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灰色で空色の魔法使い  作者: 柚阿瀬 露葉
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九話 冒険者試験

 「それにしても君若いねえ、どうして冒険者になろうと思ったの」

 「いや、特に理由はない」

 「んー、会話続かないね」


 微笑んだままのお兄さんはそのことを口に出しつつも気にすることなく、手を動かす。

 英雄を目指しているといってもいいのだけれど、そんなことを言えばこのヤジだらけのギルド内は尚更騒がしくなることだろうから今は黙る。


 「大丈夫ですよ、登録自体に問題はない年齢なので」


 先ほどまで冒険者のヤジの中はっきりとはしていなかった。受付の女の人が自信ありげに僕に話しかける。

 僕はその受付の女の人に笑顔だけを返してお兄さんに視線を戻す。


 「はい、資料作成完了したよ。じゃあついてきて」


 いわれるまま騒音の中のギルド受付を後にする。


冷たく冷えたコンクリートの建物。それがこのギルド支部の内装だった。

歴史ある建物にしては現代的になりつつも本来の姿を保ったままギルドらしさ、冒険者らしさを残している。


ただ一つを除いて。


「ねえ……お兄さんは試験官なんだよね」

「ん?うん。そうだよ。あと、お兄さんじゃなくエンリでいいよ。これからお世話になるだろうしね」


 そういってまた微笑んだ。何となく漂うレオンと似たようなイケメン臭が鼻につく笑顔だ。


「じゃあ、エンリさん。試験官ならさ」


 視線を落として下を向く。僕の視界に移るのはエンリの足。


「試験官ならどうしてそんなに足音がうるさいんだ」

「え…?」

「いや、だってそうでしょ。試験官ならもう少し足音も消せるんじゃないの?」


 そうなんだ。その筈なんだ。冒険者ギルドの人といえばお役所仕事、この国には複数ギルドがあるけれど、そのどれもが公務員の仕事。確かに筋肉や魔力よりも頭脳がものを言う仕事の内容だ。


 けれどもその中でも冒険者ギルドの試験官だけは違う。

 数多の冒険者となる才能を持つ強者達の相手をしつつも、未だに負傷者が出たという話を聞いたことがない。

 エンリの顔が少しだけ歪む。

 それほどまでに武の才能を持った者がこんなにコツコツと足音を立てるだろうか。


 疑問がわいたというよりもそれは素直に不快感から気づいた出来事だった。

 

「いやぁあ、気づいちゃった?実はこの町での試験官の仕事。そんなになくてさ。体が訛っちゃってるんだよね~。」

「そっか」


 首に手を当て、はにかみながらそんなことを呟く。

 それでも足音を消すことを忘れるほどに実力が落ちることがあるのだろうか。


「そんなことより、もう筆記試験開始だよ、はい。ここ会場。」

「え。ここ?」


 思わず顔が引きつる。案内されたのは古びた倉庫?ともとれる室内。部屋の隙間にはクモの巣が張り巡らされていて……。近頃に使った使用感なんてありはしなかった。

どうやら試験なんて本当に稀なことだったのかもしれない。


 「お兄さんほとんど給料泥棒じゃん」

 「いやー。そんなことはないよ。しっかりと机仕事だってやってるんだよ」


 本当かよ。

 心の中で机仕事も戦闘も向かなそうなお兄さんを想像していたから、仕事ができているイメージが湧かない。


 いわれるがまま席に座り、試験がはじまる。


 冒険者試験の内容はごく一般的なものばかりだ。十五歳までまじめに勉強していればわかる。将来的に不利にならないような政治的なものから、数の計算を含めた商業的なもの。

 モンスターの生存区域や、食べられる草木の知識と野宿の手順やらがあるのは普通の職とは異なる知識が必要だ。

 とは言ってみるものの、冒険者が簡単な職業などと冒険者は誰も考えているはずもなく、世間の認識も訂正する必要もないほど敬われる存在である。当然筆記で落ちるほどのポンコツはいない。


