四十六 兄弟妹から……
「剣気を切らすなよ! カイル」
「……」
片手剣を両手で構えるレンジに言われ、背中に嫌な汗をかく。
実のところカイルが、剣気を全力で纏っていられる時間は五分弱。
既に……その五分を過ぎている。
「レンジ……実は俺……もう……」
「少し見ていたが、ブレイブさんは俺達よりも……強い。だから俺達は、今、限界を超えるぞ! ウオオオオオオオオオオーーッ!!」
人の話を聞けよ!
と、ツッコミたくなったカイルだが、隣で馬鹿な事を言っているレンジを見ていると……
何故か……負ける気がしなかった。
「ああ。解ったよ。限界くらい越えてやる! ウオオオオオオオオオオーーっ! ゲホッ……ゲホッ……」
が、どれだけ気合いを入れて、いきんでも、《気》がカラなものはカラ。
どう足掻いても、カイルの剣気は維持できない。
「お、おい。カイル。気合いだ!」
「……」
それで、なんとか出来るのは、天才だけだと言いたい……
やっぱり、無理じゃね?
と、カイルが剣気を解こうとした時。
『カイル様っ。お使いください……』
ミリナの《気》が、カイルに宝充される!
直後……ミリナとの全ての接続が断たれ、シルフィアの隣に座っていたミリナが気絶した。
「ありがとう。ミリナ。これで、まだ。闘える」
カイルは、復活した剣気を纏い直しながら、自分を想う健気な少女の献身に胸の内が熱くなる。
「負けられない理由が……一つ。増えた!」
その熱い想いが、カイルのオーラを数段階引き上げた。
そんな、カイルの変化を見て、ブレイブが優しく微笑み……
「やっぱりカイル君の特性は……絆なんだね」
「はぁ?」
「フフ……ッ。それで良いんだよ。仲間の力も含めて君の力だ。君の全てで、僕を倒してみせてくれよ。
君の英雄の力を僕に示すんだ」
ブレイブの瞳の色が、金色に輝く。
使っていた剣を鞘に収めると、代わりに勇者の聖剣、エクスカリバーを引き抜いた。
「「っ!」」
まばゆい光が眼を覆い、ブレイブのオーラが笑いたくなるほど膨れ上がる。
勝てるか、勝てないか、聞かれたら、カイルは自信を持って答えるだろう。
……絶対に勝てないと。
「フフフっ。カイル君が望叶剣を持っていないから、使うつもりはなかったけれどね。
君の……君達の絆の力。計ってみたくなった! ……来れるかい? カイル君。レンジ君!」
「舐めるなッ! カイル。行くぞ!」
「ああ。いまさら驚くようなことでもない!」
覚悟を決めていたレンジが、瞬動脚で加速し、カイルもそれに追従する。
レンジの超高速攻撃。カイルの追撃。レンジの追撃。カイルの追撃。レンジ。レンジ。カイル。レンジ……
カイルとレンジのコンビネーション攻撃が、ブレイブに息つく暇を与えず連打される。
更に、レンジは持ち前の瞬動流の極意で、そのスピードと威力が増していく。
それは、ブレイブの防御の剣を上回り、背後を取るまでに至る。
(取った!!)
速度と威力を比例させ、更に身体を捻った力までも剣に篭め、ブレイブの背首に一線。
ガギィン!!
「ッ!」
「そうか、そうか! レンジ君。君の特性は《速度》なんだね?」
完璧だったレンジの剣線を、ブレイブが紙一重で止めていた。
……ありえない。
言葉を失う驚愕に包まれたレンジのあばらに、掌底を撃ち込んで……
「でも、残念。僕の特性は《逆境》なんだ」
「このおおおおおおおーーっ! くたばりやがれぇえええええええええええ!!」
更にほぼ同時に追撃しているカイルの事を、掌底を打ち込んだ、腕を引いて肘鉄。
「「グホッ!」」
カイルとレンジが殆ど同時に吹き飛び、背後の岩山に衝突する。
まるでブレイブが、カイル達とは別の時間感覚で闘っているようにすら思えた。
「あ、《特性》ってのはね。スキルとは違って、剣気使いが一人一人持っているモノなんだ。僕は剣気特性って呼んでるんだけどね。
例えば、カイル君は仲間との絆で、レンジ君は速度で、剣気を引き上げる事が出来るだろ?
それと、同じように僕は、逆境になればなるほど、剣気が高まるんだ。
自分の特性を知っておくの大切だよ?
