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八話 『黄金の選択』

 全長、十メトル。

 カイルの背後で封印から解き放たれたのは、危険度Aクリスタル・ウルフ

 白銀に輝く毛並みは一見、神秘的に写る。


「グルルルルッ!!」


 鋭い黄色の相貌が、至近のソプラを捉え、躊躇なく前足を振り下ろした。

 契約解除の影響で気絶しているソプラは避けられない。


「ちぃっ!」


 その一撃は、祭壇を跡形もなく破壊し、土煙を巻き上げた。

 ――直前。

 カイルが、ソプラの身体を抱き上げて、祭壇から間一髪、飛び出していた。

 ……取り敢えず、二人とも、無事だ。


 ――しかし。


 じわり、じわり、と、カイルの脇腹に血が滲む。

 あまりに《クリスタル・ウルフ》の一撃が素早く、完全に躱しきることが出来なかったのだ。

 戦闘中にわざわざ確認したりはしないが、カイルの脇腹は、クッパリと深く裂けていることだろう。

 それは、《クリスタル・ウルフ》の前足の爪につく、紅い液体を見ても一目瞭然だ。


(不味い……初手から、致命傷を食らっちゃった……コレ、死ぬんじゃね?)


「兄ちゃんっ! その傷――」

「うっせぇ。お前は、妹の心配だけしていろ!」


 カイルは、傷を心配して駆け寄ってこようとするアルトに向かって、ソプラの身体を放り投げた。


「そ、ソプラァァァ!!」


 アルトがキャッチ。

 足を止める。


「兄ちゃんっ! なんてことをするんだよ!!」

「リスクマネージメント」


 ……コレで、足手まといは居なくなった。


「よし。アンナ! ソプラとアルトを連れてにげ――」

「――グルラァァァァァッッ!!」

「なッ!」


 シュッと、カイルの真横を一陣の風のように白い怪物が通り過ぎた。

 その感覚から一瞬、遅れて背後を見れば、猛進する《クリスタル・ウルフ》の後ろ姿。


(俺を素通り……だとぉ? そう言えばさっきも……)


「むぅ。カイルよ。しんがりをするならきちんとせんかぁッ! これでは逃げたくともにげられんではないか!」

「アンナっ! ソプラを守れぇぇぇえっ!!」


 そう、《クリスタル・ウルフ》狙いは、数百年近く封印した《精霊の巫女》ソプラだ。

 カイルが強制的に契約を解除したとはいえ、まだソプラの身体には、術の名残が残っている。


「ひぇぇぇっ。来るッ! 来るッ! こっちにクるぅぅ!! 姉ちゃん。姉ちゃんっ。助けてぇぇ」

「ええいっ。アルト。貴様ッ、玉付きであろう! 乙女の身ぐらい、守ろうとする気概をみせんかっ!」


 ソプラまでの最短距離を、穿って進む《クリスタル・ウルフ》の威圧を前に、アルトが怯え、アンナの背中にすがり付く。

 そんなアルトの姿に、アンナは嘆息しながら、片手を上げて――


「《超級防御魔法オメガ・ウォール》!! 《三重トリプル》だ!!」


 透明の結界壁を三枚、作り出した。

 アンナは、サラッとやったが、今のは、《昇級詠唱》と、複数の魔法を同時に発動する《重複詠唱》を組み合わせた上で、当たり前のように《詠唱破棄》をすると言う超絶高等技術だ。

 ……《魔導神》もびっくりである。


「グラララララァッッ!!」


 アンナが展開した《オメガ・ウォール・トリプル》と、危険度Aクリスタル・ウルフが激突する。

 その衝撃は、地面を伝って洞窟の壁を破壊し、空気を伝って風圧を生み出し、周囲の全てを吹き飛ばした。


「なぁっ! クソォッ!! 俺の方が足手まといじゃねぇぇか」


 激突で、《オメガ・ウォール・トリプル》の防壁が二枚まで破壊されるが、《クリスタル・ウルフ》の突進も止めている。

 ……他者がつけいる隙がない!


