人はまとった制服のしもべとなる ①
「ねえねえ見て見て、カッコイイでしょ」
昼休み。人がまばらな教室でのことである。
京介は学食でちゃちゃっと昼食を済ませ、生徒会の野暮用を片付けるため、自席に戻ってノートパソコンを立ち上げているところだった。
そこへカーチャが彩希と一緒にやってきて、空いていた前の席を拝借し、自分のスマホ画面をずいっと見せてきたのだ。
なんだと思って彼が目をやると、画面には凛々しい軍服姿のカーチャが写っていた。
わずかに体を傾けたコントラポストのポーズ。左手で儀礼刀を杖のように床につけ、右手は赤星の帽章が付いた官帽を持っている。
構図は古くからある軍人のポートレートだが、これはもちろんフルカラーだ。
「……おう」
いきなりそんな写真を見せられて少し戸惑うも、京介はとりあえず『カッコイイでしょ?』の問いに対して返事をした。本音を言えば格好良さより可愛さのほうが何倍も際立っているのだが。
「おうって。ほかになんか無いわけ?」
「はぁ? えーっと、手に持ってる帽子。上部分が大きくて、いかにも共産圏って感じだな」
「アンタねぇ……」
カーチャがスマホを下げ、呆れた様子で文句を言おうとすると、彩希が割り込んだ。
「ごめんね京介。カーチャがいまの写真すごく気に入っちゃってさ。誰かに自慢したいんだ」
「ちょっと彩希っ、余計なこと言わないで」
その抗議を彩希は意に介さず、
「でも自分の世界でフルカラー写真はマズいし、こんな格好の写真だから、この世界で見せられる人も限られるじゃん? だから京介とかアリシアさんに見てもらいたくてしょうがないんだよ」
「彩希ってばっ」
「なるほどな。どれ、もっかい見してみ」
「もういいわよ! 悪かったわね、帽子がおっきくて」
ほんのり頬を染め、カーチャは拗ねたようにそっぽを向く。
「そう言うなって、謝るから。な、もう一回」
「……特別よ」
ぷいっとそっぽを向いたまま、カーチャがスマホを向けた。見せていい相手が極端に限られた、自慢の写真。こんなヤツ相手でもやっぱり見せたいのだった。
「ほーん。確かにカッコイイな」
「でしょ」
「この服ってあれか、ホテルでの会談の時に来てたやつか」
「そ、陸軍礼装。でもあの時は儀仗服として着てたから、個人の栄典ははずして儀礼飾緒を左に付けてたでしょ。この写真は私が主役だから、そういうのを色々と付けてるわけ」
カーチャが言うとおり、左胸には金の星形バッジと、その下に三枚のメダルが下がっていた。ほかにも略綬と、右胸にも何かのバッジ類。
……そして襟にはしっかりと、赤旗のピンバッジも付いている。
それを見て『うーわ……』と思いながら、京介は尋ねた。
「この飾緒は?」
「駐在武官用。スラヴァ軍で飾緒を付けるのは儀仗隊、音楽隊、副官、駐在武官くらいね。ベルジア軍はそこんとこ変わってて、種類も多くて、一部の技能徽章も兼ねてるのよ。だから参謀飾緒は銀モールで区別されてるわね」
そのベルジア軍人、アリシアの軍服姿を思い出してみると――たしかに右肩から右胸にかけて、幾つかの紐が下がっていた。太さや編み方、付け方の違う複数の金モールと、一本だけの銀モール。彼女は国王と直接会う機会が多いため、特例として侍従武官職に補職されたと言っていた。その侍従武官は参謀本部要員が務めるため、自動的に参謀になったとも。
「向こうの世界も、軍によって色々と違うんだな」
「ベルジアが派手好きなのよ」
「なるほど」
そんなもんか、と京介は頷く。
ひとしきり被写体の観察を終えると、ふと写真そのものが気になった。
「……にしてもよく撮れてるな。光の当たり具合とか背景とか、まるでプロが撮ったみたいだ」
「そりゃそうよ。ちゃんと写真館で撮ってもらったんだもの」
「! おいおい……」
事もなげに言ったカーチャの顔を、京介が驚いて凝視した。
「マズいだろ……。この格好で」
「と、思うでしょ。ところがそうでもないのよ」
少し得意そうに、カーチャは続ける。
「駅前商店街のスタジオなんだけど、そこってコスプレイヤーとか地下アイドルの撮影でちょっと有名らしいの。だからこれも、そっち系の衣装ってことで通用するわけ」
