野営地②
「どうしてそこまでしてくれるんです?」
今日出会ったばかりの俺を疑いもせず、旧来の友のように接してくれるカイラムに俺は率直に尋ねた。
「言っただろ、勘だよ。リクは魔大陸の更に奥地に魔界と呼ばれるこの世界とは違う世界があると聞いたことはあるかい?」
俺は首を軽く横に振る。
「やはりね、この世界に住むものなら誰もが一度ならず耳にする話だ」
カイラムは何かを確かめるかのように俺に問い掛け、納得したように話し出す。
「一説には魔族はそこからやってきていると言うが……その世界に異界から魔王が現われたという話だ。もっとも出所も分からない噂に今は過ぎないがね」
カイラムは俺の質問とは別の話を始めたがカイラムのことだ、俺の質問への回答に繋がるに違いないと思った。
「今、この世界に魔王が何人居ると思う?」
そんなに居るのか?と思いながらそんなに居るはずは無いと思い俺は3人位と答えた。
「名の知れた有力な魔王だけでも7人、自称を含めればその数はもっと多いだろう。魔王の存在自体ここ数十年で分かった事に過ぎない」
カイラムは顔の前で手を組みうつむき加減で話す。
「我々は確かに魔物と戦い一歩も譲った事はない、しかしそれが大型の魔物だった場合、数人、あるいは数十人掛かりだ。勿論こちらが受ける被害も大きい」
「我等はそれほどの魔物すら従える魔王のことは一切分かっていない。この戦さには魔族の影がある……数百年もの間大掛かりな魔族の侵攻などなかったにも関わらず、近頃は各国で魔族の影を伺わせる魔物侵攻の噂を耳にする」
「それでもこちら側の国々はつまらない事で争っている」
「俺は、我々獣人族や人族、数多の種族が生きるこの世界と魔族の世界、その均衡が大きく崩れようとしているのではないかと思っている」
「……異界から現われたと言う魔王の噂でさえ真実ではないかと思っているんだよ」
そこまで話すとカイラムは俺の方を見て少し笑った。
「そんなときにリクが現われた。それも本人すら何故あそこで倒れていたかも分からないと言った風でね」
……なんというか、別の世界から来た事も全部ばれてるんじゃ……カイラム怖ぇ……。
「勘と言ったが……リクを試したとき、眼が合っただろう?」
「うん、殺されるかと思った」
あのときの冷たい眼は今でもはっきりと思い出せる。それから、あれは試した訳じゃなくて殺す気だっただろう……。
「すまない、それなりの殺気を込めないと正体を現さないと思ったからね」
「もっとも、変な動きを見せていたら、そのまま殴っていたけど……」
やっぱり……。動けなかった俺万歳。
「そのとき感じたんだ……」
「言葉にするのは難しいのだけれど、何と言うか……そう……リクの大きさと言うか、俺の小ささというか……」
カイラムの言葉に静まり返った室内で全員が俺の方を見ている。
「兎も角だ、手を出したら間違いなく俺の方が死ぬ……確信と言っても過言ではない」
そう言うとカイラムは俺を見ながら楽しそうな声で大きく笑った。
「そのくせ敵意も戦意も微塵もない。魔界に異界から魔王が現れるくらいだ。こちら側にも本物の勇者が現われてもおかしくないと思ったんだよ」
カイラムの眼差しが痛い……みんな、そんな風には見えないけど?みたいな目で俺を見てるじゃないか……。
ん?……そんな中グライラムだけは目を閉じ何か考えている。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
グライラムが方目を開け俺を睨みつける。
おっ!起きてた。
グライラムは無言でゆっくりと立ち上がると俺の横に立った。俺を見据え、そのまま隣に座る。
間近で見るとやっぱりでかい。それに威圧感が……また俺何かしでかしたか?