(というか、このままアンナに足止めをさせておいて、俺が双子を逃がした方が――)


「《追加オメガ・ウォール・ダブル》!! と、《上級回復魔法メガ・ヒール》!」


 戦況を眺めるしかないカイルの前で、アンナは、壊された防壁を再び展開し、カイルの傷まで治して見せる。

 ……が。


「ウムムム……カイルよ。我が最愛の夫よ!」

「この状況だ。何時ものオフザケじゃないと踏んで、敢えて突っ込まずに流すが……何だ?」

「魔力が底を突きそうだ……助けてくれ」

「!!っ」


 いくらアンナでも、限界はあった。

 しかし、普段のアンナなら、この程度の《魔法》行使で魔力は尽きなかっただろう。

 ここまで消耗したのは、《望叶剣》の力を流用した《結界》を《解呪ディスペル》する為に大半の魔力を消費していたからだ。

 ……そんな状態にもかかわらず、アンナは、《回復魔法》を使った。


「そういうことは、早く言えよ!」


 カイルの背筋がぞくりと震え、《クリスタル・ウルフ》に対する闘争心が立ち上がる。

 腰から愛剣を抜き、


「《炎の精霊よ――」


 詠唱と同時……疾く駆けた。

 通常、《詠唱》をする場合は、魔力を練り上げる必要があるため、足を止めるのだが……

 カイルは、詠唱しながら行動する《並行詠唱》という高等技術だけは、得意であった。


「――豪炎の弾となって・撃ち抜き給え》――《ファイア・バレッド》!!」


 しかも、唱えたのは、初級魔法ボールではなく、一階級上位の中級魔法バレッド

 初級魔法よりも、魔力を濃縮し、弾丸として打ち出す攻撃魔法だ。

 威力だけで比べても、《初級魔法》とは、三倍以上も違う。


 ――しかし。

 カイルが発動した《ファイア・バレッド》は、《クリスタル・ウルフ》の硬い外皮に激突すると、火傷一つ付けられず、霧散してしまう。


(クッ! 嫌な予感がしたから、《中級魔法バレッド》を撃ったけど……これは――)


「粉クソガァァァァァッッ!!」


 ――更に。

 直進していたカイルが、《クリスタル・ウルフ》の背後を取って、愛剣を振った。


 ――が。


 ばぁりんっ。

 刀身がバラバラに砕け散る。


(やっぱり、コイツ。滅茶苦茶、防御力が高い!! ……というかっ! ユウナとの思い出の剣を砕かれた!)


「ふざけッ――」

「グルルルルルゥゥッッ!!」


 邪魔だ……と。

 人間が、顔に集る小バエを叩き落とすように、《クリスタル・ウルフ》が尻尾を振った。


 ザクッ。


「ぐはっっ!!」


 それがカイルの脇腹に直撃し、鋼鉄の剣を砕く、クリスタルの毛並みが突き刺さる。

 ……抉られ、地面にたたきつけられ、更に――


「ムゥ! 《ハイ・ウォール》。からの《オメガ・ヒール》!!」


 致命的な一撃は、アンナの防御魔法によって阻まれ、追った深手も一瞬で全快する。

 だが、その一撃で、カイルに掛けられた防御魔法は簡単に破壊されてしまった。

 ……アンナの魔力が枯渇しているからか?


