九話 『黄金の導き』
アンナとカイルが並び立ち、ほんの一瞬、視線を絡ませ、どちらからともなく、ニヤリと笑い合う。
それは、まるで、十年らいの親友のようであった。
「ちょっと待ったぁぁぁぁッ! なに見つめ合っているのよ! 私が助けたのよ? 私が貴方の命の恩人よ! 感謝するなら私にしなさいッ」
そんな解り合っているというような空気感に、烈しい苛立ちを覚えたユウナが、二人の間を引き裂かんと身体をねじ込んだ。
「ほーう。貴殿がユウナ殿か……カイルから、噂はかねがね聞いておったぞ」
「えっ? カイルが♪ ふーん♪ まぁ、解り切っているけれどぉっ。一応聞いておくわ。どういう噂かしら?」
「色々聞いたが、要約すると、悪逆非道の暴君……失礼、暴姫だということだな」
「なッ! なんですってぇぇぇぇぇッッ!!」
ピキピキと、ユウナが青筋を立てて、カイルを睨み付ける。
「……ひぃ。そりゃないよ。アンナさん」
確かに、そこまで直接的にユウナを評価したことがなかったカイルだが、
……普段零してきた、ユウナに対する愚痴を、客観的に要約すれば、間違ってはいない。
「――だが! 安心せよ。ユウナ殿! 私は美少女だ。《世界美少女保護法》によって、助けられることは必然。断じて、感謝などせんッ!!」
「安心?」
「フフフ。わが目は誤魔化せんぞ? お主、カイルにホの字なのであろう?」
「ッ!? ほ、ほほほほほほほッ! そんなわけないでしょうッ!! って、カイル、違うわよ? ちゃんと好きよ? って! 私何をいってるのぉぉぉッ(錯乱)」
バチン☆
無言でカイルが、アンナの頭をしばく。
「とりあえず……アンナ。《世界美少女保護法》なんてものはねぇ!」
「――ふん。ならば、これから、作る!」
「じゃあ作るまでは、感謝は必要だな。ほら。ユウナに感謝をしろ」
「イヤだいやだイヤだ! 愛しい殿御ならともかく、女々しいおなごに、感謝などしたくないっ! そんなことするくらいなら、助けてもらわなかった方が良かったぐらいだ」
「駄々をこねるんじゃね! 幼児か」
状況を考えず、いつものようにお馬鹿な会話を繰り広げる二人。
――だが、これこそが、アンナとカイルの会話である。
そんな二人を見て、ユウナが今度は些かの不安を感じながら聞く。
「き、金髪。アンタ一体、何者なのよ? カイルとどういう関係よッ!」
「ふーむ。質問が二つあるな……よかろう。命を救ってもらった礼として、一つだけ答えよう」
「マジ?」
相手がユウナだったからなのか、アンナの返答が(もはや)珍しく真面目であった。
その返答に、カイルも興味を示した。
何せ、アンナという少女が何者なのか? ということは、二週間一緒に過ごしたカイルでさえ、知らないことであるからだ。
……無駄に引っ張られた真相が今、解き明かされる。
「私は」
ごくり。
カイルとユウナが別の意味で神妙に唾を飲み込んだ。
「カイルと裸のお付き合いをした関係だァァァァァッッ!」
「なっ、なっ、なんですってぇぇぇぇぇぇッッ!!」
「そっちかよ……」
その言葉に激しく狼狽し、驚愕するユウナ、そして、一段と気力が萎えていくカイル。
二者二様の反応を見せた。
特にカイルの落胆は大きい。
……やっぱり、アンナは、死にかけたとしても、アンナである。
「それだけではないぞッ! その時、私はカイルの部屋にいたッ!」
「ッッ!!」
言葉を失い、その場で崩れ落ちるユウナ。
ユウナは、遠い雲をつかむように、カイルに手を伸ばすが……数ミリだけ、届かない。
その届かない距離が、カイルが飛ぶように登っていってしまった、大人の階段の様な気がしたのであった。
「ッけ。下らねぇ」
対してカイルは、興味とともにペッと唾を吐き捨てて、視線を《クリスタル・ウルフ》と戦っているレンジに向けた。
……戦況は、互角。しかし、少しずつだが、レンジが押されているようにも見える。
王級剣士の一撃でさえ、《クリスタル・ウルフ》に有効打を与えられず、じり貧となっていた。
「ほーう。達観しておるな。からかい慨がない奴め」
「裸の付き合いくらいで一々俺たちの絆が揺れたりしねぇぇよ」
「めちゃめちゃ、揺らいでいるように見えるがな」
