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悪役令嬢のため滅亡した国  作者: 五月秋高


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6/10

親の心子知らず

大変お待たせをいたしました。第6話になります。

駆け足ながら、次話7話で完結となります。

 突如もたらされた、近衛兵団が壊滅した、という知らせが王都を大きく揺るがした。

 壊滅の現場となった砦よりそれを伝えたのは騎士の中で唯一の生き残りで、壊滅の遠因となったグラスマイン家襲撃に大きく関わっていなかったために、首謀者らに温情をかけられ解放されたカロルという者だった。

 

 彼によると、先の王都であった貴族の不審死事件により空白状態となったグラスマイン領での略奪のため進軍していた近衛兵団が、途中で駐留した砦で襲撃を受けたとのこと。グラスマイン卿は皇太子による捏造によって討たれた、と主張するグラスマイン一族の最後の生き残りを名乗る庶子の女性と、鴉と名乗る黒騎士により、グラスマイン卿の館での惨劇の実行犯であった新近衛兵団団長ベイド以下全員が惨殺された。

 


 王城の大会議室には主だった貴族と、騎士団の上層部とが集められていた。長辺の長い重厚な長机の右側に騎士団、左側に貴族らと分れて着座していた。騎士らは一様にあまり顔色は良くない。

 上座に当たる短辺には仮設の玉座が設えてある。名目上の最高司令官である国王の座ではあるが、普段であれば無人であり形式的なシロモノであったのだが本日に限ってそこには国王の姿があった。 

 司会役の書記官が懐中時計と参加者と王の顔を伺い、汗を拭きながらも発言した。


「それでは時間となりましたゆえ、会議を開始させていただきます。まずは陛下、お言b」

「要らぬ、時間が惜しい。話を進めようぞ。まずは騎士団より報告を」

「は。まずは本日時点での国土の状況を説明させていただきます。王国のうち、王都の威勢の強いところを白、グラスマイン家を青、帝国を緑とします」


 広げられた王国地図は東を見れば白と緑は1線を引かれ分断されている。先の戦争での講和ラインである。

 一方、王都から北に向かい、旧グラスマイン領との境界を越えたところで急激に白が水色そして青に染まっていく。北に行けば行くほど青くなり、山麓に面したあたりは真っ青である。その青の中に幾本かの水色の線が縦横に走り、太い1線の至る先に領都の水色の円がある。


「ごらんのとおり、基幹道路と領都以外には手が回らず旧グラスマイン領民の不満は高いものと思われます。王都から派遣された騎士団の駐留している領都もあまりはかばかしいとは申せません。そして」


 説明に立った騎士団長が筆を取り出した。赤インクに浸し、王都と領都のちょうど中間あたり、先日の惨劇の砦にグイっと赤で丸を描くと、そこから北東の山脈、帝国との国境線まで太い赤線を引いた。


「これが反乱軍、名目上彼らの名乗っていたとおり紅い鴉団とさせていただきましょうか。彼らは事件を起こした砦を占拠した後、帝国国境の砦と連携を取っている模様です。不確かですが先の事件でも何らかの手助けを得ていたはずです」


 それを聞いた対面の貴族らが訳知り顔で言う。


「不確かとは心もとない発言ですな。ま、いくらなんでも逃げてきた奴の言う通りふたりで砦は落とせないでしょうな。今まで居そうでいなかった反乱軍がついに表だって出てきましたかな」

「それにしても騎士団の不手際。何百人と動いていて砦を落とされたというなら情報収集がお粗末ですし、少数で砦盗られたと言うなら情けないこと」


 愚弄された騎士団長の顔に朱が上がる。が、地位上では貴族らのほうが明らかに高い。憤懣を胸に押し殺し話を続ける。


「げ、現在の情勢では紅い鴉団に動きは無し。砦から打って出るでもなく仲間を募るでもなく静観しています。またグラスマイン領の領都の方でも目立った動きは無いと電信を受けております」