まぁ、カイル君みたいに、感情をトリガーとしている特性は、自制するのが難しいけどね。
……ね? 聞いてるかい?」
「「……」」
聞くしかない。
二人の受けたダメージが、声帯を使うことすら許さず、指の一本も動かせない。
意識がかろうじて残っているのは、ブレイブが殺さないように手加減しているだけ。
もう……カイル達は動けない。
つまり……敗北……
《ゾーン・オメガ・ヒール》
そんな二人に、無詠唱の超級回復魔法がかかった。
受けたダメージが瞬時に回復していく……
そんな、アホみたいな事が出来るのは、カイルが知っている中ではただ一人。
「カイルよ。苦戦しているようだな? 手を貸してやろうか?」
「アンナ! ああ、頼む」
カイルの盟友。アンジェリーナ・ローゼルメルデセス。
通称アンナが、不敵に笑ってカイルに手を指し伸ばした。
「ん? 何故、私が今、現れたか聞かんのか?」
「どうでもいい」
「フハハハハハッ! クズだな! だが、そんなカイルも愛しているぞ? 私と結婚するか?」
……愛って。
「重ぇーよ」
「むっ! 恋に重いは禁句だぞ!!」
「うるせぇーよ! 良いから黙って力を貸せ!」
こんな時でも何時も通りにウザい、アンジェリーナを一度担ぎ上げブレイブから距離を取る。
そこに、回復したレンジも駆けつける。
「レンジ。アレに、勝てる気する?」
「全くしないな。俺達よりも、十倍は強い。後、十回は限界を超えるしかないな」
それは流石に無理だろ。
と、心の中でツッコむカイル。
実際、ミリナから補填された剣気も残りわずか……そんなに覚醒するほど時間もない。
アンジェリーナの参戦は大きいが、それでもブレイブとの失笑するほどの実力差は何も埋まらない。
「ところで、聞きたいのだがカイルよ。昨晩、ミリナが帰らなんだったのだが、もしや、お持ち帰りしてないだろうな!」
「……」
「羨まけしからん。じゃ、なくて……ふしだらな! 認めんぞ! そういうのは籍を入れてからだと相場が決まっておるのだ」
「……」
「ナニをしたんだ! ナニを! 番いになる私に、全て包み隠さず話すのだ!」
「……」
「大体、カイルはロリコンなのか? ミリナを優遇しすぎだ! 私の穴も、ミリナの穴もさしてかわらんぞ?」
「……」
「よし、では、今夜、試して見よう。ミリナと私とシルフィア殿を床に並べて、カイルが目隠しした状態で後ろから穴に……」
「うるせぇぇんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーッ!」
カイルは全身全霊のツッコミで、アンジェリーナを地面にたたき付けた。
ゴギリ。
「……お、おい。カイル。今、女王からえぐい音がしたが……」
「気にしなくて良いよ。ゴミが一つ片付いただけだから」
「そ、そうか」
カイルの無言の圧力に、レンジが話を終わらせ……
「そうか。ではなぁぁぁーーいッ! フハハハハハハハッ! アンジェリーナ様の復活だっハハハハハハっ……」
……ウザい。
こめかみの筋をぴくぴくさせながら、アンジェリーナの顔ごと額を鷲掴んで持ち上げる。
「おい! お前! 今、どういう状況か、解ってるよな? 解ってるから登場したんだよな? おい!」
「おいではない! お前でもない。私のことは、親しみと愛を込めてアンナと呼ぶのだ!」
「オイ!!」
「ううっ!」
凄むカイル。
引き攣るアンジェリーナ。
「ナニを焦っておるのだ。勇者の小僧が、カイル達より十倍強いだけだろう?」
「その状況に! 焦らない馬鹿がいるか! アイツが優勝したら……!」
アンナのこの一年……それ以上の努力が全て水の泡となる。
それを、降ろして貰ったアンジェリーナは聞いた上で、ニヤリと笑った。
「ならば、簡単だ。カイル達が、今より十倍。強くなればよい!」
つまりだ。
アンジェリーナはそういって、レンジとカイルの背を触る。
そして……
《ダブル・マックス・オーラ》
カイルとレンジは単純に十倍強くなった。
ニヤリ……
アンジェリーナは邪悪に笑って、二人の背を叩き押す。
「さて、そろそろ反撃の時間といこうぞ。そして、カイルよ。私の目的の障害となるならば、勇者とて斬り伏せろ!」
押された背中が熱い。
胸の内が熱い。
カイルはオーラを膨れ上がらせて、
「ああ。あのふざけた勇者に教えてやるよ」
ブレイブに剣を向けて言い放つ。
「運命が簡単に変わるって事をな!」
……今度こそ負ける気はしなかった。
瞬間。
カイルとレンジの姿が消えて、ブレイブが吹き飛び、岩山に激突していた。
一方的だった戦いの流れが変わる。
凄まじい速度でカイルとレンジに一撃入れられたブレイブは、どくんどくん、と心臓が高鳴り高揚するのが解った。
(まさか、カイル君の力がここまで育ってるとはね。やっと……刻が来たのかな?)
