獣人との邂逅①
薄く開けた目に飛び込んできた高い木々、その合間から見える空は何処までも澄んで青かった。
空が青い…見慣れない大型の鳥が彼方に飛んでいくのが見えた。彼の言っていた世界に来たのだろうか?そう思いながらまた目を閉じる。
「夢じゃないよな…」
背中にはしっかりとした地面の感触が伝わってきている。どうやら夢ではないようだ。
彼は自分の道を進めと言っていたが、この世界のことを知らなさ過ぎる。まずはこの世界の事を知らないといけないな。
それにはまず人の住む街を探さないとな……言葉はどうなんだろう?それにそもそも俺人間と思っている生物がこの世界に住んでいるのだろうか?色々な考えが浮かんでくる……。
ガサッ
少し離れた辺りで草を踏みしめるような音がした。
ガサッ、ガサッ、ガサッ、ガサッ
俺を中心に上下左右から音がしだす。
時々金属の擦れる様な音と何やら声も聞こえる、こちらは小声で話しているせいかはっきりとは聞こえない。
音からして少なくとも5、6人以上に囲まれている様だ。
人かどうかも怪しいが……
急に緊張し身体が硬直してきた、動悸が激しくなってきたのがよく分かる。
嫌な予感しかしない。
そんな事を考えている間にも音の輪が縮まってきている。
「なんだよ、人族のガキじゃねぇか」
唐突に声がした。何故か日本語で聞こえるのはお約束なのだろうか?まあ、これで言葉の壁はクリアできたなと少し気が楽になった。
「お前たちが何か妙だって言うから作戦会議抜けてまで来てみたってのに、まったく大げさすぎやしないか」
声は少し呆れたような声で言った。
「ですがね副隊長、俺たちが見回り中発見したときはガキなんか居なかったんだ。なんというか…とてもじゃねぇが近づいたらやばい感じがここら一帯に漂ってやがったんだ」
他の声が答える。どうやら見回り中に俺を発見し一旦戻って増援を連れてきたような感じだろう。
その男以外にも見回りの連中だろう、同じような事を隊長と言われた男にそれぞれが同じような事を言っているのが聞こえる。
俺ってそんなやばい何かを発していたのだろうか、それとも彼が?それから何で俺がガキ扱いされてるんだ?これでも30過ぎのオッサンだぞ俺は。
それより急に起き上がったりしたらびっくりするよな……起き上がり辛い……どうしよ……。
「魔族じゃねえよな?」
また違う声が言う。
「ばか、こんな緊張感のない間抜け顔の魔族が居るか?」
これは先ほど副隊長と言われていた男の声だ。
「……悪かったな緊張感のない間抜け顔で」
あっ……つい口にしてしまった……、間抜けはどうやら当たっていたらしい……。
俺は自分の間抜けさを後悔しながら立ち上がった。
周りには6人ほどの剣を携えた屈強そうな……獣人?
