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せかめつ!2ー1 『早すぎた転校生』

 次の場面は唐突に教室の光景から始まった。薄いベージュのカーテンが風によって優しくなびき、その裏に隠していた朝なる日差しをわたしに見せてくれる。


 ああ、もう次の日になっていたんだ。わたしは、まだ寝ぼけに寝ぼけきっている眼を擦りながらそんな当然のことに気がついた。こりゃだめだ。

 真横には人差し指を唇に当てている由衣の姿。よく見ると、横目でわたしの方を覗いている。

 うう、愛が重すぎるよ。

 いつもと変わらぬチャイムが鳴り響くと同時に、担任教師がいつものようにぬらりと現れた。

 あれ。今日はなんだか様子が違う。戸惑ったように目元をほんのり歪ませている。どうしたんだろうか。と頭の上にクエスチョンマークを掲げていると、すぐに答えは判った。それは、わたしが見るよりも先にクラス中の歓声によって暴露される。


 転校生――だ。


 普段は何もない空間しかない担任の後ろに、小柄な少女がくっついていた。「くっつく」はもちろん物理的な意味ではなく、同じ方向に向かって歩いてるって意味だ。

 はあ、と空気の塊が吐き出される音がしたのでそちらを見ると、由衣が眼を張り裂けそうなほど見開いていた。ここまで驚愕を顔いっぱいに表現した由衣を見たことがなかった。そこまで反応することか? いや、昨日新学期で今日転校生なんて有り得ないことだけどさ。

ある程度落ち着くまで無言で立っていた担任だったが、いつまでも鳴り止まない歓声に根負けしたのか、いつもより控えめに注意の声を張り上げた。


「静かに!」


 少しばかり静まる。今度はじっと転校生らしき少女を凝視する一同。視線の気配がこっちまで伝わって来るかと思えるほどに強烈だ。

 でも、無理のない話だった。少女の姿は良い意味なのか悪い意味なのか、どちらとも取れぬほどに『異様』だったのである。


 第一印象として衝撃を与えるのは、彼女の髪型である。黒と銀が混ざった華やかな髪がポニーテールに結ばれている。『混ざった』っていうのは、絵の具を混ぜ合わせた色味って意味ではなく、漆黒の髪と白銀の髪がおおよそ一対一の割合で彼女の頭皮を覆っているってことだ。いったいどうやって染めたんだろうか。ここは黒、ここは銀、なんていちいち縒っていればすさまじい時間が掛かってしまうに違いない。……まさか地毛でもないだろうし。

 第二印象はその顔立ちの美しさだ。目尻が軽く釣り上がった眼は理知的で、固く閉ざされた口元は強き意志のような何かを感じさせる。まるで異界のもののような冷酷で厳粛な美しさに思わず見とれてしまう。……そっちの趣味はないって言ってるのに!


「えー、突然、いやほんとに、今日突然決まったことなんだが、このクラスに仲間が加わることとなった。正直先生も驚いてるんだが――あ、自己紹介をしてください」


 この担任が生徒に対して敬語を使っているなんて初めて見た。異界の住人じみた少女の存在感にビビってしまったんだろうか。正直無理もないと思ってしまう。なんというか、彼女はわたしたちと明らかに異なる位置に立っているように思えた。雰囲気からそう察せるだけなんだけど。

 脇へ退いた担任を尻目に、銀黒髪の少女は優雅な足取りで教壇に立った。そしてくるりと後ろを向き、黒板に大きく文字を書き始める。


『空ノ宮終』


 ソラノミヤ……シュウ?


「わたくしはそらのみや、つい、と申します」


 少女は――シュウじゃなくてツイは――その可憐な見た目に反してしっかりとした口調だった。『わたくし』なんていう一人称には少々驚くけれど、それでも合点はついた。きっといいとこのお嬢様なんだ。だからわたし達公立中学に通う庶民からすれば、別世界の住人に見えてしまうのだろう。黒と銀の髪も、専属のヘアスタイリストにしてもらってるのだろう

 ともかく、クラス中が彼女の次の言葉をじいと待っていたのだけれど、それ以上口を開くことはなくぺこりと頭を下げた。そして次の瞬間。


 上がってきた彼女の視線と目が合った。

 時間が、止まった、ような気がした。終はじっとわたしを見つめる。それと同時にわたしの視線は終の瞳に吸い寄せられる……。

 あれ、違った。結構すぐに彼女の視線はわたしを通り過ぎて教室全体をゆっくりとなぞるように動いていた。な、なんか、恥ずかしい。気のせいだ。超自意識過剰だった。そっちの趣味はないってば! 一人で赤面。


