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せかめつ!1-2 『世界滅亡作戦会議』

 部室は二つに分かれている。入り口の扉から向かって左側には臙脂色のカーペットが敷かれており、わたし達は普段こちら側にぺたんと座り、放課後ライフを送っている。右側には大きな長方形の机が二列に渡って並んでいる。壁一面、そして奥の方には何列も、身長より遥か高い背の棚が並べられている。中にはたっぷりの埃と多少の古びた本。


 そう。《世界滅亡部》の部室とは、図書室なのである。


 普通の教室の数倍はある広さは流石に持て余し気味なものの、大は小を兼ねる、針小棒大。……いや、後者は違うか。とにかく、広さは正義! 開放感は奇跡!

 ここの掃除ははなから放棄しているので、広いということはメリットにしかならないのだー!

 ちなみにほぼオブジェクトと化した埃まみれの本たちは、読む気にもならない難しいものばかりだった。もしくはニッチな専門書だったり。


 わたし達は真剣さを醸し出すため、珍しく机の方に集まっている。机が大きすぎて、三人の間に会話するには適さぬ不自然な距離ができているが、それはそれでなんかそれっぽい。バトル漫画で組織の幹部級が一堂に会するシーンみたいな感じ。現にわたし達、《世界滅亡部》の幹部だし。三人だけだけど。


「さて、と。諸君、始めようか」


 どうやら由依も同じようなことを考えていたらしく、肘をつき両手を組み合わせた上に顎を乗せ、気取った口調で言った。気恥ずかしさが勝ったわたしはそれにノレず、なんとなく緊張して姿勢を正した。燐もそんな感じだ。


「《世界滅亡作戦会議》を」


 ごくり、と燐の喉が鳴った。真剣過ぎる、由依の顔。緊張しちゃって可哀想……でも可愛い。

 二人の顔を、特にわたしの方を念入りに見つめると由依は続けた。


「そもそも、だ。《世界》、《せかい》、《セカイ》。《世界》とは一体なんなのか。様々な定義や解釈は存在するし、どれも間違っていない。けれど、僕達はその中の一つの解釈を選択し、滅亡、破滅させなければならないわけだ。そこで問おう! 織登マナよ。汝の世界は何たるものか?」


 由依が何故いきなりわたしに尋ねたのか。その理由は、実はわたしこそが《世界滅亡部》という名前を付けた張本人だからなのである。中二病真っ盛りの由依ではない。もちろん聖母たる燐でもない。わたしが名付けたのだ。《世界の崩壊》を願って。

 なぜわたしがこんな頭がおかしく思われるような名前を選んだのか。別に世界が滅んで欲しいと思うほどこの世に不満は抱いていない。それでも、わたしにはこの名前しかあり得ないと思ったのだ。中一の春のわたしは一体何を考えていたのか。今となってはもう記憶が朧だ。朧だけど、後悔の念は一度足りとも抱いたことはない。

 黙っているわたしに、由依は質問がまずかったと思ったのか続けて説明を加えた。


「例えば、一番狭い《世界》と言えば僕たち一人ひとりの頭の中にある《意識》だろうな。一般的には《意識》があるからこそその外側の《世界》を感じられると思われているけど、少し掘り下げて考えると《私の意識》オンなら《世界》オンであり、《私の意識》オフなら《世界》オフである……つまり《私の意識》イコール《世界》なのだという考え方もできるということだ。いわゆる《セカイ系》ってやつね。エヴァとか。至って形而上学的で、それを滅亡させるとはどういうことなのかにも更に論考が必要だろうけど。どう、マナ。こういう《世界》?」


 わたしは首を振る。


「ううん、そんなのじゃない」

「でしょうね。でなければ、外の世界――つまりこの学校や街やマナから見た僕や燐のことだけど――に《世界滅亡部》なんて名付けた部活を作らないもんね。でも、即答するなんて意外だな。もっと迷うかと思ってた」


 そう。不思議な事であるが、なぜわたしが《世界滅亡部》という名前を付けたのかはあやふやなくせに、滅ぼす対象である《世界》のイメージははっきりとしているのだ。

 由依は続ける。


「じゃあ、《世界》を意識の外、そして形あるものとして定義づけると、僕たちが生活している《区域》が一番小さなものとして考えられる。つまり、僕達が日常的に訪れる場所を《世界》と定義するってことだ。それ以外――例えば祖父母の家とか、旅行で訪れた場所とか、そういう非日常の地域は《異世界》になるってわけ。要するに、滅ぼす対象外。更に《世界》を広げると次は普通によく使われる意味での《世界》。日本とか、アメリカ、中国、ロシアなどなど《すべての国》を総称しての《世界》ってこと。その次はいわゆる《地球》という星全体が《世界》。そして最後に、形あるもので一番大きいのは《宇宙》。無限に近い広さを持つ《宇宙》こそが《世界》なのだという贅沢な定義付けね。ううん、ちょっと一気に喋りすぎて喉が疲れちゃった。マナ、あなたの選ぶ《世界》はこの中のどれ?」

「……違う、その中のどれでもない」


 由依はへえ、と調子が外れたような声を出した。気の毒に着いていけないのだろう燐はパチクリパチクリ瞬きを繰り返している。


「わたしの滅ぼす《世界》は、今由依が説明した《世界》の定義よりもっと広い《世界》なんだ」

「《宇宙》より広い《世界》? あまり想像できないけど」


 思わずわたしはぐいと身を乗り出し、半ば机に身を預ける。


「そう、それ! 想像しにくい、いや、想像できない広さ、大きさの《世界》! 日本やアメリカどころか、地球どころか、宇宙どころか、わたし達の知り得ないあらゆるもの全部。それは隣の市にもあるし、もっと言えばこの学校にも、わたしにも、由依にも、燐にもある、知り得ないもの。それらをぜーんぶ足しあわせて、《世界》」