「どちらにせよ! 久しぶりに、僕も本気で戦えそうだ……ハハハ!」
どくん……どくん……どくん!!
ドガァァァン!!
突如、ブレイブの剣気が物理現象として、爆発し……岩山を粉々に吹き飛ばす。
「「っ!」」
……死。
それを、アンジェリーナの魔法によって強くなっている、カイルとレンジが同時に悟った。
……これは、勝てない。次元が違う。
今まで、どれだけブレイブが手加減していたかが、圧倒的な威圧感に動けないカイルとレンジは嫌でもわかる。
喉が干上がる敗北と死の恐怖……
しかし! カイルは硬直して動かない脚を殴りつけて、ブレイブへと剣を向け……
「俺はっ! 死んでも護りたいモノがあるんだよおおおおおおおおおおおーッ!」
駆ける。
同時に……
「今、俺は俺を越えるッ! うぉおおおおおおおおおおおおおーッ!」
レンジも駆けた。
二人の決死の突撃に……聖剣を頭の上で構えたブレイブが迎え撃つ。
「これが! 僕の全力だ! エクスカリバー! 僕に勝利をッ! 《エクス・エンド》ォオオオオオオオオオ!!」
構えた聖剣の輝きが数倍になり、凄まじいエネルギーで大きく膨れ上がる。
その大きさは……数百メトル。
それが、カイルとレンジに振り下ろされる。
「気張れカイル!!」
「ウオオオオオオオオオオーーッ!」
圧倒的な聖剣エネルギーを前に、レンジが煽り、カイルが猛る。
直後……ブレイブが振り下ろした聖剣は、当たり一帯を不毛の大地に化した……
そこに、生きてるいるものは……居なかった。
「しまっ……! やり過ぎた……殺しちゃった……っ。……ん?」
失態に言葉を失いそうになったブレイブは……気付く。
立っている場所が、さっきまでいたオーランの作った亜空間ではないことに……
エクスカリバーの一撃で砂漠化している景色を警戒しながら見渡していると、頭上に浮く……
「わたくしのお兄様に、聖剣の力を貰っているだけの、勇者如きがッ! 何をしてくれてますの?」
バァリロリロがいた。
しかも、たいそうお怒りですの!!
「バァ、バァリロリロおばさま!」
「誰が! おばちゃまですの!! ふふッ。そうですのね? 殺して欲しいですのね? わかりましたの!」
「ちょっ……! おばさま。僕はただ、英雄の……カイル君の成長を見ようとしただけで……」
「問答無用ですの!」
……この数日後。
学院都市の東に広がる熱帯雨林が、砂漠化した事が判明するのだった。
【魔道神バァリロリロ。勇者ブレイブ。場外により失格。魔闘大会決勝……残り八名】
「……えっ!?」
「消えた……?」
ブレイブの姿が忽然と消えた事に、カイルとレンジが小さく息を呑んでいた。
二人は、剣を構えながら警戒を強めるが、ブレイブの気配は完全に消えている。
「「……?」」
何が起こっているのか……起きたのか、解らない為に呆気に取られてしまうが、
まさか、魔道神バァリロリロの介入があり、別の場所で超次元の戦いをしているとは知る由もないない……
「よくわからないが、ブレイブさんは居ない。そういうことだな……」
困惑から先に立ち直ったレンジに倣い、カイルも平常を取り戻し……
「レンジ。助かったよ……」
「これでようやく、カイルと闘える、な!」
すぐさま、鋭いレンジの剣激がカイルに向いた。
ガギィンッ!
カイルが咄嗟に受け止めて、つばぜり合いに移行する。
「クッ……。レンジ……ッ! なんで!?」
「ハッ! 愚問だぞ! この大会はバトルロワイヤル。自分以外は全て敵だ! ハァアアアアアアーーッ!」
気合い一線!
