獣人との邂逅②
そのとき横から濃い青のオーラを発していた男が副隊長を制するかのように手で副隊長を遮り俺と副隊長の間に割って入った。
暫く副隊長は何も言わず俺を見据えていたが、一歩下がり男に前を譲った。
「隊長、気をつけて下せぇ。このガキ何か変ですぜ」
隊長は20代半ばだろうか、野性味のある精悍な顔で一見獣人には見えなかった。
隊長は俺をちらりと見た後面倒くさそうに、おもむろに空を見上げ、大きなため息をつき頭を掻いた。
……ほっ、それにつられ俺の気も緩んだ時だった、隊長は俺との距離を一気に詰め腰からまっすぐに拳を繰り出した。
隊長と眼が合う。やばい……冷たく沈んだ眼差しがしっかりと俺を捕らえている、本気で殺そうとする人間はこんな眼になるのだろうか?
その眼を覆い隠すかのように俺の顔面に向かって突き出された拳が向かってくる。
傷の上から傷を負い、それを繰り返しながら皮膚が厚くなったであろうその拳はゴツゴツした岩のようだ。
拳が迫ってくる……こんなのに殴られたら頭ごと持っていかれそうだ。
かなり迫ってきた……やばい避けなければ……とか思っている内にも拳は迫ってくる。
迫ってくるが……あれ?これってわざと俺が避けやすいようにゆっくりと拳を繰り出しているのか?何のために?……と考えている間に気が付くと俺の目の前で拳は止っていた。
拳は目の前から消え、変わりに頭を掻いている隊長が目に入った。
また不意打ちかと思いきや隊長がのんびりとした口調で言った、但しその眼はまっすぐに俺を見ている。
「なぜ止めると思った?」
「え?あ、いや殴られたら痛そうな拳だなとか、ま、まだ新しい傷があるなとか、避けられるのかとか考えてるうちに……あなたが止めてくれた……?」
突然の質問に動転しながらも俺は素直にありのままを答えた。
隊長はどこか釈然としない顔をしながらも「参ったな…」と独り愚痴る。
周りの連中は隊長の言葉の意味が分からず固まっているかのようだった。
「もう一つ聞いていいかな。眉一つ動かさず俺の拳を見切るほどの余裕がありなら……なぜ攻撃しなかった?それなりの気迫は込めたつもりだけど?」
「もしかしたら君は俺が止める前に俺を倒せていたんじゃないのか?」
隊長は掴みづらい表情で俺に尋ねる。
周りの連中が隊長の言葉を聞いてざわつき始めた、先ほどの副隊長も驚きを隠さない表情で隊長を見ている。
「……たぶん、あなたが止めたのと同じだと思うけど……」
答えに詰まった…倒せていたかと聞かれても、そもそも倒すなんて考えてもみなかったんだ倒せるはずがない。まあ、とりあえずこう言っておけば勝手に解釈してくれるだろう……何となくかっこいいし。
「……理由なく人は殴らない……か」
そう言う隊長の口元がかすかに口元が上がっているかのように見えた。
なるほど、きっとそれだ……!俺もそれが言いたかったに違いない……多分。
この回答から副隊長とは違い理知的な考えを持った人物と覗える、話が通じる相手が居ることにほっとした俺も聞き返す。
「あなたは俺を疑っていなかったのですか?」
「言ったとおり理由もないのにいきなり子供を殴ったりはしない。あんまり考えるのは得意じゃないからね、本気で殴るふりすれば正体現すかと思った」
大人だったら殴ってたのかよ……!?……それより、あれは殴る振りじゃなくて本気で殺す気の眼だったと思うぞ……。
隊長はすこし悪戯な口調で言った。そしておもむろに軽く頭を下げ、今度は真面目な口調で「すまなかった。俺と部下の非礼を詫びたい。君には関係ないことかも知れないが俺達は今、臨戦状態にある。君を魔族のものではないかと疑った。許して欲しい」と言った。
周りで見ていた部下達、特に副隊長は素性の知れない俺のことをまだ疑い深げに見ている。
「隊長良いんですかい?」
副隊長が隊長に耳打ちする。
「ん?少なくとも敵意はないようだけど……まあ、あとは勘かな。悪い人間じゃないと思うよ」
のんびりとした口調で隊長は副隊長に言う。
「それに冒険者の中には人並み外れた者も居ると聞く、グラムも聞いた事があるだろう?」