「ならばこのまま放置しておけば問題なかろうに。所詮烏合の衆、何ができますやら」

「は?」

「は?とは失礼な。それが貴族たる我々への態度ですか」

「失敬。どうやら今の情勢をお分かりでないようですな。……王よ、王はどうお考えなのでしょうか」


 表情が失せた騎士団長が王の方を顧みる。ここまで黙って地図を睨むように見ていた王が顔を上げる。


「騎士団長、帝国の様子はどうか」

「は。便宜上、帝国本国を帝国、旧王国領の帝国領の北半分を北領、南半分を南領と呼ばせていただきます。このたびのグラスマイン卿の乱より後、帝国3領土ともに多少の動きは見られているようですがはっきりしたことは解っていません。現在のところは我が国に対して国境侵犯等の大きな動きは行われていません」

「北領と南領というのは何か」

「かつて進軍してきたのは帝国の継承順2位と3位のものです。彼らが元王国領を二分し統治しております。後継継承のこともあり、帝国と北領と南領はあまり仲の良くない様子。とはいえ本国たる帝国と元敵国領土たる北領と南領とは地力の差もあり、3者とも互いに出し抜こうと虎視眈々と情勢を見ている様子です」


 そこにまた貴族のひとりが口を挟んだ。


「にらみ合いをして情勢を伺っているなら結構なことではないですか。そのうちに我が国は大戦の傷を癒せばよい」

「お主は阿呆か?」


 王が先の発言の貴族をギロリと睨んだ。


「何をおっしゃいます、私がなにかおかしなことを言いましたか?」

「判らぬならお主は阿呆だ。先ほど騎士団長は『出し抜こう』と言った。出し抜くとは他から抜きんでて力を持つことを言う。ならそのためにはどうする?黙って寝ていても地力は伸びんぞ」

「意味がよくわかりませんが」

「帝国が再侵攻するかもしれんと言っておる」

「えっ!?」

「帝国に負け国土を失った王たる儂が言えた話でもないが、なぜ判らんのだ。我が国は先の大戦の痛手を引きずり、またグラスマイン卿の戦力を取り込めずにいる昨今に先日の砦での近衛全滅の報だ。いくらでも付け込む隙が見えるわ。この王国領をすべて手中に収めれば一大戦力になろう。あるいはお主らの中ですでに帝国に寝返ったものがおるやもしれんな」

「王よ、その発言はあんまりです。我ら騎士団は王に忠誠を誓っております」

「……すまんな騎士団長、先の発言は取り消そう。だが情勢については取り消さんぞ。もっと危機感を持て」

「王よ、そうは言われますがグラスマイン卿の反乱以降、反抗らしきものはこれが初めてですぞ。考えすぎでは?王の威光はそれほど弱いものでありますまい」

「……」


 王の心に冷たいものが走っていた。

 王国は平和な時代が長すぎたのかもしれない。まして先の大戦で国土が大いに失われたにも関わらずこの無神経さ、前線に立って剣を交えていたものと王都に残り遠くから眺めていたものとの意識の差がありすぎる。

 

「……グラスマインが悪いのだ」


 王の呟きは誰にも聞き取れなかった。

 

 グラスマインが悪いのだ。

 彼の一族は良き貴族であり、彼は良き友人だった。先の大戦より前は国を富ませるため鉱山を拓き、大戦中は率先して前線に赴き、年長の娘まで参戦させて王国のために戦った。戦後も帝国との国境に睨みを利かすと共に国土の復興のために骨を折った。

 鉄鋼宝飾を柱に彼の領地は栄え豊かである。山地ぎみの領地のために一部の食料や塩など海産物を別地域からの輸送に頼るが、その資金も豊富にある。

 

 彼はやりすぎたのだ。

 裕福な自領を下地に、面倒な厄介事のほとんどを引き受けていた。戦場ははるか遠く、戦火の傷跡も目立たないように修復できてしまった。

 ああ、そんなこともあったな、と夜会で語れるほどにしてしまった。たかが数年前のことを。

 

