来訪者②
――そこに見えたのはウェーブのかかった長い金髪の少女、身体のラインがしっかりと分かる簡素な革製の服を身に着けている。
俺の想像と全く違い細い身体に出るところはしっかりと出た……というかでかい。まだあどけなさの残る可憐な少女だった。
腕相撲の台座となった机に片手をつき、俺たちの方を何故か満面の笑顔で見ている。
そしてもう一人、薄く水色にも見えるサラリとした銀髪を肩の辺りで揃えた少女。
白を基調とした魔法使い風の服に身を包み、野営地の柵に背中を預け膝を抱えるように目を閉じて座っていた。
無表情でクールと言う表現がしっくり来る少し大人びた少女だ。
俺たちが近付くとゆっくりとその目が開いた。
2人とも年齢は今の俺と変わらない位、十七歳前後といったところだろう、どちらも今まで出会ったことのない信じられない程の美少女だった。
「シィールちゃん!」金髪の少女が子供のように明るく嬉しそうな声をあげ傍らで座っていた少女の方を見ていた。
「――やっと来て頂けたのですね」と銀髪の少女が抑揚を抑えた美しく静かな声で答えた。
流れるような動作で立ち上がり金髪少女の傍らに立つ。
あちらこちらで「探し人とはカイラムだったのか」「やはりカイラムか」「カイラムの知り合いか、どうりで強い」とざわめき、囁きあっている。
「君達が会いたいと言っているのはもしかしてこの人ではないかな?」
周囲を気にせずカイラムがいつもと変わらぬ口調で2人の少女に語りかけた。
すかさず金髪の少女がカイラムとの距離を詰めてくる。
「ありがと!この人」と金髪の少女が嬉しさを隠しきれないかのように笑顔でカイラムの手を取り礼を言った。
「ありがとうございます、このお方で間違いありません。私たちの身勝手につき合わせてしまいました。皆様にはご迷惑をおかけ致し申し訳ありません」
「お連れいただきましたあなた様にも感謝の言葉もございません」
銀髪の少女は静かに言うとカイラムに美しい所作で頭を下げ謝意を表していた。
それを見て周りの獣人たちはカイラムの横におまけで立っていた俺にやっと気が付いたようだ。
「誰?」「あんな奴居たか?」「カイラムの下僕じゃねぇの?」「俺の方が強いだろ?」「あれで戦士か?」「やだ、貧弱」「弱そう」とあちこちで好き勝手に囁きあう、その声に遠慮は勿論無い。
昨日一緒に食事を囲んだ数名が「あれはカイラムの友で、確かリクとか言う奴だ」と周囲に洩らしていた。
全部聞こえてるし。明らかに侮蔑する声が多い、強面の獣人に囲まれ怖いし……正直場違い感が半端ない…。
「俺の友であり客人でもある、何か問題でも?」カイラムが笑顔を絶やさず変わらぬ口調で獣人達に問い掛ける、但し胸元ではすごい音をたて拳を鳴らしていた。
またもや一瞬にして静まり返る。
――「すまねぇ」戦士たちの中でも特に体格の良い戦士がそう告げると、異口同音に戦士たちが謝罪を告げ始めた。多くはカイラムへ向かってだが、俺に向かって謝罪する声も少なくは無かった。
グライラムもそうだが獣人というのは単細胞だが、一旦自分の過ちを認めると素直に謝れる点に好意がもてる、俺はカイラムやグライラムと出会い獣人が好きになってきていた。
カイラムが「さあ、皆自分のやるべき事あるだろう。お嬢さんたちの目的は果たされた、そろそろお開きの時間だ」と宣言する。
「お嬢ちゃん、すまなかったな。また勝負してくれよ」「次は勝つからな」「ゆっくりしていきな」一人一人と戦士たちが立ち去っていく。
「またねぇ~」と大きく手を振る金髪の少女と静かに見送っている銀髪の少女。
「さて、俺たちもお邪魔かな」とカイラムがグライラムのほうを見ながら笑って言う。
「そのようですな」とグライラムも珍しく空気を読んで同調する。
「いえ、我々が長年捜し求めていた主に合わせて下さった方々をお邪魔などと思う訳がございません。申し遅れましたが私の名はシィール。この子はアルマと申します」
