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先細りの収穫

 グラスマイン卿の反乱から3月が過ぎていた。想定されていたようなグラスマイン領の反抗や、騒ぎに便乗した無関係の貴族の反抗もさほど起きなかった。情勢を読まず起きた分も単発で、かえって王家の支配力を喧伝する助けにしかならなかった。

 ただ、グラスマイン領の直轄領としての支配は遅々として進まなかった。

 

 まず騎士団のサボタージュ。グラスマイン領の治安維持や帝国からの侵攻の警戒については以前のまま手抜かりなく続けていたが、占領軍騎士団には非協力的だった。表立って反抗したりはしないが、非日用品や軍事物資の輸送や提供の拒否、宿舎もあまり良くない建物だったり日常の任務も別々だったりと、明らかに冷遇しているのが末端の兵士でも分かるほど露骨ではあった。

 かといって力づくで、というわけにもいかなかった。

 

 冷遇具合に虫の居所の悪い貴族の末子らがある町の詰所に押し掛けたことがある。留守役は杖をついた老騎士ひとり、膝に矢を受け負傷退役した後に事務方になり働いていた。1人対5人、相手は退役した老騎士、目撃した町民の話では高圧的どころか抜刀して詰め寄った挙句、命が惜しければ土下座しろとまで言い募ったそうだ。

 翌日、占領軍からは5件の葬式が出た。表向き病死になっている。体面上公表できない占領軍の都合もありそのようなこととなった。

 

 占領軍の団長は王都では反グラスマイン勢力の一員ではあったがあくまで政治的関係上のことであり、個人的には嫌っていたものの公の立場としては中立を保っていた。武人であり、グラスマイン領騎士団の強さは戦友として身に染みて分かっている。そして自分より上の地位のところで『何か』が起き、グラスマイン卿が死に、領土の騎士団がそれに不満を抱き反抗の芽を抱いている、そこまではわかる。

 

 仮に武力をもってグラスマイン領騎士団を敵に回し戦闘を仕掛けたとしよう。兵数はこちらのほうが多い。だがグラスマイン領全土に散っている兵士が集結した場合敵兵数は倍は固い。その上補給路も確保しきれず、地の利もない。またグラスマイン領騎士団は精鋭である。盗賊やそのフリをした帝国兵、時々遭遇する魔獣を相手しており実戦経験のケタも違う。

 まず勝てないが、勝ったとしてもこちらも壊滅状態だろう。その場合にほくそ笑むのは帝国である。 

 あくまで高圧的に来るならいくらでも反抗してやる、だが帝国に旨い目を見させるのも気に入らない。だから不満だが黙っていてやる。そのような空気を騎士団長も解っているゆえに、冷遇されようと殊更グラスマイン領や騎士団に圧力をかけることもせず、粛々と占領を進めていった。


 もうひとつは技術者と商人の流出である。

 グラスマイン卿の死によって真っ先に去ったのは、彼から技術研究を依頼されていたドワーフ達である。鉱山資源、つまり鉱石の加工と貴金属や金属製品の作成、新技術の研究を任されていた。

 ドワーフはもともと住居を山地に構え採鉱を生活の糧とする種族だが、グラスマイン卿に招聘されこの地にやってきて、豊富な鉱山資源の埋蔵量を土台として日用品から一品物の超高級製品まで様々なものを作り出してきた。

 ドワーフにとってものづくりは生き甲斐である。一品物を依頼され作り出すのは誉れであるし、日用品とてより良い品質の製品をより早くより安く作り出すにはどうすればよいか、日々検討と実践が為されてきた。たとえば台所製品、主に包丁やなべだが丈夫で長持ちし、当時は庶民の贈答品として大変喜ばれた。詳細は明らかになっていないが、初期の工場のような流れ作業による製品の作成もされていた。

 

 行商人がよく雑貨屋で多量に仕入れていったらしい。重くてかさばるとはいえ、腐りも劣化もしないので遠くまで運んでいける上に割と高額で売れるので、行商をするようなあまり裕福でない商人のさいふの助けになっていた。歴史的発見というには笑い話ではあるが、後年、戦争をしていたはずの帝国の城の台所から包丁が発見されたという報告もあった。


 それとは別に未だかつてない技術の開発、つまり傭兵団長に渡したような魔剣の作成を初めとした新技術の開発にドワーフたちは血道を上げていた。他国から希少金属のインゴットと引き換えに得た技術提供も助けとなりいくつかの技術は形になりつつあったが、まだ目標を満たすほどの段階までは到達できていなかった。とはいえ王城の宝物庫にしまうような希少な魔法道具が、金さえあれば生産できる段階までは来ていた。例えば、団長のフランベルジュはだいたい原価を1割まで下げている。90%OFFである。まあもともとが希少だというプレミアもありあまり価格の参考にならない面もあるが。

 今挙げたのは魔道具関係の話であるが、それ以外でも枚挙に暇はない。蒸留酒を開発したのもここである。酒から魔剣まで幅広く開発を行ってきた。


 だがすべては水泡に帰した。

 グラスマイン卿の死後、王家は開発集団を囲い込み技術を独占しようとした。ドワーフは気質的に頑固である。王家の行為は上からあれをしろこれをするなと言われていい仕事ができるか、という反発心しか生まず、結果としてドワーフ族をはじめとする技術者ほぼ全員が他国に行ってしまった。