 「終わったよ、エンリさん」

 「お、早いね」

 「そうなの?」


 ペンをカラカラと机に投げ捨てて渡された試験用紙と共にエンリへと返す。


  「できあがっても試験時間ぎりぎりまで普通悩むものだよ。落ちたら再試験まで時間が空くことになるからね……。」


 それもそうなのだが、僕にとってこの問題は予想していたよりもはるかに簡単だったし、どれも英雄になるために必要な旅の素材としてすべて吸収しつくした内容だった。

 試験として勉強させるのも何か違う感覚さえする、そんな問題ばかりだ。


 「で、本当にいいの?」

 「うん。次は実技でしょ。早く戦おう」


 ついさっき見たコロシアム。きっとそこが、僕が試験官と戦うはずの試験会場となるはずだ。少し腕が鳴るというか。わくわくさえしてしまう。


 「ふふっ。君もなんだかこの町の住人にさえ見えてくるよ。やっぱりこの町に来るような人たちはどこか頭のねじが外れているのかな?」

 「いやあんな。バカたちと一緒にしないでほしい」

 「バカって……」


 まぁ間違っていないか、と。謎に僕に同調してエンリは支度をするためにコロシアムの方へと向かった。

 ギルドの人にとって冒険者は割と重要な働き手で、機嫌を損なうことをしてはいけないだとか、頭良く接してあげるとか聞いたことがあるはずなのだが。


 「ほんとに……良くも悪くもギルドの人っぽくないというか。」

 「そうだろう」


 気配には気づいていたがかけてくるとは思わなかった。白いひげを携えたおじいさん。ギルドの服を着ているということは職員だろう。


「彼は王都から最近派遣されてきたのだけどな。ギルド従業員とは感じられないほどに気策でな。珍しい人柄だからとこれからも傍にいてほしいくらいだよ」

「へえ、そうなんだ……すごい人だね」

「お、君にもわかるか」


 いや、分からないわ。正直あなたが誰なのかもわからない。


 まあ年齢的にも何となく偉い人なのは察しが付くが。先ほど受付であれだけ目立ってしまった事を考えるとここらで道化を演じているくらいが噂の広がりを計算するといいくらいだ。


 「じゃあ、僕はもういくよ。ばいばいおじいさん」

 「おう、頑張れよ」


 なんか気策な爺さんだな。きっと似たもの同士で惹かれるものがあったのだろう。昔の自分を透かしてみていたのかもしれない。


「おら~、出てこい新入り!」

「ガキ―。早く戦えやー」


 コロシアムの近くでは歓声と罵声が入り混じる。いやよく聞けば罵声しかなかった。

 本当にあいつらと一括りにされるのだけはやめてほしい。街であった野蛮人と言い、ただの山賊と変わりない。嫌、こっちの方が純白な目をしてるから余計にうざい。


「そう考えたら、あの試験官にムカついてきたな」


 師匠にもらったカバンから一本の杖を取り出す。

この伯爵支部で冒険者の試験を受けるものが少ない理由。それはきっと周囲のモンスターの強さが故だ。 

 当たり前の事実ではあるもののそれは冒険者になる上で大きな壁になる。

 試験内容の難化だ。

 本部の試験は統一された試験なことに対し、支部の試験はその近辺の危険区域のレベルによる。


 実技の難易度は筆記の比じゃあないだろう。


「とは考えてみるものの、結局試験官あの人だしな…。」


 支度を終えた僕はそのまま実技を行う闘技場の扉を開ける。

野太い雄たけびと、下品な笑い方が響く。


「やあ、準備は終わったかな。久々だからお手柔らかにね。あと周りは気にしなくていいよ。不正対策の一環だから。」

「本当に徹底しているよね。ギルドはそういうシステム。」

「国の管理の内だからね~。」


試験の不正が行われないように冒険者一同が見守る。

だけどこれは見守るというか。見殺している。見て殺してくる。

見殺しと見て殺すは意味が違うけれど、本当にもう視線が怖い人だらけだ。


 できるだけ、観客席と目が合わないように対する相手に目を向ける。エンリは短い小刀を腰に携え、先ほどよりも身軽な格好で運動をしていた。


「エンリさんはシーフだったんだね。」

「あ、言ってなかったね。そうなんだよ。まあ退屈はさせないように頑張るから」


 シーフは近接格闘。短剣一本で自身の足を頼りに動く職だ。モンスターとの勝負で剣士に一歩劣るが、徒党を組むときにはもはや欠かせない存在となっている。


 基本に忠実。基本を突き詰めたお陰で隙が無い。それが腕のいいシーフだ。ただそれだけに相性が悪い。


「僕は見ての通り魔法士だ。近接は勘弁で……」

「……」


 いやなんか言ってくれよ。ニコニコと満面の笑みでこちらを見てくるエンリは不気味さが異様に勝る存在だ。シーフの延長上に裏部隊の暗殺職のベースが詰まっていることからもサイコパスにしか見えない。


