六話 『巫女の成長』
――四日~六日目。
連日の失態で、大目玉を喰らったカイルとアンナは、遂に、村の防衛任務すらも解雇となった。
村長、曰く。
――頼むから、おとなしくしていてくれないかのう。
……である。
もちろん、カイルたちの戦闘能力は、これまでの騒動で十分、評価されている。
村の結界を修正する間、もし、村の戦力で対応できない魔物が現れたときのため、ギリギリ……お役御免とはならず、首の皮、一枚、繋がった形だ。
「せんせい……先生……見てください。わたし、魔法、結構、上手になったんですよ?」
「兄ちゃん。兄ちゃん。俺もっ、俺もっ」
そんな役立たずなカイルが、何をしているのかと言えば……。
ソプラ&アルト、もとい、村の子どもたちの遊び相手である。
そして、子供たちが、今、一番、ハマっている遊びは、以前、カイルが教えた《魔法》の特訓だ。
しかし――
「いくぜぇぇぇっ! 《水の精霊よ・激流となって・吹き出し給え》!! 《ウォーター》!!」
――数日で、《魔法》を習得できるなら、世界に《魔導師》が溢れていたことだろう。
魔法を習得するためには、不断の《努力》と、確固たる《才能》のどちらかが必要。
そのどちらも欠けているアルトは、体内の魔力を調整できず、暴発させる。
ぼぉぉおんっ。
――《魔力暴発》
まだまだ、初心者で、体内に保有する魔力も、練り上げている魔力も少なく、カイルのような命に係わるほどの致命傷には、陥らないが……。
大量の魔力が霧散し、《魔力欠乏症》を誘発する。
「おい。アルト。なんども言ってるが、《激流》じゃなくて、《流水》が基本の詠唱だからな」
……しばらく、アルトは地面と接吻を続けることとなるだろう。
「もうっ……邪魔だなぁ~~っ。お兄ちゃんは向こう!」
活動を停止した兄を、足蹴にして、ソプラが前に躍り出る。
そして、
「先生……今度こそ……『私を』見ていてくださいね?」
ソプラが魔力を編み始めた。
「《精霊の巫女が希います》――」
「……ん?」
いきなり、教えてもいない《呪文》が唄われる。
……《詠唱》なのか?
カイルも、付きっ切りで、子供たちを見ていた訳ではない。
アンナの金髪をいじくり回しながら、子供たちには自由にやらせ、危ないことしているときだけ止める……そういうスタイルで教えていた。
だから、ソプラの《魔法》をちゃんと見るのは、今回が、二度目。
「――《炎の精霊よ・豪炎となって・燃え上がり給え》……《ファイア》」
ぼふぉおっ!
炎属性基礎魔法、《ファイア》。
完璧に発動し、猛々しい炎がソプラの掌で燃え上がった。
「まじかよっ! まだ、教えてから数日しか……いや、それより、さっきの謎な《詠唱》は?」
ソプラの圧倒的な《才能》に、カイルは激しく狼狽し、困惑する。
なによりも、カイルが驚くのは、やはり、最初に唱えた謎の《呪文(前置き)》。
あれで、ソプラの《体内魔力》が安定していた。
「確かに……独自の《詠唱》で、魔法を発動しやすくする技術は、あるけども……」
……それは、《改変詠唱》や《追加詠唱》と言われる、《高等技術》だ。
もちろん、カイルにはできない。
(いや……それより……これ。才能ってだけの話じゃ……)
戦慄で思考を止めるカイルの前で、ソプラが褒めてもらおうと、さらなる《魔法》を《詠唱》する。
「《水の精霊よ・流水となって・吹き出し給え》――《ウォーター》」
「《土の精霊よ・塊土となって・埋め尽し給え》――《サンド》」
「《風の精霊よ・爆風となって・吹き荒れ給え》――《ウィンド》」
「《雷の精霊よ・轟雷となって・鳴り響き給え》――《サンダー》」
「《光の精霊よ・閃光となって・光り輝き給え》――《ライト》」
「《闇の精霊よ・漆黒となって・覆い隠し給え》――《ダーク》」
まさかの、である。
七大属性魔法、七連続詠唱。
「はぁ……はぁ……せんせぇっ。どう、ですか?」
「……」
……どうも、何も、言葉を失うしかない。
基礎魔法とは言え、七つの魔法を詠唱できる《魔力量》と《魔力安定性》は、末恐ろしい。
普通は途中で《魔力欠乏証》か《魔力暴発》になって倒れる。
今のソプラを見て、まだ魔法を覚えてから数日しか経っていないと、誰が予想できるであろうか。
――魔法の天才……否!
……天才以上である!