「……それだけでいいのか?」

「はい」

「そうか。みんな、新しい仲間に拍手!」


 バチバチバチバチと掌がはじけ飛ぶんじゃないかと思えるほどの鋭い拍手音。これの八割ほどは浮き足だった男子のものだろう。美少女転校生に対して最初のささやかなアピールってわけだ。……わたしも負けずに強く両手を叩いた。


「じゃあ授業を始めることにする……って、天ヶ原の席を考えてなかったな。どうしようか」

「あそこが空いていますよ」


 と終はわたしの方を指さした。またどきりとする。でも次はすぐ判った。彼女が指しているのはわたしじゃなく前にある座り主不在の席だ。今までここに誰も座っていないことを意識したことはなかった気がする。かといって、誰かが座っていたって感じもしなくて、終が差した瞬間にそこへ現れたような、そんな不思議な感覚。不思議な席。こんな錯覚、初めてだ。

 担任も同じようなことを思っていたのか少しの間きょとんとしていたが、実際に空いているのだからやっぱり錯覚に違いないと判断したようで、そうだなと言って終をそこへ座らせた。 

 思いがけなく一番間近で異界の住人を観察するチャンスを与えられたのだけれど、すぐそこまで迫ってみてもやはり異界感は否めなかった。やっぱりこれは相当なお嬢様だぞ。美形ばかりの一族に違いない。

 由衣はといえば、相変わらず目をかっと見開いて終を、今は彼女の右耳辺りを、見つめすぎている。見つめすぎて、虫眼鏡で太陽の光を集めた時のように発火してしまいそうだ。

 いったいどうなってるんだろう。なにかが起こるんだろうか?

 わたしには判らなかった。きっと考えるだけ無駄で、このまま流れに流されればなんとなく判ってくるんだろうと思った。

 この日一日、授業中や休み時間に幾度となく終からの視線を感じた。授業中なんて、終はわたしとは逆の方を向いているはずなのに、それでも視線っぽいのを受けていた。ってことは、最初の挨拶のときわたしの方を見つめていたような気がしたのは気のせいじゃなかったのか。いやいや今受けている視線も超自意識過剰であって、気のせいかもしれないぞって気もする。


 結局はやっぱりよく判らない。それだけだった。


※※※


「へえ。その転校生の子、そんなに変わってるんだ」


 放課後。《世界滅亡部》の部室でいつものように雑談に励むわたしと燐。今日は話題に事欠かなかった。転校生の話題だけで夜まで余裕でつぶせそうだ。

 由衣はどういうわけか居なかった。ホームルームが終わり、一緒に部室へ向かおうと思ってひょいと隣を向いたらそこに彼女の姿はなかった。素早すぎる。担任が小さな事務連絡をしている時には確かにそこに座ってたはずなのに。

 

「うん。まあ、見た目がってことだけど。授業中や昼休みはほとんど喋らなかったから性格とかはよく判らなかった」

「そうなんだ」


 すると燐は不意に何かを思案するような表情になった。


「どうしたの?」

「いや……そんな子知らないなって思って」

「知らない? どういうこと?」

「その終ちゃん? って子のことだよ。今日転校生が来ることも知らなかった」


 ? なにを言っているんだ、この少女は。同じクラスのわたしが知らなかったのに、燐が知ってるはずがないことは、わざわざ何度も口に出すまでもなく当然のことだろうに。

 断っておくが、星降燐という我が友人は名前だけ見ればまるで少女漫画にでも出て来そうなキラキラとした感じだが、だからといって不思議ちゃんってわけではない。むしろ客観的に見ればわたしの方が不思議ちゃんで、燐は家では二人の姉弟の世話を一手に引き受けているほどのしっかり者だ。意味不明な言葉を突然発する趣味はないはずだった。

 返す言葉もなく、あくまでも真面目な顔をしている燐を見つめていると、こんこん、と扉を叩く音がした。今までそんなことをする人なんていなかったから、その音が訪問を知らせるためのノックであることにしばらくの間気付くことができなかった。

 誰だろう? 由衣はノックなんてしないし、部員は三人ですべてだし……。

 はい、と返事する燐。それに応じ、ゆっくりと開かれる横開きの扉。

 まさかのまさかだった。物語の一ページ目、いや一章が始まったような、そんな奇妙な感覚を覚えた。脳裏にフラッシュバックする《世界滅亡》の四文字。いったいどうして。


「こんにちは。いきなりお邪魔して、申し訳ありません」


 空ノ宮終。

 一目でわかる黒と銀のポニーテール。

 そういえば、たまに読む少女漫画の第一話は、転校生が主人公を運命の出会いをするのがほとんどだったなあ、と、さっきの燐の変な言葉を聞いた時に思ったことと微妙に繋がった。

 じゃあこの世界は、どっかの雑誌で連載されている漫画の第一話? 