「……ああ、フォトスタジオサカイか。最近そういうのもやってるって聞いてたけど……でもなぁ」
「実際コスプレの撮影で予約して、これに着替えてもなんも言われなかったもの。まあ私の格好なんてマシなもんよ。更衣室でほかの客とすれ違ったけど、もうすンごかったわ。ね、彩希」
「そと出歩いたら捕まるよアレ」
「……ああそう」
どんなレイヤー連中に出くわしたのか、なんとなく想像はつく。それに比べれば、確かにカーチャの軍服はまともだった。日本の景色と合わないだけで、きちんとした装いだと言える。
「しかしまあ、どこで写真館のことなんか知ったんだ」
「体育の時に一緒になる、三組の大友さんから聞いたの」
「……あいつかよ。あんまり関わらないほうが良いぞ」
京介は眉をひそめ、カーチャは首をかしげる。
「? なんでよ」
「広い括りで言えば、写真館の更衣室ですれ違った連中のご同類だ」
「そうなの?」
「京介、そんな事言うもんじゃないよ」
「――という彩希の博愛主義は結構だが、大友が所属する学園アイドル同好会は、生徒会の調査対象だからな。言っちまえば革○派とかひかりの○みたいな扱いだぞ」
「はぁ」
「まあ在校生ナマモノ事件を起こして解体された、女子文化同好会と比べれば可愛いな連中だが」
「なにその事件」
「……思い出したくもない。俺は連中から逆恨みされて、自分が標的のヘイトBL本をロッカーに入れられたんだ」
そう言って京介は窓の外を見る。その横顔に、PTSDと戦う帰還兵のような影が差した。
「その中で俺をひどい目に合わたやつらとは、なんだか疎遠になっちまったな……。もちろん、現実のあいつらが悪いわけじゃないのは分かってるんだが……」
「……そ、そう。よく分からないけど、大変だったのね」
そこで、昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。
「――あ、あの、カーチャさん」
と、彼女が借りていた席の男子が声を掛けてくる。
「あらっ、ごめんなさい」
「い、いいよ気にしないで。いま戻ってきたところだから」
「そう? ありがと」
分かりやすく照れる男子に、カーチャはにっこり笑って礼を言い、彩希と共に自分の席へと戻っていった。
「…………」
男子は、さっきまでカーチャが座っていた椅子を黙って見下ろす。四時限目まではなんでもなかったその椅子が、いまは宝物に見えた。
この座面に自分の汚いケツを上書きする前に、男として果たすべきことがあるのではないか。
崇高な使命にごくりと唾をのんだ瞬間、
「松山、変なことしたら友達やめるぞ」
絶妙なタイミングで京介が忠告し、彼はビクッと体を震わせた。
――次の日曜日。
「――と、いうわけで。やって来たな」
六月の貴重な晴天のもと、笑顔のアリシアが声を張った。
商店街の写真館〈フォトスタジオサカイ〉の前で、彼女は巻き込んだ面々をぐるりと見渡す。
制服姿の京介、彩希、カーチャ。それにアリシアの副官兼副隊長である、筋骨隆々のカイル。
なんとも個性に富んだ一団だが、『乗り気ではない』という表情だけは見事に一致していた。
アリシアは張り付けたような笑顔のまま、
「なにか文句でもあるのか? ん?」
『…………』
答える者はいないが、全員の視線がカーチャに注がれ、彼女はばつが悪そうに小さくなる。
(お前があの写真をアイツに送りつけたせいだぞ)
京介が小声で責めるように言うと、カイルも諭すように続いた。
(単なるアプリの友達登録とは言え、お互いのスマートフォンは両国間で最速・最大容量のホットラインだ。その自覚をもって、もう少し慎重に運用してもらえるとありがたい)
(……そんなコト言われても。私はただ写真を送っただけで)
(ンなことしたら『私も撮りたい』って言いだすに決まってんだろ。おかげでウチは大モメだ)
(勝手に撮ればいいじゃない。なんで私たちまで付き合わなくちゃいけないのよっ)
(カーチャ、言い訳しない)
(彩希までっ……)
