城壁の崩れ落ちるとき
この話で終わると言ったな。スマンありゃウソだった。
次話「王国の最後」(仮)で終わります。
アイドット王死す。その知らせはグラスマイン卿反乱、紅い鴉の乱と立て続けに民衆を不安に陥れた事態に止めを刺した。王都を初め王国各地至る所で動揺の声が広がり、王都に近いところでは治安も悪化した。
王都より遠いほうが治安の影響は小さかった。もともと王家および王都に不満が高かった王国北部、特にグラスマイン領ではむしろ『立ち上がる時が来たか』といった期待の機運が高まった。また王国東方、つまり占領された帝国領に近い方面では逆に『もう王国も終わりか』といった諦め、あるいは帝国への寝返りという方向に積極的な動きなどが見られた。どちらもまだ潜在的なものながら、決して無視できない勢いとなりつつあった。
皮肉半分で言うならば、フィルス皇太子いやフィルス新王の動きは速かった。自分の息のかかった貴族の内、高位のものに後ろ盾をさせ事件の3日後には戴冠式を行っていた。自分で事件を起こし自分で戴冠し自分に地位を授ける、何たる身勝手か。
ともあれ完全に身内のみで固められた戴冠式は滞りなく終了した。滞りどころか外部から嘴を挟む余地すら存在せず、遠い地域の貴族など旧王の死と新王の戴冠とを同時に連絡を受け取ったものも少なくない。実際のところこの動きは正解だっただろう、人々に疑念疑問や不満を抱かせる前に新体制を動かし始めたのはフィルスにとって有利に働いた。国家たる巨大機関、一度動き出せばそうそう止まるものでもない。日々の仕事に疑念を押しつぶさせることに成功した。
とフィルスは考えほくそ笑んでいた。
事が起きたのは1週間後の戴冠記念パーティである。形式上、前王の喪に服すという形で黒服あるいは喪章をつけてはいるが、フィルス自身の意向、という名のお披露目のため賑やかしく、多くの大貴族、商人、フィルスの即位を祝う、という名目の他国からの使者がやってきていた。
フィルスは会場の上座に位置し笑顔で応対していたものの、内心は煮えくり返っていた。
先ほど挨拶に見えたのは南海商人連合アルカナ王国支部副長、その前は王国流通組合副会長、もうひとつ前は王国鍛冶連合王都支部副長補佐である。
「副、副、副、どこもここも長みずから来ようともしてないのか」
フィルスも副長補佐などふざけた身分のものが来たときはよほど殴り倒してやろうかと考えた。多くの者の手前そんなことはできず、表面上にこやかに応対はしたものの流石に苛立ちは分かったのだろう、副長補佐もあいまいな笑みをして額に汗が浮かんでいた。彼は即位の祝い事を述べフィルスを誉めたたえるようなことを口早に述べたあとそそくさと退場していった。余談だがくだんの副長補佐は翌日には手当をもらい解任されている。普段はただの事務員である。
「くそっ、どいつもこいつも私の能力も判らぬ無能どもばかりか。もう少し情勢が落ち着いた後には奴らめ、相当の目に遭わせてやろうぞ」
他人に聞こえぬよう毒づいていると、会場入り口のほうがやや騒がしくなった後に潮が引くように静かになっていった。そしてフィルスと入り口までの人混みが2つに割れる。
左右に分かれた人々の真ん中を通ってきたのは3人の男だった。3人とも同じデザインの軍服を身に纏っており、高位の勲章を胸につけている。
3人とも帝国の軍人だった。2人は壮年の男、ひとりはかなりの老齢の男だった。
壮年の2人はやや柔らかい顔をしている。おそらくは戦場で剣を振るう武官ではなく後方で筆を振るう文官であろう。もうひとりは逆に掘りの深く鋭い印象を受ける老爺で、真っ白に色の抜けた髪をきちんと撫でつけている。ひび割れた皮膚の色つやといい、長い間戦場で剣を振るってきた武官なのは疑いない。
「ランツェット帝国より新王即位を祝うため罷り越しました。前王の逝去を悼むとともに、この度は即位おめでとうございます」
真ん中に位置した壮年の男が代表して言祝いだ。あとのふたりも1歩下がった位置より頭を下げる。
「うむ。先代の王の御代にはいろいろと不幸な関係があった。だがこれからは共に栄えていこうではないか」
短い間だけだがな、と内心考えながら表情は歓迎の意を示して答える。
「こちらはランツェット皇帝よりのもの、お納めください」
「そしてこちらは第2皇位継承者のカノーネ様よりのもの、お納めください」