「――チィ」


 さらなる一撃を前に、カイルは即座に立ち上がり、真後ろへ飛び下がる。

《クリスタル・ウルフ》の攻撃範囲から脱出。


「おい。アンナ。めちゃくちゃ強いぞ、この犬ッコロ」

「当たり前だろう。Aランクを何だと思っていたのだ」


 ……《苦戦する相手》。

 ――だが、

 今の攻防で、カイルは《クリスタル・ウルフ》の評価を、《手に負えない相手》に昇格させた。


「ともかく。アンナ。もうちょっと、踏ん張って……何とかするから」

「ムム……良し。信じた。本当にもう少しだからな」


(何とかするとは言ったけど、剣は折れたし、虎の子の《魔法》も利かなかった……《上級魔法》は使えないし……属性を変えて《中級魔法》を撃っても無意味な気がする)


 カイルは自分が持つ攻撃手段カードを全て出し、打開策を考える。

 ……考える。


(残りの魔力量から考えて、魔法が撃てるのは数発……《中級魔法》より強力な《魔法》は、《爆炎魔法》だけど、こんな洞窟の中で発動したら、余波で全員死んじゃう……あとは……あとは……えっと……えええっと……)


 ……考える。

 そして、

 答えが出た。


(うん。詰んでる)


 何をどうしても、今の状況と戦力では、《クリスタル・ウルフ》への決定打にはなり得ない。


 ――ならば。


「おい。犬っコロ。俺の相棒に何してくれてやがる」


 カイルの声。

 ……それで、


 ピタっ。

 何故か突然、ソプラを殺さんとしていた《クリスタル・ウルフ》の動きが停止した。

 凶暴な黄色い相貌が、背後のカイルへ向けられる。

 同時に、アンナもカイルを見た。


「お前の狙いは、コッチだろ?」

「……」


 対抗策などない。

 この状況をひっくり返せる都合の良い戦術などありはしなかった。

 それでも不適に笑ってそう言ったカイルの手には、《望叶剣》が握られていた。

 ……そう、《クリスタル・ウルフ》を封印していた精霊が宿る剣を。


「グルルルッルルルッッ!!」


 一瞬の沈黙を経て、《クリスタル・ウルフ》の標的がカイルに切り替わった。


「よしッ!! アンナッ! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉッッ」

「――ッ! 馬鹿者! 貴様はッ」


 当然、カイルに《クリスタル・ウルフ》を退ける手立てはない。

 これはただ、自分の身を囮に、アンナ達だけは逃がそうという、捨て身の作戦であった。

 その結果として、カイルは《死》が確定しているのだが……


(俺、なんでこんなことしてんだろうな……ソプラのため……いや)


 そんなカイルの頭に過ぎったのは、金髪……ではなく。

 下世話な事を言って、豪快に笑う、アンナの顔であった。

 ……アイツを死なせたくない。


(って! 馬鹿野郎! 俺! ソプラとアルトだ! 可愛い愛弟子たちの為にやったんだ!)


 首を振って、雑念を払い、カイルは剣を構える。

 ……絶対の暴力を前にしても、屈する事だけは、したくなかった。

 カイルの脳裏には、何時だって、《黒龍》と《魔人》の姿がある。

 あの時の恐怖と絶望に比べたら、どうということはないのだ。


「グララララァァ――ッッ!!」

「ハァァァァァァ――ッッ!!」


 ……大切な家族を、友人を失った、後悔だけは、覆さない!!

 今度の今度こそ、カイルは、守るのだ。


 ――激突!!


「ぐはぁっ!!」


 勝負は一瞬で決まった。

 見るも無残にカイルの全身の骨が粉々に砕け散ったのである。

 ……致命傷だ。


(けれど。アンナ……解ってるよな? もう、回復はいらないぞ?)