カイルを力ずくで、なぎ飛ばし更なる追撃を狙う……
「むむ!? 《ディスペル》!!」
「ッ!」
レンジの追撃が決まる間一髪のタイミングで、アンジェリーナがレンジの強化魔法を解除。
それにより、力関係が逆転、レンジの追撃を片手で払った剣で弾き、地面に手をつきバク転で距離をとる。
「ちぃ……。仲間の力……か。なら先にっ! 女王を討つ! 闇魔剣技! 《闇気斬》!!」
「レンジっ!!」
剣圧を飛ばす剣技《気斬》又は《空絶》に、闇の魔力をこめた遠距離攻撃。
その威力は、単純にユウナが使う《空絶》よりも上。
……アンジェリーナが受ければただでは済まないッ!
《剣気・纏・瞬動脚!!》
「アンナぁあああああああああああーーッ!」
全速力でアンジェリーナの元に駆けつけて庇った……
しかし、避けられないし、避けたらアンナをかばう意味がない。
覚悟を決めて、魔力と剣気の斬激エネルギーを、真正面から受け止める。
……避けるわけには行かないんだ!
「ムムっ!! 《ウォー……」
カイルを援護しようとしたアンナの無詠唱魔法ですら間に合わず……直撃した。
「……っコノオオオオオオオオオオーーッ!」
「カイル!!」
「……っ!」
気合いで全てのエネルギーを受け止め切るが、それはレンジの攻撃がクリティカルに決まったということ……
衝撃で真後ろに吹き飛び……アンジェリーナが受け止める。
《オメガ・ヒール》
すぐさま完治させるアンジェリーナは流石だが……
「ナニをしておるのだ! 馬鹿者! 私のことは気にせんで良い! カイルには! 成さねば為らん事があるのだろう! 私も敵なのだぞ!」
カイルの行動が、アンジェリーナの怒りの琴線に触れていた。
レンジは間違っていない。
この大会は、バトルロワイヤル。
アンジェリーナとカイルとて敵……致命傷になってまで庇われる程の屈辱感は無かった。
しかし……カイルは激昂するアンジェリーナにデコピンして立ち上がる。
そのまま、レンジに剣を構えた事で、背を向けた。
「ナニもクソもねぇーよ。例え、アンナが敵だとしても、アンナが攻撃されたなら、時も場合も関係なく、俺はお前を護るんだ! だって……アンナは俺の大切なモノの一つだから」
「っ……! 馬鹿者……いや、大馬鹿者め……カッコイイじゃないか。結婚するぞ!」
「……黙ってろ」
結婚しか頭にないのかと、呆れ果てるカイルは、攻撃を止めているレンジを見る。
「俺が悪かったよ。レンジ……。そういえばコレは大会だった……ね。でも見逃してくれないか?」
忘れていた。
何故かブレイブが立ちはだかり、レンジとアンジェリーナが助太刀してくれたが。
「俺の目的は大会の優勝じゃなくて……ユウナ。ユウナと決着をつけたい。それだけなんだ」
「……」
「それとも、俺の嫁に近付くなって? そういうことか? 連れないねぇ」
「嫁……か」
レンジは一度、剣先を降ろして呟いた。
話に応じる……そういう意味。
「じゃあ、ユウナに聞いたんだな?」
「結婚の事? 聞いたよ」
「……それを聞いてカイルはどう思ったんだ?」
「……」
同じ問いを、ユウナにもされた。
それと、同じ答を、カイルは答える。
「おめでとう、お似合いだよ……って感じかな」
「本当に……歓迎しているのか?」
「……どういう意味だよ! してるに決まってるだろ! レンジとユウナだぞ! 歓迎しない理由がどこにある」
少し苛立ち叫ぶ……
友達の幸福を喜べない訳がないから……
そんなカイルを見て……溜息を付いてから徐に剣を構えた。
「カイル……俺は、ユウナが好きだ」
「……知ってたよ。ずっと……ね」
「そうなのか? ……そうか」
何かを納得し、
「なら、カイルはどうなんだ?」
「……っ。俺は……」
一気に核心に踏み込んだ。
カイルの心の奥底に……レンジは言葉の照明をあてていく。
「俺はな、カイル。ユウナを手に入れられるなら……今のユウナでも構わない」
「っ!」
「お前が行けば、ユウナの闇を晴らせるだろう……でも、それじゃ、変わらないんだ」
「……何を言ってるんだよ」
何を……言ってるのか?