二人の背後にいくつもの箱が積まれている。もちろん中身は検閲済みだろうが、貴金属か毛織物の衣服か、小物家具か、そんなところだろう。戴冠記念になると強弁できそうな高価な物品はなさそうだ。フィルスの思いと同じで今はお互い静観して後に飲み込んでやろうとでもいうつもりだろう。
互いに視線だけで牽制をしている間に、もう一人いた老爺の使者が立ち上がった。
「こちらはわが主、帝国第3皇位継承順であられますシュヴェールト様よりのもの。王よ、こちらが皇子より預かりました親書でございます。どうぞこの場でご拝見のほどを」
「この場でか」
「さよう」
「無礼だと思うが、それでもか?貴国の印象も悪くなるぞ?」
「承知の上でございます。よろしく御拝見のほどを」
トレイに乗せられた封書をズイズイと押してくる。受け取らざるを得まい。
封書は上質ながら簡素な作りの紙だった。封を切り手紙を開く。
「本日、ランツェット帝国南領代官シュヴェールト・ランツェットは、フィルス・ヴァンフォーレ・アルカナ、アルカナ国新王に対し宣戦布告を宣言し、今月末日0時を持って開戦を行う」
ただそれだけ書いてあった。
「なんだこれは……」
「宣戦布告の宣言でございます」
「そんなことは解っている!宣戦布告だと?戴冠記念のこの日に、しかも公式の場でもなくこんな場でだと。帝国は私のことを舐めているのか?バカにしているのか?」
「そんなことはございません」
何の動揺の色もなく返答を返す老爺。残り二人のほうを怒りの顔で見れば、そちらは取り繕っているものの内心の動揺が見て取れる。
「ならば一体どういうつもりだ!帝国はよほどこの王国と事を構えたいらしいな!ならば明日にで」
そこまで口にしたところで必死の形相で駆け付けてきた騎士団長に背後から口を塞がれた。
「貴様、どういうつもりだ!私の口を」
怒鳴りつけようとしたフィルスの耳元で騎士団長がなんとか聞こえる程度の小声で囁いた。
「フィルス様、これは罠でございます」
「……罠だと?」
「罠でございます。おそらく既に国境には帝国兵が集結しております。フィルス様を怒らせ、期日を早める発言を引き出したところで国境を越え攻めかかる算段かと。あるいはこの使者を斬らせ、それを口実とするつもりかと」
騎士団長の発言に頭に上がった血も少し下がる。冷静に考えると一人だけ際立って老齢、しかも無礼を働きながら何の動揺も見せない、不自然である。
「解った、この手を放せ」
騎士団長の手を振り払い、作り笑顔で再び使者3人と向かい合う。
「宣戦布告の件は了解した。それでは末日に戦場で会おう。これより敵国となるのだ、早々に退散なされよ」
フィルスの言に、壮年のふたりは飛び出るような勢いで退出していった。一方老爺のほうは折り目正しくゆっくりと下がっていった。よく考えてみれば先ほどの宣戦布告は帝国南領の名で出されていた。帝国も一枚岩というわけでもなく、南領が本国と北領を出し抜いた、ということなのだろう。
フィルスは一息吐き、もう一度笑顔を作り直すと遠巻きに事態を見守っていた参加者に向かって言った。
「皆、聞いての通り、突然のことながら再び帝国が我が王国に牙をむいた。だが安心してほしい、王国軍は必ずや帝国軍を打ち破って見せよう。私は申し訳ないが退室させていただくが、皆はパーティを存分に楽しんでほしい」
その言に、不安げだった人々の間にわずかなりとも安息の空気が漂った。無論、事態の深刻さを感じているものもいるだろうがそれは表に出さない。また王家が動揺していないということでもそれなりとはいえ安心の材料もある。
フィルスはにこやかに手を振りながら会場より退室していった。護衛として騎士団長が後方に付く。
だが扉をくぐり人々の目から姿が隠れたとたん張り付けていた仮面が外れた。
「おのれ……おのれ帝国、あのクズども。私の顔に堂々と泥を塗りやがって。勝利の暁には一族郎党、血族の末端の末端まで生かしてはおかんぞ。一滴でも血の入っている奴は皆殺しだ、帝国の下等な領民どもも奴隷に落としてやる!」
「フィルス様、至急騎士団を招集し事態に備えます」
「当然だ、グズグズするなよ。反抗はおろか躊躇も許さん。王都を初めとした近隣の商人どもには財を出させよ。鍛冶屋には不眠不休で武器だ、食料も城に運びこんでおけ。渋るものは全員捕らえろ、斬ってもかまわん」