「フッ。それに、俺とユウナだって、裸の付き合いくらいしたことあるからな」
「何だとぉぉっ!? さ、最近の若者は爛れておるな……(赤面)」
「何を想像しているか考えたくもないが、昔、お風呂を一緒に入ってたってだけだぞ」
無視すると余計な手間がかかるアンナとの会話に応じながら、カイルは状況を再確認する。
現状、レンジと《クリスタル・ウルフ》は互角。
洞窟を見渡しても、ソプラとアルトの姿なく、どうやらどさくさに紛れて逃げているようだ。
……アルトの逃げ腰も、この状況では都合がいい。
「ハッ。そ、そうよねっ♪ よく考えたら、私もカイルと《はだかのつきあい》ってやつをやっていたわ。負けてない。そう、私はまだ、負けていないなのよ! むしろ、私の方が先なのだから、勝っているぐらいだわ! そうよね! カイル?」
「う? うん。そうそう、ユウナが最強。優勝ダヨ」
「うふふ。やっぱりね♪」
――となれば、
今の勝利条件は、《クリスタル・ウルフ》の討伐ではなく、全員の無事な帰還。
……倒さなくていいのなら、打てる手はいくらでもある。
「アンナ。一つ、聞きたいんだけど」
「フム。仕方あるまい。そんなに気になるというのなら、教えてやろう。私はまだ処女である!」
「そんなことはどうでもいいから、あと、どれくらい、《魔法》が使えるのか教えろ」
「つまらん奴だな……」
「いいから、早く教えろ! 俺の兄貴が命を懸けて戦っているんだ」
「……行使する《魔法》の等級にもよるが、さっきまでの超級を基準として考えるなら、あと……」
――十回が限度だな。
そう言ったアンナの言葉にユウナが反応し、ユウナがアンナよりも薄い胸を張って言う。
「はんッ。魔導師が十回程度しか使えないの? 剣士兼業の私でも、あと五回は使えるわよ?」
……勝った。
と、ドヤ顔をするユウナは知らない。
アンナが今までどれだけの魔力を消費してきたかを……。
アンナの十回は、ほぼ魔力を消費していない状態のユウナとは違い、既に枯渇してきた状態での十回である。
(嬉しい誤算だけど……冗談だろ? こいつ、《三重》とか、めちゃくちゃつかってなかったか?)
――つまり、
魔力が枯渇してきたと言っても、まだまだ、優秀な常人よりも、魔力を残しているということだ。
「実はお前一番、化け物染みてるよな」
「カイルよ。それはおなごに掛ける言葉ではないぞ」
「確かに……悪かった。じゃあ言い方を変える」
そもそもとして、カイルの相棒がアンナでなかったら、神級の領域にいるという《望叶剣》の精霊の力で張った結界を解除することなどできなかったであろう。
そうなれば、ソプラを救うなど、夢のまた夢……。
「アンナ……お前は、美少女だよ」
「それは当たり前だ。愛していると言うのだ」
「言ってもいいけど、その前に……」
ともかく、アンナはまだまだ戦力外でない。
……作戦が決まった。
「働け! アンナッ! 魔力尽きる、その時まで」
「飴と鞭! 敏腕違法経営者か! 貴様はッ! イヤだ。私は働きたくない! 働いたら負けだと思っておる!」
「引きこもりかッ!」
こんな調子でぐずるアンナだが……おそらく、きっと、やるときはやる美少女だ。
……そう信じることにした。
(信じるだけなら、無料だしね)
「レンジ! 合図をしたら、出口の通路まで走ってくれ! アンナの《結界魔法》で、《クリスタル・ウルフ》を閉じ込める!!」
「……フっ。よし、解った!」
「ユウナはレンジのサポート。俺じゃ、あの戦いに手を出せない」
「イヤ。私はカイルを守るのよ! (金髪から) レンジは一人でなんとでもなるでしょ」
「もう、勝手にしろ。アンナは、俺の合図で《結界魔法》を発動できるようにしていてくれ。すべての魔力をつぎ込んでいい」
「ウム……。そうかっ! 動けなくなった私を、襲う気だなッ! 卑劣な奴めッ! せめて場所は室内にするのだぞ? それと、身は清めてから――」
「――ああっ! もうッ! めんどくせぇっ! 兎にも角にもッ! 作戦開始だ! 散れッッ!!」
結局、レンジしか、カイルが立てた作戦をまともに聞かなかったが、合図が出ると、各々が自分で判断して動き出す。
いの一番に動き出したアンナは、わき目も振らず、出口の通路へ向かうが……