 わざと出口へ続く通路とは、反対の方向で《クリスタル・ウルフ》を誘った。

 一撃で、散ったとしても……時間稼ぎには十分。

 視界が血で潰れて確認のしようがないが、今頃、アンナは双子を連れて、安全な場所に避難しているであろう。


 ――と、カイルは思った……が。

 人はそう、思い通りには動かない。


 ザっ。


 と、誰かが、ぼろ雑巾のようになったカイルの前に立ち――


「このぉぉッ!! 愚か者がぁぁぁぁぁぁッッ!! 《オメガ・ヒール》!!」

「――ッッ!!」


 ――瀕死のカイルに回復魔法を施した。

 立ち所に、傷が癒えていく……こんなことが出来るのは、一人しかない。

 血で視界が潰れていても、カイルには目の前に立った人物が誰か解った。

 ……自然と口元が綻んでしまう。


「馬鹿はお前だ……なんで逃げないんだよ……まったく」

「……本当に何をやっているのだろうな」

「アンナ?」


 このとき、カイルは、アンナが何時ものように、不敵に笑って居るのだろうと思っていた。

 ――しかし。

 血をぬぐって、開けた視界に写ったアンナは……


「ぐはっ」


 全身を、《クリスタル・ウルフ》の剛毛で串刺しに貫かれていた。

 どろりとした、紅い液体がアンナの唇から漏れ出す。

 カイルの表情が凍り付く。


「……私は……死ぬ訳には……いかんのに……カイルを助けたいと思ってしまった」

「おい……アンナ……なんで、お前……加護は……?」


 空白になるカイルの頭に、アンナの能力スキル、《治癒の化身》が浮かぶ。

 その力で、アンナは常時、一定攻撃力以下のダメージを無効化出来るはず……と。

 ……ただの現実逃避だ。

 そんもの、一々答えを聞かずとも、ダメージを受けている時点で、防御の加護を貫通したのだと、解るのだから。

 つまり、《クリスタル・ウルフ》の毛針は、カイルの《爆炎魔法》よりも攻撃力(防御力)がある……ということでもあった。


 カイルの心の底に眠る絶望が……濃く増していく。


「グルルルルルッッ!!」

「フッ。私を舐めるなよっ。野犬風情がァァァッ!! 《オメガ・ウォール・トリプル》」


 アンナの怪我に、カイルの思考が固まるが、状況は止まらない。

 止めとばかりに、《クリスタル・ウルフ》が鋭い爪を立てて、前足を振り下ろす。

 ――対して、アンナが、ぽたぽたと血を吐き出しながら、防御魔法を展開した。


 ばちんっ!