「お前たち、なにをコショコショ言っているんだ? 言いたいことがあるならはっきり言え」
小声で言い合う面々に、アリシアが相変わらずのスマイルで圧を掛ける。
「……なんであんな怖いのよ」
「だから揉めたつってんだろ。とりあえず入ろうぜ。この状況を学校の奴とかに見られたくない」
ぶっきらぼうに言い、京介は先頭切って写真館の中へ入っていく。アリシアがそれに続き――残りのメンバーはドアの前でため息を吐ききってから、渋々あとへと従った。
――店内。
来客に気付き、店番をしていた初老の店主が顔を上げた。
「お、京介くん。いらっしゃいませ」
「どうも」
「優子ちゃんは元気?」
「相変わらずで困ってますよ」
「はは、子供は元気がいちばんだよ」
昔ながらの写真館らしく、店長の堺は地元の子供のことをよく記憶していた。
「彩希ちゃんもお連れの皆さんも、ようこそ」
「今日はお世話になります」
アリシアが挨拶し、カーチャとカイルも会釈する。
「ははぁ、日本語がお上手で」
「ありがとうございます」
「海外の方と聞いていたから、意思疎通がちょっぴり不安だったんですが、安心しました」
それから堺は、二度目の来店であるカーチャを見て微笑んだ。
「ごひいきにどうも。もしかしてお嬢さんが紹介してくれたのかな?」
「あ、あはは……そんなところです」
カーチャが小首をかしげ、微妙な愛想笑いを浮かべる。紹介の一言で片付けるには少々ハードな成り行きだが、まあ結果的には同じことだ。
「ええっと、本日のご予約は証明写真が三名様と、コスプレの撮影が三名様で」
「そうです。証明写真は制服の三人が。コスプレは私と彼、それと彼女は両方撮りますので」
アリシアが説明しながら、それぞれを指し示す。
京介たち高校生組はただ付き添うのもなんなので、これから色々と使える証明写真を撮ることにしていた。
「……やっぱわたしは両方撮らなきゃダメ?」
高校生と軍人が被っているカーチャが尋ねると、
「当然だ。私、カイル、お前が正装で同じ写真に納まる。それが今回の目的だぞ」
「はいはい、その大義名分なら聞いたわよ」
言ってから、カーチャはそっぽを向いて(……ったく、『私もカッコイイ写真が撮りたい』って素直に言ってくれれば、巻き込まれずに済んだのに)とぶつぶつ愚痴る
「なんだ?」
「なんにも」
「……え、ええっと」
どうもただの仲良しグループではない様子に困惑しつつ、堺は撮影の流れを説明し始めた。
「まず証明写真は、この奥のブースで私が撮ります。コスプレのほうは息子がやってるもので、二階に更衣室と専用のスタジオがありますからそちらで。――証明写真は準備してすぐ撮れるんですが、息子のほうは前のお客様が少々お時間押してますので、すみませんがここでお待ちください」
「わかりました」
「では少しだけ準備のお時間を頂きますので。――京介くんたちは、そこの鏡で髪型とかネクタイを整えておいてね」
そう言い残して堺はカウンターの奥に引っ込む。
アリシアとカイルは改めて、貸衣装がところ狭しと並んだロビーを物珍しそうに見渡した。
「……しかしすごいな。こんなに大量の着物は見たことがない」
アリシアが感嘆すると、カイルも続く。
「ああ。綺麗だ」
「……ほう、子供用もあるのか。これはなにかの記念日用か?」
「七五三だよ」
京介が答えた。
「しちごさん?」
「ああ。この国では子供三歳とか五歳になるとお祝いをするんだ。まあ昔は子どもの死亡率が高かったから、『よく生き延びてくれた、これからも健やかでいてくれ』ってトコかな」
「なるほど」
「ふぅむ、この国にもそんな時代があったのだな」
と、ふたりはそろって納得する。
「で、その歳になると子供は町の写真屋さんに連れていかれて、お着物着せられて写真を撮るわけ。――あんな風に」
京介はカウンターの横の壁に掛けてある、たくさんの展示用写真を指さした。
「……ほぉ」
アリシアはカウンターに手をつき、また珍しそうにその写真たちを眺める。
思わず頬が緩む赤ちゃんの写真。若い夫婦と子供たちの家族写真。半世紀ほどの結婚生活を祝って撮ったのであろう、老夫婦の写真。妻の大きなお腹に、夫が優しく口付けしている写真もある。
