少女は、今度は笑顔を向けて幼い声で僕に問いかける。
「あなた、強いでしょ?」
「は?……」
強いって…戦闘的な面か。辺りを見渡すが、冒険者ギルドに真っ先に目が入るほど目と鼻の先にある路地。明らかに強いの意味はそれしか考えられなかった。
なるほど、僕が冒険者ギルドから出たところをこの少女は見たのだ。
確かに僕はこの四年間で強くなったと思う。目の前の少女と同じくらいの年の時には、戦闘なんてレオンの足元にすら及ばなかったが今ではあの頃のレオンくらいの実力はあると思っている。
ただ僕のものさしでそれを強いか。と聞かれればその回答は僕の中ではこうなる。
「弱いよ」
「え!!嘘つかないでよ!強いでしょ?」
「いや。弱い。」
弱すぎる位だ。正直弱点だらけ。というかお兄さん…エンリさんはああいっていたけれども、僕の魔力は全くと言っていいほど足りないし、続けて居たらエンリさんに負けていた。
少女は目に見えてあたふたしている。先ほどのしたり顔なんて面影もない。
僕を強いと思って声をかけたのだろうか?
「でも何でそんなこと聞くんだ?」
「だって…さっきコロシアムで戦ってるの見て…」
「え……?なんでコロシアムなんて入れるの?」
あの時コロシアムにいたのはそれは冒険者だけだろ。刺激的なものを子どもに見せるほどこの町もギルドも落ちぶれてはいないはずだ。
しかし少女は不思議そうに首をかしげる。
「何でって、それは冒険者だからよ……?」
ん…。冒険者?
「ええええええええ!?うそだろ。何?特例?冒険者って十二歳以上じゃないと入れないんじゃなかったのか」
「はああああ?あなたこそ何言ってるの?私もう十五歳。あなたより年上!」
「!?まじで……」
「当たり前でしょ……。確かに私の体は少し小さいかもしれないけど、あなたよりは立派な大人!」
改めて少女を見るが、どう見ても七歳八歳程度にしか見えない。体格だけがものを言うことではないとは分かっているけれど、それにしても限度があるだろう。
しかも僕より年上って…。半信半疑だ。
「わかった。ごめん。僕も子ども扱いされるのは嫌いなんだ。お詫びになんか買うから許してな…。」
あ、けど僕には金がないんだった。
手持ちを確認するが、五桁ほどのお金しかない。
あぁ……少ない金がどんどん消えてく。
「そんなのいらない。それよりも少し話がしたいんだけど…」
「話って言ってもな……悪い。僕実はこの後町周らなきゃいけなくてさ」
生憎僕には時間がないのだ。食事の時間も、狩りに行く時間も今は惜しい。
「それなら私が案内するわよっ!」
「んー。じゃあお願いしようかな」
町の人に案内してもらうのに越したことはないだろう。誰よりも町を知っているだろうし、僕の散策の時間短縮にもなる。
無い胸を張る少女の後を歩幅を併せてゆっくりとついていく。
「イアルはなんでこの町に来たの」
「強いモンスターと戦いたかったからかな?」
「……この町の人たちがしったら喜びそうな話―。」
「やっぱそうなの?第一印象と変わらないな。」
どうやらこの町にはまだまだ僕の知らないバカがたくさんいるようだ。試験が終わったところでどれだけ解決できたかもしれない。
「そういえば、冒険者の割にはかなり話が通じるけど、君の名前は?」
「冒険者のわりにって…私はキュアル・ポピー。キュアルでいいわよ。」
「よろしくキュアル。僕はイアルだよ」
「イアル!よろしく!」
高い声に未だその姿から僕より年上だと感じられない。ただ、どうやら冒険者ということは本当のようだ。足音一つ一つが丁寧に、まるで森を歩くことを慣れているように静かに歩く。
「ついたわよ!ここが私のおすすめの宿」
キュアルを見おろす形になっていた首を元に戻す。
ボロい店だった。いや、ボロいは失礼かもしれない。古い宿だった、曇った窓からは草が飛び出て、建物には所どころにひびが入っている。レンガをつなぐモルタルもカサカサで欠陥だらけ。
「キュアルさん?」