顔や体つきは人間とほぼ変わらない、だが明らかに獣の特徴を備えている。
やはり異世界に来たんだとここで初めて実感し何だか感動で顔がゆるむ。
そしてその場に居る全員が薄青く見えることに気が付いた、ただ一人だけ他よりも濃い青色をした獣人が居る。
正確には身体の輪郭に薄く沿った蒸気の様なものが全員に見えていたのだがそれはすでに全員から消えていた。
「やっぱり、どう見ても只の人間じゃねぇか」
この声は、副隊長と言われていた男の声だ。
濃い青のオーラの男が気になったがこちらは副隊長の後ろで俺を探る様に静かにしている。
副隊長は熊を思わせる特徴が顔に出ており、体つきも熊と見間違うほどの体格をしていた。俺の頭2つ背が
高く膨れ上がった腕の太さは俺の胴と同じくらいありそうだ。
「お前ら、もういいだろ。見ろこの貧弱そうなガキを。おまえらこんなんで気後れしてると今度の戦さ、生きて帰れねぇぞ」
副隊長は周りの男達を叱責する。
「わかったよ、確かに慎重になりすぎてたのかもしれねぇ、こんな小僧だと分かってれば……」
見回りの一人が申し訳なさそうに副隊長に言うのが聞こえた。
「どこから来たかしらねぇが、ここはお前のようなガキが来る場所じゃねぇ、危ねから早く帰りな」
俺は何か言ってやろうかと思ったが、ここが何処か分からない以上、街のある方向だけでも聞かなければと思い我慢した。
副隊長は俺を一瞥し俺の前を大股で横切っていく、また薄青のオーラの様なものが副隊長の周りに見えた、俺はそれに気をとられていたのだろう。割と大きめ音が肩の辺りから聞こえ俺はふと我に返った。
いつの間にか俺の肩には副隊長の手が置かれていた、副隊長は手を素早く引くとそのまま来たであろう道を引き返し始め……そして立ち止まり自分の手を見ていた。
不可解な出来事でもあったかのように副隊長は俺に訝しげな眼を向けた。
(なんだよ、まだなんかあるのか……)
俺なんかしたかな?とも思ったが何もしていないはずだ、身じろぎすらしていない。
副隊長が戻ってくる、俺の方へ……こっち来るなよ……。
俺との距離を保ったまま副隊長は値踏みするかのように俺を見ている。
「まだ何か?俺が何かしましたか?」
精一杯感情を抑えて言ったものの…やばい、まじで怖えぇ、気分悪くなってきた……。
「いや、何もしてねぇ……人魔でもなさそうだが……おまえ何者だ?」
はあ?何言ってんだろう、どこからどう見ても只の人間だろう。こいつ副隊長のくせに筋肉だけの筋肉馬鹿か脳まで筋肉なのか?俺には筋肉馬鹿の言う事は意味が分からない。
人魔ってなんだよ?魔族の一種か何かか?
副隊長は少し腰を落とした佇まいで先ほどとは違い明らかに俺を警戒している、その太い腕で今にも掴みかかりそうな勢いだ。
副隊長の異変に気付いた他の連中まで警戒し緊張している様に見える。
それにしても困った、何者だと聞かれても何と答えたらいいものやら……。
他の世界から来ましたとかなんて言ったら……。
ますます警戒されそうだな……。
「そうかい、言えねぇのかい」
副隊長はそう言いながら距離を詰めてくる。
いやもうちょっとくらいは待てよ。やばい、何か言わなければ俺の灰色の脳みそよ何か閃け……。
「いや、只の旅の冒険者で……怪しいものではない……はず……」
ふむ、出てきた言葉がこれか……少し声が震えている、いきなり終わったな……。
ここは何とか笑ってごまかすか……
……やめた。それでは前の世界と一緒だ、何も変わっていない。
彼は自分を信じて進めと言ってくれた。何のとり得も無い弱い俺を信じ肯定してくれた。
「お、俺は俺だ。俺があんたらに何かしたか?あんたらが俺に関わらなければ俺も関わる気はない、行き倒れていた俺にあんたらから勝手に関わってきた挙句、何が気に障ったかしらないけど……それがあんたらの流儀なのか」
ただ煽っただけの様な気がしないでもない、だが言ってしまった。
もう後戻りは出来ないと思うと震えもいつの間にか止っていた、覚悟がちょっとは出来たのかもしれない。
こうなったら少しは抗ってみようかと考えられるくらいには気持ちが落ち着いていた。
副隊長はもう一歩で俺にとどきそうな位置で立ち止まり何も言わず俺をまっすぐに睨みつけている。
周りの連中はどうしていいものか分からず、副隊長と俺をキョロキョロと交互に見ながら一人、濃い青のオーラを発していた男の方も気にしている。
空気が重い…俺も啖呵を切ってはみたものの自分から手を出すほどの勇気はない、相手の出方を伺うが……。
長いよ……副隊長あんたなんか言えよ。
やはり痺れを切らしたのか副隊長の腕がぴくりと動いた……来る!