来訪者①
なにやら騒がしい音で目が覚めた、またどよめきが聞こえてくる。
俺は何事かと目をこすりながらテントから外に出てみた、どうやら昨日入った野営地の入り口の辺りに大勢の人だかりができている。
何が起こっているのか見に行きたいと思いつつ、昨夜のうちに用意されていた水桶で顔を洗い身だしなみを整える。この辺りはサラリーマンの性だなと思いながら勝手に動いてよいものかと悩んでいると、頭を掻きながらこちらに向かってくるカイラムとグライラムの姿が見えた。
「やあ、よく眠れたかい?」
カイラムはにこやかに言うもののどこかおかしい。グライラムはしかめっ面をしつつ口元をヒクヒクさせている。
「何か騒がしいようだけど……」
俺は単刀直入に訪ねる。
「いや、ちょっとな……」
カイラムが歯切れ悪く俺を見ている、何か考えているようだ。
もしかして俺の事で何か揉めているのだろうかとも思ったがそれならすぐさま呼びに来ていただろう。ならば何故カイラムは俺を見て考え込んでいるのだろう。
「隊長どう思いやす?やっぱりリクですかねぇ?」
グライラムが少しむすっとした口調でカイラムに尋ねた。
カイラムがここまで来て考え込んでいるくらいだ、恐らく向こうでの騒ぎは直接的ではないにしろ俺に関わりのある事かもしれない。
「やはり会わせてみよう」
何のことやらさっぱりだがカイラムはグライラムにそう言い、もしかすると俺に関わりのある者かも知れないと説明を始めた。
「少し前だ、会いたい人が居ると言ってこの野営地に二人の少女が現われた……」
来訪の理由を話す少女たちに怪しい臭いは感じられない、対応したロンデルが呼んでくるから名を教えてくれないかと言ったが、少女らは名前は分からないと言ったそうだ。
――ただ会えば分かると言って聞き分けてくれない。
多くはないとは言え、ここにはかなりの人数が居る、自分の一存では全員に合わせるなんてことは出来ないとロンデルはほとほと困り果てていたらしい。
それでは自分達で探すのでここを通してくださいと言う少女たち、通す訳にも行かないロンデル、その間で暫し押し問答があり、力ずくでもという少女たちにロンデルは呆れたが、少女達のたちの言う力ずくと言うのは何でも良い、勝負して負けたのなら素直に引き返す、但し勝ったら中に通してくれというものだったらしい。
「まぁ、ロンデルは既にここで嵌められていたんだろうな」とカイラムは付け加える。
その後、見ず知らずの者を通すわけには行かないロンデルは、押し問答に疲れていたこともあり仕方なく勝負を受けた。ロンデルが提案したのは少女達に怪我をさせることなく引き取って貰うため、そして自分自身の最も自信のある腕相撲だ。
「――それが騒ぎの原因だよ」
「すまないが準備してくれ、急がなくていい」
「騒ぎになっているのにゆっくりもしていられないんじゃ?」
俺は心配そうにカイラムに訪ねるが、
「騒ぎと言うよりお祭りだな……」
とグライラムがやはりむすっとした口調で言った。
「少女と侮ったようだ、中々の策士だよ」
カイラムが苦笑いしながら言った。
「どういうこと?」
策士って?ロンデルって昨日の門番の人だよなと思いながら俺は尋ねた、あの像の様な獣人なら俺は勿論の事、単純な力比べなら熊の様な体格を持つグライラムでさえ勝てるかどうか。
「まあ、それは歩きながら話そう」
そう言われ、それほど準備のかからない身支度をしカイラムに従った。
「それで?」
「それを見ていた訳じゃないが、ロンデルとの腕相撲は互角のままかなり続いたらしい」
カイラムは歩きながら話を続ける、ロンデルと引き分ける少女……俺には想像もつかないがきっと筋肉の塊のような少女なのだろう。
