魔境 カトプロン
どうも、はがね屋です。
2体目の魔境が登場です!
シュピーゲルのように、塔の付近から階段で魔境の間まで行くのかと思っていたが、どうやらエレベーターで地下まで行けるようになっているらしい。なので、少しずつ騎士団員やパーティーを時間をかけて地下へと降ろすという作業を必要とした。
全員が到着したところで、再び女王から集合の合図がかかる。
「これより、第四魔境 カトプロンの間へと進軍を開始する。報告によると、魔境は巨大なトカゲのような姿をしており、透過することができる非常に厄介な能力を持つらしい」
途端、周囲がざわざわしだす。が、女王が何か対策があるかの如く、ニヤリとして周囲を静かにさせる。
「しかし、我々騎士団は対策として着色インクを大量に用意してきた。やつの体に塗りつけると、当然色の乗ったトカゲの姿が分かるということだ」
再びおぉ!っと歓声が上がる。そして、高台に上がっていた女王ベラスは、大剣を高々と前方の扉へと向ける。
「出陣!!」
騎士団員により、おおきな扉が開かれる。参加者たちは小走りで魔境の間へと入っていく。ミチルとアムも、ようやく諦めたようでそれぞれの武器を構えている。
「それじゃあ、行こうか」
カルラはいつもの笑顔の表情を浮かべ、暗闇へと走り出す。
「私、絶対に女王様を守ってみせるわ」
「あぁ。僕もベラス様の力になれるように頑張るよ」
2人はいつになく意気投合しているようだ。走り出す3人の後ろを追いかけるよう俺も走り出す。
*****
シュピーゲルの時と同じようなドーム型の部屋。前回よりも少し広い気がする。もう戦闘が始まっているのかと思っていたが以外にもまだだった。前回と同じく、天井で青白く蛍光灯のように光っている宝石のお陰で、周囲ははっきりと見えている。しかし、いないのだ。肝心な魔境がいないのだ。これこそがやつの能力である透過なのだ。奥の方で石が動いた気がした。昨日、武具店で買ったばかりの投擲針を2本構える。剣技を使うときのように青白く針が光り出す。
ピュンっと風を切り、針は狙った目標へと一直線に飛んでいく。しかしその時だった。針は空中に刺さったまま動かなくなったのだ。それと同時に、何もないところから赤い液が滴り落ちているのだ。
「見つけた!」
僕は声を張り上げ警告する。後方支援部隊は準備が整ったようだ。それを囲むようにして全線部隊の人たちは剣やら槍やら武器を構える。前方からドドドドと土煙を上げ何かが迫ってくる。魔境だ。
「放てぇーーー!」
女王の声に続き、後方支援部隊の騎士や冒険者が次々と術技を発動させる。
「「 エア・フラルゴ! 」」
攻撃系の術士たちが一斉に術技を放つ。風属性の魔力弾なるものが、それぞれインクを内蔵し放たれる。バシャっという音と共に、色とりどりのインクが空中に形を描く。それと同時にカトプロンの透過が解除され、本来の姿が現れる。黒い巨体に赤く輝くえぐり出た目。
ふと、全線で構える女性冒険者がヒッと小さな悲鳴をあげる。それに反応するかのように、カトプロンの鋭い舌が口からするすると出てくる。その槍のような鋭い舌は、彼女に向かって一直線に跳んでいく。
「させるかよ!」
パーティーメンバーの1人が緑の光を纏う、盾技を発動させた盾を前に構え、鋭い舌からその彼女を守る。盾に垂直の角度で舌が止まる。誰もが守りきったと思っていた攻撃だが、カトプロンは舌での攻撃を止めずに更に力を入れ始める。見ていた騎士団員たちも巨体に向かって攻撃をしはじめる。
ガキンッ
「かはっ!」
何かが割れる音と同時に盾士の男が宙に浮く。違う。盾から男の体へと舌が貫通していたのだ。カトプロンの巨体に攻撃を加えている団員や冒険者たちにその舌を鞭のように横に振るう。
「「 ぐぁーーー! 」」
壁に何人かの人がものすごい勢いで叩きつけられる。
「ヒール!ヒール!だめ、治らないわ…」
「そんな…」
アムちゃんが先に刺された人に回復術技を使うが、その体が動くことはなかった。2回目の魔境討伐にして、初めて死人がでてしまったのだ。サクマも驚きの表情から怒りの表情へと顔を変え、カトプロンに向かって走り出す。
「カルラ!」
「分かった、クリエイト」