銀髪の少女がカイラムとグライラムを引き止めた。
「アルマだよ、宜しくね」と言ってアルマが俺たちに笑顔で手を振る、なんとも対照的な二人だと俺は思った。
「私たちの用件はすぐに終わりますので」
「アルマはこの人だと思うよ!」
そう言いながらアルマは眼を輝かせ俺を見ている。
「そうですね、私も確信に近いものを持っています……」
そう言いながらシィールは俺のほうを見た。
「突然押し掛けておいて質問する無礼をお許し下さい。貴方様のお名前を聞かせていただけないでしょうか?」
シィールが俺の目を真剣な眼差しで見すえながら静かに言った。
「あ……お、俺は……」
「や、八神陸……です」
女性と……しかもこんな美少女と話す機会のない俺はそれでも何とか答えた。
何グライラムが身を乗り出す。
……。
…………。
シィールは静かに眼を閉じ何か考えているようだった。
「あれぇ?」
こちらは分かり易い、明らかに期待していた答えとは違ったのであろう。アルマが明らかに落胆の声をあげる。
「……やっと……やっと出会えたと思っていた……」
シィールが消え入りそうな声で言う、その声には今にも泣き崩れてしまうのではないかと思われるほどの残念さと悲しみが篭っていた。
お、俺のせいなのか?
「シィールちゃ…」アルマが悲しげにシィールに問い掛けた。
「アルマ、残念ですが……貴女にも分かっているはずです」
シィールは静かに答える。
「うん……」
「な、何か……ごめん……」二人の落胆が伝わってくるだけに何か申し訳ないのだが他に言葉が出てこない。
「いえ、貴方様にはお時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした……」
シィールは丁寧にお辞儀をすると踵を返し思い足取りで野営地から去ろうとしている。
シィールに続くアルマもこちらを振り返り力の無い声で「バイバイ……」と呟く。
心の底のほうから震えるような感情が沸き起こる……声を掛けなければとは思うのだが何と言って引き止めれば良いか分からず声が出ない……。
横を見るとカイラムも何と言ったものかと考え込んでいるようだ……。
「――腹減ったろ。せっかくこんなとこまで来たんだ飯ぐらい喰っていきな」
グライラムが横から思いがけない事をぶっきらぼうに口走った。
その声にアルマが反応した。
「お腹減った……」
アルマがお腹を押さえながら言った。
先を歩いていたシィールの足が止りアルマに目をやった。
シィールは暫し考える素振りを見せた後、こちらに頭を下げ静かに言った。
「――お言葉に甘えさせて頂いてよろしいでしょうか」
アルマの顔が見る見る明るくなっていく。
「勿論だ、案内するぜ」
グライラムがニヤリと笑って答えた。
それから俺にしか聞こえないような声で囁いた。
「そんな顔するな。行ってほしくねぇ相手に理由はいらねぇ、ただ行かないでくれって。それだけでいいんだぜ」
そのときの俺は唖然とした顔でグライラムを見ていたと思う。
「俺が言ったって無意味だがな」
グライラムは俺をからかうように笑いながら俺の肩を軽く叩き二人を食事の出来る方へと案内して行った。
ロンデルはやれやれといった顔で何も言わず二人を見送っていた。
「はは……」
身体から力が抜ける、それにしてもグライラムにやられるとは思ってもみなかった。
「不器用だが良い奴だろ?」
「それにあの子たち、結局中に入ってしまったな」
カイラムが優しく笑っていた。
「ロンデルも異論はないかと思うが一応謝っておく、話が終わったら俺たちも飯にしよう」
カイラムは俺の肩を軽く叩きロンデルに謝罪し何やら話し始めた、俺はその様子を漠然と眺めつつ先ほどの少女たち、シィールとアルマのことを考えていた。
どれだけ考えていたかは分からないがカイラムの声で吾に返った。