グライラムの腕がゆっくりと上がり俺に向かってくる。
え?グライラムは俺の肩に手を廻し「なぜそんな姿で来た?」
と言って俺を真っ直ぐに睨みつける。
「どうせなら獣人として来れば良いもんをよぉ」
そう言うと然も嬉しそうに豪快に笑った。
「やっぱり只者じゃねぇよな、そうか勇者か!リクお前ならきっと勇者になれる!」
そうか、そうかと俺を引き寄せ本当に嬉しそうだ……ちょっと苦しいぞグライラム。
「こんな時代だ。希望が欲しい、皆本物の勇者を待ちわびているんだ」
カイラムが俺をまっすぐ見て言った。
やめてくれ、むず痒いし、恥ずかしい……勇者と決まったわけでもなし……だけどなんだろう、期待されることがなんだかとても嬉しい。
旨そうな臭いがし宿舎の外で声がする、どうやら食事が届いたようだ。
「という事で飯だ!今日は飲んで構わん、但し酔わない程度にだ」
カイラムの言葉に皆一斉に歓喜の声をあげる。
外には数人の女性獣人が調理されたばかりであろう料理と飲み物を辺り一面の地面に敷かれた敷物の上に並べていた。
「次もすぐに持ってくるから始めときな」といって女性獣人たちは下がって行った。
次ぎもって……ここに並べられた量だけでもかなりの量だ。
それにしても多すぎはしないか?
それとも獣人はこれぐらい食べて当たり前なのだろうか。
その答えはすぐに分かった。
獣人たちがあちらこちらから集まってくる。
「なんか歓声が上がっていたが、何か良いことでもあったか?」
と虎の獣人と思わしき男が言えば、
「酒頼んでただろ?」
と別の獣人が言う。
「まったく、作戦会議をほったらかして出て行ったかと思えば……何があったか聞かせろよ」
と言いながら当たり前のようにその場に座る立派な鬣をした獣人。
「おまえら野菜喰えよ!野菜!」
と叫ぶ、恐らく草食系の獣人。
次から次に集まってくる獣人で辺りは一杯になった。
いつの間にか食事に貪り付いている獣人たちはそれぞれの話題で勝手に盛り上がり宴の様相になっていた。
「人族はあまり喰わないと聞くが、今日はリクをもてなしたい。喰えるだけ喰ってくれ」
そう言ってカイラムは俺に肉を盛った皿を渡し、他の皿から肉を取るとかぶりついた。
「そうだ、喰える時に喰っておけ、何時喰えなくなるか分からんからな」
とグライラムも目の前に山のような料理を持って来た。
そんなに喰えるかとグライラムを見る。
「少なかったか?まだまだある心配するな」
と言って呆れるほど盛られた料理を貪り喰い始めた。
ここでの飯は口に合うだろうかとも心配はしていたが取越し苦労のようで、どれも美味かった。
なによりカイラムと部下達、そして入れ替わり立ち変わりカイラムの周りに集まって来る獣人たち。その度に「俺の友だ」と説明するカイラムとその度に握手を交わす俺。
冗談を交え話しながら笑いの耐えない楽しい食事だった。こんなに楽しい食事は何時振りだろうか。ふとコンビニの弁当を一人食べていたときの事が頭を過ぎった。
何も知らない世界でカイラムのような男に最初に出会えた事は行幸だった、なによりこの男が友と呼んでくれたことが嬉しい。
勿論、魔族との戦さが気にはなるが、この世界で生きていくのならば避けては通れない事なのかもしれない。
それに……何れ旅に出るつもりの俺としてはここで戦い方とこの世界の知識を得るだけ得たい。
俺はカイラムに改めて感謝を伝え暫くこの野営地で世話になる事となった。
食事が始まったのはまだ日が暮れる前だったが既に空は真っ暗になり辺りには篝が焚かれていた。
少しだけと飲み慣れない酒を飲んだせいか俺の瞼は重くなってきていた。
横ではグライラムがまだ食べ物を口に運んでいる。途中何度も料理を取りに行っていた筈だがどれだけ喰うんだ……。
カイラムがこの戦いが終わったらまた宴を開こうと言って俺を少し離れた一人用のテントに案内してくれた。
「今日は色々と疲れただろう、ゆっくりと休んでくれ。また明日迎えに来る」
と言ってカイラムは皆の許に帰って行った。
テントに置かれた質素なベッドに横になった俺はこの世界の事、これからの事を考えていた。
やはり暫くしたら彼との約束を果たすため旅に出ようと思い、拘束されることのない憧れの冒険者になろうと単純に思った。
旅の旅費を冒険で稼ぎつつこの世界を見て回りたい。
その為にはこの世界をもっと知らなければと薄れていく意識の中で考えていた。