 由依は人差し指を唇に当てた。


「知り得ぬもの大も小もすべて《世界》の中に取り入れる、か。知り得ない、だから想像できない……。うーん、なるほど面白い考え方だな。でも、僕たちにもある知りえぬものって、結局最初に出した《意識》も含む……いやいや、《私の意識》は《私》にはわかるからどっちかと言えば《無意識》か。そういうのも含むってこと?」

「うん、そうかもしれない。でも、そうすると形ないものも《世界》に含んじゃうってことなのかな? 形而上学だっけ」


 と、その時由依は少しだけ黙りこみ、思考にのめり込んでいくようだった。時間にしておおよそ十秒ほどだろうか。再びの咳払いが現実への復帰を告げた。


「いや、解釈次第で《無意識》も形あるものとなるのかもしれないよ」

「どういうこと?」

「いい? 《意識》は僕たちの頭の中に確かに存在するものだ。でも《無意識》は本当に脳内にあるのか? 僕達が認識すらできないものが脳内に存在すると言ってしまっていいのか? もしかしたら《無意識》なんてのはそもそも脳内には存在しなくて、実際に《無意識》を使って行動する時、たとえば心臓が動く時、瞬きをするとき、好きな人と一緒にいて心拍数が上がる時――」


 少し間を空け、わたしにウインクをしてみせる。やめい。


「そういった《無意識》が《活動》に昇華した時、初めて《無意識》が存在しているって言えるんじゃないかな? そして《活動》は体内のものであっても形あるものには違いない。よって、《無意識》とは形あるものだ。どう、この解釈」

「なるほど……」


 正直、あんまりなるほどじゃなかった。というか多分半分も理解できてない。やっぱり由依とわたしの脳は違うんだと思い知らされる。正しいのかどうかは別として、瞬時になんかそれっぽい解釈を完成させたのだから。

 でも、わからないけど、なんとなく言ってることに無理があるように見えなくもなかった。わたしの考えに一貫性を求めるためにこじつけているんじゃないか、と思った。《無意識》が《無意識》として脳内に全く存在しないなんて、やっぱり違和感があるなあ……みたいな話を振り出しに戻してしまうような浅い疑問だっだから取り立てて否定するようなことはしなかった。一貫性なんて、別に世界滅亡を論文に書く気もないわたし達にはほとんど必要ないし。由依がそこらへん気になる質なだけだろう。


「よし! これで滅ぼす《世界》は確定したな。要するに、形あるもの全て! しかもその中には絶対に知り得ないものも含む!」


 由依は手拍子を一つ打つと、通学カバンからペットボトルのお茶を取り出し喉に流し込んだ。


「ごめんね。全然話に入れなかったんだけど――」


 ようやく話が途切れた瞬間を見計らい、燐がおずおずと口を開いた。勢い良く上下にピストン運動していた由依の喉仏が停止する。


「《世界》を滅ぼすって、少なくとも私達みんな死んじゃうってことだよね。マナちゃんと由依ちゃんは死んでもいいの?」


 おおう、結構ずばりと来た。でも確かにそうだ。この世界――普通に言われる意味で――が未だに核爆弾やら生物兵器やらで滅んでいないのは、もしかしたらそのスイッチを押すお偉いさんも死にたくないと思っているからかもしれないのだ。

 由依とアイコンタクトを取ると、お先にどうぞ、という風にペットボトルをくわえたまま首を傾けた。それに呼応して軽く頷く。


「わたしは死んでもいい、というか、少なくとも死ぬのは怖くないかな」

「ええ……もしかして、由依ちゃんも?」

「ほーだへ。ほくにひにしてはい」


 ペットボトルを咥えながらなので謎言語と化していたが、アクセントから察するに『そうだね。特に気にしてない』ってところだろう。わたしも同感だ。

 いつからだろうか。多分生まれつきってわけではない。わたしには自分の命というものへの執着が少したりともなかった。死ぬことへの恐怖が微塵とも感じられないのだ。輪廻転生とかを信じてるわけでもない。正直自分自身何でだろうと思わなくもない。

 だが、由依も怖くないと思ってるのは少し意外だった。達観してるとか、そういう境地に達してるのだろうか。


「そう、なんだ」


燐は意味深にそれだけ言って俯いてしまった。彼女はいつも真面目でひたむきだ。少し、申し訳ない気持ちになった。でも、引き返すわけにはいかない。


「まあまあ、今日のところはここまでにしておこうじゃないか。今まで遊んでばっかりの僕たちには少しハードすぎたかもね。続きはまた明日ってことで」

「……そうだね」


《世界滅亡》について由依も燐も、実際はどう思っているのだろうか。

 そしてわたしも。わたしはまだわたしの内心がどこから来ているのか、はっきりしていない。

 あるいは内心なんてなく、知り得ないものに全てを支配されてるのか。そんな、陰謀論めいた考えが頭をよぎってすぐ消えた。

 これこそ、考えても埒のあかぬことだ。


 由依の言った通りに会議はここでとりあえず一旦《世界滅亡作戦会議》はここまでにすることにした。ただの三十分程度のものだったけど、異常なほどに疲れた……。その後はさっきしかけたテスト反省会やくだらない世間話をして時間が過ぎていった。


 そして、一日目が終わった。

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