 王国にとってグラスマイン領は無くてはならないが、グラスマイン領にとっては王国は無くてもやっていける。不足している物資など、流石に帝国から買うわけにはいかずともその他の国から買えばよい。

 ましてや彼は本当に他国と交流を持ち技術交流などをしていた。王家を通さずにだ。

 秘密裏にしていたわけではない。事前に打診もあり、成果も王国に還元されていた。とはいえ過程については解らない。報告されていたよりも多くの成果を挙げていたかもしれない。

 王国最強の兵を率い、意気も高い。帝国が講和に応じたのも彼らの力の影響は多大にある。大戦の勝因でもあるのだ。彼らが帝国の横っ腹を蹂躙し惜しくも中枢の将らを手にかけるところまでは行かなかったものの、到底継戦できたものでは無くしたのだ。

 

 そこまで強大な力を持っていながら、グラスマインは王家に忠誠を誓い儂の下に就いていた。

 平民や兵士には人気が高かったが、貴族らからは疎まれていた。いつ寝首を欠かれるかと。

 騎士らにも不評であった。なぜ寝首を欠かないのかと。王都で贅沢三昧している奴らを粛正しないのかと。

 ……儂の首を取らないのかと。


 ……解っているのだ。彼はそんなことはしないと。まだ皇太子であったころからの友人であり、その手の野心に欠ける男であるのは知っているのだ。爵位はともかく実力的に貴族筆頭とはいえ、宮廷工作に疎く、そのような貴族独特のしきたりに溶け込めていなかったと。領地を富み栄えさせるのが面白く、白粉臭い宮廷より鉄の火花散る工房のほうが性に合っていたと。

 だから今より上の地位、王位など望んでいなかったと知っていた。今くらいが一番いろいろできて面白いと言っていたのを聞いていた。

 儂は知っていたのだ。


 だがあの日、フィルスがグラスマインを殺した、と言った時、内心にわだかまっていたモノに気付いた。

 気づいてしまった。


 儂はグラスマインに嫉妬していたのだ。あの男の能力と人柄に嫉妬していたのだ。仮にあの男にお前に嫉妬していると言ってみても本気に取らない。儂のほうが良い王だと褒め称えるだろう。

 儂とて長年王国の長として立ち国を富ませてきたのだ。自分の技量に自負はある。だが仮にあの男が王になったとして、儂より凡庸な王になるとは思わん。良い王になるに違いない。

 だからあの時、息子が悪を囁いたとき、それが「仮定の話」になった時に安堵したのだ。


 王と家臣の間柄とはいえ古き友人である。政略結婚の側面もあるとはいえお互いの子を結婚させようとしていたくらいなのだ、討ち取られるその時まで儂のことは信じていたかもしれん。いやお人よしのあいつのことだ、おそらく信じていただろう。

 つくづく儂も友達甲斐のない男だ。あの世でさぞかし儂のことを恨んでいよう。ましてや娘どころか一族を殺しているのだ、儂が死ぬときには死神の一個師団も率いて枕元で剣を研いで待っていることは間違いない。

 その時はあいつに討たれてやらねばな。死んでさらに討たれるというのもおかしな話だが。


「王よ、どうなさいました?」


 思いのほか長い間考え込んでいたらしい。騎士団長が心配そうにこちらを見ている。

 

「いやなんでもない。気にするな」

「はっ」

「方針を告げる。今のままでは王国の危機を迎えかねないと考える。ゆえに国内での騒乱を一掃し国民一丸となる必要がある」

「ならば先の紅い鴉団らを討つと?」

「いやそうではない。彼らと和解し兵を収めさせる」


 反乱を起こし近衛を全滅させた一団と和解、という方針に騎士団貴族双方にざわめぎが広がってゆく。


「王よ、反乱を起こしたものを許し取り込むなどあまりにも弱腰、我々騎士団は反対です」

「我々貴族も反対です。なぜに温情を掛ける必要があるというのですか!」

「温情ではない。かの一団の長はグラスマイン家の生き残りと言っていたな。その者を取り込み再興をさせればおのずとグラスマイン領の不満も収まろう」

「しかしそれでも」

「ならば騎士や貴族私兵を持って制圧するのか?この地図を見よ、これだけの広さで不満が燻っているのだ、いつ発火するかもわからん。帝国もいつどう出るかも予想できん。それを娘ひとり取り込むことで抑えられるとなれば悪くない取引であろう」