 なんてね。



 三分後。わたしと燐と終の間には絶妙な空気が流れていた。

 慌てて燐が電気ケトルで沸かしてくれたお湯でインスタントコーヒーを作り、それを終はゆっくりと上品に口へ運んだ。凄い。やっぱりお嬢様だ。クラスの教室でもそう思っていたけれど、やっぱりそれっぽいグッズを持たせると格の違いみたいなのがありありと浮かび上がってきている。取っ手を持つ手の様子も、熱いコーヒーを音も出さずに飲む口の形も、それに合わせてこくりと傾く首筋の流れも、すべてが完璧にお嬢様感を醸し出している。

 ……使ってもらっているコーヒーカップは、百円均一で買った安物中の安物だけど。

 そんな終と対峙して、燐はいつもと掛け離れた饒舌さで彼女を質問攻めにしていた。『知らない』から、知ろうと質問してるってことなんだろうとは理解できるけど、それでもやっぱり違和感は拭えない。

 そして、そんな二人を遠巻きな気分で見つめるわたし。絶妙な空気とは、そんな空気だ。こうしてみると、絶妙なのはわたしだけか? 変なことを気にしすぎか?


「ところで、どうして空ノ宮さんは《世界滅亡部》に来てくれようと思ったの? というか、そもそもこの部活のことをどうやって知ったの?」


 今までベタもいいところの質問(どこから来たの? とか)ばかり繰り返してきた燐が突然ずばりと切り込んだ。そうだ、それはわたしも超気になる。


 放課後、終の周りには当然の如く黒山の人だかりができていた。『部活、何入るの?』『前の学校では何の部活に入ってたの?』『うち、バレー部強いんだよ。男子は弱いけど』『サッカー部のマネージャー人足りてないんだよな。一度、見学こない?』などなど。そこから連想されるのは、キラキラとした中学生活を彼女はこれから(も)送ることになるんだろうなあってことで、まさか日陰もいいところの《世界滅亡部》に現れるなんて夢にも思っていなかった。

 終は黙って自分の鞄をごそごそし始める。そして取り出した紙は、毎年始業式後に行われる部活説明会のプログラムだった。ああ、なるほど……なるほど?


「これ、昼休み前に先生から頂いて。読んでいたら面白そうだなって思ったので」


 面白そうだなって……。たしかにそのプログラムには非公認の同好会も紹介してもらえるスペースがあって、《世界滅亡部》も一応そこに名前を連ねていた。『滅亡』って単語が物騒だからって、半ば強制的に《せかめつ!》っていう由衣が命名した名前に変えられている。

 とはいっても、同好会には新入生の前で直接アピールできる権利は与えられておらず、勧誘に結びつき得るのは名前の下に書かれた一行紹介欄のみだ。これまた由衣が考えたもので、


『世界は始まるのか、或いは終わるのか? その答えはここにある!』てな感じだったはずだ。こんな文章を見て、面白いな、入りたいなって思う? 普通。


 ただ、まあ、《世界滅亡部》の存在を知るためにはそのプログラムを見るしかないのは間違いなくて、だから終が嘘をついているはずもなかった。そもそも今日来たばかりの転校生がいちいちわたし達に嘘をつく理由もないだろう。


「へえ、そういうことだったんだね。でも、嬉しいよ。まさか新しい部員が来てくれるとは思わなかったから。これからよろしくね、空ノ宮さん」

「はい。よろしくお願いいたします」


 こくりと首を下げる終。女子中学生とは思えぬほど礼儀正しい。正しすぎる。やっぱりお嬢様だからなのだろうか?