「……はっ。至急取り掛かります」
「急げよ」
赤砦では続々と人が集まってきていた。アイドット王の死がグラスマイン領の人々の心のタガを外し、撃を飛ばすまでもなく兵が集まり否が応にも意気は上がってきていた。
一方でそれを取り仕切る団長は浮かない顔をしていた。会議室に集められた面々がそれを疑問に思う。
「どうにも参ったなこりゃあ」
「どういうことよ団長、けっこうな人数が続々と集まってるじゃない、不都合があるの?」
「そりゃあるさ。まずはメシだな。今はまだ手弁当で来てて困ることはないが、いざ編成となればこれだけの人数を食わせるのは一苦労だ、なぁ副長」
「そうですね、国境砦の協力のもと携行食の用意も進めていますが供給に需要が追い付かないのは目に見えてますね。この砦に居る限り、そして地元の協力がある限りは飢えはしないでしょうが、ここから離れたら何日持つか。こういうことはもう一人の副長のほうが得意だったんですがね」
「もう一つは人数だわ」
「人数?さっきの話からして多すぎる、ってこと?」
「いやそうじゃねぇ。少なすぎる」
「?」
「ただ待機している限りは多すぎるくらいだ。とはいえ王都に繰り出すには少なすぎる。最低でも今いる兵を4つに割らねばならねぇ。で、だ。それを仕切れる人間がいねぇ」
「話がよく見えないんだけど」
「軍の話、となりゃあ専門でもないお前さんにはよく解らんだろうな。つまりだ、順序立てて説明すると、まず4つに軍を分ける話だが、王都に攻めあがる軍、国境で帝国に備える軍、グラスマイン領制圧軍に備える軍、この砦を守る軍だ。うち、お前らふたりは王都軍に決まってるだろ?」
「当然よね」
「だがお前らふたりは強兵だが将ではない、だから俺が兵士を仕切る将になるわけだな。そうするとあと3軍あるわけだが」
「1軍を副長である私が率いるとしても、あと2軍を率いるべき人がいないのですよ」
「下で部隊を率いている人たちは?」
「各部隊の隊長格はなぁ。やれなくはないと思うぜ。ただ、全幅の信頼を置けるかというとそうでもねぇ。部隊の長というとこまでで、もっと大軍を任せたことがないから自信が持てねぇな。あと、嫌らしい話でもあるが、信用という方面でも安心できねぇ」
「裏切る可能性、ということですか?」
「いや隊長格の奴らは裏切らんだろう、そんなことするくらいならここに来ちゃいねぇ。問題はもう少し下のあたりだな。で、そういう奴が騒ぎを起こして不安を煽った時、無事に収められるかが難しい。今頃になって部隊教育の必要性にぶち当たるとはなぁ……」
団長がガシガシと頭を掻く。
「団長、背に腹は代えられないでしょう。隊長格から有望な2名に任せるしかないのでは?」
「他に手はなさそうだなぁ。できるだけ万全を期したいが止むを得んか」
「ならば呼び出しますか。集合場所はここでいいですか団長」
そういう話をしていると、扉がノックされた。そして赤い長剣部隊の隊長が入ってくる。
「どうした?何かあったか」
「いや団長、来客っす」
「来客だと?売り込みに来た剣豪とかそんなのだったら追い返せ。特別扱いはしねえ、まずは部隊の1兵士からだ」
「いやそういうのじゃねえっす。グラスマイン領制圧軍より来た、取次を願う、というおっさんが門に来てるっす」
「なんだと?とりあえずここまで通せ。武装も解除させろ、丸腰でここまで連れてこい。だが丁重にな」
「ういっす」
しばらくして再び扉がノックされた。赤い長剣隊長と、武装解除され鎧下のみになった壮年の男の二人が入ってきた。
「ごくろうだった隊長。ついでに扉の外で待機していてくれや。話が終わるまで誰も通さないようにな」
「了解っす」
隊長が再び扉の外に出ていった。
「さて、とりあえず座ってくれ。用件を聞かせてもらおう」
「まず先に名乗らせてもらおう。その上で話を聞いてほしい」
「おうよ」
「私はグラスマイン領制圧軍団長、ベルハルトだ」
名乗った瞬間に団長と鴉が抜刀し左右の首筋に刃先を突きつけ、マリアが椅子を蹴り飛ばして後ろ向きに飛びのき銃を構えた。
「そのままゆっくりと両手を見えるように頭上に上げろ、口を開け一言も喋るな」
ベルハルトは言われたとおりに黙って両腕を頭上に上げた。
「……指輪や魔具の類もなさそうだな。そのままの姿勢で居ろよ、何をしにここへ来やがった?」
