野営地①
グライラムよりも更に大きな身体をした野営地の門番は人のよさそうな顔で、どこか大らかで優しげな雰囲気を持っている、鼻が長いわけではないが大きな耳を時々ピクリとさせ像を思わせる印象だった。
「おお、帰ってきたな、その子だろ?」と門番は言った。
「やあ、ロンデル、流石だな。そうだリクと言う」
「リク、彼はロンデル。ロカ族の戦士だ」
俺はロンデルに「はじめまして」と当たり障りの無い挨拶をし軽く会釈する。
ロンデルも「ああ、宜しくな」と目を細めて言った。
「どうだろうか?」
「カイラム達がここを出てから、わずかにその子の臭いは届いていた。気にはなる臭いだな……」
カイラムと門番のロンデルが俺には意味不明の会話をする。
ロンデルは俺に近寄り肩の辺りに顔を寄せ臭いを嗅いだ。
「人族の臭いに近いが少し違うような気がする。記憶にはないが、何故か懐かしいとさえ思える臭いだ。嫌な臭いではないな」
「そうか、友として歓待したいが良いかな?」
ロンデルは少し考えるような素振りを見せた後「おまえが連れてきたのだ、問題はないだろう」そう言うと俺に「目立つところに付けておくと良い」といって大きな指先で摘まむようにして徽章を渡してくれた。
そう言うとそれ以上は聞かず門を通してくれた。
「さっき臭いを嗅いでいたけど?」
俺はカイラムに尋ねる。
「ああ、ロンデルは獣人族の中でも特に鼻が利く、魔族の支配地には独特の臭いがあってね、どれだけうまく装おうが魔族の支配地から来た者は彼の鼻を欺く事はできない」
「ロンデルが渡した徽章はリクが我々に害をなす者ではない、その証明だ。それを付けていればある程度この野営地内を自由に行動できる」
「へぇ、俺ってどんな臭いがするんだろう?」
「悪くはない臭いだ……」
横で聞いていたグライラムが正面を見ながらぼそりと言う。
グライラムなりの気遣いなのだろう。意外な言葉にグライラムのほうを見るが、等のグライラムはこちらを見ようともしていない。
「グラムもロンデルほどではないが鼻が利く、2人の保障付きだ」
カイラムは笑いながら言った。
木造の柵に覆われた野営地は割りと大きめで多くの獣人がそこで思い思いに武具の手入れを行ったり鍛錬を行ったりしていた。
人間らしい姿もちらほら見えたが、驚くことに女性の獣人もかなり多かった。
初めて見る野営地と獣人の多さに感動すると共にまたあのオーラの様なものがあちらこちらから見えた、ほとんどが薄い青色だったが先ほどの門番を含む数人が濃い青色をしていた。
なによりも建物の影に隠れこの位置からは見ることが適わないであろう者たちのオーラすら見ることが出来たのは驚きだった。
なぜそんなものが見えるのか、俺だけに見えるのか他の人達も俺と同じようにオーラを見ることができるのか興味はあったが、後でカイラムに聞いてみようなどと考えながらカイラムに遅れないよう付いて行った。
カイラムは途中で一人の女性獣人に声を掛け、カイラムの族があてがわれているという宿舎(とはいっても大きめのテントのような物だが)に案内された。
それぞれが適当な場所に腰を下ろしカイラムの部下達と一緒に食事を取る事になったのだが、食事が用意されるまでの間、魔軍と今の現状を大まかに話しても良いかなとカイラムは俺に言った。
恐らくは俺がこの土地のことを知らないと言ったことを覚えていてくれたのであろう。もしかするとこの世界自体を知らないと感ずづいているのかもしれない。
勿論俺自身もこの世界がどんな情勢なのか全くといって良いほど知らない、時に知らないと言うことは命に関わる。この世界でならば尚更だ、知っておける事は知っておくに越したことはない。
カイラムは俺の反応を確認し傍にあった地図を広げた。
「まず、魔族の支配地と我々の地が接するこの山地を巡って昔から争いは絶えない。魔軍が西に進もうと思えばこの山地を進むか僅かにある平地を進むことになるのだが、平地には人族の都市アクティスがある」
「アクティスは堅固な城塞都市で知られ、流石の魔族もここを抜くのは難しいらしく、アクティスを避けこの山地に魔物の群れをけしかけてきている」