「事態の先送りでは?その娘がグラスマイン領を統合し更なる反乱を起こさないとも限りません」

「先送り結構。事は喫緊の問題なのだ。仮に更なる反乱を計画しようとしても、事前に抑えればよい。テーブルの反対側で敵対するから厄介なのだ。テーブルのこちら側に立たせればおのずと出来ることも増えよう」


 王の発言に、やや不満が残る風ながらも納得の表情がおのおのに伺える。


「ですが、王よ。真に無礼な発言となりますがお許しください。……紅い鴉らは、先の乱は皇太子の捏造と謳っております。ならば、交渉の素材となりますのはグラスマイン家の再興と名誉回復だけでなく……皇太子のお命などを言ってくるかと……思われますが」

「で、あろうな」

「ならば!」

「言うな。儂や皇太子の首ひとつで王国に安定がもたらされるならさほど高い物でもないわ。もっとも、その場になってみなければわからんがな。土地や財産、身分で懐柔できるやもしれぬしな」


 この時のアイドット王の腹の内は、最悪の場合でも自分の首は差し出し皇太子の命を永らえるつもりであった。後の世の悪評の通り、グラスマイン一族を謀殺したのは自分、ということになっていたから。

 親の心子知らず、とはよく言ったものである。

 この一言がアイドット王の命運を定めてしまったのは何ともやりきれない皮肉である。




 現在、紅い鴉らが寄っている砦は賑わっていた。この砦、仮称を赤砦と名付けられたここと、国境にある砦とでさかんに物資と人員が行き来していた。

 人の動きがさかんであれば金や物が動いているのは当然のこと、一攫千金を狙い傭兵としてやってきている者、彼らに物を売りつけるため商いに精を出している行商人、グラスマイン家に恩義があり駆け付けた元騎士、近隣の農民、さまざまな人々でさながら市場のようになっていた。

 

 多少変わったところでは武具商人もいる。武具商人というだけでは別におかしくもなんともないが、彼はある武具を買い取りにやってきていた。

 ある武具とは通称「親父」と呼ばれた武具だ。短剣、片手剣、短槍、角盾、兜、胴鎧、小手などだいたい全身一式ある。見た目は特徴のないどこにでもありそうな武具だが、グラスマイン領特製である証のGの刻印が刻まれている。これらは多量生産品にもかかわらず大変優れた製品であった。

 魔剣のように何でも切り裂くわけでもなく、魔法をはじくわけでもなく、凡庸な性能ではある。だが丈夫で長持ちし壊れにくい、生死の最後の天秤に生きるほうへ小石を乗せると評判の逸品である。

 それが一般家庭でも多少背伸びをした程度で購入できる価格。徴兵、あるいは自主的に戦場に出ようという息子に、無事生き残れるよう父親が願いを託して小遣いをつぎ込み仕立てて渡す。そういうやり取りが積み重なり、頼れる「親父」と呼ばれるようになった。という謂れを持つ。

 この武具商人は勘の良い目利きであった。現時点ではわからないが、歴史上この後劣化量産品の「親父」が市場で見かけられるようになり「偽親父」「クズ親父」「ダメ親父」と散々な言われようをするようになる。

 後の世から見ると「親父」は現在ある初期品、中期の劣化品、そして情勢が収まり再び旧グラスマイン領で生産が再開された後期量産品の3種がある。最も頼りになる親父は初期品であった。