そんな言葉が、カイルの頭に浮かんでいた。
「ま……まあまあ、だね」
「カイルよ。どうしたのだ。冷や汗をかいておるぞ?」
「うるせぇ」
それでも、教育者たるもの、むやみに子供の《才能》だけを切り取って褒めていけない。
それをやってしまえば、《才能》を持つ者も、持たざる者も、腐ってしまう。
近くで、レンジやアイリス……そして、最近リスト入りしたアンナを見てきたカイルだからこその教育論である。
「ソプラ。《基礎魔法》を習得しただけで調子に乗ってはいけないぞ? 魔法には、まだまだ、まだまだまだ、深遠が続いているからな」
「解っています。先生っ。至らぬ、私に、どうか、ご教授をっ。……手取り足取りと♪」
「こうして、カイルは、《化け物》を生み出すのであった」
ソプラの向上心を捨てないキラキラとした瞳で、最後にアンナが付け足した言葉が、現実味が増す。
無邪気にすり寄ってくる姿に、カイルは、どろり、と。イヤな汗が流れるが……坂道を転がり出した球体が、勝手に止まらないように、才能の行き場を知ったソプラも止まらない。
「じゃあ、次の段階だ。《魔法の種類》について、教えてあげる……と言っても、これを覚えたら免許皆伝だけどね」
「免許皆伝っ!」
「そう、これを習得したら、《初級魔道師》を名乗ってよくなる。そこから、先は、《魔術学院》にでも入学して学んでね?」
「そんなぁぁぁ~~。もっと、イロイロと教えてほしいのにぃぃ~~。あんなことや、こんなことまで」
「……悪い。俺、そこまで、《魔法》に特化した教養はないんだよ」
ここでもし、カイルが教えるのを止めても、魔法の基礎を知ってしまったソプラは、勝手に進んでいくだろう。
それこそ、魔法界を作ってきた、歴代の魔術師たちと同じように……。
……そして、それは、危険が伴う道。
で、あるならば、中途半端でやめるよりも、しっかりと、教え切った方が、何倍も安全だ。
「――ともかく。話を戻すよ? ちゃんとできたら、ご褒美をあげるから」
「ご褒美っ!」
適当に言って、ソプラの興味を引く手腕に、さりげなくアンナは舌を巻いた。
(やる気こそ、成長する最大の糧。カイルは、教えるのが上手いな)
……と。
だが、本当のところは、何度も教えるのがメンドクサイだけで、一回で、覚えてもらいたいだけであった。
「ソプラは《基礎魔法》を覚えた訳だけど。《魔法》はそこから、三つに分岐するんだ」
ソプラに教えた《基礎魔法》は、あくまで《基礎》。
正直に言って、実践で、《基礎魔法》を発動することなど、ほとんどない。
今のままでは、せいぜい、日常生活で、一般人よりも便利になる、程度であろう。
だからこそ、《魔導師》は、《基礎魔法》を応用して、三つの魔法に使い分けている。
「一つは、《攻撃魔法》。敵を撃破するための魔法だね。《魔法》の中で一番、解りやすく、魔導師たちにも人気の魔法だね。でも、これ、本気で人を殺せる力があるから、使う場面は選ばないとだめだよ?」
「はいっ! 教えてくれた先生の顔に泥を塗るような行いはしません」
「……でもまぁ、結局、《魔法》は、手段の一つ。難しいことなんて考えず自由に使っていいよ。そうしないと上達しないし」
解りやすい《攻撃魔法》の例えは、カイルが《グール》相手に使った《ファイア・ボール》などの、《ボール》系統の魔法だ。
「二つ目は、《防御魔法》。何かしらの脅威から、身を守る魔法だね。《魔法》の中で一番、地味で、魔導師たちから人気のない魔法なんだ……でも、俺はこの系統の魔法が、一番得意だったりする」
「先生の得意な魔法……」
「あっと、言い忘れたけど、三つの種類の中で、どれが得意かは、人それぞれだからね。自分の得意を伸ばすんだ」
解りやすい《防御魔法》の例えは、魔法の天才児、アンナも褒めた《サンド・ウォール》などの《ウォール》系統の魔法である。
「そして、三つ目が《支援魔法》。攻撃、防御とは違った効果を引き出す魔法だね。《魔法》の中では一番、習得が難しく、《魔法属性》によって、引き出される効果が劇的に変わる」
「むずかしい……できますかね?」
「ソプラはできると思うけど……俺ができないから、これは教えられない」
解りやすい《支援魔法》の例えは……特にないが、これに特化しているのが、アンジェリーナこと、アンナである。
……ともかく。
この《攻撃魔法》、《防御魔法》、《支援魔法》、三つのうち、どれか、一つでも、習得できれば、晴れて《初級魔導師》を名乗ることができる。
「あれ? ……先生。アンナお姉ちゃんの傷を治す《魔法》は、《支援魔法》ですか?」
「あ、えっと……そうだけど、正確には違う」
カイルの説明を聞いて、密かにアンナの《回復魔法》に憧れていたソプラが首を傾げた。
……説明の中に、《回復魔法》が存在しなかったからだ。
もちろん、カイルは意図的に、アンナが使っている《魔法》を除外していた。
「アンナ……言ってもいい?」
「ウム。どうせ、隠す意味もないことだ」
「まあね……。アンナが使っている魔法は、《無属性》の魔法」
「無属性? でも、適正検査のとき、そんな、属性は……」
「うん。魔力操作さえ出来れば、基本的に《だれでも使える魔法》だから、いちいち、検証しないんだ」
「カイルは使えんがな」
「うっせぇ……二十回に一回くらいは、使えるから」
「七回と謂われるテクノブレイクを越えた成功率であるな」
「どこの情報だよ。俺は、もっとイケるぞ……金髪があれば」
「ム……何回だ? 情報を修正しよう」
「てくの……ぶれいく? なんのお話ですか? なにかの魔法ですか? 教えてくださいっ先生!」
「ハッ。今すぐ忘れろ、ソプラ。俺はそっち方面の先生に、なる気はない」
……アンナが使った魔法、《ヒール》などの魔法は、《無属性》の魔法。
七大属性の外側にある魔法だ。
無属性故に、特にこれといった強みはないが、汎用性はけた違いである。
中でも《回復魔法》は、とりあえずは、覚えておきたい魔法の一つ。
――が、しかし。
その汎用性すらも、他の《属性魔法》を極めていくと、形無しとなる。
そもそも、水属性の《支援魔法》は回復魔法だったりもする。
だからこそ、魔導師は、《属性魔法》を優先して覚えていく。
……アンナのように、すべての《攻性》を封殺され、そもそも《属性魔法》が使えないというのなら、ともかく。
「――さて。ソプラの得意はなにかな。じゃあ、一つずつ、やっていこうか? 《呪文(詠唱)》は、《基礎魔法》の応用だから、そこまで難しくないよ」
「はいっ。お願いしますっ! 先生」
いつの間にか、ソプラの専属講師になっている……が、アルトを筆頭に、他の子どもたちは、基礎魔法どころか、その前の段階、《魔力増強》で立ち止まっている。
それを、前置きとしてみれば、今のソプラが、どれだけ異常な成長速度なのかが、計測できるであろう。
……はっきり言って、《才能》の一言だけで、片づけていい次元の話ではない。
とか、なんとか、思いながら、教えると……
「ふぅ……《精霊の巫女が希います》――《炎の精霊よ・豪炎の塊となって・討ち滅ぼし給え》!! 《ウォーター・ボール》!!」
初手から成功させた。
虚空に火球が放たれる……火力は、既に、カイルよりも上。
……魔力の質と量が違う。
――更に。
「《土の精霊よ・塊土の壁となって・我が身を守り給え》――《サンド・ウォール》!!」
こちらも成功。
地面が盛り上がり、ソプラの身体を土の壁で覆った。
流石に、《防御魔法》が得意なカイルの方が頑強だが、魔法が構築される速度は、ソプラの方が上。
……汎用性で見た場合、どちらの方が上なのかは、好みが分かれる所であろう。
――ともかく。
ソプラは《攻撃魔法》も《防御魔法》も成功させてしまった。
……ということは?