カイルは、ズキンズキンと痛みで悲鳴を上げる心臓を感じながら憮然とした態度を貫く。
何も解らないふりをする。
「簡単だ。決着をつけよう」
「……」
でも、それをもう、レンジはさせない。
それじゃダメだとそう言うように……答を見ないカイルに、結果だけを突きつける。
「俺はお前を倒して、ユウナを奪う」
「……」
「カイルが本当に……俺とユウナの結婚を歓迎しているなら……負けてくれ!」
「……」
無言のカイルに、レンジが微笑み……
「悪いが、これが最後のチャンスだぞ? ……行くぞ! カイル! 決断するんだ!」
「……っ! 俺は……っ俺は……」
「ハァアアアアアアアアアーっ! ハァァァー!!」
レンジの根芯の一線を、カイルは迷いながらも受け止めて、再びつばぜり合い。
カイルを支えているのは……
「カイル! 仲間の力を使うのは良いけどな! 自分の女をかけた闘いぐらい! 己の力で戦えよ!」
「……ッ!」
「それができないなら! ユウナは俺のものだ!」
つばぜり合いから、みぞうちを蹴り上げ……怯んだところを薙ぎ飛ばす。
真後ろに吹き飛び岩山に激突したカイルを追って……レンジがかける。
その直線上にいたアンジェリーナを、今度は無視して最短距離でカイルに攻撃を撃ち込んだ。
ギィン!
それを、また受け止めて……
「なあ……レンジ」
「……なんだ?」
「俺には、シルフィアもミリナもいる」
「……そうだな」
レンジと視線を交差させ……刮目した。
「それでも……俺が勝てば……! ユウナを俺のモノにしていいのか?」
「フッ……。勝てたならな……そして、それなら、やることがあるだろう?」
「ああ……そうだな」
剣を薙ぎ払い……レンジを吹き飛ばしてから。
「アンナ! 邪魔するな!」
「……うむ。ならば見届けてやる。《ディスペル》」
わざわざ、アンジェリーナの力を拒絶した。
そして、言う。
「本当は……。ユウナの話を聞いたとき……哀しかった。でも、ユウナがレンジを好きだから……俺じゃ、ユウナには釣り合わないから……飲み込んだんだ」
「……言い訳は要らない! 男だろ? はっきり言えよ!」
「俺も……俺は、ユウナが【好きなんだ】!」
「フ……知ってる。だからこそ、決着をつける!」
何故、何年も秘めていた気持ちが漏れたのか?
それは解らない。
ただ、身体が……心が、ここで嘘をつくことを拒んだ。
「うおおおおおおおおおおおーーッ!」
「うおおおおおおおおおおおーーッ!」
二人の剣気がどんどんどんどん膨れ……覚悟の想いが力に変換される。
直後……カイルとレンジが激突し……
カイルの剣が……レンジの胸を貫いていた……
「フ……っ。絆の力……か」
「レンジ……俺……」
レンジは血を吐きながら、ゆっくり首を横に振る。
「行け……ユウナと決着を……つけてこい。……結果は……気にするな」
「……うん。解ったよ。行ってくる」
ありがとうと言う、無粋で残酷な言葉は飲み込んだ。
敗北宣言をしたレンジは、亜空間から転移し……回復処置を受けることになる。
「アンナ。……行こう」
「うむ。イク……か。私の中で果てて良いぞ?」
「黙れよ……マジで!」
【レンジ脱落……残り、七名】
カン、カン、カン……という、金属が打ち合わされる音が響くのは、マリンとユウナが剣を合わせている場所。
「ハァ……ハァ……ハァ……行かせませんっ。絶対に!」
「いい加減にぃ! 黙って斬り殺されなさい!」
闘いの戦況は互角。
ユウナが攻めれば、マリンが受け、逆にマリンが攻めればユウナが受ける。
一太刀でも受けを誤れば致命傷となる打ち合いだが、お互いに恐怖の文字はない。
ユウナは激情で、マリンは友情で、死の恐怖を克服していた……
「その太刀筋でワタシの前に立つんじゃない! むかつくのよ! 死ねぇええええええーーッ!」
「何故、そこまでカイルさんを恨むんですか! ユウナさんはもっと、自分の気持ちに素直になってください」
「ッ! 五月蝿いッッ!!」
「……ッ!」
スキル《怒髪天》
激しく燃え上がる怒りの激情を、闇の力と剣気に変える。
その力で、マリンの剣激速度を凌駕して、ユウナの剣が煌めいた。
スパンッ!