走るサクマに連動して、足元に土の階段が作られる。カルラさんの術技だ。
「おぉぉぉっ!」
「サクマっ」
サクマはカトプロンの頭上へと飛び上がる。青く輝く剣を上段の位置で構え、それを一気に叩き込む。巨体周囲の人たちをなぎはらった舌は一周してサクマに向かっていく。
「危ない!!」
ものすごい速さの舌がビュオっという音を鳴らし飛んでくる。しかし、サクマの神がかった反射速度も驚異的だった。上段の構えから左腰での防御の構えへと切り替えたのだ。だが、完全には防御できなかったらしく、横腹に舌の先端がものすごい勢いで入っていく。
「あぐっ!」
「サクマぁぁぁぁ!」
空中で技を繰り出したのが裏目に出た。サクマは地面へと叩きつけられ、壁に衝突する。骨が折れたのか、腹を抱えてうずくまるサクマ。
「アムちゃん、サクマを!」
「分かってる!」
アムちゃんはサクマの倒れた所まで駆け寄り、すぐに術技を使う。ここからどのようにしてやつを攻略して良いのか、サクマのようにすぐには考えられなかった。その時、ゆっくりと後ろからあらわれたのはベラス様だった。
「ミチル、私があの鋭い舌を止めよう」
「ベラス様?そ、そんな危険な役目は僕がしますよ!」
タンクを買って出たのはなんとベラス様だったのだ。
「一国の王に、そんな危険なことはさせられません!」
「あのなぁ、私が重要視しているのはこの国だけじゃない。世界の方もだ。女王の代わりはいるが、勇者の代わりはいない、そうだろう?今の話で、どちらの方が大切なのか分かるだろう」
「しかし女王様だって…」
ベラス様は僕の頭に手を置く。
「もし私がどうにかなってしまっても、絶対に立ち止まらずこの先へ進め、そして世界を救え。いいな?」
改めて実感する。勇者と呼ばれるだけの責任を。子供のころから勇者というものは、憧れの存在のようなものだった。そして、その勇者というものにサクマを重ねていたのかもしれない。いざ勇者になってみるとどうだ。それは絶対に誇れるものなんかじゃない。僕には、何の力もないからだ。
「僕は…僕は…」
そんな僕を勇者と呼んで、自らの命賭けてくれる人たちがいるのだ。ならどうする。この世界で本物の勇者になるには、剣士になるには、今しかない。今、僕がやらないといけない。サクマのように!
「僕も、覚悟を決めます!」
「それでこそ男だ。よし、聞け!お前たち!今から騎士団の後方支援部隊には一斉放射の攻撃指示を出す。それが外れるにしろ当たるにしろ、残った全線部隊への合図とする」
そこら中では了承の反応が聞こえる。ベラス様はカルラさんの方を見る。カルラさんは、負傷者たちをカトプロンから守るようにして錬成の術技を発動している。
「愛しているぞ、カルラ…」
その声を掻き消すかのように、後方支援部隊から数々の属性魔力弾が放たれる。
「行くぞっ!!」
「はいっ!!」
魔力弾は見事にカトプロンへと命中する。残った全線部隊は約20名。透過しつつあるカトプロンに向かい走り出す。体中に付着しているインクのお陰でどこにいるかはなんとなく見えている。
シュルっという音をさせ桃色の鋭い舌が飛んでくる。鞭のようでいて、先端は槍のようにとがっている舌。それをベラス様は背中の大剣を引き抜き、受け止める。
「これは私に任せろ。行け!ミチル!」
「分かりました!」
僕はインティのナチュラルスキルを発動させる。青く輝く剣を纏う光と、剣から放たれる炎とが合体する。いつもの範囲攻撃では、表面が分厚いのであろうカトプロンには、致命傷は与えることすらはできない。
そうした心の声が剣に届いたのか、炎の渦はだんだんと小さくなる。そして炎の渦は、剣の先端へと留まる。剣先にはサッカーボールほどの大きさの球が構成されている。
「力を貸してくれ、インティ!」
全線部隊の人たちは、それぞれのスキルを使いカトプロンの腹や背中、手足などに技を叩き込む。シャァーっとカトプロンが悲鳴じみた声を上げる。ふと後ろを見ると、先程まで大人しかった舌はこれまでとは比べ物にならない速さでベラス様の大剣を攻撃していた。ついには、大剣を構える腕が弾かれ、胴体が丸出しになる。
「ベラス様ぁぁぁ!」
「止まるなぁ…進めっ!!」