「せんせいっ。免許皆伝っ、ですか?」
「……」
――否! まだだ!
と、カイルは言った。
何故か、あまりにも簡単に《魔法》を習得するソプラに、嫉妬のような感情を覚えたからだ。
……師匠、失格と言われても、構わない。
「男の子が、一度言った言葉を、どんでん返しするとは、師匠失格だな。例えるなら、結婚するからと、中だあぐぅっ――」
「――お前は、黙ってろ」
また、下らないことを言おうとしたのであろうアンナの口に、カイルは拳を突っ込み、黙らせる。
……アンナに付き合ったら、長くなる。
さっさと物理的にでも割り込んで、黙らせた方が、本題が進む。
「……でも、まぁ。コレが、本当に、最後の、最後の、最後の、教えだよ?」
「はいっ! ご褒美、楽しみです♪」
「……(絶対に出来ないの教えて、まだまだ、だって、言えるようにしとこ)」
ソプラが、もう出来たような顔で、期待に胸を膨らませているが……
カイルが今から教えようとしていることは、本来、《中級魔導師》になる際に覚える技術だ。
……これ、ばっかりは、いくらソプラでも、習得に時間が掛かるだろう。
「さて、これまで色々と《魔法》について教えてきた訳だけど……正直、なんか、ものたりねぇぇな? せせこましいな、みみっちいな、とか、思わないか?」
「え、えと……」
カイルの問いに、言葉に詰まるソプラの代わりに、《魔力欠乏症》で倒れていたアルトがピクッと、起き上がり、答えた。
「思うっ! オレ、兄ちゃんがやってた、《爆発》の奴、使いたいのにっ! しょぼい魔法ばっかり、あれ、教えてくれよ!」
「アルト。お前は、《魔法属性》と《属性適正》のくだりから学び直してこい」
再び座学を命じられ、絶句するアルトだが……質問の趣旨を完全に外していた訳でもない。
「まぁ……《爆炎魔法》は無理だが、《爆炎魔法》に比類する《魔法》なら、アルトにも……いや、誰にもでも使える方法があるんだ」
「――っ☆」
アルトの瞳がキラキラと光る。
……やる気は良いが、先ずは、《魔力操作》を習得し、《基礎魔法》を習得してもらいたい。
「もうなんとなく気付いているかもしれないけど、全ての《魔法》には、《階級》が決められているんだ。威力や効果の大きい小さいで。因みに、俺の《爆炎攻撃魔法》は《上級》だ」
ここで言う《階級》とは、《初級》や《中級》・《上級》……などのことである。
この階級訳は、何百年も続く、《魔法界》の歴史によって定まれていることだ。
「そして、いま、ソプラに教えた《ファイア・ボール》の階級は、最低階級の《初級》だけど……」
この魔法の階級は、《魔法》自体……《ファイア・ボール》という魔法、自体に階級が付いている。
つまり、どんな魔導師が《ファイア・ボール》を発動しても、《ファイア・ボール》は初級魔法でしかない。
――だが。
「《詠唱》をちょこちょこっと《改変》するだけで、《魔法》の《階級》を昇華させることが出来るんだ」
因みに、この技術はこれまでも何度か出てきた《改変詠唱》と呼ばれる高等技術を習得していることが前提の技術、《昇級詠唱》である。
「《詠唱》については、よく解らんが、カイルよ。意地の悪いことをしているな?」
「……」
「な、なんだ? 私をそんな荒んだ目で見るな。もっと、親愛か劣情を込めて見るのだ」
アンナとカイル。
出会ってそう時間は経っていないが、お互いの心の内を、言葉にしなくても感じ取れる所まで来ていた。
……なんとなく、ではあるが。
アンナには、カイルが無理難題を押しつけたのであろうことが解ったのである。
そして、それは、正しかった。
「因みにだけど……昇級した魔法の名称は、通常の魔法名の頭に《ハイ》・《メガ》・《オメガ》等とつけて呼ぶことになる」
――だがしかし。カイルは思う。
……お前はもう、理論も方法も無視して、無意識でやっているんだよ!