「痛ーーッ!! うう……っ」
マリンの頬がぱっくり裂けて、赤い血液が溢れ出す……が。
水の望叶剣《水龍丸》がすぐさま完治させ……
「お返しですっ!」
カウンター気味にユウナの頬を斬り裂いた……
「「……ッ!」」
更に、二人同時に斬激を放ち、双方後ろに後退した。
ユウナはそこで、地面が池ように水が溜まって来ている事に気付く。
「……厄介ね」
ユウナは水面に足を取られ、満足に動く事もできないが、マリンは水面の上に立ち、滑るように移動している。
更に、マリンの傷はすぐに回復してしまう。
どんな場所でも、自分の得意の環境に作りかえ、敵の動き疎外し、味方を援護し戦う戦乙女。
それこそが、《水龍丸》の真骨頂の闘い方。
しかも、時間が経てば経つほど、水が満ち、マリンが有利になっていく……
「……でも、それだけよ。アンタ自身は強くない! だったら斬れる。……ワタシも、ワタシの力が解ってきた事だし……そろそろ終わりにしてあげる……」
心に渦巻く、憎い……憎い……憎い……憎い……狂うしい憎悪!
(簡単よ。この感情に心を委ねれば良いんだわ……)
ユウナは自ら、残っている理性を捨てて、闇に堕ちる。
それが、ユウナの力を解き放った。
「コロス……そう。コロス……。ワタシを裏切る人間を全て斬りコロス!」
「……っ!」
爆発的に剣気が膨れ上がり、激しい闇の風がユウナ身体から吹き荒れ始め……
「フハハハハハハッ! このチカラで! ワタシは何もかもぶち壊す!!」
風が、水を巻き込んでトルネードが巻き上がる。
そのせいで、地面が露出してユウナの足を邪魔するモノは無くなった……
「コロス! コロス! コロス! コロスゥウウウウウウウウウーー!!」
「……ユウナさんッ!」
「シネェエエエエエエエーーッ!」
直後、ユウナの速度が早すぎてがマリンは視認できなくなる。
ボトン……
「ステキね。肉を裂く……感触ゥウウウウウウウウウーーッ!」
「……っ!」
自分の右腕が切断された事に、落ちてから初めて気付き……
「まだまだまだまだまだ! どうせ、トカゲみたいに治るんだから!! せめて、死ぬまでワタシを感じさせなさい!!」
痛みを感じる前に、ユウナの剣がマリンの身体をズタズタに斬り裂きつづける。
「ーー」
「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ……!!」
何度も、何度も、執拗に切り刻む。
治るとしても痛みは感じる。腕を、肉を、喉を、裂かれる激痛がマリンを襲う。
斬られた傍から完治させてしまう、水龍丸の回復性能は、死んだ方がマシと思えてしまう。
「ーー」
激痛の連続がマリンをショック死に誘い……駆け巡る走馬灯が、死んだ父との幼き日の幻想を見せた。
心が温かくなる幸福感が、痛みを和らげ……父に会いたいと……そう思わせる。
もう二度と会えない、尊敬する大好きな父に会いたい。
あって、初めての友人、カイルの事を伝えたい……
(もう……良いかな……お父さん……)
望叶剣の力は想いの力。
マリンの生きる想いが弱まれば、回復効果も無くなってしまう。
(そうなんだ……死んだら、お父さんに……会えるんだ……)
大好きな家族の元に逝ける。
マリンにはそれがとても幸福な事に感じて……そして、
(家族? ……そうだ! 家族。カイルさんにとって! ユウナさんは家族なんだ。
私にはわかる……家族を失う悲しみが……だから! だから! だから!)
