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そして硬い稲妻が貫く

長々とした物語もついに最後です。たかだか6万字ほどの小説に半年ほどもかかりながらも、大変多くの方々がブックマークをつけていてくださり感無量です。

拙作ではありますがお納めください。

 燃えている。

 王城の最上階、玉座の間から見下ろした王都は炎に包まれていた。

 剣撃の甲高い音と怒号が聞こえる。ここに敵兵が来る時ももはやすぐそこだろう。


「どうしてこうなった……」


 国王、フィルス・ヴァンフォーレ・アルカナは茫然としたまま立ち尽くしていた。



 

 グラスマイン領占領軍と紅い鴉団の和解が成立し、占領軍の5割が国境砦の軍と入れ替わるように駐留に入った。

 王国から見て突然の裏切り行為に現地の軍内部でも多少揉めたが、今の王家に失望しているベルハルトと思いを同じくする者から、王国民のため同意する者、打算的に見限り栄達のためベルハルトらに味方する者まで様々な思惑により8割がたはベルハルトに従った。

 残り2割は単純に情勢も読めない者、まだ王家に忠誠を誓い今回の行為は反逆と抵抗する者、王都に家族がいてやむを得ず同意できない者などだが、牢に入れるなどで対処し問題を小さなうちに収めた。

 3割のグラスマイン領駐留の兵士のもと安全が確保された街道を利用し、休戦によりグラスマイン領の資材が赤砦に流れ込んだ。総軍を2つに分けた紅い鴉団がそれにより後詰の資材を確保し、赤砦と王都までの輸送路が確立した。

 

 割と本質的な意味でベルハルトの行為は王国の寿命を縮めた。安全な後方、豊富な資源、確立された輸送路、精鋭寄りとはいえ寄せ集めの紅い鴉団の難点であった補給の難が解消されたのは彼らにとって大いなる助力であった。

 これより後、ベルハルトは王国の滅亡の一翼を担ったという不名誉を背負うことになるが、戦後の復旧への尽力により非難の声は一部旧特権階級からしか出なくなったという。

 ただ、本人は汚名を否定することは決して無かった。この後、紆余曲折の末に独立し小国となったグラスマイン国の代表にまで上り詰めるが、代王と名乗り実質上のトップでありながら空位の玉座を保った。亡くなるまで笑顔を見るものはなく、重荷を背負った断罪者のような人生を送ったという。

 後世での彼の評価は二分される。英断か、裏切りか。少数を犠牲としても多くの人々を救った英雄か、大義を錦の旗とした偽善者か、人によって好悪が別れる結果となった。 


 有効な後方支援に支えられ、欠員もなく紅い鴉団5000は王都近郊まで侵攻した。待ち受けるのは第一騎士団と貴族私兵で構成された王都守備軍1万。

 人数比は倍だが、王都守備軍として編成された王国軍は足並みは揃っておらず実際のところ一言で言うと烏合の衆と化していた。

 原因はいくつかあり、まず本来は近衛兵団が王都守備を担い指揮すべき序列なところが、先日に全滅しているため中核がいない。代わって指揮を担ったのが騎士団長率いる第一騎士団であった。

 彼らは能力には不足は無かった。問題は兵数と地位だ。王国は紅い鴉団だけでなく帝国にも対処しなければならなかった。それゆえ2000を残し王国東部に部隊を動かしていた。本来なら紅い鴉団が動いたのに応じて適当な数を王都に戻さなければならなかった。

 そこに横槍が入った。一部の貴族らが兵士らを東の前線から戻すことに難色を示したのだ。

 フィルス王は紅い鴉団の南下に対し、王都の貴族および成人男性に対して徴兵を行った。王都および近隣地区の民衆の成人男性は強制的に兵士とされ、槍と胸当てを支給されて王都の外れに配置された。一部は衛兵として城壁に立たされている。

 そして貴族らは徴兵に対し私兵を雇い充てた。その中に自らの護衛などのため雇っていた手練れとともに自分もまた戦場に立とうという貴族も居た。彼らが騒ぎの元凶となった。

 彼らは1000人単位のまとまった数の兵士を調達していた。それだけの大人数を使役できるということは貴族の中でも上位に位置する者らだ。そしてその兵士らに功績を立てさせるため部隊を王都に戻すことに反対した。この戦場を、せっかく大金を払い武装させたからには自らの勢いを誇示することができる機会と捉え名声を貪欲にむさぼろうと画策した。