……本当に運動神経が悪いのか、異様にトロイ。
仕方なく、数秒遅れて駆け出し余裕で追いついたカイルが、アンナの足を払って、浮いた身体を両手に抱え上げた。
さらに、そんなことしているカイルの後ろをユウナが付かず離れず、追走する。
「ふ、薄々、思っていたがカイルは面倒見がよいな。頼んだらなんでもやってくれそうだから、結婚したら、紐になってしまいそうだ」
「安心しろ。お前と結婚することは、未来永劫ありえないから」
「カイル。その、ばっちいお荷物、捨てちゃいなさい。きっと、わんこの餌くらいには役に立つわ」
仲が良いのか、悪いのか、対面して数分もしないうちに、ユウナとアンナはお互いの扱いを心得ていた。
《クリスタル・ウルフ》という驚異を前に、三人が冗談を言い合うのは、性格か、この程度を脅威と感じていないのか?
少なくとも額に粘つく汗をかくカイルは、そのどちらでもなく、いつも通りを振る舞うことで、豪胆な自分を演出し、恐怖に止まりそうな足を、奮え立たせる為であった。
「もう少しだ。アンナ、準備は――」
――いいな?
カイルがそう、言葉を続けようとしたとき。
レンジと戦っていた《クリスタル・ウルフ》が一瞬の隙を付き、咆哮。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん」
「くッ」
距離の離れたカイル達には効果がなかったが、直近のレンジは、咆哮によって発生した爆音と衝撃派が直撃し、吹き飛ばされる。
「あっ! レンジッ!」
「ッ! カイル。ダメ、罠よ」
致命的な隙。
ここを付かれれば、レンジといえども危ういだろう。
それを悟ったカイルが足を止め、救出しようと振り返る。
……しかし、
「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッッ!!」
《クリスタル・ウルフ》は、レンジを無視して、カイル達を睨むと、クリスタルの毛並みを逆立てた。
ぞくり……っ。
カイルの背筋に冷たい感覚が走る。
それは、危機を知らせる第六感。
致命的な隙は、レンジだけではなく、足を止めたカイルもまた、含まれるのであった。
「やばッ、失敗っ――」
直後、《クリスタル・ウルフ》の逆立つ毛並みが、マシンガンの弾丸のように打ち出された。
それは、暴力の嵐。
毛並みの一本、一本が、鋼の剣よりも頑強なのだから防御もできない。
(攻撃範囲が広すぎるだろ……避けらんねぇぞ、これはッ)
「むぅっ!! 《オメガ・ウォー……おぅ?」
カイルに次ぎの手がないことを悟ったアンナが《防御魔法》を展開しようとする……が、
「――アンタの魔力は、カイルの作戦に必要でしょ」
その窮地を、だれよりも早く察していたユウナが、前を征くカイルの背中を掴み、後ろに引き下げた。
「……っ!」
不意の一撃に対応できず、カイルは転ぶ。
必然、カイルの腕に抱えられていたアンナも地面を転がり、《魔法》の発動が途切れる。
「カイルの顔に泥を塗るつもり? 取っておきなさい」
目を白黒させるアンナに、ユウナはそう言い捨てて、悠然と鋼の剣を構え、二人の前に立った。
カイルと同じ型の剣だ。
「ユウナ殿。その剣ではッ」
「うるっさいっ!! ポッと出のアンタは黙ってなさい!!」
「……っ!?」
アンナの善意による忠告を、ユウナが怒りで返す。
……それは、まさに、理不尽だ。
だが、それこそが、ユウナである。
「なんども、なんども、なんどもぉッ! カイルは!!」
ユウナは、幾千万と飛んでくる《暴力の雨》を前に、鋼の剣を両手で構え、真上に持ち上げると、
「私が守るってッ! 言っているでしょうがぁぁぁぁぁッッ!!」
溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように叫び、振り下ろした。
すぱんっ。
「ほう。その齢で《剣気》を纏うのか。しかも相当練度が高いと見た」
あっさりと、カイルとレンジが斬れなかった、《クリスタルの剛毛》をユウナの一刀が切り裂いた。
……《超級剣士》の一刀は、鋼をも絶つ。
だが、ユウナの一刀は、それだけでは終わらない。
ぶぉぉぉんッ!!