「そりゃ聞いた事ぐらいはありやすが、このガキの格好、冒険者と言っていたが旅装でも無し……それに丸腰ってのはおかしくねぇですかい?」
と歯切れ悪く言う。
「襲われた風ではないし……元々身軽な旅だったのか、それとも倒れている間に盗まれたのか……別の何か事情があるのかも知れないな」
「まあ、丸腰でもそうそう不覚を取る事はないぐらいの実力はあるとみたけどね」
隊長は事も無げに笑顔で言った。
これには周りの連中も驚いた様だったが俺も驚いた……。副隊長はというと納得しかねているかのようではあったが口を閉じたままだった。
……いえ、見込み違いです勘違いですから、只のサラリーマンで強さとか無縁ですから……それに不覚を取ったからこそ、そこにぶっ倒れていたとは思わないのか?俺は心の中で呟く。
「隊長がそこまで言うなら……」
「すまなかった」一人の獣人がそう言うと頭を小さく下げる、それに続き「スマン」「驚かしてすまない、悪かったな」とそれぞれが頭を下げていく。
副隊長と呼ばれていたグラムがばつが悪そうに「隊長を悪者にしちまった……すまねぇ全部俺の責任だ……隊長は悪くねぇんだ」と言って頭を下げた。
事情は分からないが、魔族と勘ぐられてたのだなと思うと同時に潔白を示すものがない以上、彼らの領地内に侵入した俺を疑ってかかるのも無理はないとも思った。
そう思うとこの状況は好きで行った事ではないにしろ俺が引き起こしたとも言える。
彼らの早とちりと言えばそれまでだが、彼らは過ちを認め頭を下げてくれている。
「あ、頭上げてください。俺何もわかってなくて…ただ俺はあなた方と事を構えるつもりはないんです。この土地には来たばかりで本当に何も知らないもので……俺の方こそすみません」
自分の不敬と部下のため素直に頭を下げる隊長に好感をもった俺は素直に頭を下げることができた。
「そういってもらえると本当に助かる。……そういえば名前をまだ聞いてなかったな、俺はルム族のカイラム、この隊の隊長をやっている。こっちのでかいのは同じルム族のグライラム、俺の補佐をしてくれている。宜しくな」
隊長は顔を上げ微笑み、手を差し伸べてきた、俺はその手を握り返す。
「お、俺は八神陸です。よ、宜しく」
「グライラムだ」
そう言うと副隊長もばつが悪そうに顔を背けながら手を差し出す、意外と悪い奴ではなさそうだ。
「八神陸です。宜しく」
グライラムの大きな手に躊躇しながらも握り返すとグライラムは少し照れくさそうだった。
それから周りに居た者も名乗り握手を求めてきた、俺は全員と握手を交わし初めて部下の人達をゆっくりと見ることが出来た。
やはり皆獣人だった、人間の顔立ちはしているものの瞳孔の形や色、耳の位置や形、鼻梁や鼻尖、口から見える犬歯等、それぞれに動物的な特徴が見て取れる。
「リク、急ぐ旅でなければ俺たちの野営地に寄って行ってもらえないだろうか、詫びといっては何だが飯くらい振舞わせてくれ」
カイラムはこんなところで倒れていた俺のことをあくまで旅の途中で行き倒れた冒険者と扱ってくれているようだ。
何かしらの事情があると察しているのかもしれない。その方が都合も良いし旅の途中で行き倒れた事にしておこう。
「それにしても、こんな所で行き倒れとは……下手すりゃ魔物の餌食になるところだ。腕に自信があるのかも知れねぇがリクみたいな子供にはちょっと一人旅は早すぎたんじゃねぇか?」
狸の様な獣人、オズワイムがその丸い顔で心配そうに言う。
好きで行き倒れていた訳ではないのだが……返答に困りとり合えず心配してくれた感謝だけは伝える。
――何かがおかしい………違和感の正体に気が付いた俺はカイラムに訪ねた。
「お、俺って年より若く見えるとは言われる事はあるけど、そんなにガキっぽいかな……?」
カイラムは何を言ってるのかわからないというような表情をしながらもオズワイムから磨かれた金属片を受け取り俺に渡してくれた。
傍らでガキ呼ばわりしていたグラムが横を向いて俺と眼を合わせないようにしている。
……鏡を見て納得した。そこに写っているのは確かに俺だが、まだ十代半ばの頃の俺だった。