 そのため総大将に騎士団長が就くのはしぶしぶながら了承したものの、地位を盾に自らが動員した兵士らの指揮権は渡さずに左翼右翼に展開し、結果として1万の一軍ではなく、3000ほどの3軍が展開するはめとなった。

 後年発見された有象無象の資料の中に王都の酒屋の領収書があったのだが、日付から見てこの戦いの前日、多量の酒が納品されていたらしい。戦う前から勝利の宴会の準備をしていた模様である。

 かつては武門の名声はグラスマイン卿が独占しており、我こそは、と名乗りを上げるには丁度いい機会ではある。紅い鴉団の南下部隊は5000で王都に集った守備軍の半分であり、功績を上げ、紅い鴉か団長の首でも持参すればさぞかしフィルス王の覚えも良くなるだろう。

  

 すべては勝てれば、の話だが。


 王都守備軍は王都正門を背に、中央前列に第一騎士団2000、後列に徴兵民軍2000、右翼に貴族軍3000、左翼に貴族軍3000といった配置を取った。上空から見ると方陣が4つ、横に長いひし形状に配置されている。

 

 やがて太陽が空高く上がるころ、紅い鴉団の前衛が見えてきた。陣形は横陣、中央に大楯を構えた重兵、左右は比較的軽装の不揃いな鎧を身に着けた兵士が構えている。

 中央の後方にはひと一人分ほどの高さの台が設けられ、遠目から両手剣を担いだ髭の大男と、黒い軍用コートを纏い長い棒を持った小柄な、おそらく女性の姿が見受けられる。台には旗が立てられ黒地に赤で首を交差させた2羽の鳥が書かれている。赤いカラスの意だろう。

 双方十分な距離を置いて対陣したところで、紅い鴉団からひとりの騎馬が進み出た。続けて王国側中央からも騎馬が出る。

 これは合戦の前にお互いの主張、正当性を述べる儀式である。実質は形式的なものであり、今から殺し合いを行う身から見れば壮大な茶番ではある。

 だが遭遇戦などを除き、大軍と大軍が剣を交える場合のルールとなっている。殺して殺されての血なまぐさい場にせめてもの人間性を留めようかという工夫だろうか。


「我々紅い鴉団は、グラスマイン卿を不当に討ち、一族を滅ぼした王家に対し、断罪を求める。グラスマイン一族の名誉を回復し、僭王フィルスの首を求める」


 一言づつ区切り、朗々と宣言した紅い鴉団の騎馬への返答は、王都守備軍の左右の軍からの矢だった。

 射落とされる騎馬の兵。


「なんと無礼な!」


という叫びは、紅い鴉団とともに守備軍の中央、騎士団からも挙がった。


「反乱軍に払うべき礼儀なし!かかれ!中央に見える男が敵の団長に違いない!首を取ったら金貨で贖ってやるぞ!」


 左右の貴族軍がなし崩し的に戦場になだれ込んできた。すべて目指すは中央の髭の男。男は両手剣を振り上げ構えると、刃が発火し炎上した。

 それに向けて殺到する王国兵、まずそれを迎え撃ったのが矢の雨だ。


「緑の弓、斉射!射倒せ!」


 緑の弓はほぼ女性のみで構成された揺らめく炎の剣団の一部隊だ。大楯の向こう側より叩きつける暴風雨のごとき矢の数々が王国兵を大地に倒す。首、目元、脇といった急所から矢を生やした無数の体が転がる。


「火術準備、距離100、4、3、2、1、発動!」


 次に王国軍に飛んだのが総数50ほどの火球だ。放物線を描き、王国兵の真ん中に落ちるとそこで爆裂した。泥人形のようになり兵士が吹き飛んでいく。灰色の腕章を巻いた集団の左右の腕から次々と火球が生成され打ち出されていった。