豪風が巻き起こり、後続の《クリスタルの毛針》を弾き飛ばしていく。
「剣で《竜巻》を起こしたッ!? どういう原理だ? 《魔法》……《魔剣》か? 否、《魔力》を使った形跡はない」
訳知り顔のアンナがぽかんと口を開け、驚愕するが、確かに、普通の剣士では、どこまで《階級》を上げようと、起きない現象なのである。
「どういうことだ。カイルよ。私は、あんな剣技をしらんぞ」
「お前が何をどこまで知っているか知らんが、ユウナの剣は偶にああなる。原理は不明。だれも、解ってない。というか、たぶん、ユウナ自身も解ってない。たぶん、能力の類なんだろうとは思うけど……」
「な、なんという……才覚なのだ。その才だけなら、カイルはもちろん、あの黒髪の男よりもあるのではないか? ……カイル。貴様だけ、役者不足ではないか?」
「出来の悪い子を見る目で見るんじゃねぇ。まだ、わかんないだろ。俺だって、眠っている才能とか、あるかもしれないだろ!!」
「もう、叶わぬ夢など諦めて。おとなしく、私の夫となっておくのだ」
「ぜったいに。イヤだ」
ともかく、ユウナの《剣風》で、《毛針の雨》を、凌ぎきった。
「ふんッ。ぽっと出とは違うのよ。ポッとでとはね」
絵画に描かれた美しい女剣士のように、剣を仕舞ったユウナが、長い白黄色の髪を払って振り返った。
そうして、アンナに向かってあからさまなドヤ顔を決める。
……が、
「ユウナ殿のおかげで一先ず難がさったのはよいのだが、カイルよ」
「なんだよ」
「後ろを見てみよ」
もともと、誰の手柄で何某を守ったなどと、たいして頓着していないアンナは気にした風もなく、別の話題に移った。
それで逆に「ぐぬぬっ」と、激情を滾らせてしまうところが負け犬っぽいユウナだが、アンナの視線が向かった先を見て、表情を凍らせた。
二人に続き、カイルも視線を動かすと、《クリスタル・ウルフ》が飛ばした《毛針の雨》で、出口に繋がる通路の天井が崩れ落ち、道を塞いでいた。
「あの道なくて、作戦とやらは、修正可能か?」
聞かれ、口を噤んだカイルが、思考を高速で回転させ、修正案を模索するが……
三人がいる《望叶剣》の祭壇があった空洞に他の通路はない。
……修正など不可能だ。
「か、カイルは、悪くないわっ! 私が悪かったのよ! カイルの作戦は完璧だったんだから」
「ありがとう、ユウナ……でも、俺の失策だよ。《敵》の前で馬鹿正直に作戦を語ったから」
通常、《魔物》が人間の言葉を理解することがないため、カイルは全く警戒していなかったが、偶に、人間の言葉を理解する魔物も存在する。
さっきの一連の攻防。
……《咆哮》でレンジを吹き飛ばし、動揺した所を偶々狙われた、ように見えたが。
――実際は、そうではない。
意図的に、カイルたちが洞窟から逃亡しないよう、《毛針の雨》で天井を崩したのだ。
……《クリスタル・ウルフ》の瞳を見れば、知性があると、直感で解る。
「犬畜生の癖に、カイルの策を理解するなんて生意気ね。私は全く理解できてなかったのに」
「それは自分で畜生以下と認めているがよいのかや?」
「いや、ただ単にユウナが俺の作戦を聞いていなかっただけでしょ」
ともかく。
カイルは天井が崩れた通路の状態をもう一度、確認。
通路の上から下まれぎっしりと土砂が詰まっている。
「一応、聞くけど、二人とも、この通路の土砂を駆除できる手とかある?」
「私は無理だ。攻撃魔法が使えんからの。ふむ……されど、ユウナ殿の《剣風》ならできるのではないか?」