「ムっ! 中級回復魔法、上級回復魔法や超級回復魔法の事であったか……なるほどな。普通に発動するには、《詠唱》を変えねばならんかったのか」
「やっぱり、そこも知らずに使ってたのか……《詠唱破棄》っていうか《詠唱無視》だよな。アンナの場合は」
――兎も角。
アンナが《昇級詠唱》を《詠唱破棄》で使える所で、《詠唱》しないのであれば、《見本》にもならない。
「ソプラ。こっからは、《魔力暴発》させると、《重傷》になるから、本当に気を付けて。危なかったら、詠唱を止めて、魔力を制御すること」
「……はい」
されど、《基礎魔法》から《攻撃魔法》と、段階を踏んできたソプラにとっては、それほど難しい《詠唱》を要求する訳ではない。
「《詠唱》の冒頭で、属性を指定する時の《精霊》を《中精霊》――《上級精霊》――《最上級精霊》と、呼び変えて詠唱するんだ」
「なるほど……やってみます」
こくりと慎重に頷いて、ソプラが魔力を練り始める。
因みに、《基礎魔法》が出来ていないアルトは、カイルの言葉を理解出来ず、眠そうにあくびをしていた。
……《魔法》は、多少、頭が良くないと出来ないのである。
「《精霊の巫女が希います》――」
詠唱が始まり、ソプラの長いパンツスカートが内側から浮き上がる。
コレまでにないほど大量に体内で魔力が精製され、自然界の魔力も反応し、突風を造りだしているのだ。
……良い徴候だが、
「ソプラ! 無理はするなよ!?」
「ほーう。凄いな。まるで熟練の魔導師の様な風格が醸し出ているぞ」
「そりゃ《昇級詠唱》なんて普通、初心者はやらないからな」
「……フム」
適当なカイルの答えを聞いたアンナは、真剣な瞳でソプラを凝視する。
普段、カイルと話すときのようなオフザケの色はない。
「――《炎の『中級精霊』よ・豪炎の塊となって・討ち滅ぼし給え》――」
――詠唱完了。
――魔力装填。
――魔法……発動!!
「――《ハイ・ファイア・ボール》!!」
ソプラの細い腕から、通常より、十倍も体積がある炎球が放たれた。
それが、草原に直弾する。
……いままでは、ほんの少し、燃え上がるだけ、であったが。
どぉぉぉがぁぁぁあんっっ!!
広範囲に豪炎が燃え広がった。
これが……《ファイア・ボール》とは《階級》の違う、《ハイ・ファイア・ボール》である。
「って。出来るんかい!?」
「……」
「……おい。実況と解説のアンナ。なんかコメントしろよ。突っ込めないだろう」
「……」
「アンナ?」
その光景を、アンナは鋭い瞳で見つめていた……が、カイルが振り返ると、
「カイルよ」
「なんだよ」
「……アレ、また、私達、怒られるのではないか?」
「……」
真逆の瞳で、ガタガタ震えていた。
――結論。
……はい。六日連続で怒られました。
――七日。
カイルは、昨日と同じく、(勝手に)集まった子供達に《魔法》を教えていた。
ばたり……ばたり……と、子供達が、《魔力欠乏症》で倒れていく中、
「《精霊の巫女が希います》――《風の――」
ソプラが、七大属性の《攻撃魔法》と《防御魔法》……さらには、それら全てを《昇級詠唱》で昇級させようと、試みている。
……もう既に、半分ほど終了し、おそらく、ほぼ達成するであろう。
「天才だな」
「その天才に、一人で《七大属性》の《詠唱》全てを教えている、カイルも相当だがな」
「まぁ、俺は、《闇属性》以外の《魔法属性》六つをもっているからね」
「とんでもない秘密をさらっと暴露したな。魔導師にとって適性魔法属性の情報は生命線であろう……よいのか?」
「まぁ、アンナのことは信用しているし……というか、目の前に《七属性使い》がいるんだ。今更、《六属性使い》だって、ネタバレしても、インパクトにかけるだろう?」
「……ウム。確かに。――六属性使いも、十分凄いがな」
「だよね♪」
「さもありなん。が、上級以上の魔法が使えないという、欠点によって、その適性数も無価値だな」
「ほんと……さもありなん、だね」
「――で。そもありなんとは、どういう意味だ?」
「知らずに使うんじゃねぇ」
そんな、今日も今日とて、仲良しなカイルとアンナが、雑談している間に、ソプラが《昇級詠唱》を終わらせた。
……もう、中級魔導師、認定したほうがいいかもしれない。
「せんせいっ」
ちょこちょこと、ソプラがカイルに駆け寄っていく。
……もう、先生と呼ばれたくない。
「私の魔法……どうでした?」
「完璧」
……ここにもし、ソプラの姑がいたって、文句は言えないだろう。
「――じゃあ!?」
ソプラの瞳がキラキラと輝く。
わくわくして、カイルの言葉を待っていた。
……そして、
「うん。免許皆伝だよ。ソプラ」
「やったぁぁ♪」
カイルは、ソプラが求めていた言葉を口にした。
今のソプラはもう……免許皆伝どころか、カイルの方が弟子に取っても貰いたいぐらいである。
「だから、もう、俺のことを先生とは……」
……ちょんちょん。
言葉の途中で、ソプラがカイルの袖を遠慮がちに引く。
カイルは、口を閉じ、ソプラに視線を向けた。
「……」
しかし、ソプラから、何かを伝えるようなことはなく、ただじっと、火照った顔で、カイルを見つめていた。
……なんだろう?