「黒い盾、構え!」

『応!』


 その両者を潜り抜けてたどり着いた運の良い勇敢な兵士の前に立ちふさがったのが黒い盾の数々だ。

 黒い盾部隊は重装甲の甲冑に身を包み身の丈ほどもある大盾を構えた守備のベテランだ。総金属製というとんでもない造りの重厚な長方形の盾を左右とがっちりと合わせ、隙間なく立ちふさがる彼らは黒い一枚岩となっている。

 殺到した無数の斬撃打撃をすべて盾で受け止め、


「押せ!」


 盾で力の限り突き放ち、


「突け!」


 一瞬だけブラインドのように隙間の空いた盾の間から、長槍が王国兵を串刺しにする。

 本来ならば「進め!」の4段階目があるが、陣形中央に構えた高台を守るべく黒い盾は十重二十重に構えその場を離れなかった。


 一方、陣中央は固く守られていたものの、左右の兵士らは人数差によって押され気味となり、じわじわと中央を残し後退していった。上空から見ると横陣(横一列)から蜂矢の陣(↓:矢印の先が先頭のこういう陣)のような形になっている。

 逆に王国軍は鶴翼の陣(V:上が前、下が後方の形の陣)のようになり、紅い鴉団に覆いかぶさっている。左右翼の貴族軍は騎士団をさておいて中央に攻め寄り、陣形先頭に孤立した形となった赤い鴉団中央軍を囲むような形となった。




「勝ったな」


 王国軍左翼の大将、象嵌を施した金メッキの鎧を着た初老の男は馬上でほくそ笑んでいる。配下の左翼兵は敵陣を守る黒い盾を攻めては弾き返されるものの、いつまでも守り続けるというわけにはいかない。


「右翼の軍には敵将の首を取られるなよ?ここまで来れば我らが功を独占するのだフハハ」


 順調な戦の流れに気分よく馬を前に進めた。もちろん前後左右は友軍が固め、矢も遠隔術式もこの距離なら無力化できるよう防御術をかけている。


「さて、せめて死にゆく敵将の顔を見てやるかな」


 懐から太く長い筒を出した。亡きグラスマインが作らせたもので、ガラスを磨いてはめ込んだ筒で、遠くのものが大きく見えるそうだ。故あって入手した小物だが、こういうときに役に立つとはなんとも皮肉なものだ。


「どれどれ?……ん?」


 と覗き込んだ男の顔色が、疑問を浮かべた風から蒼白に変わった。


「違う!あれは、あの男は違う!」

「どうなさいました大将?」


 控えていた副官が聞くが、


「あのフランベルジュを持った男は別人だ!図られた!どこだ、どこに……」


 望遠鏡の視界の端に、フランベルジュを持った影武者の横に控えていた女性が映った。長い棒をゆっくりと構えこちらに向ける。

 遠隔防御術式は一瞬だけ拮抗した。だが対魔術刻印をほどこした弾丸は紙切れのようにそれを打ち抜き、望遠鏡ごと男の頭蓋骨を粉々にした。




「左翼敵将、金の鎧の敵の大将、このマリア・グラスマインが打ち取ったぁ!」


 戦場に高い女性の声が大きく木霊した。左翼軍の兵士が後ろを振り返ると、大将がいたはずの本陣が引いていくのが写った。

 うろたえる敵左翼軍だが、


「引くな!左翼が討たれても右翼側は健在だ!進め、進めぇ!」


 右翼大将、こちらは鏡のように磨いた銀メッキの鎧の男が大将だ。左翼が討たれた不安と、労せずライバルが消えた期待とごちゃ混ぜな半笑いのような微妙な顔で激励している。




「さーて、そろそろだ。野郎ども本番だ」


 赤い鴉団のじわじわ下がりつつあった左翼軍後方から、打ち出された矢のように飛び出した一団が王国軍右翼の背後から突っ込んでいった。

 本来なら王国軍右翼は赤い鴉団左翼と正対していないとならない。ところが大将首を狙うあまり正対ではなく左回りに向き、中央軍ばかり押していた。その背後を大回りしてきた一団に突っ込まれた。