 そこで一旦質問が尽きたのか、暫し沈黙。そして、くりんとずっと沈黙していたわたしの方へ同時に首を曲げた。でも、二人の振り向きは動機がまるで違っているような感じがした。

 その理由はすぐに解った。


「マナ、どうしたの? さっきからずっと考え事しているようだけど」

「いや、なんでも――」

「あ」


 わたしの言葉を遮るように終はその単音を虚空へと放り投げた。いや、虚空じゃない。明らかに、わたしに向かっての単音だ。


「あ」

「空ノ宮……さん?」

「あ、ではなくて、織登さん。織登マナさん。一つ、あなたに伝えたいことがあります」

「伝えたい、こと?」


 違う。彼女の礼儀正しさは育ちがいいからとかじゃない。わたしはそのことに気づく。

 彼女はアンドロイドのようだった。言葉に表情に彼女本来の感情が見えないのだ。隠しているのか、そもそも彼女の心にそんなものは存在していないのか。

終は、形のよい唇を僅かに震わせた。


「世界は、あなたの世界は、もう滅びようとしている」

「え?」


 その瞬間はまったく意味がわからなかった。世界が、滅びる? 《せかめつ!》だけにってこと? んな馬鹿な。

 空ノ宮終という名前の少女は続ける。


「でも、心配することはありません。世界が滅亡しても、それはあなたが消えることと同義ではない。救われる滅亡というのもあるってことは知っていて欲しい」


 なんだ、この娘は。今度は突然言葉遣いが怪しくなった。掴めない。わたしにはもう彼女を掴めない。意味不明だ。

 燐は神妙そうな顔をしてじっと黙り込んでいた。まあ無理もない。

 とにかく、なにか一つこっちから尋ねてみなければ。たしかに彼女はアニメや漫画の登場人物としてみれば、うってつけな転校生像かもしれない。でも、ここは現実だ。意味不明な少女を意味不明なまま受け入れられるはずもない。

 わたしは少し考え、言う。


「どうやって世界が滅びるの」


 わたし自身、自分が作った部活に《世界滅亡部》なんてつけてしまう女子中学生だ。終の物言いに興味がないといえば嘘になる。ましてや、まさに昨日世界を滅亡さえる方法について話していたばかりなのだ。

 そう質問されるのを予知していたかのように終は即答した。


「まるでテレビのコンセントを引き抜いたときのよう。すべてが瞬時に消え失せてしまうの。それで終わり。あなた、織登マナという存在は完全になくなってしまう」

「え? でも、さっき『あなたが消えることと同義ではない』って……」

「『あなた』と『織登マナ』は同じじゃない。わたくしが言えるのはここまで」

「……。それじゃあ、世界はなにによって滅ぼされるの」

「わたくしか、でなければ、赤森由依」

「は?」


 わたしは口をあんぐりと開けずにはいられなかった。百歩譲って、『わたくしが世界を滅ぼしてやるのだ!』ならばまあわかる。けれど――。


「ちょ、ちょっと待ってよ。どうして由衣の名前が出てくるの?」


 一瞬の逡巡がわずかな目の動きに現れた。終の感情がそのとき初めて表出したようだった。


「だって、わたくしとあの子は――」


 ガラガラガラ。


「皆の者、待たせたな! 第二回《世界滅亡作戦会議》を始めようではないか」


 まるで満員電車から飛び出るような勢いで由衣は現れた。小脇に何冊かの本を抱えている。


「遅かったね赤森さん。というか、会議より転校生の子が……! 」

「ああ」と言いながら本を置き、由衣は終の方を振り返った。

 そしてさっきまでの焦燥とはうって変わり余裕げのある笑みを浮かべた。

「やっぱりね。来ると思ってたよ」

「どういうこと、由衣」と燐。

「僕と転校生空ノ宮終は、幼なじみなのさ。といっても、小学校入学までの短い間だけれど。久しぶりだね、終」


 今日だけでわたしは何度唖然とさせられてきただろう。寄せては返す波、やっぱり漫画の第

一話みたいだ。わたしは、事件や騒動にひたすら巻き込まれる型の主人公か。


「へー、そうだったんだ! んーと、ということはマナちゃんとも幼なじみ?」「いや、残念ながら。マナとは小学一年生で同じクラスになってからの付き合いだから、うまいことマナと終は僕を中心にすれ違っちゃってるんだ」


 まったくもって初耳の話だった。まあ、幼稚園時代の友達の話なんて普通は話題にならないか。そもそもわたし自身、そんな昔の記憶は極めてあやふやだ。断片的だ。


「正直、今朝クラスに終が現れたときは驚愕したね。いつの間にやら妙な髪色に染まってて、名前を聞くまで気づかなかったよ。『鈴木花子』みたいなのだったらずっと気づかないままスルーしてたかも」