「休戦を申し込みたい」
「休戦だと?」
「そうだ。続きを話しても?」
「おう」
「我々グラスマイン領制圧軍と諸君らとは、直接は剣撃を交えているわけでもないから休戦はおかしいかもしれないが、実際のところ王国から見れば君らは反乱軍、近衛軍を全滅もさせているから戦い自体は始まってると考える。だが、我々がこの地で戦い消耗すれば利するは帝国のみ。もう宣戦布告の件は聞いているのだろう?」
「ああ、もう聞いている」
「ならば解るだろう、ここで2軍が争うのは得策ではない。諸君らにも意見があり主張もあるだろうが、一時的にでも休戦を願いたい」
左右から刃、正面から銃で狙われているにもかかわらずベルハルトは眉一つ動かさない。
「……もっといい手があるぜ。ここでお前の首を取れば占領軍を仕切る奴は居ねぇ。瓦解して右往左往する占領軍を倒せば背後の憂いはなくなる、返す刀で王都に進軍できる」
団長がフランベルジュの刃先を進めた。ベルハルトの喉元に血の粒が浮かぶ。
「それでゲリラ化した占領軍に苦労するのかね。軍を率いるならわかるだろう、ああいう小うるさい者どもが出没して後方を脅かされるのはどれほど嫌なものか。下手な脅しは止してもらおう」
「それを考えてみてもお前の首には高い価値が付くわな。言うほど不味い話か?」
だが言動とは逆に団長は剣を引いた。目線で室内の人間に武器を収めるよう促す。
「なぁ、腹を割って話そうぜ。それも正しいし本音だろうが、もっと奥底に何かあるんだろ?でなきゃ本人自ら敵のど真ん中に単騎で、しかも無手で来るわきゃねえ。全員を巻き込んだ自爆を疑ったが、そういうわけでもねえ。ようやく顔と記憶が一致したが影武者っつうわけでもねえ。あんた、何を考えてる?」
「話さないと提案の検討もしてもらえないようだな。少しだけ長い話になる、座っても?」
「おう。みんなも座れや」
椅子に座ったベルハルトは考えをまとめるように黙っていた。
「先ほどの休戦の話で、ひとつだけ条件がある」
「条件だと?話が変わってきたな」
「簡単なことだ。……現近衛兵団長ベイドを殺したのはどちらなのか教えてほしい。ふたりともでなのか?」
「……それを聞いてどうする」
「どうもしない。ただ、知りたいだけだ」
「あたしよ。あたしがベイドを殺した。一族の敵を取るために近衛兵団ごとベイドを殺したわ」
「そうか。君がか」
ベルハルトはしばらくの間、じっと刺すような視線でマリアを見つめていたが、ふと目線を落とした。
「話を続けさせてもらおう。わかってのとおり、先ほどの発言も理由のひとつだ。我々が争うのは得策ではない。そしてそれは王国騎士として長年王国を守ってきた私の本音だ。だが……」
「何だ?」
「私はもう疲れたのだよ。王国騎士として王国に対する忠誠はある。同僚そして部下は大切だ。王国の民衆は守るべき対象だ。だが、もう今の王家には忠誠は誓えない」
「大胆な発言だな」
「そうだろうとも、完全な敵地のここでしか吐き出せない本音だ。本音なのだ。たとえ力を持ち地位を脅かされようと冤罪をかけ味方を亡ぼす主がどこにあろうか。それでも誤りを正し罪を償い王家が王国のために尽くす、とあればこの気持ちも胸に押し殺し忠勤に励むつもりであった。左遷され面倒な役目を押し付けられようともこなすつもりであった。仮想敵地のグラスマイン領に送られるということは、裏切らないという信頼の証とも考えたゆえにな」
そこでベルハルトは言葉を切った。そしてマリアを見つめる。
「だがそれが息子の死を招き、是正を期待していた王は亡くなり、王国をここまで追い込んだ皇太子が王となった。もう、私には上に抱くものがない」
「息子が死んだと。いや、確かあんたの息子は……」
「あたしが殺したのよね。近衛兵団団長ベイドがあなたの息子だったんでしょ。だからさっきどちらが殺したか聞いた。敵討ちする?」
マリアのベルハルトを見る目にも鋭いものが宿る。
「ここに来るまでは、いや君の顔を見るまではそれも考えていたよ。親としては君のことが憎くもある。だがもうやめよう、終わりにしよう。あいつは不肖の息子だった。増長し人を傷つけそして自分の命も失ったんだ。あいつがあんなことをしなければあいつは死なずに済んだのだ、因果応報だ」
ベルハルトが顔を覆った。