 砦は城門が解放され中庭には兵士らが集まっていた。流石に警戒のため、城門より内側にはある程度身分のはっきりした者のみが居る。砦の屋内への扉は閉ざされ中に入ることは出来ない。

 砦の上階、中庭が見えるテラスに1つの黒い人影が立っていた。紅い鴉の鎧のほうである。板金鎧に両手剣を吊り、中庭を眺めている風だ。


「なんだここにいたのか。探したぜ」

「団長。何か御用ですか?」


 ゆらめく炎の剣の団長である。いちおうは戦時下であるためか、屋内だというのに鎧を纏いフランベルジュを背に吊っている。長大な剣なので腰には履けないのだ。


「いや特に急ぎの用があったわけでもないんだがな。当事者のふたりの行方くらい把握してないと団長としてはまずいだろ?それで探してたんだわ」

「そんな物々しい恰好してるから何かあったかと思いましたよ。もう少し楽な服装にしては?」

「バッカヤロウ!何かあったときに真っ先に飛び出して行かなきゃならんのにのんびり鎧を纏うところから始められるかよ。そういうお前こそその板金鎧脱げよ。兜すら外していないのは息苦しくないか?」

「僕は……僕は復讐を遂げるまでは油断はできないのです。さっきの団長の言った通り、何かあったときに行かねばなりませんから。それに、この形見の鎧の重みが僕に復讐の念を忘れさせません」

「鎧も剣も後継ぎの息子が本来使うつもりのやつだったっけか。無残に殺された恨みはそりゃあるだろうけどさ、お前さんがそれを背負うこたぁないぜ。無念を晴らすのは権利だが、それは生者の義務じゃない。死人に引きずりこまれるぜ」

「それは傭兵団長として戦場に立っていたものの意見ですか?」

「おうよ。こちとら傭兵稼業、殺して殺されてが仕事だ。部下、仲間、仇敵、取るに足らない木っ端、いろんな死を見てきての今だからな。気持ちは解る、けどソレとコレを切り離していかなけりゃ冥府の門をくぐっちまうのは俺になりかねねぇ」

「だとすると、僕はもう手遅れかもしれませんね。どうしても許せない。メアリー姉さんを殺したあの皇太子に復讐したい。何人斬ってでも。国を滅ぼしてでも」

「国を滅ぼしてでも、か」

「ええ。本当ならこの憎しみを胸に飲み込むべきだと思います。たったふたりで王国の王族を手に掛けようなど無謀でしょう。マリアも生き残ったことを喜び、員数外で気づかれていないことを幸いとしてひっそりと暮らせば普通の生活を送れたでしょう。この砦の襲撃にしろ、団長ら傭兵団の皆さんの支援があったからこそ成しえたことです。ですが」


 鴉が俯き加減で右のこぶしを握り締める。


「ですが僕はそれが耐えられない。このままあの皇太子がのうのうと息をしているのが耐えられない。我こそは皇太子ですよと澄ました顔をして生きているのが耐えられない。だから強行に走った。ですがこのまま行けば僕らの復讐のために何百人という人間が戦争で死ぬ。僕はどうするべきなのでしょう」


 その言葉に、団長は顔をしかめて頭を掻きながら、


「俺は幸い、妻も子も亡くしてはいねえ。せいぜいが独身時代にちょっと仲の良かった女傭兵を失ってる程度だ。だからお前らふたりの気持ちがわかるとは言い切れねえと思うが」


 そう言うと鴉の横に立ち、中庭の方に目をやった。

 

「まあ、考えすぎないほうがいいと思うぜ。死者の念を背負うことはねえが、生者の念も別に背負うことはねえ。俺も含めてそれぞれ、思惑があってここにやってきてるんだ。俺とお前さんらとは面識はあるが、下でガヤガヤやってる奴らはお前さんのことなど知らねぇ。金とか名声とか、でなきゃお前さんと同じように王家に恨みがある奴もいるかもしれねぇ。俺にしたって胸クソ悪りぃ王家に一泡吹かせたくて便乗してるんだ、人のことは言えねえ」