そこに混じって、たしかに着物を着た小さな子供の写真が何枚もあった。その中の一枚がふと、アリシアの目に留まる。青、黒、銀のお着物を着た、利発そうな茶髪の男の子。背景はスタジオではなく、神社とかいう、この国の土着信仰の宗教施設だ。
「気づいたか」
突然、背後で京介が言った。
「……もしかして」
「そう。三歳の俺だ。可愛いだけでなく、この頃から頭の良さが滲み出ているな」
「自分で言うか」
「そして驚け。左端にちとせ飴の袋を抱えた、巫女服のガキンチョが小さく写ってるだろ」
ちとせあめ、みこふく――どれも初耳だったが、なんとなく意味は分かる。アリシアは目の前に発音者が居れば、あらゆる言語のあらゆる意味を察することが出来た。いや彼女だけでなく、同じ世界で生まれた全員が、だ。
これが異世界人のスーパーマルチリンガルの秘密だった。
「あの女の子か」
「恐らく、それは明神だ」
「なに……!?」
アリシアは心底驚いた様子で、カウンターに乗り出す。
彩希とカーチャも『ええ!?』『うそでしょ!』と寄ってきて、写真を凝視した。
「まったくの偶然だが、不思議なことじゃない。同い年だし、そもそもこの門比良神社は代々明神の家が管理しているしな。あっちは自分のところで娘の七五三を祝い、こっちは俺の七五三でお参りに来ていたわけだ。で、出張撮影でこの写真を撮ってもらったと」
「彼女は知っているのか?」
「いや、たぶん知らないと思う。運命だとか言い出しかねないから、教えなくていいぞ」
「……そうだな」
「へえぇ、グレる前ってわけ。可愛いじゃない」
「まだ三歳だぞ。あいつがグレたのは中学が荒れてたせいだ」
そんなことを話していると、ロビー右横にある階段から誰かが降りてくる。
「――あああっ、お待たせしてます」
いかにもカメラマンぽい髭面で、立派な一眼レフカメラを大事そうに両手で持った男。コスプレ撮影のほうを担当しているという、店主の息子だろう。
「いま前のお客様の撮影が終わりましたから、少々お待ちくださいっ」
「大丈夫ですから、どうぞ慌てず」
アリシアがにこやかに声を掛けると、男は『どうもすみません』と言いながらバタバタと階段を降りて、カウンターの奥に引っ込んでいった。
続けてその“前の客”が二階から降りてくると――京介とアリシアは目を丸くした。
向こうも驚いたようで、
「き、京介くん……と、アリシアさん?」
「……先輩」
前の客とは誰あろう、京介のバイト仲間にして通っている高校の卒業生でもある、大学生の大友杏里だった。
「大友。こんなところで何をしている」
アリシアも二人のバイト先であるパン屋によく出入りしているので、彼女とは見知った仲である。
「な、なにって、撮影を」
「コスプレのか」
「そうですけど……」
なにがしかのコスチュームが入っているであろうバッグを、大友は肩に掛けなおす。
「妹はアイドルごっこ、姉はレイヤー。……大丈夫すか」
京介が引き気味に言う。彼女の妹は同じ学校の同級生だった。
「……うるさいな。そっちこそなに? 証明写真とか?」
「ええ、まあ」
京介が思わず視線を外すと、大友の目がきらりと光る。
「もしかして、次のコスプレ撮影ってそちらさん?」
「…………そーですよ」
渋々といった様子で、京介は認めた。
自分は学校の制服だが、軍人組は大きな衣装バッグを持っているし、大友は次もコスプレの撮影予約が入っていることを知っている。さすがにこの状況で白を切り通すのは厳しかった。
「ほほーう。アリシアさん、日本文化にご興味というのは、こっち方面でしたか」
「ん? どういう意味だ」
「盆栽とか金継ぎみたいなトラディショナル系じゃなく、アニメとかマンガが好きなんでしょ?」
返事に困ったアリシアは、小声で京介に尋ねる。
(……そうなのか?)
(自分のこと他人に聞くなよ。……まあ、そうだと言っときゃいいんじゃないか)
「そうだ」
「なぁるほど。ふふふ、嬉しいですよ。まさかお仲間だなんて。Weebってやつですね?」
(……なんて?)
