悪役令嬢物語 ~ あなたと私が婚約ですか? ~
私の名はティリナ・メリアージュ、メリアージュ男爵家の次女にして、次期聖女と言われているけれど、ちょっと回復魔法が得意なだけの平凡な女の子だ。
今は学園祭最終日、最大の山場でもある舞踏会に来ている。
そんな中、私は踊る相手もいなくて美味しそうなごちそうを前に舌鼓を打っていた。
打っていたのだが、舞踏会入口の方がざわつきだした。何かあったのだろうか?
気になってみてみるけれども、人が多くて私では全く見えない。
仕方ないので周りの会話に耳を傾けてみると、どうやらこの国の第一王子様であるアレックス・アンバー様が登場したらしい。
アレックス・アンバー様、女生徒の中で絶大な人気を誇り、その容姿はと言うと甘いマスクにアンバー色の瞳、見事な金色の御髪は王者の風格をこれでもかと醸し出している。
そんなアレックス様の登場ともなるとこのざわめきも納得だ。
もっとも、男爵家の次女である私程度の立場では本来遠くからそのお姿を見るにとどめるしかないのですが……
実は私、そのアレックス様とは何度かお声を掛けていただいた事が有るんです。
アレックス様のお声は澄んだバリトンボイスで聞く者の耳を優しくなで、その声は聞く者の心に深く響くのだとか。
でも、私にとっては……
そんな時、突然アレックス様がとんでもない事を言い出しました。
「マリア・クレセント、貴様との婚約を第一王子であるアレックスの名においてこの場で解消する!」
突然のアレックス様の婚約解消宣言、一体何事なのでしょうか?
そのお相手はマリア・クレセント様、クレセント侯爵家の長女であり、学園トップクラスの美人でもあり生徒会長でもあります。
お二人の噂としては、これ以上ないお似合いのカップルとの噂だったのですがどういった事なのでしょうか?
「アレックス様、それ本気で言ってらっしゃるのでしょうか?それとも何かの余興でしょうか?」
そうですよね、お二人の婚約は国王さまも認めた事柄、もし本当に婚約を解消するというのなら国王様の許可が必要なはず。
だとするとこのような場所で突然の婚約解消宣言をなさるというのもおかしな話です。
まさか、アレックス様の独断なんて事は……でもたとえ独断だったとしても、王族がその名前をもって発した言葉、そう簡単に覆すことは出来ないはず。
これがもし余興だとするのなら、その言葉に実効性はないものの、きちんと王宮にその旨を伝えていなければあとから大問題になりかねないはず。
かといってこのような内容の余興に王宮が許可を出すとも思えません。
「マリア、貴様の悪の所業にはもううんざりだ、貴様のような悪女はこのアンバー王国次期国王たる私にはふさわしくない!」
「余興、と言う訳では無いようですね?それにしても、私の悪の所業……ですか?全く心当たりがないのですが、一体どのような内容なのでしょうか?」
マリア様が悪の所業?あの優しいマリア様がどんな悪い事をなさったというのでしょうか?
「貴様の悪事はすべて私にはお見通しだ、白を切るというのなら罪が重くなるが認める気はないのだな?」
「認めるも何も、心当たりが全くありませんが?」
アレックス様はかなりの確信を持っているようですが、対するマリア様も全く心当たりがないご様子、一体どういうことなのでしょうか?
「そこまで言うなら教えてやろう、貴様は次期聖女と名高いティリナに嫉妬し、彼女に様々な嫌がらせをしただろう!その数々の所業、忘れたとは言わせんぞ!」
「ティリナを私が?何かの間違いでは?」
え?ここで私ですか?えっと……わたしも全く心当たりがないのですが、一体アレックス様は何をおっしゃってるのでしょうか?
「まだ白を切るか、あれは学園祭準備期間の放課後、音楽室で貴様はあの心優しいティリナを不条理にも怒鳴りつけ泣かせていただろう!」
「え?なんのことでしょう?」
私を怒鳴りつけた?全く心当たりがありませんけれど?
「そこまで白を切るなら本人に聞いてみるとしよう、ティリナ嬢いるんだろう、ここに出て来てくれ!」
え?え?わたしが呼び出されちゃいましたよ?え、意味が分からないのですが……
とまどっていると、周りの方々が私に気づき避けてくれたおかげで、アレックス様達の所まで人垣による道が出来てしまいました。
これは行かない訳にはいかないですよね?
あまりの衝撃に倒れそうになる体に鞭を打ち、なんとかアレックス様とマリア様の前に進み出ました。
「さあティリナ嬢、あなたがマリアにされた数々の非道を今ここで訴えるんだ!」
「え?でも……」
マリア様からされた数々の非道を訴えろと言われましても……
私がうろたえていると、マリア様の家からの仕返しを怖がっていると思ったのか
「大丈夫、真実を言えば良いんだ。その内容がいかにひどい事であっても、僕が必ずティリナ嬢を守って見せる。そう、僕はいまマリアとの婚約を解消した。これで晴れてティリナ嬢を婚約者に出来る立場になったのだからね。婚約者であるティリナ嬢を守るのは将来の伴侶である僕の役目だ!」
「え……」
えっと、一体何の事なのでしょうか?アレックス様が今フリーになったのはマリア様との婚約を解消するという宣言で分かりましたが、そのアレックス様が私と婚約?初耳ですけど?