 三重結界と、《クリスタル・ウルフ》の攻撃が衝突し、火花を散らす。


「っ! アンナっ」


 その衝撃で、カイルが我に返り、アンナの身体を引き寄せた。

 アンナを串刺しにしていた《クリスタル・ウルフ》の身体から剛毛ごと引き抜ける。


「自分の行動を自分で制御できなんだ。私としたことが……どうやら、本気で……カイルを好きになっていたようだな……これが本当の血迷ったか……フフ」

「――バカ言ってないで、早く自分に《回復魔法》を掛けるんだ! 本当に死ぬぞ!!」


 カイルも《回復魔法》は使えるが、《昇級魔法》が使えないカイルでは、致命傷は治せない。

 少し無茶でも、今は、アンナが自分で傷を治すしか、ないのであった。

 ――だが。

 ふるふると、アンナは首を横にふる。


「言っていなかったか……? 私は《能力スキル》の影響で、私自身を対象に《魔法》を使用することはできないのだ……」

「聞いてねぇ!」


 ……だが、少し考えれば、当然のこと。

 強力な《能力スキル》には、過負荷デメリットが付くのは常識。

 ソプラの《精霊の巫女》が、ソプラの寿命を削っていたように……アンナにも、過負荷はあったのだ。


「クソっ。《全ての攻性を封殺される》……って、だけで思考停止していた」


 そして、ソプラの《能力スキル》と比べても、アンナの《治癒の化身》は、一次元上の性能であった。

 ……過負荷デメリットが二つあっても、不思議ではない。


「……カイルよ。死ぬ前に一つ頼みがある」

「黙ってろ! 《癒やしの精霊よ・聖なる光となって・彼の者を癒やし給え》」

「……私にはなさねばならぬ事がある。私の代わりに――」

「黙ってろって! 言ってんだろうが! 《ヒール》」


 カイルが《回復魔法》を発動し、アンナの身体は白い光に包まれる。

 徐々に傷が癒えてはいるが……治りが遅い。

 この速度では、傷が完治するまでに、何時間もかかるであろう。

 ……誰がどう見ても、アンナの命が先に尽きる。


 ――それでも。

 カイルは、発動した《回復魔法》に全力で魔力を注ぎ続けた。


「アンナ! 先に言っておく。俺はお前が大嫌いだ。心底嫌いだ! 本当にな! 唯一の長所は金髪だけ」

「……っ」

「だから絶対に、お前の頼みなんか聞いてやらねぇぞ!!」

「……」

「だから! お前が今、俺に頼もうとしたことは! お前が生きてっ! 自分でやりやがれぇぇぇっ!」

「……っ!」

「これだけは、どんなに上質な金髪を、いくら貰っても譲らねぇ。絶対だ!」


 一見、冷たく突き放すような言葉。

 ……だが。

 アンナには、カイルの《絶対に死ぬな》という、気持ちがしっかりと伝わっていた。

 じーーんッと、胸の奥が熱くなる。


(フ……《初級回復魔法ヒール》しか使えんのに、諦めが悪い奴だ。いや……《精霊適正》が絶望的にもかかわらず、それでも《合成魔法》や《並行詠唱》と言った技術を習得している殿御だったな)


「……私より諦めの悪い人間は、初めて見たぞ……ごほっ」

「それは、お前の見識が狭かっただけだ」

「ごほっごほっ……フ、それはどうだかな……とにもかくにも……そんなカイルだからこそ……私は、私の身より、カイルの命を優先させたくなって……しまったのであろうな……」


 ぺたり。

 血まみれの手で、アンナがカイルの頬を触り……力を失った。


「アンナっ!!」

「……ふふ。夢半ば……とは言え……い殿御に看取られるのは悪くない……」

「ふざけんな。ふざけんじゃねぇぇぞ! アンナ! どこ見てる! 俺を見ろ! 意識を保て! 死ぬなっ!」

「……すまない」


 最後の言葉は……カイルにではなく。

 遠い場所の、愛しい誰かに告げるような言い方であった。


 ばぁりんっ……。


 アンナが張った防御魔法が壊れた。

 ……それが意味するのは、


「グルルルルルルッ!!」

「……」


 獣の相貌が、カイルを捉え、前足を振り上げた。

 祭壇を破壊した一撃が来る……が。

 カイルは、気を失って酷く重くなったアンナの身体を抱きしめたまま動かなかった。


「俺は……また……守れなかった……アンナ……」

「……」


 カイルの瞳から、一滴だけ、涙が零れ落ちる。

 零れた涙は、アンナの頬を伝い、薄いピンク色の唇をぬらす……。


「ゴメン……俺がもっと……強ければ……」


 振り下ろされる……《クリスタル・ウルフ》の前足。

 諦めとは別の境地で、回避する気持ちが沸かないカイルに、必死の一撃が落ちる……瞬間であった。


 びゅるびゅるゅぅ~~っと、突風が吹いた。

 そして、


「――カイルはッ!」


 疾風ともに、白黄色の長髪を持つ、少女が現われた。

 その少女は、カイルの前に立つと、腰から鋼の剣を抜き放ち、


「私が守るのよッ!!」


 銀線一閃。

 仁王像の様な表情を持って、《クリスタル・ウルフ》の前足を弾き返した。


 ふぅ~~っっと、攻撃を弾いた少女が息を吐き出すと、


 ふわりっ。


 長い髪を空気に舞わせてクルっと振り返り、


「カイルっ!」


 背後のカイルを抱きしめた。

 その時の少女は、一転して、慈悲深い聖母のような表情を映し出していた。


「カイル! 大丈夫? どこか痛い所はない? 怪我は……していないようね。……良かった」


 心の底から、カイルの身を案じているこの少女は、カイルの幼なじみであり、妹のような存在であり、姉のような存在でもあり……そして、絶賛、片思い中の相手でもある。

 カイルにとって最も大切な家族……


「……って、ユウナッ! 何でここに?」

「ねぇ。カイル。私と会えなくて寂しかったでしょ? 寂しいって言いなさい。泣いてもいいのよ? 私がこの胸で優しく、あやしてあげるからね」

「……いや、ユウナに胸なんてないじゃん」


 ボコッ!!