ユウナに斬り刻まれていたマリンが、目を開き。
素手でユウナの剣をつかみ取った。
「家族同士で殺しあうなんて! 間違ってる!!」
「……ッ!」
肘まで裂けるが、離さずに……驚愕するユウナに水龍丸を峰打ちでたたき付け弾き飛ばす。
そして、追撃を撃ち込む。
「グっ……!!」
「間違ってる! 間違ってる!! そんなの絶対に間違ってるんです!」
連激、連激、連激、連激、連激、連激、連激。
「ユウナさん。自分に向き合って! その感情は嫉妬で、憎悪。なら! 何に嫉妬し憎悪しているんです!」
「……ッ!」
「ユウナさんは! カイルさんに何をしてほしいんですか! ちゃんとそれを考えてくださいよ!!」
肋骨を砕いて吹き飛ばし、岩山に叩きつけた。
マリンの強い想いが乗った一撃だった。
「……だから、ユウナさん。ちゃんと……カイルさんと話し合って……」
「五月蝿い……」
「……っ」
ドドン。
小さく呟いたユウナの声で、場の空気が変貌した。
ドロリとマリンの精神に絡み付くのはユウナの殺気……
「ぇ……まさか」
ゲホゲホと血を吐き出しながら、徐に立ち上がったユウナの姿と纏う空気に……察してしまった。
「本当に殺すわ」
「……っ」
今まで手加減されていたことを……
ユウナが剣を構えてないのに、マリンは一秒後の死を悟り、一歩後退した。
「っ! 怖い……怖い……死ぬ」
明確な死の予感は、人間の身体を硬直させ……
「《水龍丸》さん! 勇気をください!! ここで引くわけには行かないんです!」
……ない。
望叶剣の力で無理矢理恐怖を払い、込めれる想いを全てこめてユウナを直視した。
マリンにも引けない矜持があった。
例え、死ぬと解っていたとしても……
「ふん……。剣神流……一ノ太刀《断……」
闇の剣がマリンに振るわれる。
そこで……
『やめろ! ユウナ!!』
「……っ!!」
カイルが駆けつけた。
マリンを庇うように、前に立ち、
『俺の大切な人は、俺が全て護りきる!!』
その姿はマリンには救世主に見えた……でも。
「カイルさんッ! 来ちゃ……ダメ……ですよぉ~!」
「……マリン」
「……はい」
ユウナとカイルに戦って欲しくない。
そんな、マリンの事をカイルが神妙に見つめて……
「なんで? 全裸なの? 実はそういう趣味?」
「……ぇ? えぇぇぇぇぇーーッ! ~~っ!!」
マリンの能力は傷は治せても、服は治せない。
ユウナにズタボロに斬られた時……野生を解放していたことを今更……気がづいて、羞恥に顔を真っ赤に染め上げる。
それも、そのはず、マリンの瑞々しくもしなやかな肢体は、魔水晶から大陸全土に放映されている。
それはもう、放送事故で済むレベル越えているのである!
……恥ずかしいに決まっている。
「カイルさん~~!! あわわわわっ! カイルさん……ウウウ」
今更遅いと知らず、カイルに抱き着く事でなんとか見られちゃいけない部位を隠す。
カイルは、そんな残念な、マリンを剥がしてから、上着を一枚渡してあげ……
「うっ……ウロロロロロロロロロロロ!」
激戦で剣気を使い過ぎた負荷で、胃の中を吐き出してしまった。
吐き出した吐瀉物が、上着を羽織ったマリンが頭から被る。
「えっ!? えぇええええええええええええええええーーッ!」
「……ウロロロ。あぁ~。わりぃ……ウロロロ」
「汚いです! 謝るなら吐くのをやめてくださいよ! せめてかけないでくださいよぉ!」
「……う。ごめん……。う、マリンの姿を見たら……ウロロロ」
「どういう意味なんですかぁ!」
カイルの登場に、一瞬、動揺したユウナだが……
変わりない馬鹿騒ぎをしていることに憎悪が膨れていく……
それを感じとったマリンが剣を構えて……
「と、取り敢えず。下がってください。カイルさん。ここは私が!」
「ウロロロロロロロロロロロ」
「あの……わざとやってませんか?」
「……半分は……ね」
「っ!」
言いながら、目の色を変えたカイルが、マリンの構えた剣を奪い放り捨てた。
「マリン。俺の家族に剣を向けんな」
「……っ」
「もう一度言う……俺の大切な人は俺が全て護りきる。
だから、下がってろ。何があっても手を出すな。
これは俺とユウナの問題だ……俺が俺の力で解決したいんだ。
……しないといけないんだ」
「カイルさん……はい。わかりました……」
マリンは、カイルの気配から、強い覚悟を感じとった。
きっと、カイルを止めることはもうできない。
それが解った。
カイルはゆっくりと歩いて、ユウナに近づいてく。
「ふんっ。やっとメインディシュね。さぁ、カイル! 愛のレクイエムを奏でましょ? ロマンチックでステキでしょ?」
「……ん? 戦う事を言っているなら、悪いけど……もう無理だから。ここに来るまでに剣気を全て使ちゃったんだ。……アンナも剣気は回復できないって。……本当に金髪以外、使えない女だよね?」
千鳥足の足付きと、カイルの気配。