そんな、カイルの疑問は、ニヤニヤと下品に笑う、アンナによって回答が出される。
「解らん奴だな。カイルは不感症か? 《ご褒美》とやらが、欲しいのだろう」
「……あっ」
それで思い出した。
子供たちのやる気を引き出そうと、ついそんなことを口走ったのだということを。
……まさか、本当にここまで到達する者が現れるとは思わなかったのだ。
「ご褒美……ね」
しかし、適当に言っただけだったカイルに、具体的なご褒美など用意していなければ、考えてもいなかった。
……しかたなく。
数十秒、長考を重ねてから、
「ソプラ。何が良い? 君が決めていいよ」
……他人任せにした。
ご褒美は、本人の望みに沿ったもの提供するのが一番いい、という考えである。
ちなみに、一見、妙手にも思えるこの一手が、大がつくほどの悪手であった。
「じゃあっ! 今度の《望叶剣祭》で、私のパートナーになってくださいっっ!!」
「あっ! ソプラっ。パートナーはオレだろう!」
「お兄ちゃんは、黙ってって!! 《炎の精霊よ――(以下略)》――《ファイア・ボール》!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁっっ!?」
ソプラの提案した《ご褒美》に、強く反応したアルトが焼却された。
……魔法を、ツッコミに使うとは、既に馴染んできたようだ。
――ともかく。
「ソプラ、《望叶剣祭》って?」
カイルは一つ、話を戻して、確認する。
まだ、アルトとソプラの会話に理解が及んでいなかった。
「あっはい。えっと……先生は――」
「――先生禁止」
「……カイルおにっ……(首を横に振って)カイルさんは、《望叶剣物語》という、物語をしっていますか?」
……知らない。
と、カイルが答えようとすると、むんっ。と、アンナが無い胸を張って叩いた。
「私は知っているぞ。世界的にも有名な冒険譚だが……カイルは知らんようだな」
「おあいにく様。俺は、書物の類を見るだけで、禁断症状がでる人種だ」
どしても、ひらたい胸を強調したいらしい。
……さすがは、世界一の自称美少女だ。
「浅学なカイルに教えてやろう」
「ありがとよ。深学なアンナ」
「ウム。《望叶剣物語》は、騎士と姫の御伽噺で、所有者の望みを叶える魔剣、《望叶剣》を持った主人公が、世界平和を目指す話である」
「所有者の望みを叶える魔剣……ね。それ、その《望叶剣》とやらに、世界を平和にしたいって望めば終わりなんじゃね?」
突然、異世界に飛ばされた少女が、元の世界に帰るため、数々の冒険を乗り越えるお話があったことを思い出す。
……レンジがよく読んでいた物語だ。
その話の締めめくくりは、一番初めの冒険で手に入れていた、《思った場所に飛んで移動できる靴》を使って、故郷に戻るというものであった。
カイルは、今までの冒険がすべて徒労だったのだと感じ、酷く虚しさを覚えたものだ。
「よくあるトリックだけど。俺は嫌いだね」
「そう簡単な物語でもないぞ。そも、カイルがどう評価しようと、《望叶剣物語》は大作で、大陸中に数百万の信者がいるからな」
「アンナも?」
「信者……というほどでないが、それなりに下の口で愛読させてもらった」
「おい、下に口なんかねぇぞ」
「結構、心地よい刺激であったぞ? 十人の騎士が、それぞれ《望叶剣》に譲れない望みを託し、思惑を渦巻かせ、時に戦い、時に共闘し、時に愛し合い、時に裏切る。……濃厚な話なのだが……はっはっはっ。カイルに文学は解らんようだな」
「(イラッ)。ケッ! きっと《望叶剣物語》なんて読んでいる奴は、性癖が歪んだ変態しかいないんだろうな……はっはっはっ。可哀そうになってくる」
「ほーう。そんなことを言っていてよいのか? 将来。カイルの夫婦となる女御が、物語の熱狂的信者かも知れんぞ?」
「ハハハっ! ないね。絶対にないね。そんな奴、俺は娶らない! 俺が娶る女の子は《品性と慎みを持ち。お淑やかで、奥やかで、博愛と献身の心を忘れずに、包容力に優れ、弱っている時にはそっと導いてくれる。そんな、手の平に乗るくらいの乳を持っている》女の子だ!」
「女御に理想を持ちすぎていて、キモいな」
冷静で的確なアンナの感想であった。
しかし、カイルは特に気にしていない。
そもそも、条件に金髪が抜けている時点で、さっきの言葉は一万歩くらい妥協している。
「仕方ない。これも何かの縁だ。理想を追いかけて絶望したら、私のところに来るとよい。貰ってやろう! 入り婿としてだがな。子供は何人ほしい? 夜伽は月に何回が希望か? 私は毎日でもよいぞ?」
「お前も文脈が読めない女だな」
それでも、カイルが確信的に、金髪を条件から外したのは、カイルの理想の女性と、アンナの対比を目立たせようとしたからだ。
つまり、表現を簡略にすれば、《アンナと正反対な女の子》が、カイルは好き。ということである。
……少々、迂遠すぎたか。
「しかし、カイルの理想は、間違っているぞ! それでは生ぬるいだろう!」
「さすがに金髪が抜けていたことに気づいたか……そうだよ、俺は――」
「――そこは、どうでもよい!」
「なんだと!? 殺すぞ、お前!!」
「五月蠅い。いいから、黙って私の話に耳を傾けていろ!」
「ふざけんな! 俺の前で金髪の悪口は、ユウナにだって許したことはないんだぞ! 訂正しろ!」
「フム。……今、私に付き合えば、この《金髪》を好きなだけくれてやるというのに……そうか、カイルがそういう態度であるなら、ここで仕舞いにしよう」
「――よし、この際、金髪は置いておこうか」
カイルが誇りを捨てて、アンナに傅いた。
この瞬間、二人の力関係が決まった……が、アンナはただ話をしたいだけであり、その力関係でハラスメントに走ったりはせず、普通に話を戻した。
「カイルは《巨乳》がよいといったが! 私はそこに否を突きつける!」
「その心は?」
「女に乳など不要なのだ!!」
「……へぇ」
カイルは思った。
それは単純に、アンナが貧乳だから、巨乳を妬んでいるだけではないのかと。
しかし、それを口にしないくらいには、カイルにも慈悲の心が残っていた。
……そもとして、怒らせてしまったら、金髪が貰えなくなるというのも、ある。
「貴様。私がただ、嫉妬しているだけとか、思っておらぬだろうな?」
「オモッテナイヨ」
「なぜ片言なのだ……まったく、私は別に、《貧乳》を推奨したわけではないのだぞ? そんなロリコン変態を増殖させる気などない」
「……え、じゃあ?」
「胸の大中小は、昔から、男どもが、様々な派閥に解れ、血で血を洗う闘論が行われてきたが、私はそこに新派閥を提唱したい!」
「……新派閥? 《巨乳》でも《美乳》でも《貧乳》でもない?」
よく考えなくても、子供の前でするような話ではないが、二人は止まらない。
アンナはともかく、カイルも、それなりにムッツリスケベであった。