 カイルの頭に、ユウナの鉄拳が落とされた。

 ……暴力はダメ、絶対。


 兎も角、そんな事をしている間に、《クリスタル・ウルフ》が態勢を立て直し、もう一度、カイルに襲い掛かろうとしていた。


 ――だが。


「《闇の精霊よ・漆黒の波動となって・彼の者を殲滅し給え》」


 別方向から、魔法が発動し、漆黒のエネルギー波が《クリスタル・ウルフ》に激突した。

 上級闇攻撃魔法、《ダーク・ノヴァ》だ。

 そして、その魔法を得意としている人物を、カイルは知っていた。


「レンジっ!?」

「……フ。カイル。お前は何時も、ボロボロだな」


 黒い髪、黒い瞳、着ている服は黒ではないが、暗い洞窟内では漆黒を纏っているように見える男。

 カイルとユウナの兄貴分、レンジであった。


「さて。カイル。お前を迎えに来てみれば……コレは、どういう状況なんだ?」


 魔法を放った右腕を降ろし、その手で鋼の剣を抜きながら、レンジが問う。

 ……最強の増援だ。

 カイルは正直、ユウナの登場よりも、胸の内が暖かくなっていた。


「レンジ! 敵だ! その魔物を倒してくれ!」

「フッ。任せろ」


 返答と同時に、レンジの姿がかき消えて、直後、《クリスタル・ウルフ》と激突。

 カイルでは傷一つ付けられなかった剛毛ごと、ぶっ飛ばした。

 十メトル級の巨体が空中を舞う。


「すげぇぇぇ」

「なんか。カイル。私を見た時より、喜んでいないかしら?」

「ソンナコトナイヨ」

「そうよね♪」

「……」


 されど、A級はA級。

 それで倒される《クリスタル・ウルフ》ではなかった。

 空中で態勢を立て直し、天井に四本の足を付く。

 ……まるで、重力を無視するかのように。


「グルルルルルルッ」

「思った以上に頑丈だな」


 だが、そうではない。

 しっかり、重力の影響を受けている。

 だからこそ、《クリスタル・ウルフ》が天井を蹴った時、その巨体に、膂力と重力の力が上乗せされた。


 ドガァァァァァァァァァンン!!


 爆砕。

 レンジが居た場所に、《クリスタル・ウルフ》が檄着し、その衝撃で周囲の全てを吹き飛ばした。


「レンジッッ!!」

「カイル。コッチは心配するな!」

「……っ」


 壮絶な戦い。

 だが、レンジも負けていなかった。

 天井を蹴った《クリスタル・ウルフ》を見た直後、レンジも地面を蹴り、天井まで飛び上がっていた。


「お前は、お前のやるべき事をやれッ!!」

「グルルルルルルルルッッ!!」


 一転して、レンジと《クリスタル・ウルフ》の立ち位置が完全に入れ替わり、今度はレンジが重力を味方にして、降下する。

 超高速立体移動戦闘術、空間を三次元的に使って戦うレンジ固有の戦闘スタイルだ。


「クソ……アンナの時と同じで、次元が違い過ぎて手が出せねぇ」


 加勢したいカイルだが、今、加勢しても、レンジの足を引っ張るだけであろう。

 ……どうすれば。

 そこまで考えて、カイルは自分を見つめる、白黄色の瞳に気がついた。


「ユウナっ!!」

「なっ、何よ? レンジの加勢はしないわよ? レンジにそんなことは必要ないし、私はカイルを守るのに忙しいから」


 この目の前にいる気性の荒い少女。

 見た目通り、性格が壊れている節もあるが……何故か、ユウナは、《回復魔法》が得意であった。

 ……つまり。


(ユウナなら、アンナを治せる)