 あの時の由衣の表情はこういうことだったのか、と納得。そりゃ、驚くのも無理はないわ。

 不意の再会にテンションが上がっているのか、由衣はいつも以上に饒舌だった。主役のはずの転校生に口を挟む暇を与えないマシンガントークだ。


「どういうわけか僕と終は妙にウマが合ってね。《時の流れの終着点》とか《”私”の体を少しずつ削っていくと、どこまで失われれば”私”でなくなるのか》みたいな話をしてたなあ。いやはや、だからこそきっと終はこの《世界滅亡部》に興味を示すって思ってたんだけどね」


 そこでようやく終は口を再び開いた。


「……そうですね。他にも《殺されたい人を殺してもよいのか》や《夢を現実として生きる方法》が議題にあがったのを覚えています。今思えば、答えなんて存在しないファンタジーじみたことばかり、よくあんなに話し続けられてたなって思わなくもありません」


 終の物言いが由衣には不満だったのか、ふん、と鼻で空気を押し出すようにして言い返す。


「僕はそうは思わないな。君のいう『ファンタジー』をいかにして解明するか。それこそが今日までの科学の発達に少なからず寄与してきたんじゃないか。過去に遡れば、地球が丸いことも、夢が自分一人の頭の中だけで作られてるってことも『ファンタジー』じみてたんだからね」

「わたくしが言いたいのは、科学の『か』の字もまだ理解できない程度のわたくし達が、ああだこうだ言いあっても不毛な堂々巡りを繰り返すしかなかったってことです。まあ、同じことでも飽きずに続けられるのが幼児期の特徴ではあるんですけどね」

「だろう? 『ファンタジー』は僕にすべてを与えてくれた。現に今も――」


 と言いかけて、由依は一時停止した。そしてなにかを打ち消すように首を振った。


「そんなことはどうでもいいさ。それよりも、《世界滅亡作戦会議》だ。ささ、会議場へと場所を変えようではないか」


 そしてすたすたと向こう側へと歩いて行く。


「……なにがなんだかわかりませんけど、相変わらずですね」


 終は溜息をついた。


 相変わらず、か。


 幼稚園ぶりということは、中二の今からすればおおよそ八年前ぐらいということだ。そんなに時間が経過しているのに相変わらずなんて言えるってことは、よほどの仲だったのだろう。そりゃあ、《殺されたい人を殺してもよいのか》なんて話をできる幼稚園児なんて、一パーセントも居ないに決まってる。そんな稀少な二人がたまたま同じ学年・クラスにいたなんて凄すぎる。ベタな言葉を使えば、運命に導かれて出会った二人だろう。なんの理由で離ればなれになったのかは知らないけど、こうしてまた出会ったのも運命だ。

 そっか、わたしじゃなかったんだね。自己紹介の時に目が合ったのも、《世界滅亡部》へとやってきたのも。もっと言えば、わたしがした漫画の一話目なんて妄想も、主人公はきっとわたしじゃなくて由衣だ。わたしは脇役だ。特別な存在である二人を陰で支えるけど、決して同じ立場にはなれない不遇な役割だ。

 だとすれば、終がさっき言った『世界が滅亡する』って台詞も、わたしや燐からすれば突拍子もないものだったけれど、きっと二人にとっての合い言葉かなにかなのだろう。他人には決して知られない、秘密の合い言葉。

 そっか。わたしが由衣の一番の親友だと思ってたんだけどな。

 なんだろう。ちょっと、ほんのちょっとだけ、妬けちゃうな。仕方ないんだけどさ。


「おや、マナ、どうしたんだい」

「なんでもないよ。今行く!」


 駄目だ、駄目だ。こんなくだらないこと考えてるぐらいなら、世界滅亡の方法を探した方がよっぽど由衣に近づけるじゃんか。……なんていうと、ちょっと妙な表現だけどさ。

 わたしは立ち上がり、小走りで三人の元へ向かった。

 そういえば、終はずっと敬語を使っているけれど、由衣はそこにはノータッチなことに気づいた。徹底して中性的な口調を貫いている由衣と同じく、なんらかのポリシーみたいなのがあるんだろうな。

 つくづく似たもの同士の二人なんだなあ、と感慨深く思った。

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