「それじゃあ、どこからでもかかってきていいよ」

「じゃあ、遠慮なく」


 杖を使うのは久しぶりだ。魔法を放つための詠唱を唱え……る…。


「え」


僕が口を動かす前にエンリが距離を詰める。


「うわっ……っぶない」


構えたナイフが僕の首元目掛け構えられる。それを半歩後ろに倒れるようにギリギリ避ける。

――あぶねえ。当たってたらまじで死んでた。


止まる様子もなく僕の崩れた体勢目掛けて更なる一撃が繰り出される。

 だが僕はそれをくらうことはなかった。


「ウォーターバインド」


 地面を這うように流れたその水はエンリの足を止める。


「なっ。無詠唱かあのガキ」


 観客の方で誰かがそう言い。会場が嫌な方向にざわめき始める。

 ――ああ、負けた方がよかったかもしれない。目立つと本当に動きにくいだろうし。ただとりあえず、試験は終わりだな。


「エンリさん。それ結構取れないから。合格でいいよね?」 

「ふふ。すごいね君。あの速度で魔法をもう練り上げているなんて。けど…」


 エンリが顔を上げた。その顔は笑顔のまま影を帯びていた。


「この町とシーフの動き。舐めているようじゃ合格にできないよ~」


 その言葉と共にエンリをとどめていたはずのバインドがほどける。エンリは瞬時にバインドの範囲外まで逃れていた。

 どうやった……?イワザルでも一時的に動きを止められた。それをいとも簡単に抜けられてちゃ、僕のこの四年は何だったのだという話だ。当然、僕はこの四年で普通の魔法の威力も少しは高くなっている。


「じゃーん。マジックブレイカー。魔法に干渉する短剣だよ」

「はあああ!?いやずるいでしょ。試験官がそれを使うのは」

「これも実力のうち。シーフは戦闘がメインじゃないんだよ」


 探知というところと隠密に長けている面。それがシーフの強みだ。今回は僕の魔法の穴をマジックブレイカーで突かれた……。

 魔法の穴を見つけることは才能だし、ずるいというのは負け惜しみかもしれないな。


「じゃあ、エンリさん試合再開だ」

「いや~、試合終了」 

「え、」


  耳を疑った。終わり?え、今からまだ。しかしそういったエンリの目には既に静かな炎を宿していた先ほどの殺気のある目とは異なり、既に気さくなお兄さんの目へと変わっていた。


「え……って君が無詠唱で魔法を放てる。それに対して僕はそれを克服するマジックブレイカーがある。この時点で僕と君は互角だよ。君の魔法が尽きるか僕の体力が尽きるかの勝負。」


 かったるそうに両手を出して見せる。


「僕は久々の試合だったんだ。体力がこれ以上持つわけがない。正直、魔法発見できただけで集中力はかけてるよ」

「……」

「んー?納得できなそうだね」

「まあ……うん」


 よくわからない。万全に対策をしてきてまで僕に挑んだエンリ。そして僕の魔法からいとも簡単に抜け出したエンリ。そこで抜け出して終了では気分がよくないことは何となく察してほしい。


「しっかりしていると思ったけど君もまだ子どもだね」

「え……」

「冒険者試験の目的は君の腕を確かめること。そして…」


 僕から視線を外したエンリは観客席を見て腕一杯に手を広げた。


「この町から認められることだよ…」


 ――新入りー!やるじゃねえか

 ――ガキのくせに強ええな、俺のパーティー来いよー

 ――私と一緒に討伐今からどう?

 ――俺は最初から才能あるってわかってたぜ。


 先ほどまで僕に罵声を浴びせていた冒険者たちが歓声を浴びせる。なんだこの人ら。


「都合がいいよね、君ら。腕が良かったらあんな風になるんだよ」


 本当に都合がいいやつらだ。きっとあの人らは僕の強さしか見ていないんだ。僕の見た目やら、感情やら、人柄やら。そんなものどうだっていいんだろう。

 ただ一緒に戦えるかどうか。この町で冒険者としてやれるかどうかを見極めているだけ。


「ほんとうにバカじゃねえか」


 静かに呟いた僕の声を聴いて、目の前にいるエンリが高らかに笑う。

 

 この町に来てから半日が過ぎた。襲われたり、バカにされたり、からかわれたり、笑われたりといろいろあった。そして最後にはこの町のやつらがバカだということを知った。


 とんでもないアホ。けれども何だか心地がいい。

 ――実力を評価されるのが何よりも居心地がいい。


「なんかこの町いいですね」

「でしょ~。僕もこの町わりと好きだよ」


 エンリがニカっと微笑む。この胡散臭い笑顔もどこか居心地がよく感じてしまう。

きっとこの町に来たことは正解だった。紆余曲折はあったけれども。間違いではなかったと信じている。


けれどこれだけは言わせてくれ。


「エンリさん」

「ん。どうしたの」

「僕は子どもじゃない。訂正してくれ。」


 僕は精一杯皮肉めいた笑顔でそういった。


活動報告の方書いてみました。

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