「聞いて驚け! 《女の胸など無くてよい》! これが、私の考えた新たな新派閥! 《無乳派》だ」
「むにゅう……だと! それじゃ、男と変わらないじゃないかっ!」
ほんのり、カイルの視線が下がる。
視線の先は凹凸の無い、アンナの胸元あたりだ。
……つまり、アンナは男と変わらない、ということである。
「違うぞ! カイル。よく考えてみるのだ! 男が女に求めるものは、真に乳なのか?」
「……」
普通、そんな粘つく視線を受ければ、嫌がってもいいが……自分を美少女と豪語するアンナはいちいち、拘泥(意味:こだわる)したりしない。
そして、そんなアンナとの会話だからこそ、カイルも普通なら、異性相手に絶対しないであろう、本心の言葉を口にする。
「乳だよ! それと金髪!!」
「だから個人の特殊な性癖は、捨てて置け! そこを闘論する気はない」
「きんぱつ……(涙)」
この苦渋を飲んでこそ、後の恩恵があるというもの。
カイルは、金髪をもらえるなら、人だって殺すだろう。
「じゃあ、乳以外ってなんだよ?」
「ふっふっふ……! ズバリ言おう! 女が男に求めるのが顔じゃないように! オスがメスに求めるのも乳じゃない(個人差があります)! それは、ただの飾り、特徴、シンボルでしかない(ただの持論です)! まことにオスとメスが求めているのは!」
「求めているのは……!」
ついに結論に至り。
アンナが盛大に溜める。
だが、カイルは、ここに来て、嫌な予感に襲われた。
……まさか。
「そう! でかく硬いお○ん○ちんと極上のおまん――」
「だまれぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」
鼻フックで、アンナを投げ飛ばした。
……さすがに、その言葉は、公序良俗に反してしまう。
純真無垢な子供達に聞かせていいような言葉じゃなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……アイツ。女の皮を被ったエロじじぃだな」
「え、えっと……カイルさん。アンナお姉ちゃんが、村の結界の外まで……」
「大丈夫、アイツはアレくらいで死にはしないし……それより、その《望叶剣物語》が、どうしたんだっけ?」
邪魔者が居なくなったところで、話をおおもとの話題まで戻す。
ここから本題である。
「えっと、はい。その《望叶剣物語》に出典する《望叶剣》が、この村にあるのです」
「……はい?」
アンナが盛大に話をそらしたせいか、カイルの理解力が低いせいか、ソプラの言葉を咀嚼できなかった。
だから、カイルは、解釈できたところから、一つずつ質問していく。
「《望叶剣》って、さっき言っていた、《所有者の望みを叶える魔剣》のこと?」
「はい」
「……それが、この村に存在しているの?」
「はい」
「……本物?」
「はい。それは巫女である私が保証します。私の母が、その母が、そしてそのまた母が……何代も受け継いできたものなので」
「受け継いできた……ね。(《精霊の巫女》……か)」
カイルが口の中でつぶやいた言葉は、ソプラが《魔法》の《詠唱》で使う言葉だ。
それでなんとなく、ソプラの特殊性、その正体をカイルは察して、瞳を伏せる。
……予測通りなら、ソプラは。
「いや――でも、本物な訳……」
もし、本当にそんな魔剣が存在するなら、北大陸の《魔王》を倒したい《勇者》や、《勇者協会》が放っておく理由がない。
なにせ、うたい文句は《所有者の望みを叶える剣》だ。
勇者じゃなくても、だれかが《望叶剣》を持ち、《魔王討伐》を望めば、人類の悲願が達成される。
……そんな、世界の理を捻じ曲げるようなものが、存在するわけがない。
「カイルさんが私案していることは、わかります。でも――この数百年《望叶剣》と契約できる人が誰も現れませんでした」
「……」
「これまで、数々の勇者候補生や、剣士、高名者が契約をしようとしましたが、《望叶剣》は、反応さえしませんでした」
「……やっぱりただの粗大ごみなんじゃね?」
と、カイルは言いつつ、ソプラから契約という言葉が出たことで、ことの真実味が増していることに気付いていた。
あまり、知られていない事実だが、様々な能力をもった《魔剣》を使用するためには、《魔剣》に宿る《精霊》との契約が必要不可欠なのである。
例を挙げるとするなら、《聖剣》が人を選んだように、だ。
「いえ……一度だけ、《勇者》様が訪れたときは、反応していました」
「勇者って、ブレイブか!」
「はい。そんな名前でした。――でも結局、『僕にこの剣は握れない。いずれ、遠くないうちに相応しい人が現れるだろう』と、言って、帰っていきました」
「あのブレイブも……か。とかアイツいつも思わせぶりの台詞を吐いてどっかに行くんだよな……そういう所が気にくわない」
勇者の名前まで出ると、さすがのカイルも、本物かもしれないと疑心が沸く。
……とにもかくにも、その《望叶剣》とやらを、観てみないことには、なんとも言えないのだが。
「《望叶剣祭》は、《望叶剣》に宿る精霊に捧げる神事なんです」
「ああ、そういえばそういうお話だったね。コレ」
「神事では、毎年、《望叶剣物語》に基づいた演劇を行います。その演劇の最後に、《精霊の巫女》が《剣士》に《望叶剣》を託すのですが、カイルさんには、この《剣士》役をお願いしたいのです」
「い、いきなり剣士役をやれって言われても……《望叶剣祭》って、たしか四日後じゃ」
「ダメ……ですか?」
うるっ。
ソプラの瞳が、濡れている。
カイルは、この瞳に――以下略。
「任せろ!」
そして、結局、こうなるであった。
――八日~十二日目。
ソプラのパートナー役を引き受けてから数日間は、それまでのまったり具合が嘘のように目が回るほど忙しくなった。
祭りの練習はもちろん、祭りの準備で、手が回らなくなった守り人の代わりとして、村の護衛もする日々が続いた。
そして――
「ソプラぁぁぁっ! ソプラぁぁぁっ! 幸せに、なるんだぞぉぉ(涙)」
「はい。お兄ちゃん。安心してください。ソプラは、幸せになりますっ」
――《望叶剣祭》当日となった。
ほとんど全ての村人たちが見守るなか、カイルがソプラと用意された祭壇に登る。
すると、祭壇の脇下で、まるで娘を晴れの舞台に送り出す父親のようにアルトが号泣する。
……ノリが謎である。
「カイルさん。行ってきます……見ていてくださいね?」
「あ……うん。がんばって」
舞子と巫女の特徴を合わせたような、華やかな衣装を纏うソプラがスッと立ち上がり、祭壇の中心へ向かっていく。
……《望叶剣祭》の目玉、《望叶剣物語》にちなんだ演劇が始まる。
どんどんっ。どんどんっ。
太鼓が鳴り響き、ソプラが開幕を告げる舞を始めた。
その舞は、数日前に練習を始めたカイルと違い、熟練されている。
……美しい。
見るものすべての視線を奪う、舞であった。
だんっ!
