策士覗かれていた
『私立布英讃蓮洛字学園』山の中に広大な敷地を、有している由緒正しき男子校。明日は体育祭。その準備で忙しい前日の夕刻。
ある野望を叶えるため、一人の生徒が作業に没頭している音楽室、そちらに向かう生徒が独り、ウキウキと鼻歌を歌い、それに軽く合わせる華麗なダンスステップ。
演出の為に肩まで伸ばしている髪を、後ろ高めの位置で一つに束ねている毛先が、キュッと踏みとどまりその場で、ターンをするとふわりと舞う。
通りすがりの生徒が、白ティシャツ、ジャージ短パン姿にも関わらず、目を奪い惹かれるその姿。視線に目ざとく気がついた彼は、にっこりと愛らしく笑顔を返す。そして音楽室の扉に手をかけた。
「とうちゃーく!失礼します、あー!いたいた、ひゅう君先輩探しましたよ、ほらジュース、センセーが差し入れって、熱中症にならない様にって」
スポーツ飲料水のペットボトルを二本持つている生徒は、より一層見目麗しい姿形。ガラリと扉を開ると、つかつかと近づき、返事も返さない先輩の頬にいたずらっぽく、冷えたペットボトルを、キュッと押し付ける。
「うわ、わ!何!あ、なあんだ、ながちゃんか、ありがと」
「いーえー、先輩は、こっちだって、聞いたので、で熱心に何をされてるんですか?」
あ?これなに?フォークダンス?こんな事まとめられてるのッスか?と、無邪気に、肩越しで覗き込む彼の名前は『盛野 長泰、十六才、ながちゃん』
集中していた為に彼に気が付かなかった、先輩ひゅう君はその事で驚き声を上げたが、こういう展開を予想していた為、ながちゃん後輩に、こうして画面を見られても大丈夫な様に、暗号化して名前を打ち込んでいた。なのでこちらに関しては、あやしい動きはしなった。
手にとったそれのキャップを緩めて、口に運ぶ先輩、後輩もそれに習い冷えたそれを、ごくごくと飲む二人。そして一息つくと、ながちゃんが視線をかがめて、合わせると画面の図形について問いかけた。
「ふーん、このあんごーみたいなの名前ですよね、誰が誰だか分かりませんが、わざわざ割り振りしてるんですか?」
「あ、ああ、暗号ではないよ、人数割るのに記号書いただけだから、そういや、ダンス部今年は気合はいってるね、予行演習見てびっくりしたよ」
さり気なく話を変えるひゅう君先輩。真横にある整っ後輩の顔をちらりと見る、何も気がついてない様子を確認する。
「…………へえ、人数割るのにって、大体でいいんじゃないかな、くすす、まさか先輩あの『伝説』を信じてる奴から、偶然を装いラストオンリーワンになる様に、アレコレしてください、と、なんか貰ってご注文を聞いてないでしょうね………そんな事かんがえてしまいましたよ。あ、ありがとうございまッス、当日は衣装もっとアレコレ盛りますからね、楽しみにしてください、あ!練習行かなきゃ、じゃあ先輩頑張ってくださいねー」
じゃあ失礼します、と来たときと同様にバタバタと出ていった後輩、ホッとした先輩が残る、茶化す様な彼の返事にドキリとしたが、自分の為にやっているとは気づいてない様子だった事に胸なでおろすと、再び作業に戻った。
一方ながちゃんは、部屋を出た後で、何かを思い出しニヤリと黒い笑みを浮べる。体育館にスタスタと歩いて向かいながら、アレコレ先程見たことを解読し、組み立てて行く。
「甘いよな、ツメが、そして信じてるのか。胡散臭いやつ、見たときそうじゃないかなぁとは思ったけど、これは何とかしないとイケない………私は絶対に、許さない、全く、どういうお考えを持っていらっしゃるのか、転生されたからって、こちらが覚えている限りは『罪』は消えやしない、前世なんていらないと思っていたが、持っててよかった」
うふふ、だって裏切られ、何もかも焼かれてお亡くなりになって、そして、転生されたら、なんとあのお方様らしく、私達とは違い無垢でお生まれになられた。ならばこのまま、穏やかにお過ごしになられないとね、とやすくんは一人呟く。そしてごくごくと、白い喉を動かして、残っていたスポーツ飲料水を飲み干した。
廊下の窓から外を見る、そこには明日の準備の為に、全体を見据えて指示を出す『土田 三郎 十八才、土ちゃん先輩』がいた。時折あどけない笑顔を交え、テキパキと指示を出していく土ちゃん先輩、
その溌溂とした姿を目にした彼は、少し懐かしくなりり胸に熱いものかこみ上げてきたが、それをふいと押し込めると、ひゅう君先輩の野望を阻止するべく、密かに行動を起こす決意を固めていた。