 グラスマイン卿への義理立てもあるが、開発の際に交流のあった他国で再開発できそうだというもくろみもある。ゆえに技術者たちの腰は軽かった。

 そして質の良い製品が作られなくなったために取り扱っていた商人が店を引き払った。依然として鉱石は採掘され商品も作られているとはいえ先細りが目に見えている。その上軍隊が駐留しきな臭い情勢、となれば離脱し遠巻きに情勢を見守ろうという風に商人たちは動いた。


 思ったようにグラスマイン領の占拠が進まない王家はやや方針を転換し、いく人かの貴族の配置換えを行った。王家に好意的な貴族にグラスマイン領を分割して与え、その貴族から提供させた領土を先の戦争で自領を失った貴族に与えるといったところだ。

 王家は主要な鉱山や町は直轄領として残したが、採算の見込める鉱山や街道など提供された貴族らの取り分も大きかった。彼らは当初大いに満足した。



 

 おばけが出るという。


 

 深夜、あるいは白昼、貴族の子息令嬢らが誘拐されるという事件が多発した。だが誘拐された子息らはほぼ全員が、早ければ当日、遅くとも数日のうちに無事発見された。

 ひそかに夜に連れ去られるという例ではわからないが、白昼の例では、近隣の町に用事で向かった馬車を黒い全身鎧を着て両手剣を構えた何者かが単騎で襲い、護衛を叩きのめして令嬢のみ連れ去るといったことがあった。幸いにも護衛は重傷は負ったものの死者は出なかったという。

 連れ去られた令嬢は気の強い女性だったが、翌日の正午ごろ王都の入り口で保護されたときには流石に顔色は悪かった。特に乱暴された様子もなく身体的には問題なかったが、誘拐されたときに何があったのかは口をつぐんで決して話そうとしなかった。

 王都の衛兵はもちろん捜査を行った。時期的に考えてグラスマイン卿反乱と無関係と思えず、関係者の筋、便乗した盗賊団などさまざまな方向から事件の行方を追った。

 

 それとは別に、貴族の当主の変死事件が起きていた。

 朝、庭に出た当主の頭が砕けた、執務室の窓辺に立った当主の胴体に向こうが見えるような風穴が空いた、寝室にいた当主が壁ごと粉々になった、という訳のわからない事件である。

 頭をやられた当主の事件は不幸にもメイドが一部始終を目撃していたが、調査に来た衛兵が証言を聞いてもよくわからなかった。曰く、


「朝、庭の手入れをするために外にいたら、当主様がドアから庭に出てきました。当主様は私に声をかけた後に尻を撫でて笑いながら庭の中央に歩いていかれましたら、ちょうど庭の真ん中、あそこの噴水の手前当たりです、今でも赤い跡が残ってるとこです、あそこでいきなり当主様の頭が野菜を砕くように粉々に……」

「何か気づいたことは?」

「わかりません。本当に突然のことで。……そういえば関係あるかわかりませんが、風切り音を聞いたような気がします」

「風切り音、ねぇ」


 現場に居たものとしてこのメイドも疑われたがすぐに疑いは晴れた。当主の頭をかのように砕くには壁砕きのハンマーのような巨大な鈍器でなければ無理だろうが、そんなものは辺りに無く、仮にあったとしても持ち上げることは出来ても不意を打って当主を殴るなどもってのほかである。

 物理でなければ魔法と来たいところだが、それにしても痕跡がなさすぎる。当主の頭をあそこまで粉々に砕くならかなりの火力が必要だが、それほど魔法を使いこなせるならこんなところでメイドなどやっていない。暗殺者という筋も考えメイドの素性も洗ってみたものの、魔術師を思わせるような履歴はどこにも見受けられなかった。

 

 3つの事件の状況から推測されるのは、最短距離でも屋敷外の道路から飛来した、重量があり高速で飛ぶ何かが当主の体をぶち抜いた、としか考えられなかった。だが何らかのトリック、共犯者や衛兵の見落としなどを除けば原因となった何かがわからない。物理にしてはそれを成した何かが周囲に見当たらなく、魔法にしては精度が高すぎる。加害者の目撃情報もなく捜査は行き詰った。ゆえに王都市民、特に貴族はグラスマイン卿の呪いだと大変恐れ、屋敷の奥深くに引きこもった。


 衛兵および王都の騎士団は連携し捜査を行ったものの、2種類の事件はともに迷宮入りの様を成してきた。比較的情報を得やすい誘拐事件の方も被害者の子息令嬢は口をつぐみ、追求しようにも貴族の立場が邪魔をして衛兵程度の地位では深く突っ込むこともできず情報を得ることができなかった。被害者家族としては、無事帰ってきたとはいえ貴族の名声や体面には大いに傷を受け、特に令嬢などは醜聞が婚姻などにも差し障るためできるならば無かったことに、隠し切れなくともこれ以上の詮索は無用とばかりに突っぱねたのもある意味仕方ないとも言える。

 

 当主変死事件の方はより分からない。グラスマイン卿とあまり仲の良くなかったという心当たりのある貴族、特に直接面識のある地位の高い者が軒並み屋敷の奥深くあるいは地下室に籠ってしまったため、加害者にとっては不本意であろうが第4の事件といったものは起きなかった。


 だがその状況は一変した。

 王都の貴族の間に不穏な空気をもたらしつつも何事も起きない日々が続き、引きこもっていた貴族らも恐る恐る顔を出すようになったある日、王都に激震が走った。

 

 『紅い鴉事件』である。


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