「《剣風》? なに言っているのか解らないけど。たとえ出来たとしても、他の所が崩れるだけよ。そういう、カイルなら何とかできるんじゃないの? ほら、カイル。イロイロな《魔法》を使えて器用じゃない」
「イヤ? 無理だよ。さっき回復魔法を連打したから、俺もほとんど魔力が残ってないし……使えてあと、一回か二回」
三人は自分の切れる手札と、その結果を提示して、一つの答えを出す。
「ようするに、土砂を退かしたければ、地道に手作業で退かしていくしかないということかしら?」
「だけど、それを、黙ってあの犬っコロが見ていてくれるわけがないよね」
「つまり、土砂を退かす為には、まず、《クリスタル・ウルフ》を沈黙させるしかないということだな」
「「「……」」」
結論が出たことで、三人は無言で《クリスタル・ウルフ》へ視線を向けた。
「グルルルルルルルルルルルル」
獰猛な双眼と三人の視線があう。
その横でシュルシュルと砂煙が上がっているのは、レンジが吹き飛ばされた壁だ。
「ところで、カイルよ。アレを倒す策はあるのか?」
「策を練る前に、アレに有効な手を知りたい。今の所、物理・魔法問わず、攻撃全無効ってことしか解ってないし」
ズダァンッ!!
壁の砂煙から、レンジが飛び出し、《クリスタル・ウルフ》の横胴に斬りかかる。
衝撃で、身体が少し傾くが……それだけだ。
致命傷……どころか傷にすらなっていない。
「ふぅぅん。じゃあ、何か有効な手があれば良いわけね?」
「ユウナ?」
そんな戦況を、ユウナがつまらなそうに流し見て、長い髪を後ろに払うと、
びゅっんッ!!
突風を纏って、突貫した。
刃が起こす《竜巻》と《水晶》が激突する。
ギギィィンッッ!!
「チっ!! やっぱり、《本体》は硬いのね――でも、無敵ってことはないでしょッ」
直後、弾かれたのはユウナ。
毛針を切り裂いたユウナの《剣技》でも、《クリスタル・ウルフ》の身体に傷を与えることができない。
……しかし、
「ハァァァァァァァァァァァ――ッッ!!」
ユウナの攻撃は、《クリスタル・ウルフ》の態勢を崩すことはできていた。
その隙を、レンジが逃さず、追撃を掛けて、さらに、態勢を崩させた。
――さらに、ユウナが追撃、レンジが追撃。
兄妹剣士二人の連携攻撃が、《クリスタル・ウルフ》に反撃の機を与えない。
「何だ。ユウナ。結局、こっちに来たのか?」
「レンジが苦戦しているようだから……手伝ってあげるだけよ」
「フッ。それは、有難いが、一週間ぶりの再会だろ? もう少し、カイルの傍にいたいんじゃないのか?」
剣激を止めず、レンジにからかうように問われたユウナは、一層、激しく竜巻を発生させる。
「居たいわよ!!」
そして、素直に怒鳴った。
「でも、私のせいでカイルの作戦を台無しにしちゃった失態を、ここで返上するの!」
二人が、さらに速度を上げ、《クリスタル・ウルフ》を圧倒していく。
「おや? これは、このまま、イケるのではないか?」
「いやいや、いくらなんでも、あんなん、体力が持つ訳ないだろ」
一方、後方にぽつんと残されたアンナとカイルは、戦況を落ち着いて観察していた。
楽観的なアンナの言葉を否定するカイルの言うとおり、ユウナとレンジの連携攻撃は、常に全力疾走をし続けているようのもの。
そう長くは続かないだろう。
……既に、目に見えて、ユウナの斬激で発生する《烈風》の勢いも落ちてきている。
「やはり、決定打がないと、初物のおなごのようか?」
「すまん……翻訳は入れてくれ。お前の例え、解り憎いから」
「つまり、状況がキツいと、初物のおなごのおま――」
「――黙れ、馬鹿」
兎も角、話はやはり、いかに《致命傷》を与えるか?