そんな刻、空席となったカイルの隣の席に、金髪の巫女が腰を掛けた。
……見たことがない美少女だ。
ソプラの舞から金髪の巫女に、カイルの瞳が、奪われる。
そうして、よくよく見ると、
「って、アンナかよ!」
カイルのよく知る、少女であった。
巫女服を着て、目かしこ込んでいるからか、いつもと雰囲気が異なり、気が付かなかったのだ。
「おいおい、何、色気づいているんだよ。叶わない恋にでも目覚めたか?」
「私に叶わぬ恋などない!」
なにより。
この数日、カイルとアンナは顔を合わせる機会が少なかった。
カイルとアンナは、あくまで一緒の依頼を受けているだけであり、行動を共にする理由も義理もない。
……アンナが、コソコソとなにやらを、探りまわっていることは気づいてはいのだが。
「それで? いきなり、どうしたんだよ」
「ウム。私も、私情にて、《望叶剣》に興味があってな。村長に『見せろ』と頼んだら、こうして、雑用を押し付けられたのだ。クソじじぃメ。憎らしい」
「いや、別に、そこまでひどいことされてないだろう」
「いかん! 時間だ! それでは私は戻る! また来るからな!」
――サッ。
アンナが足早に立ち去っていった。
「カイルさん。どうでしたか……? 私の舞」
「うん。綺麗だったよ」
逆に、開幕の舞を終えたソプラが、汗を滴らせながら戻って来た。
……いままで、子供としてしか見てこなかったが、見慣れない巫女服と、汗で香る女の子の甘い香りも合わさり、今日のソプラはどこか色っぽい。
――ともかく。
アンナが立ち去った理由が、わかった。
巫女の席に、勝手に座っていれば、怒られてしまう。
それを回避したのだ。
「そうですか……アンナお姉ちゃんの方が良かった訳ですね」
「っ!」
ドキッ。
と、カイルは心臓を小さく、跳ねさせ、視線を動かす……と、ソプラが長い金髪を一本、手に持っていた。
……証拠くらい、隠して逃げて欲しい。
「そ、そんなこと言ってないだろ?」
「つまり。思ってはいた、訳ですね?」
「うっ……」
ソプラの視線が鋭い。
カイルの本音を、見抜いていた。
しかし、それは、しかたのないことだ。
中身がアンナであったとは言え、カイルの隣に、金髪の美少女が座ったのだ。
一瞬、女神と見間違えるほど、心が奪われた。
「カイルさんっ」
どうしたものかと、真剣に頭を悩ませるカイルを、ソプラは、
とんっ。
「浮気は、ダメですよ?」
……と、ニコニコと穏やかな微笑みを持って、そういった。
その時の表情は、とても大人びていて、特別な感情を抱いていると、カイルに思わせるには十分であった。
「浮気って言葉は、付き合っている恋人に対して使う言葉だよ。ソプラ」
「まだ、早かったですか?」
……いや、まさかね。
「ふふっ。まぁ、良いです。今日はずっと……一緒ですからね。必ず、落として見せます」
――落とすって……何に? と、言う言葉は飲み込んだ。
決して、本人にだけは、聞いてはいけない言葉な気がしたからだ。
そこで再び、ソプラの出番が来て、席を離れていく。……と、何かを思い出したように、振り返り、
「では、こんどこそ。私を見ていてくださいね? カイルさんだけに、舞を捧げますから」
そう言って、控えめに微笑した。
とても可愛らしい微笑みであった。
……ふぅ。
ソプラが舞を始めるのを確認し、カイルは、大きく息を吐き、肩の力をどっと抜く。
そして、とりあえず、金髪を拾う。
……今更、ソプラの誘いを受けたことを後悔してきた。
「モテモテだな。婚約者としては、嫉妬するべきか?」
「……」
当たり前のように、アンナがスッと現れ、開口一番、ボケをかますが、いちいち、ツッコむ気力もない。
……今は、《婚約者》とか、そんな些細なことより、聞きたいことがあった。
「ねぇ。さっきのソプラの反応、観てた?」
「ウム。私好みのうぶい展開に、ニヤニヤさせてもらったぞ」
「じゃあ、やっぱり、アレは――」
「――つまり、カイルが、私にメロメロであったと言うことだな!」
……そうじゃない。
世界一自己中なアンナに、他人の相談をしようとしたのが間違いであった。
「――で? 私のドコがよかったのだ? 魅力的であったのだ?」
「ああ……。もう、あれだ。アンナノ、スベテガ、ウツクシカッタヨ」
「にゃにゅ!? 告白か! まて、今、的確な返答を書簡に纏めて――」
「――嘘だぞ?」
「~~っ!」
……ボコボコに殴られた。
全ての攻性が封殺されるはずだが、何故かダメージを受けた。
「おい、お前の《すべての攻性を封殺する》加護はどうしたんだよ!」
「知らん! 私も驚いている。人を殴れたのは生まれてこのかた始めてだ。きっと、私の夫となるカイルのことは、例外にでもしたのであろう」
