外伝 とある修道女の懺悔
外伝です。読まずとも本編には影響ございません。とある修道女の自分語りのみとなっております。
「私はこんなことになるとは思っていなかったのです」
「私は男爵家の次女として生まれました。領地はそれほど豊かでもなく、兄は後継ぎたるべく父の補助を行い、姉は他家と繋がりを持つために政略結婚が予定されておりました。次女たる私もまた他家に嫁ぐことになるだろうと思っておりました」
「幼いころ、少し離れた土地に家族旅行に行きました。それがグラスマイン様の領都です。まだあのころは王都に行ったこともなかったのですが、こんなに賑やかなところがこの世にあるんだ、と感動したのを覚えています。父と母に連れられてグラスマイン様の屋敷に挨拶に行ったところ、グラスマイン様は大貴族にもかかわらず自ら私たちを出迎え歓待してくださいました。夜には今まで食べたこともない晩餐に舌鼓を打ち、満足げな時に家族を紹介されました」
「ええ、メアリー様は私のことを覚えていらっしゃいませんでしたが、私たちは初対面ではなかったのです。もう10年以上も前のことです。ましてや吹けば飛ぶような末端の男爵の、しかも次女。覚えていらっしゃらないのも当然のことです。メアリー様は赤みのかかったブロンドの、とても素敵な女の子でした。まだ当時は無邪気な真っ最中でしたから、まるでお姫様みたい、と思いました。羨ましいとも思いませんでした。私とは違う、遠い世界のお姫様だと」
「私は次女でしたので、最悪でも自分で身を立てられるよう勉強に力を入れました。この王国は王が開明的で女性でもある程度は自分で生活していくことができます。もっと上の、そう、グラスマイン家ほどの名家ともなればそうもいかないのでしょうが、平民よりちょっと良い程度の男爵家であれば自由が利きます。
私は自分の努力もあり、国立学院への入学試験に合格しました。ええ、今から3年ほど前です。その入学式の会場で私はフィルス様に出会ったのです。まだあの時は遠くから見るだけでした、あの方が皇太子だと」
「メアリー様がフィルス様の婚約者だという話は入学後すぐに聞きました。教室に1席だけ空きがある席がメアリー様の席、なぜ学院に籍はあっても出席なさっていないのか様々な噂が飛び交いました。病気で出席できておられない、箔をつけるだけの籍、大貴族の娘であるから安全のため席を設けて置き、本人は別の名前で授業を受けておられる、など。3年の間に稀な機会に出席なされていたのでいくつかの噂は自然消滅いたしましたが」
「2年生の年末のことにございます、学院で年の暮れのパーティが行われました。その時、壁の花として隅に居た私に声をかけてこられましたのがフィルス様でございます。皇太子相手に恐縮する私に気軽に話をしてくださるフィルス様、私は舞い上がってしまいました。この時、私がもっと毅然としていればあんなことには……」
「失礼いたしました。その後も折を見てフィルス様は私のところにやってくるようになりました。憧れの皇太子、かの人が私を見てくれるということに私は溺れ、注意を怠るようになったのです。相手は1国の皇太子しかも婚約者がいるというのに、そこでデレデレと相貌を崩す女を好ましく見るものはいないでしょう。ましてや私は末端の男爵の娘、身分差も著しい。特に身分の高い貴族の子女らは面白くない話でしょう」
「女の話です。醜い女の話です。メアリー様は婚約者としてこのまま行ったならば正妃となられます。ですがメアリー様はご存知のように学院にほとんど出席しておらず戦場に立っておられました。戦を知らぬ貴族令嬢らの間では野蛮だと眉をひそめるものもおりました。実際に顔すら知らない方も多くおられます。ゆえに醜い話ですが、居ない婚約者の代わりに自分こそが正妃の座を、と考えるものが多数おりました」
「いえ、私は正妃は望んでおりませんでした。身分の差、王家のしきたり、末端の男爵では到底務められるとは思いません。ですが、ですが側室としてはフィルス様に仕えられるのではないかと、そう考えておりました。それが逆にフィルス様の目に新鮮に映ったのかもしれません、私が一番フィルス様と親しい女性となってしまいました」
