せかめつ!2ー2 『不老不死』
「――ってなとこまで話は進んだんだ。空ノ宮よ、ここまではオッケーかい?」
「解りました。ところで世界を滅亡させると決めたのはどちらなのですか? やっぱり由依?」
「うんにゃ。マナだよ」
終は驚きに目を少し丸形に近づけた。そりゃ、そういう反応も無理ないよね。
「本当ですか?」
「うむ。なあ、マナよ」
ちょっと恥ずかしくなって、ただ首を縦に動かした。
さて、とぐいと身を乗り出す由比。手持ち無沙汰と主張するかのように、空っぽの右袖がぶらんと揺れる。今日は右腕を自由にしたい気分だったらしい。
「さっき言ったように、昨日は滅亡させる《世界》の範囲を決めた。『形あるものすべて。それには知り得ぬものも含む』。今日は具体的な方法について話合うことにしよう。どう、なにか意見ある?」
「……ごめんね。私、まったく思いつく気がしない」
首を振り、会議開始十秒で早々白旗を揚げたのは燐だった。それどころか、話に入るのを拒絶するかのように目を伏せてしまった。
「燐ちゃん」
わたしは思わず隣に座る燐にむかって言う。やっぱり、彼女は世界の滅亡を望んでいないんだ。当たり前だね。燐ちゃんは燐ちゃんなんだから。
「仕方ないさ。無理して話に加わることもないからね。あれだったら、先に帰ってもいい」
ともすると冷酷とも取れる由衣の言葉に、それでも燐は頷かなかった。
「ううん、話には加われないけど、ここにいるよ。いいでしょ?」
「当たり前じゃん! ねえ由衣」
「そうだな。ま、発言を強制する場にする気はないから気軽にしていてくれよ」
どうやら由衣は早く会議に入りたいらしかった。……正直わたしもそうだった。少し燐に申し訳なさも感じたけれど、実はあたためてきたわたしの考えを早く話したかったのだ。
だがその前に由衣が演説を始めた。
わたしは座っていた重たい木製の椅子をガタンと動かし、姿勢を正す。
「では、僕からいこうか。……といって、残念ながら根本的な解決は見つからなった。なんせ『知り得ぬもの』とかいう、下手な切り口で語ればすぐに『知り得ぬものは知り得ぬのだから、推測も決めつけもできるはずない』という絶対的な壁にぶち当たっちまうんだからな」
「ぶち当たっちまう」
透明感のある声で輪唱するように呟く終。それに対して、由衣はちょっと嫌な顔をしたように見えた。
「……そうだ。でも、世界滅亡を考えるにあたり、『知り得ぬ』ってワードへ真っ先に取り組むのは間違ってるんだな。昨日も話したけれど、《宇宙》より広い《世界》として《知り得ぬものも含めた形ある物すべて》と定義づけた。だけどその前に、当然のことだが人類、地球、宇宙を滅ぼす手立てをまず考えねばならない。こっちもかなりの難題だぞ。なんせ、人類が道具を使い出し、真の意味で『人』となってから数千年。急速に発展した科学技術によって、この地球の大部分を操作できるようになった。もちろん、『破壊』さえも。
つまり、人類滅亡ぐらいなら不可能ではない。どこかの核保有国に干渉し、核兵器のスイッチを押させさえすればいい。小さいやつでも、一度発射されればあとは連鎖しまくって無事終了というわけだ。だが問題は対象を宇宙規模にまで段階を進めた場合だ。こうなると――」
「相変わらず話したがりですね。早く結論を教えてください」
再び終が口を挟んだ。わたしも同感である。
今までわたしや燐という、とりあえず話を全部聞いてから返事する人間と付き合っていたせいか、どうやら長話はすぐ退屈してしまうタチらしい終に戸惑っているようだった。眉を潜め、小さくうううと唸っている。幼稚園時代もこんな感じだったのだろうか。
「――不可能だ。《形ある物》どころか、宇宙を滅ぼすことも現在の僕達では為し得ない。……とと、そんな顔をしないでくれ。あくまで現在の技術では不可能だ、って言いたいだけだ」
「ですが、わたくしが今まで得てきた知見からすると、生きている間にまで期間を拡張したとして考えても宇宙を滅亡させるような技術が開発されるとは思えないのですが」
「言われずとも承知さ。その上での結論だ」
「ほう?」
少々意外そうに目を細める終。
「現時点では《世界滅亡》は不可能。そして、たしかに僕たちが死ぬまでに可能になるほどの技術が開発される望みも薄い。この二つの事実から必然的に導かれる回答は?」
「諦め……る?」
おずおずとわたしが切り出すと、由衣はぶんぶん激しく首を振った。
「ちがわい! 単純明快さ。寿命が尽きるまでに技術発展が間に合わないのならば、逆の発想をすればいい。寿命の方を延ばす――。つまり、僕たちが目指すのは目下のところ不老不死の実現であるべきなのさ」
そして由衣は反応を確かめるようにゆっくりとわたし達三人を眺め回した。そこに生じた余韻は静寂だった。
不老不死。わたしにとっては、その言葉は《世界滅亡》と同じぐらいSFチックというか、ファンタジーチックというか……そんな響きだった。え、違う?