「え、何?」
「あぁ、うーん…」
――言えねえ。
キュアルを責めるつもりで見るが、目を輝かせていた。言えない…嫌がらせしてるのかと。もし違えば目の前の少女が泣いてしまいそうだ。
しぶしぶ扉を開けるために手をかける。だがそんなこととは反対に僕は中の様子に眼を見開いた。外観は本当にひどかった。今にも崩れそうにしか見えないボロボロの建物。
内装は、その限りではなかった。開けてみれば隠れ家という言葉が似あうようなダークオークの黒い木目調に、点々と綺麗な机といすが並ぶカフェまで完備されている。
「ちょっと、中に早く入ってよ。」
「あぁ、ごめん、ちょっと感動してて」
「感動って……」
本ではよく見たんだ。こんなかっこいいお洒落なカフェが実在して、雰囲気を作るためのバックミュージックが流れる。そんなカフェを。
しかし、僕の村ではどこを目指してもそんないい雰囲気のカフェはなかったし、あるのは茶屋くらいのものだった。内装は洋風の茶屋。
師匠もそういった雰囲気には興味がないので結局僕はこうした、綺麗なところとは無縁の生活を強いられていたのだ。
「感動って!もしかしてこの内装に!?」
「え……そうだけど?」
「うう…」
「えっ!どうしたのキュアル」
キュアルは唇をきつくかみしめて、プルプルと震えるようにしていた。顔は蹲り見えずに何かを堪えているような……。
――え、もしかして気に障ったのか。
頭をよぎったのは冒険者としての知識不足。もしかして冒険者は部屋の内装を気にするような陳家なことはいちいち気にしてはいけないのだろうか。そうかもしれない。野営も含めて、そんなことをやっている冒険者がいれば……。
僕はパーティーすら組めないのかもしれない。
「この宿いいよね!」
顔を上げたキュアルが見せた表情は僕が考えていた表情とは異なるものだった。満面の笑みで僕を見上げるキュアル。
「え、もしかしてキュアルもこの内装が気に入って僕にこの宿を?」
「そうだよ!けどイアルのフード汚いし、あまり期待はしてなかったけど」
「これは長い旅のせいだから!」
焦って否定はしてみるものの実際服の見た目自体に興味はなかった。礼服とやら戦闘服とやらはそろえて行動してはいるものの、それは他人からの評価を期待して考えているものだった。
「じゃあちょっと予約してくる。」
$
宿を予約した僕たちは商店街へと向かった。この町の商店街はターゲットが冒険者ということもあり、立ち並ぶほとんどが肉屋だったり、武器屋だったりとする。のどれもを紹介してもらい僕的には大分満足していたのだが、キュアルにつれられた僕はなぜか町の内部へと足を踏み入れていた。
内部ではもちろん八百屋や服屋といった一般町民のみではなく、冒険者が使うこともできる商店が多くあるが、たいして僕の中で優先すべきことではなかった。
町の入り口の冒険者が多くいる場所とは異なり、すれ違う人々の体つきは見るからに普通。痩せているわけではないだけこの国が栄えていることを表していた。
「なあ、キュアル」
「?どうしたのイアル」
「どうして中まで来たんだ」
「むー。冒険者だからって外だけで済ませようとしてるの?」
「そうだけど…」
確かに町の中というのは気になるけれど、僕が好きなのは冒険と戦闘だ。英雄たちのように戦闘をして盗賊から人々を助ける……ようにとりあえず凄くなりたい。
「駄目だわ!そんなことじゃ完璧な冒険者とは言えないの。お姉さんに任せて!」
「お姉さん…って」
本当に僕より年上なのだろうか。話し方といい、僕より年下にしか見えない…。
「何?事実でしょ。」
「そうだな。」
不服そうなキュアルの顔を見て考え直す。キュアルが冒険者であることはわかる。冒険者登録の年齢的に考えても僕と同い年が最低年齢。それなら隣に並ぶ少女はやはり年上と考える方が納得のいく答えだった。
「悪かったよ。とりあえず僕はキュアルのことをお姉さんとは言わないけどいいよな……ん?キュアル?」