ズプリと鋭い舌は、とっさに回避行動を取ろうとしたベラス様の左腕の付け根を貫通した。
「ぐぅぉ…奥義、インフェルノ・エクリクス!!」
剣先の火炎球は形を変え、剣を飲み込む。やがてインティをベラス様の持つような、炎の大剣へと変化させる。その燃え盛る炎は、全てを焼失させんばかりの勢いをしている。青い炎は剣だけでは力が収まりきらないのか、僕をも飲み込んでくる。しかし熱さは1つも感じず、僕が装着している防具を炎の鎧へと変化させる。
「はぁぁぁぁぁっ」
炎の大剣を振り上げ、僕はカトプロンの首を狙う。ギョロりとこちらに気づき、透過し回避をしようとしている。しかし、剣を捨てたベラス様が右手に全ての力を込めカトプロンの舌を握る。
「クリエイト!!」
続いてカルラさんの術技が、激しく抵抗しようとするカトプロンの手足を土の鎖でがっちりと固定する。
「とどめを頼む、ミチル君!」
「分かってますっ!」
全ての神経を、力をこの一撃に込める。炎の大剣は吸い込まれるようにして、カトプロンの首へ入り込んでいく。しかし、ベラス様によって握られていた舌をベラス様ごと持ち上げ、こちらに飛ばしてくる。その勢いで、左腕の付け根から腕が弾け飛び、ベラス様は舌から落下する。ギリギリのところをカルラが下で受け止める。
「おぉぉぁっ!!」
目の前にまでカトプロンの舌が迫っていたが、せめて相討ちにと思い、無視して首に入る剣だけを見る。ジュッとカトプロンの首を切断するのだが、あの鋭い舌はやってこない。ふと、下からいつもの力強い声が聞こえてくる。
「大丈夫…か?ミチル」
「サ、サクマぁ…」
そう。僕に舌が衝突する寸前に、サクマが舌を切り落としていたのだ。そのサクマも完全には回復していないようで、左手で脇腹を抑えている。地面に着地し、奥義を解除する。すると剣は元の大きさへと戻り、身に装着されていた炎の鎧も煙と共に消えてゆく。
「そうだ!ベラス様は!」
*****
左腕の付け根が燃えているのではないのかというほど、熱い。有りもしない左手を握ろうとする。だが、この世に生まれてから、ずっと当たり前のようにあったはずの左腕はそこには無い。でもそんなことよりもカルラの腕の中にいるのが嬉しくて、さほど痛みは気になってはいない。
「ベラス様っ!」
子犬のように駆け寄ってくるミチル、その後ろからアムに支えられて歩いてくるサクマ。この国に来て数日しかたっていないのに、妙に懐かれたものだな。
「見ていたぞ。見事なものだな、ミチル…」
「そんな、カトプロンを倒せたのはみんなが…ベラス様がいたからです!僕は、まだまだ弱い勇者だから…。だから、死なないでください!」
目一杯に涙を浮かべ私の前で跪く。その涙を、伸ばす右手の指で拭く。その腕を両手でミチルが握る。
「ははっ…は。なかなか面白いことを言うなミチルは。こんなところで私ともあろう者が死んでなるものか。だが、死に場所としては、充分すぎるほど良い場所だな」
愛する国で、密かに思いを寄せ、決して手の届かぬ愛する者の腕の中で死ねるのだ。文句など言うまい。まぁ、心残りがあるとすれば、今私の目の前で泣きじゃくっているこの若者たちが、世界を救う姿を……見たかった…な。
*****
ミチルが握っていた右手の力が抜け落ちる。ミチルとアムは大きな声を上げ泣き出す。
「ベラスーーーーー!!」
カルラも叫ぶが、女王は笑みを浮かべたまま目を開けることはない。最後の最後で、また犠牲者を増やしてしまったのだ。
序盤であばらを折られ、行動不能になっていた情けない自分を振り返る。もしあんな所でダウンしなかったら、もっとたくさんの人を救うことができたのだろうか。今目の前で旅立った、この女王の命も救うことができたのだろうか。分かってる。そんなことを考えても、答えなど出ないことを。
「次の魔境を、倒しに行こう」
「ミチル…」
ミチルが立ち上がる。戦闘中、女王が声を上げ立ち止まるな、進めとミチルに言っていたのが聞こえていた。多分それを思い出しているのだろう。女王の言うとおり、俺たちは進まなくてはならないのだ。残り少ない時間で、全ての魔境を倒すために。
第四魔境カトプロン討伐完了です。
シュピーゲルとは違い、多くの犠牲者を出した討伐戦でした。