「今、私を見つめる君の目が私に語ってるよ、憎いと、まだ足りないと、よくも奪ったと。そんな目で見つめられては。……敵討ちなんてできぬよ。敵って何だ?悪いのは息子の方じゃないか。親としては失格かもしれんが、たとえ君の命を奪ったとしても胸を張ってベイドに報告できるような話じゃない。もう復讐の連鎖は終わりにしよう」
部屋の中に沈黙が落ちた。しばらく誰も身じろぎもしなかった。
「……済まない、話を戻させてもらおう。もし休戦を受け入れてもらえるなら、我々が国境警備に入ろう。そうすれば諸君らも王都に動きやすくなるだろう」
「いいのかそれで。俺らが王都に進軍するっつうことは向こうが戦場になるっつうことだぜ?」
「構わん、とは言いづらいが、君らも王都の民衆に対して手を上げるということは本意でもないだろう。本命は王家となれば、非武装の者らに対しては可能な限り被害は留めてほしい。だが、どちらにしろ帝国が攻めてくれば同じようなことは起きるのだ、やむを得んよ。少なくとも話を聞いてくれる君らのほうが安全だろう」
「提案の内容は分かった。お前らも話は聞いてたな、どうよ?」
団長が話を振った。ベルハルトは団長に視線を置いたまま座っている。
「僕は休戦に賛成ですね。無駄に争うことはないと思います」
「あたしも賛成ね。軍事のことはよくわからないけど、この人のさっきの思いは本当だと思う」
「私は反対です、話が都合が良すぎる。丸々受け入れて進軍し背後を突かれたらひとたまりもない」
「賛成2に反対1か。俺はこの話は賛成だ」
「団長は賛成ですか。意見を伺いましょう」
「都合はいいだろう、思ってもないいい話だ。そして受け入れざるを得ん。俺たちには時間がない。帝国が来るまでには事を終えないと3つ巴の混戦になったら勝ち目が薄くなる、何より王国の民衆に多大な被害が出る」
「そのあたりは解りますが……」
「そして仮に受け入れた上で俺たちを裏切った場合、俺たちもやばいがさっきベルハルトが言った通り帝国に対してもやばい。おそらくグラスマイン領くらいは丸ごと取られる。俺たちもただで滅ぶ気はないしそんな消耗しきった戦力で勝てるほど帝国は弱くない。で、取りに来るのは帝国本国だ。グラスマイン領を奪った本国と王都を奪った南領軍という構図になり王国全土が戦火に晒される。利するは帝国のみというベルハルトの未来視は現実味が高い」
「この人が帝国に通じていてこの国を裏切るというのは?」
「本人を前にしてどうこう言うのもなんだが、もともと俺らのせいでもあるが、帝国と王国はかなり対立してるからな、国を裏切っても現状の王国の状態だと帝国で冷や飯食わされるだろうぜ。それにそういうことならわざわざ自分の首をかけてここまで直接やってきたりはしないだろうさ。問答無用で斬られても文句も言えない状況だ、適当な部下に来させればよかった話だからな。リスクとリターンが釣り合わない」
「ずいぶんと都合の良い意見だとは思いますが、団長の考えは了解しました。ならば現場での役割は副長の私の仕事ですね。厄介ではありますが、最善を尽くしましょう。打ち合わせのためこの会議室を借りますね。団長は遠征軍の編成をしてください」
計画の細部を詰めるため副長とベルハルト、護衛の赤の長剣の隊長を残し団長らは部屋を出た。
3人は廊下を進みながら話す。
「さて、いよいよ本番となったかぁ。半分以上あのバカ皇太子の自滅ではあるがここまでお膳立てが整ったぜ。あとは王都に行くだけだ」
「あたしたちにとってはそこからが本番なんだけど」
「解ってるって、ちゃんと玉座の間までは送り届けてやるさ。ここまできてお前さんらの本願を果たせないような真似はさせんよ」
「団長、ありがとうございます」
「クロウ、礼はまだ早いな。全部終わった後に言ってくれや」
中庭に出ると団長が号令を張り上げた。
「野郎ども集合だ!いよいよ終わりの始まりだ、全員手を止め整列しやがれ!」
「「「応!」」」
訓練された傭兵がそれぞれ隊伍を組み整列してゆく。比べては失礼かもしれないが、この砦で倒されていった案山子どもとは意気が違う。
その様子を見ながらふたりの鴉は南の空を見上げた。
「この空の向こうにはあのフィルスがいるんだな。……終わりの始まりか」
「終わらせるのよ、あたしたちが。いや、あなたが」
「そうだね。いい加減この茶番を終わらせよう。馬鹿な話に幕を下ろそう」