返事もなく、横を見るがそこにいたはずのキュアルがいなかった。慌てて辺りをみわたしてもキュアルの存在が近くになかった。
「!!」
ここは危険な街ではないはずだ。貴族がまとめる領地だし、町民は手の届く範囲、法で守られている。
しまったと思い、来た道を引き返すが思ったよりもキュアルは近くにいた。
――ウィンドウショッピングの前、そこに並ぶ大きな人形に眼を惹かれて。
人形を見る目はまるで幼い子が欲しいおもちゃを眺める目とそっくりだった。
「キュアル……」
「え、イアル!!い、いや何でもないのよ。ただその…あ、ほら奥にあるそのドレスが素敵だなって」
「奥にあるドレスって。」
明らかに身長的に入らないだろうし、それを見るならもっと背伸びしてみなければ見えないだろう。キュアルが屈んでみていたものと並行にあるものはその人形だけだ。
僕と会話しながらもその視線は時折、人形を見ている。
「ちょっとまってろ」
「え…うん分かったわ」
そういって僕は店の中に入る。店の中は思ったよりもファンシーだった。女性ものの店という言葉が似あう。知っていたら入らなかっただろう。そそくさと目的の場所まで移動する。
確かこの人形だったよな…。
購入して店から出るとキュアルが泣きそうな顔をしていた。
「ああ、そうか。売り切れたと思ってるのか。」
「え……いや別に!そんな私人形なんて欲しくないし!」
「それ言ってるのと同じだから。はい」
そういって僕は店から買ってきたものを渡す。
当然、人形を買ってきたのだが。こういう経験がないと少し恥ずかしいな。店から人形を買うなんて男である僕は全く経験したことがなかった。姉さんも人形よりも魔法の杖が欲しいと言っていた子どもだったしな。
「ど、どうしてこれ…」
「え?どうしてって。今日キュアルに何か買ってあげるって言っただろ。それ欲しそうだったから。もしかして違った?」
キュアルが大きく首を横に振る。
「違くない…ありがとうイアル!!」
フードで隠されていても見える位キュアルはニコッと笑った。その笑顔はとても輝いていて、世間のお父さんってこんな感じなのかな。とさえ思ってしまう、齢十二歳で。
人形を見つめているキュアルの表情は本当にうれしそうだ。これで要らなかったですなんて言われた日には僕はどうなってしまっていただろう。
随分と軽くなった財布を背中に隠しながらも、僕はそんなことを考えていた。
「あ、そうだイアル!…………はいこれ!」
「ん?なんだこれ」
手渡されたのは一つのブレスレット。きれいに並んだ青い宝石がキラキラと輝いている。
「えぇと……実は私の故郷ではブレスレットをあげることでその人の安全を祈れるっていう言い伝えがあって……それで……」
「言い伝えね……」
それにしてもブレスレットにお願いをするという言い伝え。僕でも聞いたことがない言い伝えだ。そんな言い伝えがあるならその地域のことも少し知りたいな。
目の前に立つキュアルは顔を上げて少し赤い顔をして僕を見つめる。
「そ、それで私とパーティーを組んでほしい!」
「…………え?」
そういってキュアルは僕に頭を下げた。勢いよく、それもフードが取れるほどに。キュアルがそんな考え含めて、僕に町案内をしてくれているとは思わなかった。
確かに僕の試合をコロシアムで見ていたらそういう結論に至ってもおかしくないのかもしれない。きっとあの場に僕が残っていたらコロシアムから帰ってきた連中とも鉢合わせて大変だったのだろう。
だがそれ以上に。僕には驚くことがあった。フードが取れたキュアル。その頭には……
……二つの兎の耳がついていた。
「キュアル…その耳って」
「え、きゃっ!」
キュアルが大きな声をあげたこともあって、人が集まる。
物珍しさでキュアルの耳を見ている人もいる。
大勢の視線が集まるのは今日で何回目だろうと、僕は呑気なことを考えながらキュアルの手を引いて町民の間を縫うように、視線から逃れるように駆け抜けていった。