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明日の涙はいつか昨日の涙になる

気になって眠れない。なぜ僕はあんなことを言ってしまったのか、彼女はなぜ何も答えなかったのか。そもそもなぜあのノートを見せてくれたのか。分からない、彼女の事が。頭から離れない、ノートを取り上げた時の彼女のあのえも言えぬ寂しそうな顔が。これはなんだろうか。


「遅刻するよ兄ちゃん、起きな。」

その一言で僕は目覚めた。いま何時だ、と妹に聞いてみるが例によってスマホでも見な、としか返さない。枕元にあったそれを手に取り電源を付ける。まだ学校には間に合いそうな時間だなとスリープモードに戻そうとするとふとある通知に気づく、胡桃と聖からの大量のメッセージが届いていたのだ。内容は今日の授業前に行こうと約束していたファストフード店の朝限定商品について夜中に届いていたものだった。

「まずい!兄ちゃんもう家出る!戸締りよろしくね!由良姉ぇにもよろしく!」

いってらっしゃーい、とめんどくさそうな返事を聞いて家を出た。しばらく使っていなかった自転車を担ぎ出し急いで約束の店に向かう中電話が掛かってきた。珍しいことに夕美からだ。イヤホンのボタンを押して走りながら電話に出るといつもの口調で夕美が話し出す。

「もうみんな集まってますよ楓奏くん。遅刻ですか、珍しいですね…って風の音うるさいです。」

そっちこそ珍しいじゃないか、と息を切らしながら返すとフッと笑って聖と胡桃くんがうるさいからですよ。なるべく早めにお願いします、とだけ言って電話は切られた。僕はさらにスピードを出して走った。


「おっそーい!」

そう言って聖が手招きをしていたので三人の場所はすぐに分かった。小走りでテーブルまで行くと胡桃がお前の分奢りだぜ。貸し一つな、とポテトを差し出してきた。ありがたく受け取ると夕美がため息をついた。

「胡桃くんといい楓奏くんといい今日は珍しいことが多いですね。雹でも落ちてくるんじゃないですか。」

と冗談交じりに言われて胡桃はそんなの落ちてきたら危ないぞ!?と言っているがこいつの事だ、きっと豹が落ちてくると思っているのだろう。そしてその後の聖の一言でそれが本当だったこともわかった。ふと、夕美を見た。あの日以来少し話しかけにくかったが二週間という時間は割に長くそれなりに緊張感も無くなっていた。

「どうしたんですか、そんなに見て。これはあげませんよ。」

と夕美はスッと飲み物を手前に引いた。いや、見てただけ、と言いかけておかしなことに気づいた。ただ見てただけって何かまるでそいつのことが好きみたいな、とそう思ったものを遮り頭を横に振る。

「いや、何飲んでるのかなって」

夕美はキョトンとした顔でこっちを見た。

「シェーキですよ。おかしな楓奏くんですね、ほんとに本人ですか?」

ふふっと笑って夕美はシェーキをずずずと飲み干した。ふっと僕が笑い返しているとなにか横から嫌な視線を感じた。

「「ふ~ん???」」

二人がニヤニヤとこちらを見てくる。何故か恥ずかしくなって赤くなった頬を隠して僕は渡されたポテトを食べ尽くした。


その日の放課後、いつものように教室で集まっていたのだがいつまで経っても聖は来なかった。なかなか来ないもので心配してみんなで聖のクラスに行ったのだがクラスメイトに掃除当番だろう、と言われ僕も胡桃も安心して自教室に帰ろうとした。しかし何故か夕美は僕の袖を引っ張って悪い予感がする、と深刻な顔をしていた。