 中庭では多くの兵士が列をなしていた。老若男女さまざまだ。それらをゆらめく炎の剣の団員が隊長となって仕切っている様子が見える。


「あとな、これは俺が思う世の中の理、みたいなことだが。こう、世界には流れがあってな、世の中の多くの出来事はその流れに乗って起きてゆくのよ。魔王や英雄みたいな連中はその流れを抑えることはできるのかもしれねぇけど、そんなやつは一握りどころか一つまみよ、国にひとりも居やしねぇのさ。だから仮にお前さんが皇太子を討ったとしても、それも流れの一部さ、気にすることはねぇ。流れに乗って自分の意思を貫けばいいさ。そのための準備は俺らおっさんらが用立ててやる」

「団長……ありがとうございます」


 そうやって話していたところにマリア、鴉の銃のほうがやってきた。ここに居る面々と同じく軍用コートに長大な銃を持って来ている。


「なによ男同士で話をして。あたしには聞かせられない話なの?」

「いや単にお前さんがいなかっただけのことだ。それよりどうした?俺らに用事か?」

「実はそうなのよ。それが、王都から、というか王家から手紙が届いたのよ、使者も砦の外で待ってる。あなたがた居なかったから先に開封して中を見たんだけど」

「なんだ、その様子だと挑発文とか降伏勧告、というわけでもないようだな。何が書いてあった?」

「それが、一度国王みずからあたしたちと話し合いたいと。こちらに出向く用意もあると」

「なんだと?」

「どういうつもりだ?意図が読めないな。僕らは反乱軍だ、確かに現在一大勢力になりつつあるとはいえ、妥協が早すぎる気がする。とはいえせっかくの機会ではある、無下にはできないな」

「交渉のテーブルに着くこと自体は悪くないとあたしは思う。けど鴉の片割れとしてあなたはどうなの?あたしは家族の敵をぶち殺したから一段落はしてるけどさ、あなたはこれからでしょ、どう?」

「そうだね……まあ敵本人ではない国王なら、話くらいしてみてもいいかもね。こちらに来るというなら、砦の城門前あたりでどうだろう」

「まあそのあたりが落としどころか。出向いてくれるっつうんならこちらの内懐ではない屋外というのは双方都合いいだろう。超遠から狙撃できるお前さんを除けばお互い手出ししにくいしな」

「ならそういう風に返事しておくわよ。会談は半月後ってあたりかな」

「そんなもんだろうな」

「じゃあ言ってくるわね」


 マリアはそういうとテラスから去っていった。しばらくして中庭に出てくると城門前で立っていた男に何やら手渡していた。返信の便りだろう。


 


 結果としてこの会談は実現しなかった。あるいはこれが実現していたら王国は滅びを免れていたやもしれぬ。後日の帝国の侵攻に何ら抵抗できなかったことを鑑みると可能性はあまり高くないかもしれないが、それでもかくのごとく無抵抗にはならなかっただろう。



 派遣した親書の返信を受け取って数日、アイドット王は要望の通り赤砦に向かうべく準備をしていた。

 会談予定日も迫り、明日には出発しようとしていた深夜、私室にてアイドット王は今回の会議の人員たる側近らと最後の詰めを行っていた。


「……大体の交渉内容は理解いたしました王よ。しかし、国のためとはいえ首を掛けるなど、やはり」

「言うな。すべて読み違えた儂の責よ。グラスマインを討たなければこうはならなかったのだ、ならば責任は自分で取らざるをえまい。幸い成人間近の皇太子もいるしな。儂の首が交渉で必要になった後はフィルスのことは頼んだぞ」

「はっ、全身全霊をかけて」


決意に満ちた表情で側近が頭を下げたとき、突如入り口の扉が蹴り破られた。


「何者だ!」

「問答無用!」

「ぐああ!」

 