「大丈夫、僕はちゃんと君の気持には気が付いていたよ。きっとマリアはそんな君に嫉妬してあれだけ酷い事をしたんだ。いくら侯爵令嬢とて看過するわけにはいかない!さぁティリナ嬢、ここでマリアの悪事をみんなに聞かせてやるんだ!」
悪事……マリア様の悪事って何だろう?
「えっと、マリア様の悪事……ですか?」
「そうだ、君からは言いにくいか?ならば僕が言ってあげよう。あれは学園祭準備期間3日目の放課後、音楽室でのことだ。僕が君に話があって探していたところ音楽室の方からマリアの怒鳴り声が聞こえてきたんだ。そして音楽室を覗くとマリアの前でひざまずき、泣いている君がいたじゃないか!」
え?えっと……その時は確か、私を付けてくるストーカーがいて、どうしたらいいかをマリア様に相談していてそのストーカーに怯える私をマリア様は慰めてくれていたんだと思うんですけど?
あぁ、ちょうどその時マリア様はストーカーに対して憤慨して怒鳴っていましたね?
「えっと、それはたぶん誤解かと……」
「誤解なものか、君は確かにマリアの前で泣いていたじゃないか!」
「あ、あの……」
そんな、この年になって泣いていたことを人前でいうなんて……やっぱりアレックス様って、周りの人達からは絶大な人気がありますけど、私にはどうしてそんなに人気があるのか判りません。
いつもそう、わたしが別段困っているわけでもないのに、何かと私の世話を焼きたがったり、何かにつけて話しかけて来たり、しまいにはなれなれしく肩に手を回して来たり……
婚約者がいる男性にそのような事をされると周りからどう見らえるのかこのお方は判っていらっしゃらないのかしら?
私はそれで困ってしまい、アレックス様の婚約者であるマリア様にいろいろと相談させていただき、色々と対策を一緒に考えてくれたマリア様とはそれ以降仲良くさせていただいているというのに。
そんな優しいマリア様が私をいじめるはずないのに……
「そうか、そんなに侯爵家からの報復が恐いのか、確かに男爵家次女では侯爵家長女であり、僕の元婚約者でもあるマリアは遥か格上の存在、でも大丈夫、今の君はアンバー王国次期王妃だ!だから報復など恐れず、ありのままされたことを話すんだ!」
本当にこのお方は、何処まで行っても私の話は聞いて下さらないのね。
これは、はっきり言えていない私も悪いのでしょうけど、どうやったら私がこの方と婚約する話になるのでしょうか?
「アレックス様、ティリナと婚約するというお話、本気ですの?」
「何だ貴様は、今更貴様とよりを戻すなど有り得ん話だぞ?そう、ぼくはティリナからのひそかな好意には気が付いていた、気が付いていたが貴様という婚約者がいたからその気持ちを受け取るわけにはいかなかったんだ。しかし!そんな貴様はどうだ、こんなか弱いティリナ嬢に嫉妬し、あまつさえ親の権力をかさに着て言いたい放題やりたい放題でいじめを行うなど、次期王妃にはふさわしくない行動だろう!だから故の婚約破棄なのだ!」
「あの、アレックス様、わたし本当にマリア様にいじめられたことなど……」
「あぁ、ティリナ嬢、君はなんて優しいんだ……こうまでしてもその悪女をかばうなんて」
「いえ、その本当にいじめれられたとかはないんです」
「だがしかし、あの日泣いていたのは……」
「それは……」
ストーカーに追い回されていただけで泣いていたなんて、そんな恥ずかしい事を公衆の面前で言わないで……
「アレックス様、淑女が泣いていたことを公衆の面前で暴露するなんて、デリカシーが無いのですね」
「なにをいう、貴様の悪事を暴露するため、仕方なくでは無いか!しかも虐め泣かせた貴様がそれを言うか!」
「な、なぁ、マリア様とティリナ嬢って仲良くなかったか……」
「従姉か姉妹かってくらい仲良かったと思いましたけど、まさかマリア様がティリナ様を?ちょっと想像つかないわね」
「ですわよね?最初はティリナ様がマリア様にすり寄っているのかと思いましたけど、どちらかと言うとマリア様がティリナ様を保護しているって感じでしたわよ?」
「うんうん、私も最初は疑ったけど、途中からはあの仲の良さに嫉妬したくらいだもん、そんな仲の良いマリア様がティリナ様をいじめるだなんて信じられないわ」
これはもう、恥ずかしいとか言っている場合じゃないですよね。この場を何とか納めないと……よし
「あ、あの……実はあの日、確かに私は泣いていました」
「ほら見た事か、貴様がいじめたという確たる証言が本人から得られたぞ!」
「待ってください!違うんです、確かに私、泣いていました……泣いていましたけど、理由はマリア様じゃないんです!」
「なんだと、一体それはどういう……はっ、分かったぞ、マリアに指示された誰かにいじめられ、それをやめるよう進言していたという事だな!」