「どうもワザと互角の演技をしていたようだ、ロンデルとの互角の勝負が続くうちにその勝負に気が付いた他の獣人たちが集まり始めた」
「純粋な力と力の勝負でロンデルが押し切れないなど、なかなか見たくとも見れるものではないからな」とグライラム。
「そしてロンデルと引き分けた少女は野次馬で集まった他の者に勝負を挑んだ」
「それからは、よく分からんが少女と腕相撲が始まり少女が負けたら素直に引き上げる、少女が勝ったら勝負に負けるまで続けることになったらしい」
他の者を集める。その為にロンデルとの勝負をワザと長引かせたのだろうなとカイラムは言った。
なるほど、ここの獣人も負けたままでは終われないだろう。少女たちに勝てなければ追い返すこともできない。そして少女たちは何れ全員と会うことが出来る、それまで勝ち続ける事が出来ればの話だけど。
「もしかして、まだ騒ぎが続いているってことは、その少女たちがまだ勝ち続けてるって事?カイラムかグライラムなら勝てるじゃないの?」
どんな化け物だと思いながら俺は訪ねた。
グライラムが鼻の頭を掻き、俺と目線を合わせず言い難そうに言った。
「それがなぁ……今日はちょっと……なんだ……小娘に勝ってもな…」
「負けたんだな」
俺は笑顔でグライラムが言えなかったことを言う。
「面目ねぇ……、約束は約束だからな……それで隊長連れて行くとこだ……」
「隊長ならきっと……」
カイラムに敵を討ってもらう気だな……。
カイラムは隣で頭を掻いている。
「いや、俺はやめておくよ」
「彼女らが探している人は恐らくリクだろう。リクが現れた翌日にこれだ、タイミングが良すぎる」
カイラムが笑って言う。
グライラムは「おお!」と一声あげると
「確かにリクならもしかしたら勝てるかもしれねぇ、力自慢の奴はほぼ負けちまって、もうリクに任せるしかねぇ!仇を頼むぞ」
とグライラム。いつ俺が力自慢したよ?
それから仇をとるのが目的じゃないだろ、趣旨が変わってるぞ。
「会ってもらえるだろうか」
「頼まれるまでもないよ、会って見るよ」
カイラムの頼みなら断る訳にも行かないだろう、それにどんな少女なのかも見てみたい。
「おお、さすがリクだ」
とカイラムより先にグライラムが嬉しそうに答える。
カイラムは「すまないな」と小さく笑いながら言った。
カイラムに誘われ入り口の方に向かう、まだ勝負は続いているようであちらこちらから今戦っているだろう獣人の名が聞こえてきた。
人だかりが出来ている、人だかりから少し離れたところに居心地の悪そうな顔をした獣人が十数名居た、皆体格の良い如何にも力自慢といった感じの獣人たちだ。
重い雰囲気から察するに恐らく腕相撲に負けたのだろう。
俺の胴より太い腕をした者も多数居る、こんな連中相手に連勝する少女って……。
大きなどよめきと落胆の声があがり「おいおい、また負けたぞ」「あいつやべぇ」「あんたらしっかりしなさいよ」「おまえら昼飯抜きだからな」「姉ぇちゃん強えな!」とあちらこちらから聞こえてくる。
険悪なムードかと思えばそうでもない、グライラムの言うとおり、もはや楽しんでいるとしか思えないほどのお祭り騒ぎになっていた。
「すまない、道を空けてくれないか」
カイラムが大きくはないが良く通る声で幾重にも輪になっている獣人たちに話しかけた。
「おお、カイラム隊長!」「待ってました!」「あんたがやってくれるか!」「カイラムきたー!」カイラムに気付いた兵たちがあちらこちらで歓迎の声をあげる。
皆の反応を見る限りカイラムはこの野営地の中でもかなり頼りにされているのだろう。
皆の期待を集めるカイラムは一歩前へと進む……。
先ほどまでの騒がしさが一変し一瞬静寂が訪れる、前に立つ兵たちが道を空け騒ぎの中心が見えた。