 乱入してきた不揃いの鎧の男らが側近らを片端から斬り捨て、王を取り押さえる。両腕を男らに掴まれ床に押さえつけられたところに、ゆっくりと入り口から誰かが入ってきた。


「フィルス、貴様……」

「父上がいけないのですよ。私のことを反乱軍の下等な雑魚どもに差し出そうとなどするから」

「馬鹿な、そんなことはせぬ」

「嘘はいけませんよ父上。先日の騎士団と貴族らとの会議の時、首を差し出すのもやむなしと言っておられたそうではありませんか。なぜあのような者らのためにこの首をやらねばならんのですか」

「誰より聞いた。……いやこの男らは騎士団の者らではなかろう、なら貴族の私兵か。誰やも知れぬが、そやつから聞いたのだな。お前は誤解しておる」

「誤解などしておりませんよ父上」

「なんだと?」


 フィルスは得意げな、そして憎々しげな表情で押さえつけられたアイドット王を見やり、


「あの夜、父上に言った通り、メアリーを殺したのはその場の流れでした。ですが私はそれを奇貨として最大貴族のグラスマインを滅し、父上のお力を借りたとはいえ混乱なく収め、王家の力となるべく働きかけました。ですが父上はその後に手ぬるくグラスマイン領を放置し、紅い鴉とかいうテロリストの跳梁を許した。ましてやそれらと交渉を持ち取り込むなど。……私の首を手土産に」

「だからお前はこうしたのか」


 押さえつけられたアイドット王があごで自分の身を示す。


「そうですとも。父上は手ぬるい。グラスマイン領など制圧し、紅い鴉とかいう下賤な残党も首を吊り、国をまとめ上げ帝国より国土を取り戻す。私がそれを成す」

「どうやってだ?バカ息子。口で言うだけでは国は動かんぞ」

「動かしてみせましょうとも。近衛兵団は全滅したとはいえ、私にはかくのごとく力を貸してくれる貴族もいる。下賤たる平民など盤上の駒のごとく差配してみせましょうとも」

「下賤たる平民。それがお前の本音か」


 アイドットはこの瞬間絶望した。心の背骨がベキリと折れた。自分はいったい何をやってきたのか。子の育て方を誤った。そしてその誤りが国を亡ぼすこととなるのだ。


「ここまでのことをしたのだ、親子の間柄とはいえ儂を生かす気はあるまい。最後に一つだけ言わせてもらおうか」

「父上の出方次第では生きていてもらってかまいませんよ。もちろん王の地位は降りていただきますが」

「バカめ、神か何かのつもりか?そう思うならやってみせるがいい。貴様は自分の驕りで国を亡ぼすのだ。せいぜい短いこの世を楽しむがよいわ。ハハハハハッ」

「何を!」


 フィルスが傍らの男から剣を奪い、アイドットに突きつける。


「訂正していただきましょう。私はあなたより優秀だ」

「バカめ、と言った。お前には無理だ。断頭台の露に消える前に国から逃げ出すことを勧める」

「貴様!」


 激高したフィルスの剣がアイドットの胸を貫いた。力任せに背まで押し抜く。


「私は!私はこの世界を統べる王となる。あの世で歯噛みして見ているがいい!」


 王の体が床に崩れた。胸と背から溢れた血が床を染めてゆく。部屋は斬られた側近らの遺体も散乱し無残な様子となっている。

 激高し肩で息をしていたフィルスが息を整え、そして宣言した。


「王は、愚劣な者どもたる紅い鴉という一団のため、不幸にも暗殺された!ゆえに、ゆえにこのフィルス・ヴァンフォーレ・アルカナが新たな王として立つ。者ども、見届け、告げよ。私は新時代の王となる!」



 

 どれほどにバカで愚かな子でも親にとってはかわいいものです。ですが親の心子知らずとはよく言ったもの。

 嫉妬などの側面はあれど、あの時親子の情を持たず王として裁いていればこうはならなかったのです。

 ゆえにidiot王、愚かな王。


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