と言うところに、収束している。
「王級剣士であるレンジの剣技でも、絶大な威力を誇るユウナの《剣風》でも、おそらく、俺の《爆炎》魔法でも、《致命傷》にはなりえない」
「ふむ。《王級剣士》か……」
「なんだよ? レンジに文句でもあんの?」
意味ありげに、レンジを見つめるアンナに、カイルがギロりとした視線を向けた。
「カイルは、アレだな。レンジ殿や、ユウナ殿のことになると、途端に性格が変わるな」
「……」
「ともあれ」
そんな視線を、しれっと、横に流して、アンナは言った。
「一つ。私に策がある」
「ほーう?」
「かなり魔力を消費する事になるが……乗るか?」
アンナの魔力を消費すると言うことは、カイルが立てた作戦が完全に、実行不能になるということだ。
それでもカイルは、即答した。
「乗る!」
「そう言うと思っていたぞ」
その答えに、アンナがニヤリと白い歯を見せて笑った。
そして、
「二本の棒で足りぬ不感症とあらば、三本の棒で責めればいいッッ!!」
意味深な格言を言いながら、カイルの肩にぽんと細い手を置いた。
そのままアンナは、《魔法》を発動する。
「《オーラ》」
途端、カイルの身体に、透明なモヤが覆う。
「……これは?」
と、問うカイルだが、変化はすぐに起こる。
身体の奥底から、今まで感じた事ないほどの、饒舌に尽くしがたい万能感がこみ上げてきたのだ。
……感覚だけではない。
掌を、握りしめて、開く動作を何度か繰り返し、カイルは、自身の力が向上していることに気がつく。
「《筋力》を強化する《支援魔法》……《筋力強化》か?」
「否。《筋力》だけでなく、《体力》、《敏捷》、《防御力》、《知力》、《魔力》まで! おおよそ、ありとあらゆる《身体能力》を強化する魔法、無属性魔法の境地、《総合強化魔法》だッッ!!」
カイルは、その場で、軽く飛び跳ねて、何時もより、高く、そして素早く、動けることを確認する。
内に秘める魔力も、総量こそ変わらないが、濃度、質が大きく向上していた。
「まぁ、有り体に言えば、《強くなる》魔法だな」
「……お前、コレ、なんで今まで隠していたんだし」
「理由は、二つ、一つは、魔力消費が永続で、行為に及ぶかの如く魔力がみるみる減っていくからだ」
「もう一つは?」
「一方的に相手を強化する魔法ぞ? 真に信を置く友にしか、使えんであろう? 現に今のカイルの攻撃力は私の《加護》を上回っている」
「……確かにな」
もし、今、カイルがアンナを攻撃すれば、どうなるか……。
それは、全く知らない人物が、猛毒をもって隣にいるようなもの。
この魔法は、アンナが信じるに値すると、心から思う人間にしか使えない魔法であった。
「お前に信用されていると思うとぞっとするんだが……」
スッと、カイルが予備の剣を抜く。
当然、アンナが、危機感を感じる事はない。
むしろ、頼もしいと思うくらいだ。
「感謝する!」
「私とカイルのナカに、感謝なぞいらん。ただ、美少女と崇め奉り愛を囁け」
「ふっ。ブレない美少女だなっ。――ちょっと行ってくる」
「ウム」
アンナの魔法、《オーラ》により、《上級剣士》の限界を越えて、カイルが疾走した。
三つ目の剣が、《クリスタル・ウルフ》を横合いから吹き飛ばす。
「「カイル!」」
突如、参戦したカイルに、ユウナとレンジが目を見張る。
その間も、カイルは止まらず、追撃。
空気の壁を破壊して、剣を《クリスタル・ウルフ》の横胴に突き立てる。
ずどぉぉぉぉぉんっ。
再び吹き飛ぶ《クリスタル・ウルフ》。
「ちっ……やっぱり、刺さりはしねぇか。硬すぎんだろ」
……でも、
確実に、体力を削っている。
その証拠に、《クリスタル・ウルフ》の口から、獣臭い吐息が荒く漏れ出していた。
「レンジ。ユウナ。このまま、ゴリ押すぞ」
「それは良い。俺好みの作戦だ」
「流石はカイル。やっぱり、強いわね。私も負けて居られないわッ!」
こうして、カイル、レンジ、ユウナによる、反撃が始まった。