report the weather
「フォローのつもりだったんだけどなぁ…」
ステラは自らの腰のあたりをさすりながらぼやいた。
「あんなのフォローじゃない。現実を突き立ててるだけ。
それより…」
「わかってるさ。
エクリプスはもうすぐ調整が終わる。
Hopeも期限には間に合わせてみせるよ。」
「お願い。」
そう言い残し、ニーナはステラと別れた。
薄暗い廊下に二人の足音のみが残されていた。
正直、現在の島の状況は客観的に見て良いとは言い難いものだった。
絶対的防衛ラインの崩壊は楽園であったはずのこの場所が戦場であることを証明してしまった。
幸い住民に死者は出ていないものの、現地に駆り出された兵の多くは命を落とした。
何より問題なのは対空シールドを越えられたという事実だ。
直径100kmのこの島を覆う仮想粒子の層。
厚さ30mにも満たないこの層が絶対的な安心そのものだった。
仕組みはシンプル。
向かってくるベクトルを逆向きのベクトルで相殺する。
それを素粒子レベルのミクロな処理で行っているだけ。
それでも、
これまでこの層を突破してくる者はいなかった。
我々は認識を改めなければならないようだ。
もはや禁忌と共に殻に閉じこもっている時代は終わったのだと。
我々は知っている今日、この日こそが新たな独立記念日であることを。
我々は進まなくてはならない。
それこそが"在り方"を規定する唯一の方法である。
…
君がこの報告書を読んでいるとき、結果はどうであれ歩を進めていることを願う。
きっと我々に平和という概念は死ぬほど向いていないのだろう。
世界は互いに憎しみ合うことを望んでいるのだろう。
それでも、
相手を、世界を恨まないでほしい。
きっと君なら証明できるだろう。
ここでこのテキストは終わっていた。
誰が書いたのかも、最後に何を言いたかったのかも誰もはっきりとはわからない。
だけど、
知っている。
これは……
メイガス。
それが彼女の頭をいつも悩ませる。
アークフォトンを動力源に動くそれは彼女にとっていつも悩みの種そのものだった。
いや厳密に言おう。
アークフォトンそのものが彼女の悩みの種だった。
「うーむ…
やはり安定しない…」
彼女の名はステラ=ノースマン。
天才を自称する彼女だが、それに見合った能力があると周りも認めている。
しかし、そんな彼女にもわからないことはある。
アークフォトンそのものがまさに該当する例だと言っていいだろう。
21世紀後半まで存在自体観測されなかったそれは、2年半前までただのエネルギーの形に他ならなかった。
「これもダメ…
どうしてもノイズが入る…」
彼女自身別に焦っているわけではなかった。
それは自身が天才だという誇りからくるものではない。
"自分は確実にできるということを知っているからだ。"
「ならプロトコルを追加しよう。
極力自由度を減らしつつ、判断基準を増やす。
いくら直接リンクするといってもバイオデータそのものを機体が判断するんだ。
細密であればあるほど制度は上昇するはず…
しかし…いくら細密にしたところで所詮は極限……」
また頭を悩ませる。
問題を一つ解決すれば、また一つ問題が出てくる。
そのイタチごっこに彼女は振り回されていた。
しかし、彼女は投げ出さなかった。
それが彼女が天才である所以なのかもしれない。
いや、
あるいは…。