無知なるわたしの疑問を尻目に、終はその美しい顔で初めて『笑』を表現した。あまりにも華やかだった。それでいて、儚ささえも内包していた。
「はは、世界を滅亡させるために不老を望むなんて、前代未聞なんじゃないでしょうか。まさに究極の本末転倒ですね」
「かもしれないな。しかし、些末な言葉遊びに目を転じる気はないな」
「あ、あのさ」
またおずおずのわたし。
「なんだい、マナ」
「その、不老不死っていうのはさ、わたし達が生きている間に実現可能ってことなの?」
「尽力すればあるいは、と僕は考えている」
強気のオーラが由衣から噴き出していた。マジか。
その『マジか』が聞こえたかのように由衣は続けた。
「それが本気なのさ。僕だけじゃない。不老不死を夢見る科学者は世界中にたくさん居て、彼らはあと数十年の内にそれが叶うと考えている。――ああ、そうだ。僕たちの野望達成のためには、完全な不死身は必要ないな。不死身というのは首を切られても雷に打たれても世界が滅んでも生きていられる肉体のことなんだけど、そうすると逆に『死にたくても死ねない』というジレンマが生まれてしまう。趣旨がずれるからそれについては論じないけれど、あくまでも時間稼ぎの不老不死を目指す僕らからすればそこまでは必要ない。
ならば実現はそこまで難しくないと思う。無限の寿命を得るためのヒントはたくさんあるんだ。生物の細胞分裂の回数の限界を決めているテロメアの復活や、どんな器官にも分化可能な万能細胞。ちょっとズレるけれど、全身を冷凍保存して十分に技術が進んでから解凍してもらうって手段も考えられるな。ま、七割ってところじゃないか」
「な、七割!? 一応聞くけど、不老不死を由衣が実現させられる確率ってことだよね」
「もち」
信じられない。確かに由衣は中学生としては、あり得ないと断言できるほどの知性と知識を持っている。テストの点数ぐらいしか客観的にそうと言えるデータはないけれど、今までの付き合いからわたしが一番分かっている。
彼女は全国、いや、世界トップの頭脳を持っている。当然、勉強がどうとかじゃなく。
でも……不老不死を七十パーセントの確率で……。
と、気づく。由衣も言った通り、《不老不死》よりも、わたしが定義した《世界滅亡》の方が圧倒的に難しいじゃないか。
こんなことでビックリしてる場合ではないんだ。
「てなとこで、僕の考えは以上だ。残念ながら在学中には無理だけど、無限の時間さえ手に入れられれば《知り得ぬもの》を滅ぼす方法も見つけられると思う。当然、交通事故で突然死ーん。なんてのは絶対に避けないとね」
と、話にオチをつけると、由衣は自分の仕事をやり終えたと無言で述べるように膝元に抱えていた分厚い本に目を落とした。『ES細胞による寿命伸長シミュレート』という題名の堅いものだった。早速ってわけなのかな。
「じゃあ、次は織登さんの番ですね」
え。マジで? この流れで話すの? 正直由衣の理論が思いの外現実的すぎて、わたしの考えは闇に葬ってしまおうと思っていた。というか、どうして終は知ってるのだろう?
由衣は再び視点を上げ、わたしをひたと見つめた。そこには一欠片たりとも軽んじるという心はないように見えた。
だったら、話さないわけにはいかないよね。
思い切って、わたしは口を開いた。
※※※
話を終えて口を閉じると、由衣は脱力しきったように椅子へと力を預けた。本を取り落とし、床に三次元の『へ』の字を作る。
「そんな考え……」
彼女のその反応も無理はない。わたしが今言った《世界滅亡》のための理論(というより空論?)は、由衣が力説した『不老不死による時間稼ぎ』という段階を踏んで着実に滅亡に至らせるという考え方とは、まるで正反対の物だったからだ。
でも、わたしの考えが正しければ即座に《世界滅亡》させることができるし、しかもそれは限りなく究極な破壊となるだろう。《知り得ぬもの全て》とまで言えるかは不明だけれど。
終はじりっと口を塞いでいた。まるで、何か駄目なものが流れ出そうとするのをせき止めるかのように、じりっと。
突然、由衣が椅子を荒々しく引きながら立ち上がった。そして開いていた『ES細胞による寿命伸長シミュレート』を叩くように閉じる。まるで干した布団を叩いたときのような、ばんと空気を含む乾いた音がした。
「やっぱり世界滅亡は諦めよう」
「どうして」わたしは尋ねた。
「思っていたよりも危険すぎる。マナ、君の考え方は世界どころか、君自身を滅ぼすことになってしまうんだよ」
いつになく強い口調の由衣。けれど、その言葉の意味がわたしには解らなかった。
「わたし自身? 世界を滅ぼすって話なのに、そんなのどうでも良いよ。わたしも世界の一部なんだし。……由衣もそう考えてたんだと思ってたけど」
「そういうことじゃ――」
強い言葉で否定しようとしたようだが、そこで由衣の口は急停止した。見る見るうちに表情が萎えてゆき、しゅんとしてしまう。
「ごめん、確かにそうだ。マナの言うとおり。僕が馬鹿だった。でも、でもなんだ、マナ。お願いだから、その考えは君の中だけで留めておいてくれないか」
わたしの両肩を弱々しく掴み、懇願する顔貌。
それは、今までに見たことの無い由衣の姿だった。わたしはそこまでやばいことを言ってしまったのか。
「わ、わかったよ。もう言わない。だから、もうそんな顔をしないで」
「……」
それっきり、由依は黙り込んでしまった。
わたしの何が彼女の地雷を踏み抜いてしまったのだろう?
もしかして、わたしのアイデアが本当に世界を滅亡させ得るものだから、それに危険性を感じて止めようとした、とか?
いやいやいやいや。心の中で観念的な首を振る。
そう、わたしのアイデアはどちらかと言えば形のない、ファンタジックというかSFチックなものだ。たぶん論理的には間違ってないけど、現実には不可能だよーみたいな感じ。
相変わらず由依のことはよく判らない。
ちらりと終の方を見ると、彼女は彼女で何やら真剣な顔をしてじっと考え込んでる。
やっぱりこの二人、似たもの同士なのかな。
自分がこの関係性から外に追い出されてしまうのじゃないか、とかいう邪な不安を感じてしまうわたしであった。