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緊張の中扉を開け、目に飛び込んできたのは想像とは違っていた。
彼女は言った。
彼はボロボロだと。
確かにボロボロだった。
全身傷だらけで、各部位が損傷している。
それは誰の目からも明らかなことだろう。
でもそうじゃない。
俺が聞きたいのはそうじゃない。
なぜバレッタがいない?
その部屋は少し大きな窓がついているだけの部屋だった。
そこには机や椅子、パソコンはあれども、人は誰もいない。
ボロボロなのは窓から見えるあれだ。
「メイガス Project Peace」
その声は、受け入れられない現実を目の前にした俺の脳に確かに響いた。
気がつけば一人しかいないと思っていた部屋に女の子が一人立っている。
しかも、その声を俺は知っていた。
「あんたは確か…
Project Hopeの…」
声は知っているが姿は知らなかった。
ただその聞いたはずの声で確信だけはできていた。
しかし、間近で見てみると実に華奢だ。
彼女はただの少女に違いなかった。
長い銀髪に、小さな身体、そして落ち着いた表情。
総合的に見て、とてもタブー機で戦っている者には見えなかった。
「あなたも彼に会いに来たんでしょ?」
彼女は俺の方を真っ直ぐ見てそう尋ねた。
その澄んだ瞳にはどこか深い海のようなものがある。
正直わからなかった。
彼女たちが言う"彼"がいったい誰なのか。
ここにはあの機体しかいないし、それ以外の回答は見つからないが。
バレッタに会いたいという願いでここに案内されたのもおかしい。
俺は何も答えられずにいた。
「そう…
あなたは何も知らないのね…」
そう言って彼女は窓に手をかざし、目を瞑った。
まるで誰かを思うように。
祈るように。
俺がその言葉の意味を考えようとしていたその時、
「いや~
急に出ていくものだからびっくりしたよ~
…
ってニーナ君もいたのか!」
そう言いながらステラがぼさぼさの髪で入ってきた。
少し急ぎ足で来たのだろう。
白衣には若干の乱れがあった。
「でも持ち場はいいのかい?」
ステラは続けてニーナに尋ねた。
「メイスに任せてきた。」
「そうか!
彼も大変だなぁ!!
だってー。」
「おい!
バレッタはどこにいるんだよ!!
ここにいるんじゃなかったのかよ!!」
彼女らの談笑を遮るようにノアの声が部屋に響く。
彼は取り乱していた。
それもそうだろう。
唯一のあてさえもいなかったのだから。
その疎外感が言葉として、態度としてステラにぶつけられた。
「?
どこにって、そこにいるじゃないか。」
ステラは少し不思議そうにそう答えた。
彼女に悪意はない。
ただただ純粋な質問の回答としてそう答えた。
そして彼女の視線の先にいたのは…
「メイガス Projectシリーズ。」
動揺と絶望が入り混じり始めているノアを尻目にニーナは話し始めた。
「彼らはいつも空腹なの。
常に何かを、欲しがってる。」
「何言って…」
ノアは動揺を隠しきれなかった。
声は震え、今にも吐きそうだった。
そんなことは捨て置かれ、話は進んでいく。
今度はステラの口が開いた。
「そうか。
彼は何も言わなかったんだね。
まあバレッタ君らしいといえばそうなんだけど。」
「どういうことだ…」
もうほとんど声も出ていない。
それでも何とかその一言だけは絞り出した。
「メイガスに大量のアークフォトンが必要なのは知ってるよね?
その中でもProjectシリーズは別格でね。
第五世代の新人類じゃないとその生成量を賄えないんだ。
それを踏まえた上で、量産型のメイガスさえ操縦できない君が乗ることができた。
なぜだと思う?」
「まさか…!?」
嫌な考えが頭よぎる。
そんなことはあり得ない。
だってそんなこと俺は…!!
「そのまさかさ。
バレッタ君は本来、動力源とパイロットが一対になっていたシステムを分割した。
君は何も知らなかったみたいだから言っとくけど、彼はこの島に来てからずっとこの機体を作っていたんだ。
この日のためにね。
そして彼は選んだ。機体のコアとなることで、全てを守護る道をね。」
それを聞いて更なる絶望に落とされる。
予想のままのほうがよかった。
現実がこんなにも痛いなんて。
それでも、希望を探さずにはいられなかった。
「コアになるとどうなる…」
あいつがこうなることを予想していたというのなら、帰る方法も用意しているかもしれない。
そう思った。
…現実は残酷だった。
「コアになった人間は、質量をすべてアークフォトンに還元され機体の隅々まで巡る。
つまり、身体は完全に消滅する。
ただアークフォトンを生産、制御する"概念"そのもになるのさ。」
ステラがしゃべり終わるのと同時に、彼女の胸ぐらをつかんだ。
「なぜ止めなかった!!
あんたが止めていればあいつは…!!」
ただの八つ当たりだったのかもしれない。
だけどその罪を咎めずにはいられなかった。
彼女と自分の。
止められたはずだった。
それが脳内で反響する。
あのプラットホームへ消えていったあいつが永遠に帰ってこないことを涙と共に飲み込んだ。
「シュレディンガーの猫って知ってるかな?」
胸ぐらをつかまれたまま彼女は話し始めた。
「いやなに。
要は猫は生きておりかつ死んでいるという量子力学の矛盾した事象が起こることを証明した実験なんだけど、
今まさにそんな状況だと思わないかい?
我々は中の様子を観察できないけど、確かにそこにはバレッタ君一人分が確かに存在してるんだよ。
つまり彼は"生きておりかつ死んでいる"と言えるんじゃないかな?」
「こんなものが生きていると言えるものか!!
こんなものが!!
こんな……!!」
掴んでいた彼女を突き飛ばし、俺はその場に崩れ落ちた。
もうこれ以上言葉が出ない。
大きすぎる感情に、言葉がついてこない。
言葉の代わりに涙だけが零れ落ちる。
「行くよ。ステラ。」
そう言うとニーナはステラを引っ張って立たせ、
「しばらくそこで考えなさい。
彼と答えが合うまでね。」
そう言って二人は部屋を出ていった。
ただドアの閉まる音だけが聞こえる。
そんなことはもう俺の心に関係はなかった。
ぽっかりと空いた穴は虚無の風を通すように、俺の感情を削ぎ取っていく。
悲しいという感情と失ったという喪失感、それしか感じられない。
あいつはもう戻ってこない。
それがどれほど苦痛か。
あの時もし止めていれば。
いや、止められなくてもせめて別れの言葉くらい…
この冷たい部屋の中で時間だけが涙とともに消えていった。