「ガバガバな《加護》だな」
「下はキツキツだぞ?」
「黙ってろ」
思わず、ツッコんでから、話題を戻す。
「それよりさ。気づいているんだろ? ソプラが俺にご執心なこと」
「ほーう。それに気付いていたとは驚天動地。明日は槍が降りそうだ。カイルはもっと、鈍感なタチだと思っていたが」
「いや、あそこまで、解りやすく態度に出されたら誰でも気づくよ」
「さもありなん。だな」
「――で。なんで、そんなことになったんだと思う?」
「ふん。他人の色恋に興味はないのだが……まぁ、カイルが恰好良いからではないか?」
「雑だな」
アンナの温度の低い答えに、カイルは、舞を舞うソプラに視線を送った。
その視線が、重たいことに、アンナが気づく。
「なんだ? 嫌なのか? 現地妻で幼妻。しかも、献身的で器量もよい。男たちの浪漫であろう? なぜ、避ける必要がある? そもそも、選べる立場なのか? もう一生こんな機会ないのだぞ」
「失礼な奴だな」
……だが、確かにアンナの言葉どおり。
カイルにソプラの好意を拒絶する理由がない。
(でも。さっきのあの態度……)
「いや、避ける理由はあるよ! 俺には好きな女性がいるんだから」
「はっ! そういう告白の仕方か! (赤面)。別に、私は妾の一人や二人や十や百、幾千万、気にしないぞ? 私も側室を取る予定だしな」
「倫理観が王様かよ。ってか、俺の好きな女性は、お前じゃないぞ?」
「ふふふ。そうテレるな。わが未来の旦那様よ。まぁ、いちいち、告白など手順を踏まずとも、時期さえくれば、受け入れてやるからな」
「だから、おまえじないぞ。テレてないからなっ」
「――ムッ! 散!」
とことことこ。
ソプラの舞が終わり、アンナが去っていく。
……追いかけて、訂正したい。
「カイルさんっ! どうしたんですか? そのおいたわしい姿は」
「ちょっと、野良の猛獣に襲われてね」
入れ替わりで、再び戻ってきたソプラが、カイルの腫れあがった顔を見て驚く。
「野獣!? 大丈夫だったのですか?」
「うん。まぁ……追い払ったよ(……ソプラが)」
しかし、すぐに驚愕を抜け、カイルに近寄ると、優しくそっと介抱し始める。
……心に染みる優しさだ。
「ああ、こんなに酷い……今、治しますね?」
「治す?」
「《癒しの精霊よ・聖なる光をもって・彼の者を癒し給え》――《ヒール》」
「……っ」
魔法が発動し、カイルの鈍痛が消える。
……しかし、驚きだ。
カイルは、まだ、ソプラに《回復魔法》は教えていなかったのだが……。
「ふふ、これでまた。恰好良くなりました」
「……っ」
ソプラの朗らかな微笑みに、カイルは思わずドキリとしてしまった。
「さあ、カイルさん。主役の出番ですよ。こちらへ」
自然に手を取られ、舞台の中心に連れていかれる。
そこには、台があり、一振りの刀剣が備えられていた。
「これが……」
……《望叶剣》。
所有者の望みを叶えると言われている魔剣だと、カイルは直感で理解した。
確かに、不思議な魔力を帯びている。
「カイルさん。緊張せずとも練習通りにやれば大丈夫ですよ?」
「あ……うん」
カイルは、《剣士》として、《精霊の巫女》から、《望叶剣》を授かる役があったことを思い出す。
そして、《望叶剣》に手を伸ばし……触れた。
――瞬間。
ぞくっ。
背筋が冷えていくの感じた。
……危険を知らせる《第六感》だ。
「ソプラ……?」
ビシビシと《第六感》が伝える嫌な予感。
それを発しているのは、カイルの隣に立つ、ソプラであった。
「《資格ある者よ。何を望む?》」
ゆっくりと、視線を向ければ、ソプラの瞳が妖しく光り、透明感のある顔と声で、そう問われる。
明らかに、さっきまでのソプラと、今のソプラは別人だ。
(人格を侵食されたのか? ……いや、《魔力》に目立った変化はない……となると……これは……)
……《望叶剣》に宿る《精霊》の言葉。
そんな、身も蓋もない予想が、カイルの脳裏に浮かぶ。
――だが、これが《精霊》の言葉だとしても、《巫女》の言葉だとしても……
カイルの答えは一緒であった。
「俺の願いは、俺が自分の力で叶えるよ」
望むだけでなんでも願いが叶うかもしれない、そんな剣を前に、
きっぱりと、未練なく、カイルはそう、言い切った。
「そう……ですか……」
同時に、ソプラの瞳から妖しい輝きと、纏っていた緊張感が掻き消える。
本来の台本とは違うセリフに、舞台は、観客を巻き込んで一瞬、騒然としたが……
「では、あなたが力を求めたその時、もう一度、聞くと致しましょう」
ソプラが上手く纏めてくれたことで、大惨事は免れた。
……演劇後、村長や関係者各位から、めちゃくちゃ怒られたが。
ともかく、演劇はそこから、さらに続き、終わるころには、大盛況と、なったのであった。