そういいながらアクティスの位置と自分達の居る山中の野営地をそれぞれ指で指し示す。
また、アクティスの東に地図が所々黒く塗りつぶされた地域があり、この辺りは魔族の支配地域で詳しく分かっていないところも多いとも言った。
「今我々が居る野営地からアクティスは2日ほどの距離がある、我々は元々ここに野営地を築いていた訳ではない」
どういうことかを尋ねる俺にカイラムは話を続ける。
「1年程前になるが統制のとれた軍ではないが指揮官らしき魔族に率いられた軍勢がアクティスに出現した。俺の知る限り魔族が姿を現すことなど数百年は無かった事だ」
千を超えるとも言われる魔物にアクティスは襲撃された。アクティスを統治する君主ローデルは良く守ったが執拗な攻撃に疲弊を強いられた、遠く離れた王都に救援を依頼したらしい、だが王都は離れすぎている。
そこで救援依頼の兵が襲撃の隙間をくぐり各方面へ向かい、ここ数十年の間疎遠ではあったが友好関係にあったカイラムの村を含む他の村にも救援依頼が来たカイラムは言った。
この連山には獣人族の村々が散在していて昔は大きな集落を形成していたとのことだが山中を徘徊するゴブリンやオークの様な魔物はいたる所に現われる為、要所要所に砦を築きそこに新たな村が形成されていったとも言う。
その一つがカイラムをはじめとするこの隊の村だとも言った。
「各村が連携を取り魔物の進行を食い止め、徘徊する魔物を見つけ次第排除してきた、侵略する者は討ち払う、和を求める者は受け入れる。それは俺たちの始祖の願いだ。」
「魔物の数がどれだけ多かろうと木々に覆われた山中で俺たちに敵う者など居ないからな」
グライラムが誇らしげに言う。
「グラムの言うとおり魔物はこの山地を数百年抜くことは叶わなかった。それでアクティス進攻になったのではないかと言うのが長老達の意見だ。アクティスが落ち奴らの拠点にでもされれば我々の村も脅威に晒される。長老達は話し合い、そうなる前に救援を出す事にしたんだ」
「アクティスの兵より我らの数は少ないが我ら獣人戦士個々の武は人族を遥かに上回る」
「まあ中にはとんでもない人族もいるがな」
と言って笑いながら俺を見る。いや勘違いだと思います……。
「そして俺たちはアクティスに協力し魔物の軍勢を押し返した」
「戦いらしい戦いはあの時だけでな、それから数回襲撃があったんだけどよ、先の戦いでの俺達の強さに及び腰もいいところで奴らときたら俺たちと当たるや否や瓦解して我先にと逃げ出すありさまだ、相手にもなりやしねぇ」
話を聞きながら興奮してきたのかオズワイムが口を挟む、周りも同調し、しきりに頷いていたり笑ったりしていた。
「それで、ここに野営地を設置し中継地とした訳だ。アクティスが標的になった事で、山中の魔物はすっかり姿を消しちまった。おかげで俺たちは村に居る時間よりも野営地で過ごすことが多くなってしまったがな」
グライラムが言葉を補填してくれる。
そんな気の効く事が出来るのかとグライラムを驚いた目で見ていたのだろう、グライラムは「合点がいったか?」と俺を見ずに言った。
俺が大きく頷くとグライラムの口元が緩むのが分かった。
「このところは落ち着いた日々が続いていたんだが一昨日久々にアクティスから使者が現われた、アクティスへ移動する魔物の群れを偵察部隊が発見したらしい。アクティスの方でも警戒は怠っていなかった様だな」
カイラムが話を本筋に戻し続ける。
「どこから連れてきたかは知らんが群れの中に大型の魔物の姿もあったらしい」
「それでも我々の敵ではないがな」
グライラムが不敵に笑う。
「偵察隊が発見した場所からアクティスまで通常5日の距離、偵察隊は昼夜兼行で戻ったそうだ。それから使者がやってきたのが一昨日、恐らく奴らとは戦いは数日の内だろう」
「今回は徹底的に叩こうというのが長老達の意向だ、俺たちは奴らを叩き追えるとこまで追って二度とこの辺りに手を出そう何て考えられなくなるようにしてやるつもりだ」
ここまで一気に話すとカイラムは俺を見た。
「旅の途中で寄り道も悪くないだろう?友として歓待したい。暫くここに留まってみる気はないか?」