ぼそぼそと、また京介に助けを求める。
(そうだと言っとけ)
「そうだ」
「うんうん。ようやく謎が解けました。そのサムライみたいな喋り方とか。なんのキャラかは存じませんが、そこらへんも今度、じっくり語らいましょう」
(……なにを語らうって?)
「もういい、適当にあしらっとけ」
いい加減呆れながら京介がアドバイスしていると、
「お待たせしました」
カウンターの奥から店主の堺が出てきた。
「じゃあ、証明写真を撮るお三方はこちらへどうぞ」
『はーい』
彩希とカーチャは案内されるまま、さっさと一階奥の撮影ブースへ向かう。
だが京介だけはすんなりその場をあとにせず、同じ世界出身の大男を請うような目で見た。
「……カイル」
「任せろ。こっちの心配はせず行ってこい」
「頼んだ」
頼もしく請け負ったカイルにそう言い残し、京介も彩希とカーチャの後に続く。
いまのやり取りは、例えるなら犬のリードを引き継ぐようなものだ。そして自分がそのワンちゃんであることくらいは、流石のアリシアも自覚しているのだった。
「……私は信用ゼロか」
ぼやいていると、二階からもうひとり若い女性が降りてきた。大きなバッグを肩に掛け、おどおどした様子で、
「に、にゃむこさん、……お知合いの方ですか?」
と、大友に話しかける。
「そうそう、バイト先のね。いま同好の士だってことが判明したとこ。あ、日本語ペラペラだから」
「そ、そうですか。……どうも、りるたむです」
女性は名乗り、階段の途中からぺこりとお辞儀する。
だがアリシアには、それが自己紹介には聞こえなかった。
「……りる?」
彼女が首を傾げていると、大友が説明する。
「コスプレネームですよ。私のにゃむこも同じです。今日ふたりで撮ってたんで」
「……はぁ。私はアリシア・ランバートで、こっちはカイル・ガルブレイズです」
「こんちには」
「こっ……ここっ、こんにちは」
内気そうなりるたむは、ムキムキマッチョマンのカイルに分かりやすく怯えていた。
「おっかない見た目ですけど紳士ですから」
「は、はいっ」
「なんかすみませんね。我々だけ本名で」
「あ、いえっ。こちらこそ、本名を名乗れずすみません」
「りるたむレイヤー仲間にも秘密だもんねー」
「ご、ごめんね、にゃむこさん。家族にナイショでやってるから」
「いいって。それぞれ事情は違うんだし」
「…………」
うーむ、おかしな連中も居たものだ――と、一番おかしな存在のアリシアが思っていると、
「大友様、お待たせしました」
コスプレ撮影担当の息子がカウンターに出てきた。
「はーい」
呼ばれた大友と、りるたむがカウンターに向かう。
「こちらが本日の撮影データが入ったメモリーです。スマホにも無料で送信できますが」
「どうする?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました。では――」
そんなこんなで会計までを終え、さあアリシアたちの番となったとき、
「ねえねえアリシアさん、そっちの撮影見てもいい?」
大友が唐突に聞いてきた。
「むっ、それは……」
答えに困ってカイルを見ると、彼は一切表情を変えず、純粋に目だけで『NO』と伝えてくる。
まあそりゃそうだと思い断ろうとすると……店の奥の撮影ブースで、首を激しく横に振る京介が目に入った。恐らくいまのやり取りを聞いていたのだろうが、カイルの上品な目配せと違い、彼は首と表情筋を総動員して『テメェ、断れ! さっさと断れ! バカか!』と猛アピールしてくる。
それが先ほどの彼とカイルのやり取りと相まって、無性にアリシアの癇に障った。
なんと失礼なヤツだ。
すっかりこの世界に馴染んだ私が、まだボロを出すと思っている。
「――いいだろう」
京介にもはっきり聞こえるように、アリシアは大友の申し入れを承諾してやった。目をやると、彼は口をあんぐり開けて絶句している。いい気味だ。
「たっ、アリシア……!」
カイルもさすがに動揺して、『隊長』と言いかけてしまう。
「どうした? 別にかまわんだろう。ただのコスプレだ」
「……」
声にならない声を鼻息にして抜き、カイルは額を手で覆った。