 カイルは、意識を失っているアンナの身体をユウナの前に出し、懇願する。

 ……レンジの言葉、加勢ではなく、このことを意図していたのだろう。


「ユウナ。アンナをっ! アンナを助けてくれ」

「誰よ! アンナって! 私はユウナよ!」

「そんなことは知ってるよ! こっちだよ! このちょっとふてぶてしそうな女の子がアンナ」

「女の子ぉぉ~~?」


 言われて、ユウナが初めて、カイル以外に意識を向ける。

 ここで、カイルの腕に抱かれている、血まみれのアンナの存在に、ユウナは気がついた。

 ……いままでは、本気でカイルしか見えていなかったのだ。


「って、きんぱつじゃないっ(激昂)」


 そんなアンナの存在を見たユウナが、再び仁王像のごとき表情を出す。

 ……カイルの腕に抱かれている女の子の存在が、腹の底から気にくわなかった。

 しかも、


「ユウナ。頼む。このままじゃ死んじゃう。俺の《魔法》じゃダメなんだ。アンナを助けてくれ」

「……」


 カイルが、アンナに向けている親愛の視線。

 それは、いままで、ユウナにだけ、注がれていたモノであった。


「大切な女性ひとなんだ」

「……っ」


 カイルが特に深い意味もなく、意識せずにいった……

 その言葉が、決定打となった。

 ユウナの返答が決まる。


「嫌よ! 絶対に嫌! 私の魔法は、カイルを守る為にしか使いたくないもの!」

「な、なんだとぉぉぉぉっっ!! 馬鹿ユウナ! 冗談言っている場合じゃないんだぞ!」

「誰が馬鹿ですって! 馬鹿はカイルよ! 私の前で他の女なんか、抱きしめてぇッ! 絶対に許してあげないんだからね!」


 そして、アンナの命運も決まったのであった。

 ……だが。

 その時、ユウナは気付いた。


 カイルの格好がボロボロなのに怪我をしていない事実。

 カイルの身体を覆うように降りかかっている、アンナから漏れたであろう返り血。

 そして、なにより、カイルが流したと思われる、涙の跡に。


(何よ……この女ァ。ただ、カイルに守られていただけじゃなくて……カイルを守っていたっていうの?)


 それに気がついた時。

 ユウナは、怒りの矛先を自分に向けた。


(ねぇ。カイル……泣くほど、その女が大切だっていうの?)


 三年前から……否。

 もっと前から、ユウナはカイルを守ると決めて生きてきた。

 距離感が近すぎて、甘えてしまうことも多いが……

 何時だって、ユウナは《カイルを守る》。

 その誓いを揺らしたことはない。

 ずっと、言い続けてきた言葉は、《嘘》でも、《見栄》でも、《格好付け》でもなく、ユウナの本心だ。


「……今回だけの特別よ」


 ユウナはユウナの誇りに掛けて、カイルを守った少女を見捨てる事などでかなかった。

 ……たとえ、それが、かねてより警戒していた、金髪の少女だとしても。

 これから先、その少女にカイルを奪われてしまうとしても。


「《癒やしなさい》!!」


 ユウナが手をかざし、ひと言で《魔法》を発動させた。

 ……これが本当の《省略詠唱》であり、《改変詠唱》である。

 アンナの身体が癒やしの光に包まれた。


 ――そして。


「フハハハハハハハハハハッハッッ! アンジェリーナッ! 復活☆」


 カイルの相棒が目を覚ました。

 ……復活早々ウザいが、そのウザさに、安心すら覚えてしまう。


「さて。ここから反撃とゆくぞ。我が愛しの……愛しの……なんだ?」

「俺に聞くなよ。自分で考えろ」

「ウーム。では、改めて、ゆくぞ。我が、相棒パートナー


 カイルは小さく笑って、アンナの隣に立つ。

 ……《パートナー》。何故か、その響きは、心地良く感じた。

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