「なんでしょうか、なにか嫌な予感がするんです。お二人もついてきて貰えませんか。」

そう言った夕美は手が震えていた。いつもは見せない怯えた表情で心がソワソワした僕は胡桃にもついてくるように言って三人で聖が居るはずの体育館裏に軽く早足で向かった。

「あ、ひじ…」

「好きです!付き合ってください!」

やっと見つけた聖はまさにその時告白を受けていた。相手は僕たちはあまり知らない、恐らくクラスメイトだろう。向かい側の壁際にも男子たちがいた。告白しているやつの友達かなんかだろう。なにか胸騒ぎがして僕は夕美の方を見た。つっと雫が一つ、元来た道を夕美は走り出した。それを胡桃が名前を呼んで引き留めようとしたがそのまま走り去ってしまった。僕は手が震えた。多分僕は知っている。走り出した理由も、零れた涙の理由も。

「ごめん、胡桃はここで聖の方待ってて」

「あっ、おい!楓奏!」

後ろで叫ぶ胡桃を他所に僕はこんな時自分ならどこに行くかを必死に考えた。ポツポツと降り出す雨を被りながら、夕美のことを必死に探した。

「夕美……はぁ…探したぞ」

何しに来たんですか、と夕美は返す。体育館から一番遠い裏門の外、そこに夕美はいた。

「何しに来たのか聞いてるんですよ。答えたらどうですか。」

くるりと振り返った夕美はズブ濡れで、それに色んな感情を入り混じらせたようなそんな顔をしていた。怒り、悲しみ、そんな単純なものじゃ言い表せなかった。

「分からない、けど追いかけたかったから追いかけた。」

僕はただそう言うしかなかった。夕美はキッと僕を睨み唇を噛んだ。

「私の……楓奏に何がわかるんですか…!私の何がわかるんですか…!あぁ貴方の予想通りですよ!私は聖が好きです!別に女の子だけに恋をするわけじゃない、だけど今の私にはあの子しか考えられないの…!なんでこんな……私は好きでこんな苦しんでるんじゃない……私は…夕美は…みんなが羨ましい……」

頭を金属バットで殴られたような気分だ。こんな時に、こんな瞬間に彼女の一言で思い知る。心臓がキュッと握り潰されるような気持ちだ。

「あぁ、俺に夕美の気持ちはわからない。けどなんで泣いて、なんでここまで走ってきたのかは分かるさ。…今の俺の気持ちと同じ気持ちだ。」

えっと声を漏らした夕美は困惑した顔でじっと僕を見た。その顔さえ愛おしい、こんな状況ですら僕はこんなことを考えていた。

「夕美が言った通り、俺は夕美が聖を好きなのは知ってた。だけど俺は…」

そこまで言った所で電話がかかってきた。胡桃からだ。俺は出力をスピーカーにしてその電話に出た。

「あ、よかった!雨降ってるけど今どこだ!?」

電話口からは酷く心配したような胡桃の声が聞こえてきた。

「あぁ、裏門の方だが…それより、聖の方はどうなった。」

あぁ、とだけ言い胡桃はしばらく黙った。少し緊張して僕は拳を握りしめた。

「断ってたよ。好きな人がいるって。」

「それは、誰ですか。男ですか、女ですか。」

夕美が急に近づいてきてそう言った。わかんねぇ、とだけ胡桃は言った。


「楓奏、こっちに来てください。」

僕は次の日、急に夕美に呼び出されてあの場所に向かった。あの裏門はへんてこな場所にあって誰も来ないからだろう。不安だけが降り積もった僕の心は落ち着きを保てなかった。腕時計がチッチッと針を進める音だけが聞こえる。しばらくはその音しか聞こえなかった。

「聖に…告白しました。…けど振られました。同じ理由です。」

僕は何も言えなかった。寂しげなその背中を見つめることしか出来なかった。かける言葉がなかったのだ。こんな時に僕からの言葉なんて彼女にはいらないだろうと、そう思った。

「楓奏くん。もう少しこっちに来て上を向いてくれませんか。出来れば耳も塞いでください。」

その声は少し震えていた。言う通りにすると彼女は僕のシャツを掴んで震え出した。苦しい、深い海に何も無く落ちた気分だ。


僕はその涙を、叫ぶ彼女の涙をただ身をもって受け止めることしか出来なかった。

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