そして、症状を見れば嘘を言っていないことはユウナには解った。
何より、カイルの嘘を見破れないユウナではない。
「ふーん。なら、わざわざ殺されに来たのね。言い心がけだわ……死になさい!」
ブスリ……
ユウナは問答無用で、カイルの身体を貫いた。
カイルを殺したい……その想いは、マリンとの闘いで闇に堕ちたユウナには押さえられる物ではなかった。
「ぐっふ……」
「あら? 避けようともしないなんて斬新ね。あなた、死にたくないのかしら? 急所を外しちゃったじゃない」
ユウナのネジが完全に外れている。
それに、カイルは気付いて……
「ユウナに殺されるなら……別に良いよ。でも!」
ぐいっ。
「なっ!」
抱きしめた。
突然の抱擁にユウナの困惑が晴れないうちに、言うべき事だけは言っておく。
「ユウナ……好きだ。もちろん、女として……」
「えっ……!」
これを言う為だけにカイルは、限界の身体を引きずってここまで来た。
だからもう…殺されても良い。
「嘘……よね? ……そんなっ! カイルが……そんなッ! 訳! だって! カイルは他に女と結婚するって! だからワタシは! レンジと……それなのに……なんで今更! なんでよ!!」
「理由か……なんでだろうね」
カイルはユウナへの気持ちは四年前に封印した。
墓まで持っていくつもりだった。
でも、我慢できなくなった……理由は色々ある……が。
「ユウナが結婚する前に……言いたかったんだよ……ただそれだけだと思う」
「……っ!」
ユウナを抱きしめる力すら、無くなって寄り掛かってしまう。
「悪い……ユウナ。ボロボロで……ゲロ塗れで汚くて……今更で……俺の寿命は一年なくて」
「……カイル、ワタシは……私は!」
「他に二人も手を出してるから……ユウナの事は《第三婦人》って事になるけど……そんな俺でも良いなら……レンジじゃなくて! 俺を選んでくれ! 俺と結婚してくれ!」
「っ!」
その告白は、魔水晶以下略で、大陸全土に轟くが……
それを聴いていた代表として、アンジェリーナの言葉。
「最低のクズ男だな」
それが、人類共通の意見だった。
そして、ユウナが口を開いた。
「はい」
ユウナらしくからなぬ、小さくか細い声で……真っ赤に赤面して、短く答えていた。
シーン!
冷え切る人類達が「ええええええええええええーー!!」と、驚愕しているのだが……
一番、驚いているのは……
「……え? 良いの?」
「え……? もしかして嘘……なの?」
驚きで唇を噛んで、この世の終わりを見たかのような悲しみをあらわにする。
……可愛い。
「いや……本気だけど。俺、結構最低な口説き方をしたよ?」
「なーんだ。ふふふ、よかったぁ(甘声)」
護りたい……この笑顔。
……誰、コイツ!
「ねぇカイル。キス……しよ? ね? 私の初めてをあげたいの(甘声)」
瞳をハートにしているユウナから、闇の力が抜けていく……
「待って……本当に良いの? 第三婦人だよ? ユウナのプライドは許すの? シルフィアと、ミリナをイジメたりしない? 多夫多妻とかするつもり?」
「ふふ、もうっ。カイルったら。イケず。……私もね。
ず~~っ~~っ~~っと、カイルの事が好きだったのよ?」
「ええええええーー!!」
「だから、カイルのお嫁さんになれるなら、なんでも構わないわ。
私を好きでいてくれなるなら、私の他にも四人くらいは嫁に娶っても良いのよ?
私を選んでくれる良い子なカイルの事なら大抵許してあげるわ♪」
「……」
もはや、別人である。
「だから、カイル……キスして? 結婚する相手に初めてを捧げるの」
「初めてって……ウロロロロロロロロロロロ」
「……カイル! マリン! マリン! カイルを治療して! 早く」
「は、はい!! うわわわわわっ」
ユウナは、緊張の糸が解けて、倒れてしまうカイルを支え、剣を引き抜き……
カイルの頭を抱き寄せる。
「カイル……キス。ね? できるでしょ?」
「いや……俺、今……汚いし……オロロ」
「っもう! つべこべ五月蝿いのよ!! 私がしろって言ってるんだからするのよ!」
(あ……! いつものユウナだ)
ちゅ……ちゅるちゅる……っ。
……ゴクリ。
「ユウナ……! 今! 飲んで……っ! 汚いよ!」
「そんなことないわよ。美味しいくらいだわ。私はカイルの軟弱な他の嫁と違くてよ?
カイルの全てを愛しているの。カイルのモノなら、なんだって受け入れられるわ」
そういって、蠱惑的にカイルに微笑んだユウナから……闇の力が一気に抜けるのだった。
これで一見落着……幸福そうなユウナが、何度も、何度も、熱烈な口づけをして、カイルもユウナが満足するまで付き合ってあげる。
今まで開いた二人の距離を一気に埋めようとするように……
熱い。熱い。キスを交わす。
口の中に広がるユウナの味に溺れ……腰を抱き寄せてしまう。
「んっふふ♪」
「ユウナ……ユウナっ!」
そして……