 一団の先頭は燃え盛る両手剣を構えた戦士、そしてさらに249人の兵士が続く。正対していればたかだか250人の突撃などなんとでもなるところが、背中から精鋭に突撃を受ければひとたまりもない。揺らめく炎の剣団が野火のごとく右に左に敵兵を吹き飛ばし、敵陣を熱したナイフでバターを切るように割っていく。

 ほどなく左翼本陣、銀メッキの鎧の男の前まで崩れた。


「よう、王国の銀メッキの大将。そして永遠にあばよ」


 そして団長のフランベルジュが逃げようと踵を返した銀メッキの男の首を刎ねた。

 その首をフランベルジュの剣先に突き刺すと空高く突き上げ、


「左翼大将、銀メッキは揺らめく炎の剣団が打ち取った!敵軍司令官はもう居ねぇ!全軍前進、押し破れ!」



 王国軍は総崩れとなった。負けた、と言っておこう。左右軍の貴族私兵は背を向けて逃げ、徴兵された市民兵は後方で戦闘に巻き込まれなかったのをよいことに王都の中に逃げ、戦力を残していた騎士団もそれらの混乱の中組織的行動の一切が取れず散り散りに蹴散らされた。

 実際のところは勢い勝ちである。影武者を立てまんまと釣られた敵兵を後ろから攻めて首狩り(大将狙い)という作戦がバカのように上手くいったが、それでもまだ敵兵のほうが多いのだ。

 だが、大将打ち取った、総崩れだ!との煽りで意気がくじけた。負けたという意思を覆せるものがいなかった。それを出来た騎士団長は逃げる面々の人波に飲み込まれ消えた。


「団長、お怪我などは?」


 黒づくめの鎧と軍用コートのふたり、そして炎を消したフランベルジュを持った髭面の男が王都正門前に位置した団長らのところにやってきた。


「おうお疲れ、なかなかの影武者っぷりだった。目立つところで気疲れしたろう、休んどけ」


 影武者だった男の背中をバンバン叩きながら団長が褒めた。そして周囲に怒鳴る。


「白は門の外で傭兵らを仕切れ、外からの敵に備えろ。黒、正門と大通りを守れ、余計な連中を通すな。青、紫、茶、紺、貴族の館を武装解除してこい。おとなしくしていりゃそれで良いと伝えろ。歯向かうなら容赦はいらないが問題ないなら無用の被害は出すなよ?そして赤い長剣、お前らは俺と一緒に本命だ、嬉しいか?」

「さすが団長話が分かるっす」

「すぐ行くぞ」

「すぐっすか?」

「すぐだよ、もたもたしてらんねぇ。お前らも行けるな?」

「もちろんです団長」

「当然よね、ここからがメインディッシュだもの」


 

 

 王城の正門は開け放たれていた。メイドや兵士が必死の形相で逃げていっている。

 その中を団長に続いて紅い鴉ふたり、赤い長剣隊が続いていた。


 敷地を抜け城の中に入った一団を出迎えたのはもはや残党ともいうべき騎士ら。最後の最後まで忠誠を尽くそうという連中が入り口のホールで隊伍を組んでいた。

 奇しくもここはグラスマイン夫妻終焉の地、マリアはそのことまでは知らない。


「さってここは俺の出番っすね」


 赤い長剣隊長が団長の前に出ると、両腰に佩いた剣を抜き二刀流に構えた。


「これは団長の仕事じゃないっす、さあふたりを連れて先へ。20人団長に付いて行け、残りはここでこいつらを抑えるっすよ」

「ジョン、死ぬなよ?」

「ライトニングって呼んでほしいっす……赤い稲妻の名は伊達ではないっす、行ってください」


 赤い長剣隊長が先頭の敵騎士にスっと一歩踏み込んだ。防御もできないかろうじて見えるような速度の二本の剣が騎士を切り刻む。かまいたちのような刃の嵐が敵の隊伍の一部を崩した。