「違いますっ、あの日……あの日私は誰かにあとを付けられ、それが恐くてマリア様に相談していたんです。そして怖くてついつい泣き出してしまって、そうしたらマリア様が私を心配してそのストーカー相手に憤慨して怒鳴ってしまって……きっとその時の怒鳴り声を聞かれたんだと思いますっ」
「嘘を言ってマリアをかばわなくても良いんだ。君にストーカーなんていないことは僕が良ーくわかってる!だから安心して本当の事を言うんだ!」
「なぁ、ティリナ嬢のストーカーって……」
「あ、おれアレックス様がよくティリナ嬢の後を隠れてついて行ってるの見たことある」
「あ、俺もあるわ、婚約者がいるのによくティリナ嬢に絡んでるから、いまから聖女様を妾候補にするつもりかってよく友達と言ってたし」
「あぁ、婚約者がいるのによく未婚の女にあれだけべたべたできるなって俺も思ってた」
「わたくし、アレックス様がティリナ様の肩に手を掛けようとしているの、見ましたわ。ティリナ様はかなり困惑したご様子でしたけど、なんと言っても第一王子のやる事ですしあからさまに拒否したらそれこそお家がどうなるか分かりませんものね」
「あれ、これってもしかして全部王子の独りよがりの結果なんじゃ?」
あぁ、そうだったのですね、あのストーカーはアレックス様だったの……わたしがどれだけ怖い思いをしたか、この方は判ってらっしゃらないのかしら?
「何事だ!」
この声は国王様!?今日いらっしゃるご予定だとは聞いていませんでしたけど。
なんにしてもいらっしゃったからには最敬礼をしなければ。
そうして会場にいる全ての者は国王に対して最敬礼を取ったのだが……
「これは一体何事かと聞いている、今日は学園祭最後の舞踏会のはず。そのはずなのにダンスもせず、ホール中央で何やら言い争っている様子、一体どういう事だ!」
「父上様、それはですね、私の元婚約者であったマリアが……」
「待てアレックス、マリア嬢が元婚約者?なぜ元なのだ?」
アレックス様のおっしゃったマリア様が元婚約者という発言に国王様は額に血管を浮かべながらそう問い質しました。
「それはですね、マリアはあろうことか次期王妃にあるまじき悪事を働いたため、先ほど私の名において婚約を破棄させていただきました」
「……ば、バッカもーーーーん、貴様それがどういう事か分かっているのか?」
そう、マリア様とアレックス様との婚約は国にとって重大事、王国側から是非にとの申し込みで成立した婚約なのです。
その婚約を侯爵様との打ち合わせもなしに破棄したとなると、貴族側から王国側への信頼もがた落ち、最悪内乱が起こりかねない状況になってしまいます。
「もちろんです、あのような悪女が王妃になった暁にはこの国は滅びてしまいます。ですのでそうならないよう手を打ち、私は次期聖女と名高いティリナ嬢との婚約を発表しました!」
「まて、マリア嬢との婚約を破棄しただけでなく、ティリナ嬢との婚約だと?いったい誰がその婚約を許可したのだ?」
本当に誰が私とアレックス様の婚約を許可したのでしょうか?わたしには……
「許可も何も、私とティリナ嬢は相思相愛なのです。愛する二人が結ばれないなど、女神ファラミーア様はお許しにならないでしょう」
「いやまて、本当にお前とティリナ嬢は相思相愛なのか?次期法王と婚約済みで、卒業と同時に結婚式を挙げるティリナ嬢とお前が?」
国王様の言うように、私は次期法王の座がすでに確定してるアーネスト様とは学園に入る前から婚約済み、結婚式も学園を卒業すると同時にあげる予定です。
なのでアレックス様に興味はこれっぽっちも抱いていないのですが、何処をどう勘違いしたらそうなるのでしょうか?
まさか普段聖女の仮面をかぶって愛想を振りまいていたのがいけなかったのでしょうか?
でもそうしろって教会から言われていたのですが……まさかあの愛想笑いで私がアレックス様に気があると思われた?
……まさかね?一般生徒でもあれは社交辞令の愛想笑いと分かっていたと思うのですが、まさか第一王子たるアレックス様が?
「え?ティリナ嬢が次期法王と婚約……済み?」
「そうだ、お前も知っていたと思ったが?」
「いえ、わたしはそんな……そんなことは知りません!まさか、まさかわたしはティリナ嬢に騙されて……」
その後、周りの生徒からの聞き取り調査により、全てはアレックス王子の勘違い、いえ諸悪の根源がアレックス王子にあると判明し、マリア様との独断による婚約破棄も含め、あまりの所業に王様もお怒りになりアレックス様は廃嫡、第二王子であるフェデック様が次期国王として立太子されました。
その後、アレックス様は病を発症したと発表され王族の避暑地に静養に行かれましたが数年後、病が悪化し病死なされたと発表されました。