「フィルス様と親しくなった私はいじめられるようになりました。ノートを破られたり身の回りの物を隠されたり。水を掛けられたこともあります。それでかえってフィルス様が私を気にするようになり、悪循環が始まりました。周囲の女性がやっきになって私に嫌がらせをすればするほどフィルス様と私の間が縮まってゆきました」
「そうです、メアリー様ではございません。あの日主張なされていたとおり、メアリー様はそもそも学院におられなかったのです。私をいじめるどころではありませんですし、ましてや私が誰かすらわかっておられなかったのです、現実的に考えてありえません。ですが、いつのころからかフィルス様はそれらがすべてメアリー様の仕業だと思うようになりました。いじめを行った側としても好都合です、私に嫌がらせをした上にそれをメアリー様に押し付ければ身も安全、私も婚約者であるメアリー様をも排除できれば一挙両得であり、いじめはエスカレートしました」
「私が階段から突き落とされたときもそうです。確かに犯人は赤い服を着ていました。ですがそれも偽装です。当然ではありませんか、仮に本当にメアリー様が犯人だったとしても、自分が特定されるような格好で犯行に及びますか?ですがフィルス様はこれがメアリー様の仕業だと思い込まれてしまいました」
「私の中には邪なものがありました。このままメアリー様が遠ざけられれば、私の側室になるという憧れが実現するかもしれないと。正妃はどなたか大貴族のお嬢様がつくでしょう。ですが取るに足らない男爵令嬢が皇太子側室に、しかもフィルス様は継承順第1位、そのまま王の側室となる栄達ができるかもしれない、と胸をふくらませておりました」
「あの日、卒業記念のパーティの日までに私がフィルス様を止めることができてさえいればあのようなことは起こらなかったのです。メアリー様、そしてグラスマイン家の一族がああなってしまったのはこの私の責です。私がフィルス様を止めていれば、いや、私がフィルス様と親しくさえならなければあのようなことにはならなかったのです」
「あの日の後、フィルス様はだんだんと本性を見せるようになられました。私を嫌らしい目で見る近衛兵らや、耳聞こえの良いお世辞ばかりの貴族を近づけ、自らに好意的なものばかりで近辺を固めるようになりました。貴族を尊いものとし平民を見下し、王城に詰めるメイドや平民の警備兵、彼らに暴言を吐いたり暴力を振るうようにすらなりました。私も幾度かお諫めはいたしました、ですが聞いていただけはしませんでした」
「諫言をする私は次第に疎まれるようになりました。これまでも愛されてはいたのでしょう。ですがしょせん私は男爵令嬢。皇太子にとって私の存在は宝飾品に向ける執着、ペットに向ける愛程度のものだったのでしょう。見向きもろくにされなくなりました」
「お城での生活は苦痛でした。メアリー様らに申し訳なく、フィルス様にも疎まれ、辛い日々でございました。様子を見かねたのでしょう、王が遠回しに私のことを根回ししフィルス様から遠ざけて、私を穏便に城から出られるよう差配してくださいました」
「病気を理由に私は城を辞しました。実家に戻りましたが、親からは勘当されました。フィルス様は外面は優れていますからね、私の訴えも親は耳を貸しませんでした。それにフィルス様があのような人柄だったとしても皇太子、あるいは王の側室という身分は玉の輿です。我慢を押し殺させてでも侍らせ続けることができれば、皇太子側室の親として栄達に繋がりましょう」
「つてを辿り、私はこの修道院に入りました。ここでメアリー様、グラスマイン家一族に懺悔を行う一生を送るつもりです。私の憧れは破れました。私が見ていた皇太子という像は見せかけだけのものだったのです。その見せかけのために私は多くの人を殺してしまいました」
「紅い鴉、というお二人の噂は聞いておりました。お二人の復讐は正しいです。私のせいでメアリー様は命を落とすこととなったのです。悪役令嬢とされたメアリー様ではなく、私こそが悪役令嬢なのです。どうぞ私の命をお取りください」
「ありがとうございます……」