「突っ切るぞ!」


 再び団長を先頭に城を上に、一団は玉座の間に向かって階段を駆け上がっていった。


 少数の兵士と交戦し廊下を走り階段を上り、そのうち20人の兵士は道中で離脱してゆき、本命の3人だけが玉座の間の扉までたどり着く。


「ここからは……通さん……」


 最後に立ちふさがったのは第一騎士団団長だった。郊外の戦いより生き延び、戦地を駆け、ここにたどり着いたのだ。

 だが兜は無く、鎧もひしゃげ、左腕は力なく両手で構えられた剣を支えている。足元にも血だまり、重傷を受けていることは疑いない。


「引く気は、……ないだろうな」

「当然のこと……」

理解(わか)った」


 団長の一撃が騎士団長ごと玉座の間の扉を吹き飛ばした。扉の欠片ごと騎士団長が転がる。


 


 広間の玉座の前にはひとりの若い男が立っていた。


「役立たずめ」


 床に横たわった騎士団長の片目から、一粒だけ水滴が流れ落ちる。

 傍らに跪いた団長がそっと目を閉じさせてやった。


「たった半数の敵に負けた挙句、玉座の間まで敵を通す、無能めっ」

「……死人に鞭を打つのは良くないぜ?ましてやお前のために立ったんだ」

「結果としてお前らをここまで来させているではないか!」


 団長がゆらりとした動きで立ち上がる。


「僭王、ひとつ聞きたいことがある。お前、俺たちがこうして乱を起こさなかったらどうするつもりだったんだ?」

「何?何を聞きたいのか分らんぞ」

「グラスマイン卿を殺し、その上でお前はどうやって、どういう国を作ろうと考えていたか、って聞いてるんだ」

「いいだろう、答えてやろう。グラスマイン卿が強力な武力を持ち、帝国と互角以上の戦いをしていたことは私も認めるところだ。お前ら揺らめく炎の剣団も大いに力を発揮したと聞いている。だが卿は守るばかりで帝国へ攻め入ろうとは考えもしなかった、それではだめだ。奪われた領地を取り返し帝国まで攻め入ることはできる、いやできた、お前らがこんな反乱を起こさなければな。だから卿より武力を取り上げ、このフィルスが王国を糾合し、再び領地を取り戻し帝国に攻め入り、王国の最盛期を築くのだ」

「ふーん」

「内政に関しては不本意ながら父上はよくやっていた。このフィルスも学ぶところがある。ゆえに、内外合わせて王国を盛り立て反映させていくのだ。今でもまだ遅くないぞ、騎士団長の代わりに取り立ててやる、私に忠誠を誓い兵を納めろ。そこの二人は駄目だがな」

「あっそう」


 団長は無表情にフィルスを見ると、紅い鴉のふたりの後ろに回った。


「何をしている?そうか二人を捕まえようというのか。それは感心なことだ」

「勘違いしてるんじゃねぇよ」

「は?」

「俺の役目は終わった、ってことだ。グラスマイン卿を殺し、父も殺し、国をひとつ乗っ取ろうという奴がどんなこと思ってるんだろうな?と興味があったが。……何のことはねぇ、ただのガキだ」

「ガキだと!?」

「そうさ、こうしたいこうしたいと口先ばかりで、実際にどうするのかなんてその口先ですら言えねぇ。がっかりしたぜ、こんなバカにグラスマイン卿が殺されたとか、なんか悪い夢みてぇだ、墓前に報告もできねぇ」

「貴様……」

「逃げることもできねぇ、ただその煌びやかな玉座にしがみついてるだけだ。ほれお前ら、俺の用件は済んだ。とっととやっちまえ」


 興味を無くした団長を背に、ふたりが進み出る。


「初めましてフィルス僭王、あなたが殺したグラスマイン一族の生き残り、マリア・グラスマインと申します。短い付き合いではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 マリアがコートのすそをつまんでカーテシーを決める。


「紅い鴉の半分です」


 黒い鎧の鴉はそう言うと手にしたカラドボルクを床に突き立て、ずっとかぶり続けていた黒いフルフェイスの兜をゆっくりと脱いだ。兜の下には童顔の、まだ少年と言えなくもないような青年の顔があった。


「フィルス王、いやフィルス皇太子、僕の名を言ってみろ」

「貴様の名前など知るか!いやそっちの女がグラスマインなら、確か跡取りがお前くらいの年だったか?生きていたのか」

「違う。僕の名前はクロウ、姓はない。平民だ」

「平民など知るか!下郎は下がれ!」

「まだ気づかないか。僕は今、初めまして、とは言わなかった。フィルス皇太子、僕とあなたは初対面ではない」

「貴様のような平民と初対面でないわけがない。戯言を申すな!」

「普通ならそうでしょうね」


 クロウは床に突き立てたカラドボルクを抜き放つとゆっくりと歩きだし、突然演説をするような口調で言い放った。


「『諸君、私の婚約者であったメアリ嬢は戦場の勇士であった。3年もの間我が国を守り、王国のため盾となってきた』だったか?」

「なんだそれは!」

「自分が言ったことでしょうに。『それが彼女の心を蝕んだのだろう、あろうことか、この卒業記念パーティで、皇太子である私の命を、狙った!』っと言ってましたよね」

「な、なにを……」

「『メアリー・ティーゲル・グラスマインは名誉の戦死を遂げた。このパーティ会場で、帝国の刺客から私を守って死んだ』」

「なん、だと」

「『今この会場にいる諸君はこれから王国を背負って立つ英傑である。よもや、よもや軽率なことは』」


 そしてカラドボルクの切っ先をフィルスに向け、


「『す、る、ま、い、ね?』」

「貴様……貴様、なぜそれを知っている!あの場に居なければそこまで知るまい、私とて王族、参加した面々の顔はすべて知っているが、貴様の顔など見たこともないぞ!あの会場には学園の貴族の生徒しか居なかったはずだ!」

「居たでしょう、ここまで言ってもまだ気づきませんか?」

「貴様、何者だ!」

「僕はあの日、会場警備に駆り出されていた兵士ですよ。フィルス皇太子、あの時入り口付近でメアリー姉さんともめていた時に居た兵士ですよ。気づかないのも無理ないですが、ただの平民の兵士ですよ」

「その、たかが平民の、警備の、ただの兵士が反乱を起こしてこのフィルスを討とうというのか!なぜだ!」


「僕はグラスマイン領の出身です。自宅の隣には大きな、それは大きな貴族の屋敷があり、早くして夫を亡くした僕の母が奉公に行っていました。貴族には娘がひとり、年の離れた弟である男子がひとり。娘の一つ下の年の、奉公人の息子はよく娘と遊んでいました。

 やがて時は経ち、奉公人の息子は貴族の娘に淡い恋心を抱きました。ですが地位はあまりに隔たっています。そして娘にも王都から婚約の依頼が送られ、やがてそちらに嫁いでいく未来が決まりました。

 奉公人の息子は恋心を押し殺し、王都に出て王城に務める兵士となりました。そんなある日、王立学院の卒業式の警備に参加することとなりました。……あとはあなたがやったとおりですよ」


「貴様、たかが女ひとりのためにこのような大それた反逆を成そうというのか!」

「初恋というものは引きずるものですね」

「馬鹿な、恋だと、そんなもののために」

「フィルス王、あなたがメアリー姉さんにあのような悪役を押し付けなければ」

「メアリーが罪を、罪を認めさえすれば」

「あのように僕の目の前でメアリー姉さんを殺さなければ」

「不要なもの、不要なものを排除して何が悪い!」

「僕の、たったひとつの淡い思いを、燃え上がる恋心という憎しみを思い知れ」

「女などほかにいくらでもいるではないか。ここで私を討てば王国は混乱し、帝国の介入を招く。お前が王国の人間の命を奪うのだぞ!女のことなぞ放っておいて大局を見よ!」

「知らんよ、そんなこと」

「道理の解らぬ愚民めぇ!!!」

「国も金も地位も名誉も女も、何もいらない。たったひとつ、メアリー姉さんを返せ、返せよ」

「死人は死人だぁ!返せるものかぁ!」

「そうだろうさ。そうだろうさだからせめて、お前の命をもらっていく」


 クロウがカラドボルクを腰溜めの刺突に構えた。そして一歩、また一歩。

 すり足が速足となり駆け足となり、切っ先をフィルスに向け疾走する。


「今こそ、我が復讐の時」



あと若干のエピローグあります。

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